出待ち
とある警察署。拘留中だった彼は今夜、保釈され、そして今まさに警察署の正面自動ドアを通ろうとしていた。
喪服を思わせるのは黒いネクタイに黒いスーツだけではなく、その重苦しい表情。他にも髭等、身だしなみを彼が完璧に整えたその理由は当然……。
よし、行くぞ……。まず四秒、いや五秒、頭を下げてそれから謝罪。で、また頭下げ、え――
「ん? あの、海老原さんどうしたんですか? 戻ってきて……」
「いや、あの、お巡りさん。あの、今日って伝わってますよね?」
「はい?」
「俺が今日、保釈されるってマスコミに伝わってますよね?」
「そりゃ、伝わってるんじゃないですか? ほら、その自動ドアの向こうにいるみたいですし」
「一人ね! たった一人だけ! 俺、大河にも出たことあるんだよ! そこそこ、いや人気俳優! それが一人!? 報道陣、一人!?」
「はははっ、陣でもないですね」
「いやいやいや、おかしいって一人は……まあ、大麻の所持なんてよくある罪か……」
「よくある罪……?」
「あ、すみません反省はしてます」
「まあ、いつまでもここにいるわけにはいかないでしょ。ほら、出て。頭下げてそれで謝罪して帰ってくださいよ。ふふっ、たった一人相手に」
「小馬鹿に、あ、お、押さないでくださいよ!」
「迷える人の背中を押すのも警察官の仕事です」
「いい風に言わないでくださいっての! あ、えー、この度は、その……ちょっとすみません」
「あ、なんでまた戻ってくるんですか」
「……ガム噛んでた」
「はい? まあ、それじゃ反省してないと思われちゃいますね」
「いや、俺じゃなくアイツ。カメラ構えてるあの野郎、ガム噛んでた……」
「あの野郎なんて、せっかく来てくれたのにそんな言い方はないでしょう。ふふっ、ファン一人……」
「ファンじゃねえでしょ! ファンならもっといるわ!」
「まあ、それはさておきガムくらい噛むんじゃないですか? ほら、スポーツ選手が緊張をほぐすように」
「アイツは緊張なんかしてないっすよ……ほら、ダボッとした服装して、なんか新人のカメラマンみたいな雰囲気で……ってだから何で押すんですか!」
「彼にとって今日がデビュー戦かもしれませんね。さあほら行って! いい思い出作ってあげて!」
「そんな必要ない! ああもう! ……えー、この度は」
「まず頭下げなくていいんすか?」
「え、あ」
「さっきも下げませんでしたけど」
「あ、いや、ちょっと頭から抜けちゃってて……」
「言い訳とかいいから」
「はい……えー、はい、じゃあ」
「出てくるところからやり直したほうがよくないっすか?」
「あ、はい……」
「あ、ちょっと、なんでまた戻って、え、泣いてる? 大丈夫ですか? 怖いんですか? え? 戻された? おまけにコーラ飲んでた? ちょっと意味がよく……あ、今、『早くー』って聞こえましたけど、あ、いってらっしゃい」
「…………この度はご迷惑をおかけして」
「あ、すみません。こっち、写真撮るの忘れてました。ビデオカメラは撮ってるんですけどね。もっかい頭下げて貰ってもいいっすか?」
「……はい」
「どうもーっす。はい、じゃあいいっすよ」
「……この度は、ご迷惑を」
「御足労いただきありがとうございますとかねえのかなぁ」
「……ご、ご、ご、うぅ」
「なんすかその目はぁ……、チッ。四流のモノマネタレントくせに」
「御足、え? モノマネ……?」
「相手が大したケガじゃなかったとはいえ、ひき逃げには変わりねえんだぞ!」
「ひ、ひき逃げ……? あ、こ、これってまさか情報の行き違い……? いや、あるかそんなこと、いや、あるのかっ! はは、ははは! そぉーだよなぁーははははは! お! ははは! みんな、間違いに気づいて来たのか! ははははは! いやー! この度はどうもありがとう!」
東帝新聞見出し
【大河俳優 海老原 反省の色なし 保釈後ハイテンションで報道陣に手を振る】