1話「ヴェルト・ショック」
かつて世界は、科学と秩序の上に成り立っていた。
だが、10年前──ドイツを震源とする未曾有の地震〈ヴェルト・ショック〉が発生してから、すべては変わった。
空に裂け目が生まれ、大地に“歪み”が現れた。
それらは“ダンジョン”と呼ばれ、命と引き換えに力をもたらす場所となった。
大災害をきっかけに、突如として能力を発現する者“覚醒者”が増え、国家は彼らを管理するため、ギルドとハンター協会を設立。
今ではダンジョンの力は、もはや軍事・政治・経済すら動かす存在となっている。
これは、まだ何者でもなかった少年が、世界の構造に干渉しはじめる物語。
───「なぁ、聞いたか? 隣のクラスのやつ、昨日能力が発現してさ。A級ハンターに登録されたってよ」
ヴェルト・ショックから、もう10年が経った。
あの未曾有の地震をきっかけに、世界は“異常”を日常として受け入れるようになった。
今じゃ、ダンジョンが出現するのは当たり前。
誰かが能力に目覚め、ハンター協会に登録されたという話なんて、もはや珍しくもない。
「詩遠ちゃーん」
教室の隅で本を読んでいた僕に、妙に軽い声がかかる。
「ちょっと話があるんだけど、来てくれるー?」
──ドガッ!
「っ……!」
言葉の終わりと同時に、足が僕の腹を蹴り上げた。
「次々と同級生がハンターとして覚醒してるのに、お前はいつまで経っても負け犬のままだなぁ?」
その言葉は蹴り飛ばされる痛み以上に、胸の奥をえぐってくる。
床に転がった僕を、嘲るように見下ろしているのは山田 大地。
彼は数日前に能力が発現しB級ハンターとして登録されている、炎の能力者だ。
ハンターとしての等級は、協会によって明確にランク分けされている。
下はF級、上はS級。F→E→D→C→B→A→Sと7段階。
ランクは、発現した能力の種類・出力・応用性、そして本人の戦闘適正など総合的な評価で決まる。
F級やE級は基本的にはダンジョン討伐の際、C級以上のハンターとパーティを組まなければ行けない規程がある。
C級からはソロでの戦闘参加が許可され、B以上は国家レベルの貴重な戦力とみなされる。
A級以上は、ギルドの中核を担い、国によってはVIP待遇を受けることさえある。
S級となれば、もはや一個人で都市を守れるほどの存在だ。
そして僕、一ノ瀬 詩遠は未だに「何者でもない」。
僕だって──ずっと期待していた。
自分にだって、いつかは能力が発現する日が来るって。
毎日のようにバカにされ、踏みにじられても、
「いつかは見返してやる」と、心のどこかで信じていた。
……信じたかった。
「あ、そういえば、お前にいい話があるんだった」
大地が、ふと思い出したように声を落とす。
「昨日ちょうど、協会がまだ見つけてないダンジョンを見つけたんだよ。
俺ら、明日そこに入るつもりなんだけど──お前も来るか?」
あまりにも都合のいい話だった。
そんな未発見のダンジョンなんて、いったいどうやって――
だが、現実には「見つかったダンジョン」がすぐに公開されるわけじゃない。
この世界には、厳格な“ダンジョン発見後の対応フロー”が存在している。
【ダンジョン発見〜攻略までの流れ】
1.出現:目に見える“空間の歪み”として、世界中に突如発生。
高密度の魔力反応や空間振動により、早ければ出現直後に自動検出される。
2.通知と封鎖:ダンジョン反応を感知すると、即座に国家直属のハンター協会・研究機関に通知が入り、現場が封鎖される。
未登録ダンジョンへの無断接触は重大な違法行為とされる。
3.等級・性質の解析:調査チームが等級(F〜S)とダンジョンの傾向(属性・罠・出現モンスターなど)を判定。
等級が確定した時点で、協会や各ギルドに連絡が送られる。
4.入場とゲート制限:ダンジョンゲートは入場者が中に入ってから約5分後に封鎖され、外部からの再侵入ができなくなる。
その後、ボスを撃破するか、先に入った者が“倒される”ことでゲートが再開される。
ゲート制限は、外部からの乱入やアイテム奪取などの不正行為を防ぐための措置でもある。
5.落札制度と攻略権:等級が確定すると、ダンジョンの“攻略権”をギルドや個人ハンターが入札形式で落札する制度がある。
これにより、攻略にかかる責任や危険を引き受ける者が正当に選ばれる。
つまり、**ゲートの使用権そのものが“買い取り対象”**となる。
6.報酬の帰属:ダンジョン内で得られたアイテム・スキル・素材は、原則として討伐者のものとなる。
ただし、ランクや内容によっては国家査収が入る場合もある。
7.ダンジョンブレイクのリスク:1週間以内に攻略されなければ、ダンジョン内部の魔物やボスが現実世界へ流出する“ダンジョンブレイク”が発生。
この事態を防ぐため、S級や危険指定ダンジョンには最優先で協会やギルドの上級部隊が投入される。
つまり、ダンジョンは厳重に管理されており、本来は“個人が勝手に入れるものではない”。
……それでも。
そこに入れば、覚醒していない僕でも、“スキルを手に入れられる”可能性がある──
「行くしかないだろ、お前も。せっかくのチャンスなんだからさ」
大地の声が、甘く、そして冷たく響く。
「……」
僕はまんまと首を縦に振った。