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孤独と贈り物

月読宮に迎えられて数日。

紫月は自室で一人静かに茶を飲んでいた。

葵の嫌がらせで本邸の離れに住んでいるが、白銀のおかげもあり紫月にとって快適であった。

離れは木々が茂って人気がなく、聞こえてくるものは鳥や虫の声だけ。

この静かな環境に紫月はとても気に入ってた。

1ヶ月後に御三家の集まりがあり、そこで紫月を婚約者に迎えたことを陰陽の頭に報告する予定だ。

また他の御三家に紫月が月読宮についたことが漏洩しないように公になるまでは外に出ず、家の中で過ごすことになった。

葵からの命令で基本的に自室以外出てくるなと言われているが、快適なので紫月は別に気にしていない。

紫月にとってはゆっくり過ごせる貴重な時間であり、和国について学ぶ時間でもあった。

天竺では飲み慣れたスパイスの効いた濃い茶とは違い、和国の茶は淡く繊細な味がした。

「失礼する」

低く落ち着いた声が響く。

振り向くと襖が開き、本を数冊持った竜馬の姿があった。

「竜馬殿」

「本を持ってきた。約束のものだ」

竜馬は静かに歩み寄り、本を机の上に置く。

紫月はそれを手に取り表紙を撫でた。

しっかりとした装丁。長年の時を経た紙の感触。彼女の紫水晶の瞳が、ほんの少しだけ柔らかくなる。「本が好きなのか?」

「はい、好きです。幼い頃から本を読んでました。友達がいませんからね」

紫月はそう言って自嘲気味に笑う。その紫月の言葉に竜馬も気づいた。

魔眼を持って生まれた紫月には周りに誰もいなかったのだろう。

そのため、彼女は孤独な時間を本と過ごしていた。

「すまない…」

竜馬はかろうじて、それだけが言えた。

紫月は特に深い意味もなく返答した言葉をそこまで重く受け止めると思わなかった。

「この本……誰が選んだのですか?」

紫月は、さりげなく話題を変えた。持ってくる本はどれも内容がわかりやすく、とても面白い。

白銀が適当に選んだのか、それとも伝馬なのかと紫月は思っていた。

「……俺だ」

紫月は目を丸くして竜馬を見た。

意外だった。

「あなたが?」

つい言葉が出た。

「そうだ。父上から “お前が選んでやれ” と言われた」

竜馬は少し視線をそらし、考えるように口を開く。

「……お前は和国のことを何も知らないと言っていた。ならば、変なものを渡すよりも、俺が必要だと思うものを選んだ方がいいと思った」

紫月はしばらく竜馬を見つめた後、小さく微笑む。彼の言葉は余計な飾り気もなく、誠実だった。

「ありがとうございます」

「別に礼を言われるほどのことではない」

「竜馬殿が選んでくれたものなら、私もしっかりこの本の知識を身につけないといけませんね」

紫月はさっそく本を開き、ページをめくる。

しかし、ふと眉をひそめた。

「……和国の文字は、まだ少し慣れませんね」

紫月は天竺の言葉に長年親しんでいたため、和国の文字には、まだぎこちなさが残る。

幼い頃から読んではいたが、やはり他国に比べ複雑な文法と文字に時々頭が痛くなった。

竜馬は紫月の言葉を聞くと、静かに彼女の隣に座った。

「仕方がない。俺が教える」

「…あなたが?」

竜馬は黙って紫月の手元の本を見る。彼の指が紙の上をなぞり、行を追っていく。

「これは和国の歴史について書かれている。まず、和国には “朝廷” と “陰陽寮” があることは知っているか?」

紫月は静かに頷く。

「ええ。陰陽寮は陰陽師を統括し、そして朝廷はその上にある……そうですね?」

「そうだ。だが、それだけではない」

竜馬は本の真ん中あたりを指先で軽く叩く。それはまるで 「ここを読め」 という仕草だった。

「和国の陰陽師は、“朝廷に仕える者” と “独立している者” に分かれる。我々御三家は後者。独立を保ちながらも、陰陽寮の一部を担っている。そして、俺たちは “情報” を重視するんだ」

紫月は黙って話を聞いていた。

竜馬の語る声は冷静でわかりやすい。まるで長年の経験を持つ教師のようだった。

紫月は、ふと竜馬の横顔を見つめた。

黒い髪から覗く冷静で理知的な黒い瞳。端正な眉は意志の強さを感じさせ、整った鼻筋とすっとした顎のラインが、静かな美しさを際立たせている。

彼は真面目で堅物なだけではない。責任感があり、自らの立場を理解し、知識を蓄え、それを伝えることもできる。

「竜馬殿は教師になった方がいいかもしれません」

気づいたら、紫月の口からそんな言葉がついて出た。

「……は?」

竜馬が驚いたように眉を寄せる。

「説明の仕方が実に論理的で分かりやすいです。まるで学者や教師のようですね」

紫月がくすっと笑う。それを見た竜馬は少しムッとした表情を見せる。

「俺は教師ではない。陰陽師だ」

「ええ、わかっています」

紫月は竜馬をまっすぐ見た。

「教えてもらうのは嫌いではありません」

「……」

竜馬は何か言いたげに視線を逸らした。そして、小さく咳払いをしてから、立ち上がる。

「また、必要な本があれば言え」

紫月は小さく微笑み、軽く頷いた。部屋を出て行こうとした竜馬を紫月が呼び止めた。

「竜馬殿」

「なんだ?」

「お時間がある時でいいので、また私に和国について教えていただけますか?」

紫月の意外な申し出に竜馬は驚いた。心臓が高鳴る。

紫月は、人と関わり合いたくないので、あまり接しない方がいいかと思っていた。

「わかった。後で時間と日にちを決めよう」

「ありがとうございます。お引き止めして申し訳ありません」

竜馬はそう言って部屋を出ていた。

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