13話「初戦闘」
分かれ道を進み、狭い通路を抜けると、開けた空間に出た。
「……広間か。何か出そうだな」
天川さんがつぶやいた瞬間、奥の影がぐにゃりと動いた。
「──ッ! 構えて!」
崩れた柱の隙間から、灰色の毛皮に覆われた四足の獣が姿を現す。
牙を剥き、背を丸め、喉の奥から低く唸り声を上げている。
「獣系か……たぶん【クラッドウルフ】だな」
僕の視界には、すでに情報が浮かんでいた。
──対象:クラッドウルフ
──分類:獣型/群れ行動型
──脅威等級:C−
──特性:跳躍、牙による魔力感染、個体連携
「一ノ瀬さん、何体いますか?」
「……全部で三体。中サイズ、牙は毒性あり、感染の可能性があります」
「了解。じゃあ、展開するよ!」
天川さんが前へ出ると、背中の腰帯から“銀糸のような光の刃”を抜いた。
それは細く鋭利な双剣で、彼の周囲に薄く魔力が広がっていく。
「俺が引きつける! カズキ、補助結界!」
「任せてください!」
カズキ──黒髪で細身の青年が、すぐに手を組んだ。
彼のスキルは《結界制御》。空間に小型の防御陣を張ることで、攻撃を逸らす。
「防御結界、配置完了──発動!」
光の壁が天川さんの周囲に展開された。
「アラタ、火力頼む!」
「了解──ぶっ飛ばしてやるぜ!」
前へ出たのは、筋肉質で坊主頭の青年。
腕に装着した装置が魔力を吸い上げ、拳に炎を纏わせる。
スキル名は《魔焔拳》。
魔力を肉体に付加することで、破壊力を高めるタイプ。
「くらえぇっ!!」
アラタの拳がクラッドウルフの顔面に炸裂、火花と獣の咆哮が空間に響く。
「ユウト、サポート忘れるなよ!」
「言われなくても!」
ユウトは小柄な体格で、素早く動きながら魔力弾を撃ち込んでいく。
彼のスキルは《魔力導弾》──目標に自動で誘導する中距離射撃魔法。
(すごい……みんなC級なのに、連携が綺麗だ)
僕は後方から、常に周囲の構造と魔力の流れを視続けていた。
「右のクラッドウルフ、回り込んでます!」
「ナイス、一ノ瀬さん!」
「後ろ結界! カズキ、もう一枚!」
「了解っ!」
結界が展開され、跳びかかった獣が弾かれる。
天川の双剣が獣の首筋を切り裂き、アラタの拳がトドメを刺した。
「──制圧、完了!」
息を吐き、全員が警戒を解く。
「……これが、実戦か」
僕は手のひらを見つめながら、少しだけ震えた指を握った。
戦闘が終わり、空間の魔力が落ち着いたのを確認したあと、天川さんが時計を確認して口を開いた。
「ここで一旦、休憩しましょう。時間的にも中間地点ですし、魔力回復も兼ねて」
メンバーがそれぞれ腰を下ろし、携帯食や軽食を取り出し始めた。
「アラタ、今日もまた肉系ばっかじゃん。胃もたれするぞ」
「うっせ!これが一番体力戻るんだよ」
「そりゃ俺だって胃もたれしなければ肉食いてぇよ!」
「はは、ここで肉が食えるのも、俺らが稼いでる証拠だな。」
笑いながら、各自が慣れた手つきで準備を始める。
僕もリュックのサイドポケットから、保冷パックに入れたタッパーを取り出した。
フタを開けると、独特の香りが立ち上がる。
オクラ、とろろ、なめこ、きゅうり、醤油、酢、そして少しのワサビ──
まさに“自分専用の滋養強壮食”。
スプーンで混ぜながら、そっと一口。
「……んーっ…やっぱり、お酢が効いてる。疲れが取れるな」
その瞬間──空気がピタリと止まった。
「……なにそれ?」
ユウトが一番最初に声を上げた。
その表情は、まるで異星人を見るような顔。
「なんか……光ってね?いや、ヌルヌル……?」
「オクラと、とろろと、なめこ……?お前マジか」
アラタは少し引いて、カズキは顔をしかめる。
「匂い、強くない? 食事というより……処置食?」
「一ノ瀬さん、それ……いつも食べてるんですか?」
天川さんの問いに、僕はコクンと頷いた。
「はい。これがないと落ち着かなくて。脳が酸っぱさを求めるっていうか……」
「……いや、食生活に関しては自由だけどさぁ……」
「……ちょっと、尊敬するわ逆に」
メンバーたちは半分呆れ、半分本気で引いている様子だった。
でも、不思議と──誰もバカにはしなかった。
むしろ、“変わってるけど真面目なやつ”としての空気が、少しずつ場に溶け出していた。
(……変じゃない。これが僕の、いつもの朝ごはんなんだ)
僕はもう一口ネバネバをすくって、もぐもぐと食べた。
「そういえば、一ノ瀬さんって……おいくつなんですか?」
休憩中、ユウトがふと口にした。
「え?」
「いや、なんか……落ち着いてるっていうか、
スキルを使ってるのもあるかもしれないですけど、
さっきの罠の誘導とか、指示が的確だったんで。
俺たちも動きやすくて助かったんですよね」
アラタとカズキもうなずいていた。
「確かに。あれで実は経験者です、って言われたら納得しちゃうかも」
僕は一瞬だけ、口の中に残ったネバネバを飲み込んで、言葉を選ぶように返した。
「……17ですけど」
──数秒の沈黙。
「……えっ?」
「じゅうなな……?」
「え、マジで? 高校生ってこと? 今年……?」
「えっ、マジで……今この場で最年少なの……?」
天川さんでさえ、少しだけ驚いたように眉を上げていた。
「そうは見えませんでした。一ノ瀬さん、かなり落ち着いてらっしゃるので」
「しかも指示、全部冷静だったし……17って、俺らより年下……!」
「……くっそ……年下に完全に仕切られたわ俺……」
「いや、それはいいんだけど……ギャップすごすぎだろ……」
僕は少しだけ肩をすくめて、小さな声で付け加えた。
「……スキルを使うと、情報が自然に入ってくるんです。
それを伝えただけで……僕自身は、正直、まだ分からないことばかりで……」
素直な言葉だった。
でもその控えめな言葉に、天川は微かに目を細めた。
「でも、ちゃんと“伝え方”を分かってましたよ、一ノ瀬さん。
年齢は関係ありません。実際、かなり助かってますから」
「……ありがとうございます」
なんだか初めて言われた言葉で胸が熱くなった。




