2話「未解析ダンジョン」
「こっちだ」
翌日。
僕は大地たちの言葉に乗せられるようにして、《未解析ダンジョン》へと向かっていた。
大地は、自身のB級パーティを率いて先頭を歩く。
「スキルもアイテムもないから不安かもしれないが、俺たちがついてる。戦闘は任せろ。
お前は資源の回収とか、採取系のサポートに回ってくれればいい」
人生で初めて踏み入れる“ダンジョン”。
にもかかわらず、僕は武器一つ持っていなかった。
本当にこんな状態で、大丈夫なのだろうか。
……けれど、不安を打ち消すように、ある感情が胸を満たしていた。
(僕も……このダンジョンで能力を得られるかもしれない)
淡い希望。それだけが、今の僕を支えていた。
「でも、もしそのダンジョンが“上級”だったら……?」
ポツリと漏らした僕の疑問に、大地はピクリと眉を動かした。
一瞬だけ、いつものような不機嫌そうな顔になったが──すぐに振り返り、冷静に答える。
「上級ダンジョンなら、もっと強力な魔力波──電磁反応を発する。
協会の探知網に引っかからない時点で、せいぜいE級。運が良くてC級ってとこだろ」
“そんなことも知らないのか”と言いたげな顔。
けれど、不思議と今日は手は出さなかった。
そのまま僕たちは森の奥へと分け入り、やがて──それは現れた。
赤紫の光を淡く脈動させる歪んだ空間。
そこだけ、世界から切り取られたような圧倒的な異質感。
(これが……ダンジョンの入口……)
息を飲んだ。
ただ“入口”を目にしただけなのに、全身が威圧感で包まれる。
(他の人たちは……平気なのかな。
それとも……これが、“能力を持つ者”と“持たざる者”の差……?)
気づけば視線は足元へと落ちていた。
思考に沈みかけたそのとき──
「ぼさっとすんな。行くぞ」
背後から、大地が僕の背中をぐいと押した。
(えっ、まだ……心の準備が──)
そのまま、僕は──
5人のB級パーティと共に、《未解析ダンジョン》へと足を踏み入れた。
ダンジョンゲートを通過した瞬間、全身がぐにゃりと歪むような目眩が走った。
──次の瞬間、視界が安定し、意識がはっきりと戻る。
(ここが……)
初めて足を踏み入れたダンジョン。
湧き上がってくる感情は、言葉にならなかった。
先ほどまでの緑深い森の風景はすっかり消え去り、辺りは灰色の石壁が続く“遺跡”のような構造物に変わっていた。
まるで古代文明の墓所にでも紛れ込んだようだ。
「遺跡型ダンジョンか。
このタイプなら魔石や鉱石が豊富だから、お前にはうってつけだな」
大地が軽く顎をしゃくって、奥へとパーティを誘導していく。
僕は言われるがまま、床の割れ目に生えている植物や、壁から剥き出しになった鉱石を採取していた。
(……これは、ポーションの原料にもなる“エリクサー草”。本物……初めて見た)
能力は持っていなくても、僕にはハンターへの強い憧れがあった。
そのぶん協会が公開している研究資料や、魔物・植物のデータベースは何度も何度も読み込んでいた。
だから──見分ける目は、少しだけ自信がある。
「……? あの奥……影になってる場所に、何か……」
ふと、岩陰に目がとまった。
僕は静かに、そっと近づく。
──そこにあったのは、人間の亡骸だった。
「っ……!!」
思わず息を飲み込む。
その体は半ば腐食し、朽ち果てていた。
「あー、誰か先に入ってたんだな。運がなかったんだろ」
大地は気にした様子もなく呟いたが、僕の中には拭えない違和感があった。
(おかしい……この腐敗具合。どう考えても“数日”じゃない)
大地たちはこのダンジョンを「一昨日」発見したと言っていた。
そして、協会の探知に引っかかっていない未解析ダンジョンなら、発現からそれほど時間は経っていないはず。
──だとすれば、あの亡骸は一体、いつこの中に……?
ガシャッ。
「っ……!」
突然、奥の通路から不気味な金属音が響いた。
そこに現れたのは、5体の骸骨兵。
錆びた剣と盾を持ち、空洞の眼窩に紫の炎を灯してこちらを睨みつけている。
「くっ、あれは──《ガルグ・ボーン》……!」
《ガルグ・ボーン》:遺跡型ダンジョンに出現する下級の不死系魔物。
骸骨ながらも連携と戦術を理解しており、まとまって出現した場合、B級以下では危険とされている。
ガルグ・ボーンたちの剣が、迫りくる。
「いくぞ!」
先陣を切って大地が炎を纏った拳を振るい、次々と骸骨を砕いていく。
他のメンバーも慣れた手つきで武器を振るい、瞬く間に骸骨たちは骨の山と化した。
「ふん、ザコかよ。拍子抜けだぜ」
大地が呟いたそのときだった。
──カチ、カチ、カチ……。
不穏な音を立てて、砕けた骨が動き始める。
「なっ……?」
バラバラになったガルグ・ボーンたちの骨が、淡い紫の光に包まれながら、空中で再び組み上がっていく。
瞬きする間に、元の姿へと“復活”した。
「なんだと……!?」
「ガルグ・ボーンに自己再生の能力なんて……」
困惑と緊張が広がるなか、奥の闇の中に“それ”は立っていた。
──漆黒のローブを纏い、宝石のように光る紫の魔眼を眼窩に宿した、一体の骸骨。
「お、おい……あれ……まさか……」
大地が顔を引きつらせながら声を絞り出す。
「《ネクロ・リッチ》……!」
《ネクロ・リッチ》
階級:A級以上の中位ボス魔物。
古代魔導王の魂が不死の儀式により骸骨へと堕ちた姿。
高等魔術と霊術に通じ、死者を操る支配者。討伐報告例は少なく、ギルドでも極秘指定されている存在。
通常はガルグ・ボーンを通して戦闘に介入し、自身は背後から魔力の供給を行う。全滅しても復活を繰り返し続ける。
「無理だ……ッ、あれはもうB級パーティで相手にできる存在じゃねぇ!」
「協会に連絡を──っ、通じない!?電波が……っ!」
「こんな未鑑定ダンジョンがA級以上だなんてありえねぇ!」
パーティに混乱が広がり、誰かが逃げ出した。
詩遠はその場に震えながら立ちすくむしかできない。
それでも──
(逃げなきゃ……!このままじゃ、俺も──)