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幻想水月物語  作者: 安良木 響花
【藍の章】
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第101話 固い絆

 木陰に移動し、各々が身を落ち着けたころ、ダンルークは短く息を吐いた。


「さて、どこから話したものか」

「僕たちは魔界――幻界には一度だけ行ったことがあって、そこは魔族の世界みたいだったよ」

「魔界へ行ったのか……それにその“幻界”という呼び方は――?」


 ダンルークが疑問を浮かべると、後ろに立っていたシルバーノートが口を開いた。


「かつて向こうが“幻界”と呼ばれ、人間が住んでいたことは俺が教えた」

「君は……水の魔力を感じるが、ルィンの武器の精霊か?」

「シルバーは昔の水の国の王様といた精霊だよ、今は僕についてきてもらっているんだ」


 ダンルークは目を見開いた。


「……その“王”の名は――」

「フィルレイン・アイルレーヴィだ」

「……なんという――」


 あの落ち着いた父がここまで驚きを表情に表すことが、ルィンはめずらしいと思った。


「お父さん、知っているの?」

「……私たちの祖先であり、“伝説の水の戦士”だ」

「……! そ、そうなんだ……フィルレインって伝説の戦士だったんだね……」


 青の里でも伝説として語られていたことに驚きを感じたが、シルバーノートからかねてより話を聞いていたため、ルィンは不思議と納得できた。


「しかし、これは里の伝承の一つになるが、彼は二体の魔神竜を前に悔しくも敗れたと聞いた。それから私たちの祖先はこちらに移り住んだと伝わっている。正しく伝わっていれば……およそ二千五百年前の話だ」

「二千五百……? たしかシルバーとファガーは五千年くらい前だって――」

「あちらとは時の進み方が異なると聞いた。年数も自ずとずれが生じるだろう」

「……確かに、レグリスもそんなようなこと言ってた……」


 ルィンが思い返していると、ダンルークは言葉を継いだ。


「話を戻そう。その『魔神竜』のことだが――ルィン、お前は四年前、水の宝石――『アイルの静謐せいひつ』を持って里に来ただろう」

「うん、今もここにあるよ」


 ルィンは指輪が見えるように手を差し出す。


「うむ。ルィンが里を離れたあと、私たち『青の民』が封じていた『次元の奔流』に歪みが生じたのだ。私たちもそれまで知り得なかったことだが、おそらく宝石の力が封印に関与していたのだろう。より固い封印を敷くことで難を逃れていたが、絶大な魔力を有する『魔神竜』の到来は防ぐことができなかった」

「そんな……じゃあ、僕が宝石を持って行ったせいで……?」


 動揺をにじませるルィンの呟きに、ダンルークは首を振った。


「お前のせいではない、予期せぬことだったのだ。そして、その到来を許したことで、封印はさらに不安定なものになった。我々の力でもそれ以上抑え込むことが出来ず、現在も『次元の奔流』は開いたままの状態だ。そこから魔界からの魔気アールが漏れ出し、その影響で各地の魔物の動きが活発になっているのだ」

「それであんなに……」

「魔物は濃い魔力に引き寄せられるからな。絶大な魔力を帯びた魔神竜のところへ集まっていたのだろう」

「……なるほど、魔物たちはそこでサヴィスナージャが取り払っていたザームの力の影響を受けていたのね。合点がいったわ」


 話を聞いていたフェルナリーザが納得したように呟いた。


「その魔神竜を抑え込むためにわたしとお父さんはここまで来たの。お兄ちゃんが解決しちゃったみたいだけど」


 ルルアが膝を抱えた状態でこちらを見た。


「そうだったんだ――」

「先刻、リアリューヴィンから魔神竜の居場所を特定したと知らせを受けてな。大急ぎで駆け付けたところに、お前たちがいたというわけだ。リアは――」

「リアリューヴィンはほとんど力を失ってたけど、なんとか救い出せたよ」


 ルィンの言葉に、ダンルークは安心した表情をした。


「そうか、ありがとう」


 ダンルークはそれまでの緊迫した表情から穏やかな色を滲ませた。


「成長したな、ルィン」

「うん、お父さんもルルアも元気そうでよかった」

「お兄ちゃん、背伸びたね?」

「ふふ、ルルアだって」


 そう言って視線を交わす二人の腕には、“あの時”の白い花の腕輪が揺れていた。



 それからしばらく、ルィンたち家族三人は話に花を咲かせた。

 二人は青の里で変わらず暮らしていることを聞いた。


「森では影や魔物が出現することが増えてきたが、里の皆は問題なく暮らしている」

「みんな元気なんだね、よかった」


 ルルアは、時折里を出て影獣や魔物相手に力を磨いているということを聞いた。


「ルルアも頑張ってるんだね」

「うん、いつかお兄ちゃんみたいに旅に出て、世界を見て回ることが夢なんだ」

「そうなんだ……ルルアも僕たちと一緒に来る?」

「……ううん、私はまだまだ力が足りないから。それに、わたしまで出て行ったら、お父さんが寂しがっちゃう。四年前にお兄ちゃんが出発した後、すごく寂しそうだったんだから」


 ルルアとルィンがダンルークの方を見ると、ダンルークはひとつ咳払いをした。


「――否定はしないが……だが、私やセルシアはそばにいなくてもお前たちをいつでも見守っている。何度も言うが、ルルア、お前が旅立つというのなら、私は止めはしない。その道を応援するだけだ。たまに顔を見せてくれればそれでいい。だから、寂しくは――ないぞ」

「ふふっ、強がっちゃって!」

「はははっ」


 先ほどまでの戦いの緊張から一変した穏やかな空気の中、ルィンの頬は自然と緩んでいた。


「あんなにうれしそうな顔をするルィンは初めて見るわ」

「ああ、ルィンの家族か――きっと近くにいるだけで安心できるんだろうな」


 そんな様子を、フェルナリーザたちは少し離れた位置で眺めていた。



「――さて、久々の再会だが――『次元の奔流』のこともある、あまり里を離れるわけにはいかない。私たちはそろそろ行くとするよ」


 日が傾き、空がオレンジ色に染まり始めたころ、ダンルークとルルアは立ち上がった。


「そっか……せっかく会えたばっかりだけど……」

「ルィン、私たちはお前が再び里に来るのをいつでも待っているぞ」

「……お兄ちゃん、また来てね。わたし待ってるよ」

「……うん! 二人とも、またね! 待っててね!」


 名残惜しさを払うように頷くと、ルィンはふとサヴィスナージャとの戦闘後に拾った水色の結晶のことを思い出した。


「そういえばこれ……お父さん、何かわかる?」

「ん? なんだ?」

「サヴィスナージャが落としたものなんだけど」

「ふむ」


 ルィンは結晶を差し出した。

 ダンルークはそれを受け取る際に、ルィンの左手の紋様を見てその表情を固めた。


「お父さん?」

「……あ、あぁ。すまない、この結晶だな」


 視線を結晶へ戻してしばらく見つめると、その顔が困惑と驚愕に染まっていった。


「こ、これは――」

「お父さん、これ何?」

「……この結晶には、恐ろしく高度な魔法式が組み込まれている。我々には到底理解できないほどに緻密な……」

「えっ、これに? 僕にはわからなかった……」


 ダンルークは結晶を握りしめた。


「ルィン、これを私に貸してくれないか? これがあれば不安定になった『次元の奔流』を再び封印できるかもしれない」

「本当!? うん、僕には使い方がわからなかったから、ぜひ持っていって!」

「ああ、助かる。ありがとう」



 結晶を託し、ダンルークとルルアが去っていく姿を、ルィンはじっと見つめる。

 背を向けたまま小さく鼻をすするルィンの肩に、ユーステスがぽんと手を置いた。


「ルィン、立派になったところを見せられてよかったな。親父さんや妹さんも嬉しそうだったぞ」

「……うん」


 寂し気な表情を見せるルィンの頭に、ルナがふわりと乗った。


「ルゥ、またそのうち会いに行きましょう! すっごく強くなったところを披露しなくちゃ!」

「あたしもちゃんと話せなかったからまた会いたいなっ」


 ナヴィも明るい声で体を傾ける。

 二人の言葉に、ルィンは小さく息を吸うと、顔を上げていつものように笑顔を見せた。


「――うん! またみんなで会いに行こう! よし、それじゃあ僕たちもミラスに向けて出発しよっか!」


 ルィンたち一行は、その場を後にして、夕暮れが沈む空の方向へと歩き出した。

 先頭を行くその背中は、傾く夕日さえも支えてしまいそうなほどに力強く、堂々たるものに見えた。





「……セルシア、これは避けられぬ命運なのかもしれんな……」


 月明りの中、ルルアとともに草原を駆けるダンルーク。

 その小さなつぶやきは、風に溶けるようにして消えていった――


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