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たくさんの愛をくれた人

朔夜の誕生日パーティが始まろうとしていた時。

朔夜の父、紘が事故で亡くなったと連絡が入る。

朔夜と紘の間にある家族愛の裏あるものは。

家を飛び出した朔夜がたどり着いたのは、これ以上ないほど残酷な場所で。

そこで朔夜が取った、衝撃の行動とは。



朔夜side




俺は、施設出身だ。

親が亡くなったのか、捨てられたのかは分からない。

気づいた時にはもう、施設にいた。

昴と明那とは、その施設で知り合った。

いたずらっ子な昴と、引っ込み思案な俺を引っ張ってくれた明那。

そんな2人に俺がどれだけ救われたか、2人は知らないだろう。




『僕のお父さんとお母さんは、どこにいるのかな?』




その問いの答えを見つけようとすると、必ず俺を襲ってくる孤独。

でも2人と一緒にいれば、俺は全然孤独なんかじゃなくて。

寝る時もご飯を食べる時もいつだって一緒だから、寂しいという感情が消えていった。




でも、4歳の年の夏が去って、少しした頃。

俺は、今の両親に引き取られることが決まった。




大人が言うには、

『子供が欲しいけど、子供が産めないんだって。だから、これからは朔夜くんにたくさんの愛をくれるんだって。良かったねぇ朔夜くん』

と。



たまに来る大人がいるなとは前から思っていたけど、まさかその人が、俺を引き取るために来ていたなんて想像もしていなかった。




施設での生活は贅沢とは言えないし、優しく包み込んでくれる親だっていない。

昴と明那以外の子とは、よく喧嘩もする。

でも、昴と明那がいるのはここだけだ。

普通の人より数段下から階段を上っていかなければならない俺の人生で、唯一自慢できるものが、優しい2人の友達。

今まで俺がこの施設でやってこれたのは、2人のお陰と言っても過言では無い。

それなのに、その2人を俺から離そうとするなんて。

俺は、両親のことを悪い人だと思った。

でももう決まったことだ。

5歳にも満たない小さな子供がどう足掻いたって変えられない、残酷な運命。

この人たちについて行くなら、死んだ方がマシだと思った。

けど、案の定大人の力に勝つことは出来なくて、泣きじゃくる俺は施設の大人によって、強引に車に乗せられた。




施設の入口に泣きながら立っている2人が見える。

本当に、すぐそこにいるのに。

もう車から出ることは出来なくて、どんどん2人の姿が遠ざかっていく。

とうとう完全に2人が見えなくなり、俺は大声で泣いた。




そんな俺を元気づけるためか、父さんはある場所に車を停める。

そこは、海の近くの駐車場だった。

海は時間帯的に夕日に照らされており、橙色に染まった海面が、ひどく美しかったのを今でも覚えている。

海を見るのはその時が初めてで、俺は今まで生きてきた世界の狭さを知った。

それと同時に、こんなに広い世界があるのかと、俺は呆気にとられる。

その隙をついて、父さんは俺を抱き上げた。




「!?」




急に目線が高くなったことに俺はテンションが上がり、つい尋ねてしまった。




「あれ、なあに?」




子供の好奇心とは抑えられないものだ。

今の今まで絶対に口を利いてやらないと思っていたのに、気づけばそう口を開いていた。

父さんは優しい声色で、




「あれは海って言うんだよ」




と答えてくれた。




「うみ?」

「そう、海。綺麗だろう?僕は海が大好きなんだ」




ちゃんと父さんの声を聞いたのはそれが初めてで、なんとも眠くなる声だと思った。




ぼくはこれから、このうみがすきで、こえがあったかい人と生きていくんだ……




それも、悪くないと思った。




そこからは泣かずに、これから生活していくこととなる場所へと向かった。

30分ほどして家に到着し、とても温かい両親たちに不思議な感覚を覚えながらも中へ入る。

その家にやってきて、まず最初にしたことは手洗いうがいだった。

母さんが言うには、




「お夕飯にしましょう?気に入ってもらえると嬉しいわ」




と、どうやらご飯を食べるためらしい。

初めて昴たち以外の人と過ごす夕食の時間。

シチューを一口食べて、俺はどうしても思い出してしまう。

いつも昴と明那が好物を取り合っていたあの光景を。




「っう……」

「おや朔夜、どうしたんだい?椿さん、このシチュー熱かったかな?」

「そんなことはないと思うけど……」

「じゃあ、どうして泣いてるんだい?僕は、朔夜の口から聞きたいな」




僕の、口から……




俺は、意を決して心の中を打ち明けた。




「僕……昴と、明那がいいっ……」




この言葉を言ったら、この人たちを傷つけてしまうであろうことは分かっていた。

でもやっぱり、今までの生活を大きく変えることは、そう簡単ではないのだ。

望みたくもなってしまう。




すぐに捨てられてしまうかな、と怯える俺を、父さんは大きな体で抱きしめてくれた。




「そうか……ごめんね、僕たちのせいだね。でもね朔夜くん。あの2人とは、もうすぐ会えるよ」

「……え?ほんと?」

「うん、本当だ。明日になったら、また2人と遊ぶといいよ」

「!うんっ」




その後食べたシチューは、本当に美味しかった。




翌日、俺は父さんの車に乗せられて海へ向かった。

そしてそこにいたのは。




「朔夜!」

「朔っ」

「!……昴っ、明那!」




血の繋がっていない両親を連れた、友達2人だった。

父さんは、そこまで配慮してくれていたのだ。

何度も施設を訪れ、俺たち3人が仲良しなことを知り、なるべく離れ離れにならないように、と。

これは後に知った話だが、1番早く引き取りが決まっていたのは明那だったらしい。

その明那の両親となる人が父さんたちの住んでいる家と近かったから、心細いだろうと、明那と仲のいい俺を引き取ることにしたのだそう。

のちに昴の引き取り手とも話をして、俺たちはご近所さんとなった訳だ。

これでいつでも、2人と会える。

俺たちのためにここまでしてくれた2人に、嫌う部分なんて見当たるはずもない。

だから、両親のことをお父さんとお母さんと呼ぶようになるまで、時間はかからなかった。




「えっと……えっとね。お父さんと、お母さん……ありがとうっ」




と慣れない言葉を緊張しながら口にした時、2人は俺のことを泣きながら抱きしめてくれたっけ。




そして後日知らされたのは、昴と明那と同じ幼稚園に通えるということ。

それは2人と過ごせる時間が増えるということだから、とても嬉しかった。




そして、俺が絵を描くことが好きになったのも、父さんの影響だ。

父さんは、趣味でアクリル絵の具を使って、よくキャンバスに絵を描いていた。

描くのは花や山と、自然のものが多かった。

たまに母さんの絵も描いていたけど。

でも、その中でも飛び抜けて多かったのが、海の絵だ。

理由は単純、海が好きだからだ。

海が全く同じように波を立てる日も、全く同じように日光を反射する日もない。

その面白みを、絵に描きたいと思ったのだそうだ。

その話を聞かされたのが、俺が小学校3年生の時。

俺も絵を描いてみたい、と興味を持ち、見事にハマった訳だ。

俺も、最初は海を描いてみた。

青と水色だけを使って描いた簡単な絵だが、それを両親に見せるとあまりにも良い反応をしてくれたので、俺はいつしか、2人に笑顔になってなってもらうのを目的に絵を描くようになっていた。

それを続けた結果、ネットではいい反応が得られなかったけど。

俺に趣味を与えてくれ、それを続ける理由をくれた両親には、感謝してもし切れない。




父さんが俺に与えてくれたものは、まだ他にもある。

それは、俺の名前の由来だ。

「朔夜」という珍しい名前の意味が知りたくなったのは、俺が中2の時。

クラスメイトが自分の名前の意味を誇らしげに語っているのを見て、気になったのだ。

実の両親、すなわち名付け親ではない父に、こんなことを聞いても困らせるだけだと分かってはいた。

でも父さんなら、いつも通り「どうしたんだい」、と話を聞いてくれそうな気がしたから。

夜、ベランダに出て尋ねてみた。




「ねぇ父さん」

「どうしたんだい朔夜?」

「……俺の、名前ってさ。どういう意味だと思う?」




父さんは無言になった。

やっぱり聞かなければ良かった、と遅すぎる後悔をしていると。

父さんは、スマホを取り出して何かを調べ始めた。




「……父さん?」

「朔という漢字の由来は、月が満ち欠けしてもとの状態に戻ること。意味は、頂点を目指せる子に、だそうだ。

夜という漢字には……おしゃれ、みたいな意味があった気がするな」

「えーっと……そうなんだ」




突然何を言い出すかと思えば、漢字の由来、意味を調べていたらしい。

そして、父さんが考えてくれた意味は。




「ここからは……僕の勝手な考えになるけどね。僕は、朔夜自身が月なんじゃなくて、朔夜は月に照らされる側なんじゃないかと思うよ。月というのは、この世に1つしかない。その唯一の存在に照らされた朔夜は誰にも負けない何かを持っていて、それで何かを成し遂げられる子だって。漢字から考えただけじゃなく、普段からそう思っているよ」

「っ………」




父さんが、そんなにも俺のことを思っていてくれたなんて。




ああ、涙腺が弱いのは相変わらずらしい。




気持ちの良い秋の夜風を浴びながら、父さんにありがとうと言う。

すると父さんは、




「その誰にも負けない何か、というのが朔夜にとっての絵だったら、僕は嬉しいよ。なんて、押し付けすぎかな」




と言って笑って見せた。




押し付けてなんかないよ、父さん。

俺だって絵がいいなと思ってるよ。




そんなこんなで、俺は今まで、父さんと母さんにたくさんのものをもらってきた。

色々なものを食べさせてくれて、色々な所に連れて行ってくれて。

母さんなんか、俺のために料理を張り切りすぎて火傷をしたこともあった。

おおらかな父さんと、少しおっちょこちょいだけど愛は人一倍大きい母さん。

この2人に引き取られたことで、俺は人生の大半の運を使い切ったと思った。




だからって……

父さんがこんなに早くいなくなるとは、思わないだろ……っ




俺は、母さんのそばにいないといけないことも忘れて、家を飛び出した。




「朔くん!」

「おい朔夜!」




俺を呼ぶ声が聞こえるけど、そんなものもうどうでも良かった。

俺の足は勝手に動き続ける。

どこに向かっているのかは自分でも分からない。




ただ、あの家から遠くへ、遠くへ。




あの人で染まっているあの家から、離れなければ。




そうで、ないと……っ




どうやってもあの人を感じてしまう空間にいると、もういないという事実が余計に気持ち悪くて。




父さんが買ってきた、玄関に飾ってあるフクロウの置物。

台所に雫を垂らしながら置かれているティーカップ。

海の色だと言って、もう6年も前に買ったボールペン。




どこを見ても、あの人だらけ。




あの声が、眼差しが、足音が、この世から消えた。




それが信じられず、何より信じてはいけないと思ったから、俺は我武者羅に走り続ける。




「はぁっ……はぁっ……う、はぁっ……」




涙を流しながら、ずっと。

今立ち止まってしまったら、きっともう足は動いてくれない。

それは困る。

だから嫌でも前を見て、通り過ぎる車のスピードを羨みながら足を動かす。




父さんが死ぬはずない。




だって、今日の朝、行ってきますって……行ってらっしゃいって……っ




父さんが出勤してから、まだ半日も経っていない。

半日前はいたんだ、あの家に。




なのに、俺たちが誕生日パーティとかゲームとかしてる時、父さんはっ……!




不慮の事故。

どれほど痛かっただろうか。

胸が痛んで仕方がない。

想像するだけで痛いそれを、なぜ父さんが身をもって体感しなければならなかったのか。




仕事が忙しくて夜遅くに帰ってくるけれど、休日や空き時間は常に家族と一緒にいようとしてくれる、家族団欒を大切にするあの人が。

「心に優しく寄り添ってくれるんだ」という理由で海が大好きで、間違ったことをした時は優しく真剣な声で注意して正してくれるあの人が、なぜ。




この1年で、自分の無力さを何度実感しただろう。

でも今日は、無力さよりも、怒りの気持ちが強い。

父さんが今日、俺の誕生日に事故で死ぬ運命にした、神への怒り。

いくら怒ったってこの運命が変わることはない。

それでも、この気持ちをぶつける相手がいないと、俺の心は破裂しそうで。

その原因を作ったのは、神を怒らせた俺自身なのにも関わらず。




心はまだまだ遠くへ行くことを望んでいるけど、息が切れて、もうこれ以上走れないと体が限界を迎えた時。

そこにあったのは、海だった。




「っ……なんなんだよ、そこまで俺を苦しめたいのかよ……っ?」




家と同じくらい、今の俺にとって残酷な場所。

歩道にしゃがみ込み、俺はあることに気がつく。




「……いや、違うな……」




これは、無力な俺に死ねと言っているのだ。




ああ、きっとそうだ……




神なんて曖昧なもの信じられるわけが無いし、頭の隅では死ねなんて違うと分かっている。

でも、そうにでも思わないと、この現実が飲み込めそうにないんだ。




俺はなんとか力を振り絞って立ち上がり、横断歩道のない場所を突っ切って車道を渡る。




肌寒さと足に付いてくる砂に不快感を覚えながら、海へ近づいていく。

そして遂に波打ち際までやってきたと思えば、俺は無意識に靴を脱いでいた。




人間は何故か、自殺する前に靴を脱ごうとする。

その理由が、自分が当事者になってやっと分かった。

いくら世界に失望して拒絶をしたとしても、自分がいたという証拠を残したかったんだ。

最期の、もう手遅れの望みを。




まぁ、そんな発見も今となってはどうでもいいが。

サンダルを揃えて砂の上に置き、海へと体を沈めていく。




……冷た……




冷たくて痛みまで感じるけど、次第に体が麻痺し、何も感じなくなってくる。

海中で足に絡みつく砂の感触しか分からなくなっていた頃、俺は腰辺りまで海水に浸かっていた。

そんな時、背後から声が聞こえてくる。




「朔、くんっ……朔くん!」

「朔!」




唯鈴と……真琴の声だ。




ここまで走って追いかけてきたのか……

大変だっただろうな。

途中で諦めて、帰れば良かったのに……




振り向く気力すらない俺は、変わらず体を沈めていく。




もう終わりたい。

楽になりたい。

大切な絵をバカにされて、でも耐えて生きてきた。

それなのに、そんなギリギリの状態で父さんがいなくなったら、耐えられる訳がないじゃないか。




頭の中でそう声にし、遂には目を瞑る。




もっと、もっと深い所に。




「朔、何やってんの……ちょっと、朔!」

「朔くんお願い、私を置いていかないでっ」




真琴と唯鈴のその言葉に少し足が止まるも、再び動かし始める。

そうして、ついに胸の辺りまで浸かった時。

後ろから急いで追いかけてくる真琴に、俺はあっさり捕まった。

かと言って、抗おうともしなかった。

そんな力は、残っていない。




「朔っ、何、考えてんの……っ」

「………死のうと」




そう答えた瞬間、俺の左頬に強い痛みが走った。

真琴に殴られたのだ。

真琴が怒る、まして手を上げるなんて初めてで、俺は状況を飲み込むのに時間を要した。

そして次は胸ぐらを掴まれて。




「そんなの……許されるわけないだろ?唯鈴と椿さんのこと残して、自分だけ楽になる?ふざけるなよ!」




俺の胸にひどく突き刺さった友情の叫び。

俺はその言葉に、何も言えなくなる。

その様子を見た唯鈴は、俺よりも苦しそうな顔をして言った。




「どうして自分が愛されてるってことが分からないの!?朔くんがいなくなったら、悲しむ人が沢山いるんだよ!?その事に気がついてよ!……約束、したじゃん……っ」

「っ………」




俺よりも背が20センチ近く低い唯鈴は、もう首の辺りまで海水に浸かっている。

それなのに俺を引き止めるために必死な姿が、涙が出るほど健気で。

目の前の死から遠ざかってもいいかもしれない、と思いかける。

そこで俺は心身ともに限界を迎え、膝の力が抜けて海に全身が入る。




「朔っ!大丈夫!?」




それを支えてくれたのは真琴だった。

心の底から心配そうにこちらを見つめてくる。

その瞳には涙が浮かんでおり、それを見てようやく、今自分がしていることの愚かさに気付かされる。




「……なに、やってんだろ、俺。ほんと、ごめん……っ」




2人に追いかけさせて、この冷たい海の中に入らせて。

唯鈴の言う通り、ずっと一緒にいるという約束もしたのに。




謝る俺に、真琴と唯鈴はいつもの優しい声をかけてくれた。




「分かったならもういいよ。でも朔、もう二度とこんなことしないで」

「そうだよ朔くん。私は朔くんが海に入っていってるの見ても止められなかったけど、最高の友達が私の代わりに殴って止めてくれたじゃんっ。朔くんは、愛されてるんだよっ?」




そして、ニコッと笑い俺を照らしてくれる。

まるで、月のように。




そして思い返されたのは、俺が死のうとした、夏休み初日の会話。




『でももし、万が一俺が約束を破ろうとしたら、殴ってでも止めてくれ』

『好きな人を殴りたくはないけどなぁ、ふふ』




俺のことを止めてくれて、約束を破らせないようにしてくれて、




「……ありが、とう……っ」




その後、真琴は泣きじゃくる俺を支えながら海を上がった。

唯鈴もなんとか上がれたようで一安心……とはいかなかった。




寒い、寒すぎる。




3月下旬の海に入り、風のある場所へ戻ってきたのだ。

想像以上に体が冷える。




「さ、さささ朔くん?どどどうしよう、寒すぎるよ……っ」

「えっ……どどどうする?」

「とととりあえず昴に電話するよ……っ」




頭の回転が早い真琴は、海に浸かる前スマホをポケットから出していたそう。

そうしていなかったら今頃、俺たちは凍え死んでいたかもしれない。




結局その後、昴にありったけの上着を持ってきてもらうことになった。

明那は家に残り、母さんのそばにいてくれている。

そして思った。




俺は、本当に人に恵まれていると。




寒くて死にそうなくらいだったけど、救急車を呼ぶ訳にはいかない。

だから、俺たちは昴が来てくれるのを待つことにした。

待ち始めてからほんの数分後。

車道の方に、自転車に乗ってこちらへやって来る昴が見えた。




「はあっ、とりあえず、俺たちが今日着てきたのと……はあっ、朔夜のクローゼットから漁ったのを……っ」




息を切らすほど急いで来てくれた昴から上着を受け取り、俺たちはやっと一安心出来た。

でも、昴は随分とご立腹なようで。




「おい朔夜!ほんと、何考えてんだよ!?椿さん泣いてんだぞ?苦しいのはお前だけじゃないんだよ!」

「っ……悪い」

「ほんと、手のかかる奴だな!」




お前に言えたことではない、とツッコミたいが、今回ばかりは俺が悪い。

反省して俯いていると。




「でもまぁ、生きててくれて良かったよ、このバカ朔夜!」




そう言って、昴に抱きしめられた。




俺は、こいつらを置いて死のうとしてたのか……

昴の言う通り、俺はバカだ。




「ああ、本当に悪かった」

「ん、分かったなら良し。じゃあ寒いし、もう帰るぞ!」

「うんうんそうしよう昴くんっ。私凍え死んじゃう!」




そして、俺たちは仲良く家へ向かった。




俺が過ちを犯し切ることは防げたけど、いざ玄関前まで帰ってくると、足が動かなくなってしまう。

父さんがこの家に帰ってくることはないし、母さんだってひどく苦しんでいるだろう。




そんな家には……

帰りたく、ないな。




そうは思うものの、俺には守っていかなければならないものがあるのだ。

父さんがいなくなった今、俺が母さんと唯鈴を支えていかなければならない。




そう意を決して、俺は玄関の扉を開けた。




「………た、ただいま」




おかえりの言葉は帰ってこない。

恐る恐るリビングへ行くと、変わらず受話器の前で泣いている母さんの姿があった。




っ……しっかりしろ、俺。




「明那、ついててくれてありがとう」

「あ、うん……朔は、大丈夫なの?」

「大丈夫……とは言えないけど、ちゃんとしないといけないのは分かってる」

「そか」




そして、明那に代わって母さんの横へしゃがみ込む。




「母さん」

「うっ……朔、紘さんが……っ」

「うん、俺も悲しい。悲しいけど……いつまでも泣いてたら、父さんが悲しむよ」




守って、いかなければ。








その後、昴の父親に車を出してもらい病院へ向かうと、安らかに眠っている父さんの姿が。

顔に目立つ外傷はなかった。

でも、それが返って父さんを思い出させて、涙を流さずにはいられなかった。

でも、今の俺には強い決意がある。

だから、悲しみに暮れながらも、俺は前を向くんだ。

翌日にはお通夜、そのまた翌日には葬式が行われた。

そしてやってきた3月の28日。

俺と母さんは海洋散骨をしに海へ向かった。

海が大好きな父さんには、ピッタリだと。

その日の夜、バタバタしてあまり話せていなかった唯鈴と、ベランダに出て話をすることになった。

そんなに堅苦しい話をするつもりではなかったけど、夜の暗い空が必然とそうさせてきたから。




「朔くん、頑張ったね」

「……こればっかりは、自分でも思うな」




色々なものと戦った3日間だった。




「それにしても……まさか朔くんが死のうとするなんて思わなかったな」

「すいません……」

「んーん!こうして生きてくれてるんだから、いいんだよ」




あの時、真琴と唯鈴が俺のことを止めてくれていなかったら、俺は今この世界にいなかったんだよな……

そして母さんは、大切な人を同時に2人も失うことになってた……




そう思うと、自分がしようとしたことの恐ろしさに鳥肌が立った。

その時、唯鈴に言わなければならない事があるのを思い出す。




「唯鈴、約束破りそうになって……悪かった」




ずっと唯鈴と一緒にいると約束したくせに、それを投げ出しそうになったこと。

泣くほど君が望んでいた約束だ。

謝って許されることではないかもしれないけど、謝らせて欲しい。




そう頭を下げる俺の肩に、唯鈴は手をポン、と置く。




「いいよ、朔くん。もう、いいよ」

「っ……」




許してもらえたのは良いことだ。

でも、俺が約束を破ろうとしなかったら聞くことはなかったそのいいよ(・・・)が、俺の心を暗くする。




「やっぱり俺は、こんな自分大嫌いだ……」




小さく呟いたその一言を、唯鈴は聞き逃さなかった。




「まだ分からないの?朔くんは愛されてるって……」

「分かってる!でも、愛されてるからって自分のことを好きになれるわけじゃないだろ……っ?」




こうして強く当たってしまう俺も、大嫌いだ。




謝れば丸く収まるのに、俺の体は唯鈴にそっぽを向けて。




「……ごめん」




口からは、その3文字が発せられた。




きっと疲れが溜まってるから、こんなことを言ってしまったんだ。

だから、少し距離を置いて心を落ち着かせよう。

元通りになったら、また話そう。




俺は、そう軽く考えていた。

唯鈴がその後、




「こんな終わり方、いやだよ……っ」




とベランダで1人涙を流していることにも気づかずに。



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