3話「邪神と邪眼」
「退けッ!炎槍・獄火──ッ!!」
大地の放った炎の槍が、ガルグ・ボーン数体を貫き、辺りを爆ぜさせた。
だが、骨はまたしても淡く光り始め、再び立ち上がる。
「くそっ……なんでだよ、なんで何度倒しても復活するッ!?」
背後では、一人、また一人と仲間が倒れていく。
「リーダー!もう持ちません!!」
「俺のスキルが効かねぇ……!」
「畜生……俺たち、死ぬのかよ……!」
──その時、大地の顔に浮かぶのは絶望ではなかった。
「……はは、そうかよ」
彼はニヤリと笑った。
「なぁ、詩遠。お前、覚醒したいんだよな?」
「──えっ?」
振り返った大地の瞳は、もはや味方に向けるものではなかった。
「“お前がここで死ねば”、あいつらの興味はそっちに向くだろ。俺がその間に逃げられる」
「……え?」
「悪いな。せいぜい、スキルでも覚醒してくれよ、死ぬ間際にさ!!」
──ドンッ!!
大地が詩遠の胸を思い切り殴り飛ばす。
瞬間、後方から放たれたネクロ・リッチの闇の槍が、詩遠の腹部をかすめるように貫いた。
「──ぐっ、あああああッッ!!」
詩遠の身体は吹き飛ばされ、石壁を破り、奥の通路へと転がり落ちていった。
──ズシャッ!
転がるように吹き飛ばされた詩遠は、荒い息を繰り返しながら石畳の上で体を起こす。
腹部の傷からじわじわと血が滲み出ている。
「っ……くそ……」
這いながら振り返った先で、彼は“それ”を見た。
大地が、逃げていた。
仲間を全て見捨てて、己の命だけを守るように走っていた。
「待て……来るな、来るなあああッ!」
だが──
──カチャカチャ、カチャ……
逃げる彼を追って、後方から無数のガルグ・ボーンが歩いてくる。
その中心に立つ《ネクロ・リッチ》の紫の魔眼が、じっと大地を見据えていた。
「──やめ、やめろッ!!」
大地の叫びは、冷たく無機質な骨の剣に遮られた。
ガルグ・ボーンたちの武器が、大地の体を容赦なく斬り裂く。
火花を散らして炎のスキルが暴発するが、それすらも次の瞬間には骨に呑まれる。
「──ッ!!」
詩遠は声も出せず、ただ呆然と見つめる。
その時、ネクロ・リッチの眼窩が“カチリ”と詩遠の方へと向いた。
(──見られた)
背筋が氷のように冷たくなる。
(次は──僕だ)
この思考が、全てを支配した。
「やだ……やだやだやだやだ……!」
詩遠は震える足で立ち上がり、傷だらけの身体を引きずりながら、反対側の暗い通路へと走り出す。
「まだ死にたくない……!」
後ろで何かが蠢く気配がする。魔力の波が、追いかけてくる。
奥へ、さらに奥へ──
その先にある何かを信じて、詩遠は闇の中へと飛び込んだ。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……っ!」
詩遠は、荒く息をつきながら通路の先へと駆け抜けていた。
背後から迫る不気味な足音と、時折響く不協和な金属音──追手がまだいることを否応なしに思い知らされる。
(どこかに……どこかに逃げ場は……!)
通路はやがて開けた空間へと繋がった。
詩遠の視界に、異様な「扉」が現れる。
石造りの空間の中で、明らかにそこだけが“浮いて”いるかのような異質な存在。
まるで彫刻のように滑らかな黒曜の材質で構成され、表面には金と紫の文様が絡み合い、脈動していた。
目のような模様が無数に浮かび上がり、見つめるたびに配列が変わっていく錯覚に陥る。
扉の中央──そこには、一つの巨大な“目”が埋め込まれていた。
虚無を見つめるような、全てを見透かすような──
“神の目”とも、“悪魔の目”とも形容できない、螺旋を描く瞳。
(これ……は……?)
恐怖と魅了が入り混じる。
詩遠の足が、自然と扉へと近づいていた。
その瞬間──
ギィ……
扉の“目”が詩遠を見返すように、ゆっくりと動いた。
脳の奥に直接語りかけてくるような、低く重い声が響く。
──「見よ。選ばれし眼、開かれん」─
扉の向こうには、深い“闇”が広がっていた。
まるで光すら拒むような、どこまでも重く、底の知れない空間。
僕は、腹を押さえながらゆっくりと一歩ずつ進む。
出血は止まっていない。視界がぼやける。
(怪我のせい……? それとも、この空間のせいか……)
そのとき、空間を満たすように“声”が響いた。
「ふむ……異界の子が、この場所に辿り着くとはな」
ゾクリ、と背筋が凍る。
ダンジョンの入口で感じた威圧とは比べものにならない。
ただ声を聞いただけなのに、僕の存在そのものが揺さぶられる。
顔を上げると、闇の奥に──巨大な“何か”がいるのが分かった。
その輪郭は曖昧で、ただ“存在している”だけなのに、認識するだけで意識が削られる。
(……言葉が……通じる?)
震える声で問いかける。
「……誰、だ……」
「私は全知全能の邪神──
クトゥル・イグルアス」
邪神。
その言葉に、僕の喉がかすかに震えた。
「……神……?」
やっとの思いで言葉を返す。
「神といっても、お前たちの世界の神とは違う。
我は、"こちらの世界"の神である」
(……こちらの世界?)
僕たちの理解とは別の次元に、“それ”は存在している。
「お前たちの世界と我らの世界は、本来交わることのないものだった。
だが──ある日、裂け目が開いた」
「“ダンジョン”とは、その裂け目。
そちらの世界と、こちらの世界が偶発的に繋がった“歪み”だ」
「我らは、ただの傍観者だった。
だが、門が開いた以上──無視するわけにはいかなくなった」
邪神の声には、感情はない。
だが、その“在り方”にはどこか、興味と愉しみが混じっているように感じた。
「私は、自らが直接そちらに干渉することはできぬ。
代わりに、ダンジョンを通じて“スキル”や“アイテム”を送り込んだ」
「それらは、我が力の断片。
干渉の“手段”である」
スキルやアイテム──
ダンジョンで得られる“異常な力”たち。
それらは、まさか異世界からの──
「そう。お前たちが手にする力は、“こちら”と“そちら”をつなぐ唯一の道標。
私の干渉が届く、唯一の痕跡だ」
「だがまさか、私の居場所にまでゲートが開かれるとは思わなかった。お陰で直接向こうに干渉する手段を得た」
邪神はそう説明してくれた。