第099話 サヴィスナージャ
――ルィンが高台に着地すると、続けてサヴィスナージャの巨体も落下し、轟音が辺りに響いた。
「はぁ、はぁっ――!」
「ルィン兄! まさか本当に一人で――!?」
「驚いた……あの怪物を坊主たった一人で……」
力を使い切り、足元をふらつかせるルィンのもとへ、フェルナリーザたちが駆け寄ってくる。
「はぁ、はぁっ……最後の強化魔法……魔力の消費が、とんでもなくて――」
「すごい動きだったけれど、やっぱりそれだけの負荷があるのね」
倒れそうになるルィンを、フェルナリーザが肩を支えた。
「こ、こんなに近くに寄って平気かしら……近くで見るとやっぱりおっかないわね……」
ルナがナヴィの首元から顔を覗かせてサヴィスナージャの様子をうかがった。
サヴィスナージャは倒れたままそれ以上動きを見せない。
『ク、クク……まさかお前みたいな小僧一人にやられるとはな……その力、あの時の人間の“王”を思い出させる――』
「王――!? 僕、フィルレインに追いつけたってこと!?」
『ハッ、魔力の“濃さ”としては奴の半分にも届いていないがな』
「そ、そっか……そうだよね、でも――」
水属性の高みとして目指す人物――フィルレインにはまだまだ遠く及ばない。だが、今回の戦いで水属性の「本質」を少しだけ垣間見られた気がした。
そこへ、シルバーノートがゆっくりと近づいてくる。
「ルィン、よくやった。ぶっつけ本番であそこまで水属性の力を引き出せるとはな。これからのお前の成長が楽しみだ」
その言葉に、ルィンは疲労の色が濃いながらも満面の笑みを浮かべた。
「うん! ありがとう、シルバー!!」
「さて――」
シルバーノートは倒れ伏すサヴィスナージャの元へつかつかと歩み寄った。
「サヴィスナージャ、リアリューヴィンを返せ。まだあいつの霊力は残っているはずだ」
『……我は敗北した身、主らの言葉に従うのが筋というものか』
サヴィスナージャが巨大な瞳を閉じると、その体躯から一つの弧を描いて光が流れ出した。それがひとところに集まると、ゆっくりと小さな人の形を形作っていく。
現れたのは、水色の衣に身を包んだ、柔らかな雰囲気を持つ小さな少女だった。
「女の子……君がリアリューヴィン?」
――えぇ。ありがとう、“アイル”の子、ルィン。わたくしの力ではこのサヴィスナージャの強大な力を、ほんの一瞬足止めするだけで精一杯でした――
リアリューヴィンは悲しそうな表情を浮かべる。
ルィンはその気配がか細く、今にも消えてしまいそうなほど弱まっているのを感じた。
「リアリューヴィン、まずは力を回復させるんだ。時間はかかるだろうが、まだなんとかなるはずだ」
シルバーノートの言葉に、リアリューヴィンは小さく頷いた。
――水の矛、シルバーノート。今後も“アイル”の子、ルィンの旅路をどうかそばで見守ってあげてください――
「ああ、そのつもりだ」
リアリューヴィンはかすかに微笑むと、そのまま宙へ溶け込むようにして姿を消した。
シルバーノートはそれを確認すると、改めてサヴィスナージャへ視線を向けた。
「さて、それで――どうしてお前たち『魔神竜』はこの“異界”に渡ってきているんだ? こっちは魔気が薄くてお前たちには好ましくない環境だと思ったが」
「シルバー、魔気ってなに?」
ルィンの問いに、シルバーノートは手のひらを上に向けて片手を前に出した。
「魔気というのは、世界に満ちる魔力資源のことだ。空気中に溶け込む魔力と思っても差し支えない」
「魔力の資源……」
ルィンは手を広げ、その存在を確かめようとする。
その傍らでサヴィスナージャは目を閉じ、重い口調で語り始めた。
『……突如“幻界”に、底知れない魔力を帯びた『ザーム』なる存在が現れ、我らの服従を企みその魔力で我らの精神を侵し始めたのだ』
「ザームが!?」
「ザーム……」
フェルナリーザもその言葉を小さく繰り返す。
シルバーノートがちらとルィンの方へ視線を投げた。
「……たしかルィンもザームという名を口にしていたな」
ここでもザームの名が出てくることにルィンは驚きを隠せなかった。よからぬ出来事の背後にはいつでもザームがいるように思えてきた。
『奴の力は絶大だった。本来の力を有した我らですら、奴の前ではまるで赤子のようにあしらわれたのだ』
「……それはまたとんでもないやつが現れたな」
シルバーノートもその事実には驚愕の色を隠せない様子だった。
『魔気の濃い“幻界”では奴の魔力の浸食が速いため、こうして“異界”に渡って奴の魔力を払うことに専念したのだ。その後、消費した魔力を回復させるためにここに留まっていたというわけだ』
「そうだったんだ……この世界を侵略しに来たわけじゃなかったんだね」
『そうでなければ我らがこちらに来る理由がない。だが――“ジーク”の奴はザームの魔力に打ち負け、その後朽ち果てたのだろう。先刻、歪みを有した奴の魔力を感じなくなった』
サヴィスナージャはある方向の空に視線を送った。
「あ――ジークヴェルグは完全に影に侵されてて、僕たちが討伐したんだ」
それを聞くと、サヴィスナージャは伏せたまま口を大きく開いた。
『クク……クハハハ! そうか――! 永遠とも言える果て無き切望の末、こんな小僧どもに消されるとはなんともあっけない幕切れだな。だが、それも命運と言えよう。他の奴らもまたそれを望んでるやもしれぬ』
「他のやつら――他の属性の『魔神竜』もこの世界に?」
『ああ、そのようだ。我のように身動きがとれないようだがな』
その言葉に、一同はごくりと息を呑んだ。こんな存在が突然現れたのだとしたら、各地はパニックになっているだろう。
その時、サヴィスナージャの身体から光の粒が立ち昇り始めた。
サヴィスナージャは目を閉じ、穏やかとも言える表情になった。
『さて、これで最後だ。我はそろそろ逝く……我が主、今――――』
「ちょっと待って、あなた、私の眷属にならない?」
サヴィスナージャが光に包まれる中、フェルナリーザが横から言葉をかけた。
「えっ、フェリ?」
「あなたも『ザーム』に因縁があるのでしょう? それなら私たちと目的が同じだわ。幸い私は闇魔法であなたを“眷属化”して消滅を防げる。このまま消えるのは癪じゃないの?」
フェルナリーザはまっすぐな視線をサヴィスナージャに投げた。
その言葉に、サヴィスナージャはしばし沈黙した。
「その様子、時間がないわ。今すぐ決めて。私たちとともにザームに一矢報いるか、そのまま世界から忘れ去られるか、どっち?」
フェルナリーザのはっきりとした言葉に、サヴィスナージャは消えようという中再び大きく口を開けた。
『――クハハハ! 面白い、我を力でねじ伏せた“水”の隣に立つ“闇”か。フッ、もともと貴様から感じる魔力には興味があった。――いいだろう、もとより消えゆくこの身、お前たちとともに世界の行く末を見届けるのもまた一興。この力、好きに使うがいい』
「わかったわ」
フェルナリーザはしゃがみこむと、両手を地につけ、魔力を込めだした。
「――我、彼の魂をこの身に刻み、以て永劫たる軌跡を共に導かん――眷属契約――!!」
フェルナリーザが唱えると、サヴィスナージャの身体は眩い光に包まれた。そして無数の光の粒子となると、流れるようにしてフェルナリーザの胸の中に吸い込まれていった。
全ての光を受け取ると、フェルナリーザは足元をぐらりとふらつかせた。
「うっ……消滅する寸前でもまだこんなに莫大な魔力を……?」
「フェリ、“眷属化”ってどういうこと? 召喚魔法とはちがうの?」
ルィンが今まで目にしてきたフェルナリーザの召喚魔法は、小動物や自身の分身を作り出すというものだった。サヴィスナージャのような意思を持った相手を喚び出すというのは見たことがなかった。
「召喚魔法と一口に言っても、“生成魔法”と文字通りの“召喚魔法”があるわ。――それはいいとして、下であの人たちが待っているでしょうし、詳しい話は後にしましょう」
「あ――うん、そうだね。ユースたちが心配しているかもしれない」
準備を整え、来た方へ戻ろうとしたとき、ナヴィが何かに気が付き振り向いた。
「あれっ? ルゥ、何か落ちてるよ?」
「ん?」
ナヴィが示す方向を見ると、サヴィスナージャが居た場所に、水色に輝く一つの結晶が落ちていた。手に持つと、懐かしい気配が伝わるとともに、一瞬だけ意識が吸い込まれそうになった。
「何だろう、これ……不思議な気配が――」
「ルィン、後にしましょう」
「う、うん、そうだね」
ルィンは結晶をポーチの中にそっとしまい込むと、皆と合流し、崖を下っていった。




