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歴史・時代

祝いの菓子

作者: 御田文人

「秋の歴史2023」に参加した拙作「将棋と羊羹」の後日談になりますが、前作未読でも問題ありません。


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【本箱の会参加に伴う追記】

本作、2024年10月現在で一番気に入っている過去作になります。

キャラクターから勝手にプロットが浮かび、1時間程度で書き上げました。そして、ほぼプロット時にイメージした通りに仕上がりました。

スポーツでいうゾーンに入った時のような状態で書いたものなので、とても印象深く、後の自分の作風に影響を及ぼしている作品だと思っています。



 呉服屋の利吉(りきち)は元は由緒ある武家の次男である。

 故あって町人として呉服屋を継いでいるが、本人、親族納得の上のことなので元の家族との仲は円満である。

 特に兄である利勝(としかつ)とは仲が良い。

 此度も、晴れて家督を継ぐ利勝に祝いの着物を送ろうと、張り切って採寸に出向いていった。

 しかし、利吉はかなり浮かない顔で帰って来た。


「どうしたの。ものすごく不機嫌そうだけど、お兄さんと喧嘩でもしたの?」

 利吉の妻、(きぬ)が尋ねた。

「分かる?」

「分かるよ。そこに村井屋の羊羹があるのに素通りしていったもん」

「おうっ!気が付かなかった!こりゃいかんな。。商売に支障が出てしまう。切り替えなけりゃ」

 そう言いながら、利吉はさっそく羊羹を口にした。

「切り替えたいんだが、イライラする。一回、愚痴言っていい?」

「どうぞ」

 利吉は口いっぱいに頬張った羊羹を飲み込むのに難儀して、絹が差し出した水で無理やり流し込んだ。

「まったく、せっかく上等な着物を仕立ててやろうというのに、あのヤロウ、いらないと言うんだ」

「あら、ウチの着物じゃ気に入らないの?」

「そうじゃねぇ。金を払うと言いやがる。すまない。水まだある?」

「はいよ」

「ありがとう」

 利吉はもう瞬く間に二杯目の水を飲み切った。

「アイツ、なんて言ったと思う?『お前はこの呉服屋を継いだばかりだ。地盤はまだ盤石ではない。継いだばかりで身内に高価な贈り物なんかしたら職権乱用と取る古株もいるだろう。そんなこといいから商売に専念しろ。商人なんだから金は大事にしろ。そうだ、むしろオレが着物を買って売り上げに貢献してやろう!』だと。そんなワケの分からないことを言いいやがるんだ」

「私は感謝で涙が出そうだけど・・・」

「なにが金は大事だ。オレには湯水のように小遣いくれたくせに!」

 もう駄々っ子である。絹はとりあえず言いたいことを全部吐き出させようと思った。

「で、結局どうするの?」

「ああ。『弟に祝いもさせない気か!この人でなし!冷血漢!朴念仁!』と売り言葉に買い言葉が始まって、結局『じゃあ貰ってやる。しかし値が張るものはいらぬ。菓子折りを持ってこい』ときたもんだ」

「あら、かわいらしい。いいじゃない。お兄さんが驚くような、とっておきのお菓子一緒に考えましょう」

「何がとっておきの菓子・・・そうか!」

 利吉は急に冷静になった。絹は知っている。こういう時の利吉はだいたいロクでもないことを考えている。

「菓子なら貰うと言うんだ。とんでもない菓子送ってやる!」

「・・・そうね」

 随分、雲行きは怪しくなったが、とりあえず機嫌が直ったので良しとしよう。

 絹はそう考えることにした。


 それからというもの、利吉と絹は呉服屋に来る客に対して、何かお勧めの菓子はないかと尋ねて回った。

 特に簡単に手に入らない物がいい。そんな銘菓を知っている客があれば商売を忘れて話し込んだ。


 しかし、なかなか難儀した。

 利勝は名家であり財力も伝手もある。この辺のものはたいてい手に入ってしまうのだ。彼が簡単に手に入らない菓子となると、遠方の地方の物になるのだが、遠くから運べば味は落ちる。珍しいだけで不味いでは意味が無いのだ。


「なんだい、そりゃ?考えすぎて、とうとう将棋の駒まで食うようになったか?」

 舅の権左衛門(ごんざえもん)が聞いた。

 権左衛門と利吉は将棋を指している。

 この二人が将棋を指す時は、いつもツマミは羊羹と決まっているのだが、今日に限って利吉は自分は間に合っているからと、持参のものをボリボリ食べているのだ。

「八つ橋の失敗作です」

「八つ橋って京の?」

「はい。焼いた菓子なら取り寄せても大丈夫と思ったんですがね。やはり京で食べた記憶に比べたら幾分落ちるんです。ただ、見てたら、これなら作れるんじゃないかって気がしてやってみたんですが」

「その将棋の駒みたいなのが出来たと」

「はい。菓子って難しいもんなんですね」

「そりゃあそうだろ。簡単ならここでもう、誰かが作っているよ」

「ええ。試行錯誤して、形だけはそれなりの物が出来るようになったんですけどね」

 そう言って利吉は皿の中の物を見せた。将棋の駒のようなものや、板のようなものに混ざって、いくつかは八つ橋らしい形のものがあった。

「なんせ旨くない。米粉と砂糖とニッキだけなのに、どうして同じにならないもんですかね・・・」

「どれ、私も一つ貰っていいかな」

「旨くないですよ」

 利吉はそう言って皿を差し出した。権左衛門はどれどれと一つ摘まんでボリボリと齧った。


「固いな。だが味は悪くないじゃないか」

「えーーーー!耄碌したんじゃないですか?!それとも老人好みの味なのかな?」

「馬鹿野郎!こんな固い物を老人が好むか!そんなこと言うなら、もう私の選んだ羊羹は食うな!」

「いや、すみません。それは困る」

 権左衛門と利吉は羊羹に目が無い。権左衛門は基本ケチなくせに羊羹だけはかなりの高級品を選んでいた。

「いや、待てよ」

 権左衛門が何かに気づいた。

「利吉、これ、羊羹と一緒に食べて見ろ」

 そう言って利吉に羊羹を差し出した。

 利吉は言われるがままに羊羹を一口食べ、続いて八つ橋の失敗作を口に入れた。

「なるほど」

 確かに悪くない。単品では一味も二味も足りない失敗作だが、羊羹と一緒に食べると、その物足りなさが良い。ほのかなニッキの香りと歯ごたえ、そして餡子の甘みが抜けた後に顔を出す焼き菓子のほのかな甘みがクセになる。

 食べている間に味や触感が変化するから、羊羹だけ単品で食べるより食べ飽きないかもしれない。

「そうかそうか。義父上(ちちうえ)、これはいけますよ!」

 利吉は腕を組んでニヤニヤした。権左衛門は知っている。こういう時の利吉はだいたい何かを企んでいる。


 数日して利吉と絹は利勝の屋敷を訪れた。

「おう、今日はどうした」

 利吉が菓子制作に試行錯誤した分、件の喧嘩から随分日が経っていたので利勝はすっかり菓子折りの件は失念していた。

「祝いの菓子折りを持参しました」

 利吉はワザと恭しく言う。

「そうか、そんなこともあったな。まぁ上がれ」

 利吉と絹は客間に通された。通されたと言っても利吉にとっては実家である。言われるまでもなく勝手にずんずんと上がり込む。


 三人が客間に着座すると、利吉は平伏して恭しく漆塗りの重箱を差し出した。

「どうぞ、お納めください」

「いつまでそれやるんだ?そろそろ普通にしてくれ」

「まぁ、いいから開けてくださいよ」

 そうは言われても、利吉も絹もニヤニヤしているから、絶対何かイタズラしてるに違いない。

 利勝は警戒している。

「どうぞどうぞ、カエルなんて出てきませんから」

 絹が言った。そう言えば昔、そんなイタズラを利吉がしたことがあった。利吉は面白おかしく話したに違いない。

 ともかく、絹にそう言われたら引き下がりにくい。利勝はえいやと箱を開けた。


 すると、重箱の真ん中に、拳大の黒い玉があった。


「アンコだよな、これ?」

「アンコです」

「何か変わったアンコなのか?」

「村井屋の上等なのを分けてもらいましたが、アンコはアンコです」

「これを手づかみで食べろと?」

「ああ、気が利かず申し訳ありません。ただ今、匙を用意しますね」

 そう言うと、利吉は盛っていた巾着袋から重箱の中に匙をバラバラと出した。

「おいおい、匙はこんなに要らないよ」

「いえいえ、これはこうして食べるんです。ちょっと失礼」

 利吉は匙を一つ取ると、それでアンコを掬い、口に入れる。

 そしてそのまま、匙ごとバリバリ食べた。


「なっ!なにをふざけている?!」

「ふざけてませんよ。これは食べられる匙なんです。八つ橋で出来ていますから」

「ほう」

 利勝は理解した。そして、一つ匙を手に取って、まじまじと眺めた。

「これ、お前が作ったのか?」

 普通なら『どこで買ってきた』と聞く所だろう。しかし流石の利勝、弟ならこれぐらいやりかねないと瞬時に分かった。

「ええ。まず普通の瓦型で作って焼いてから、匙の形になるように脇を削りました。最初から匙型で焼くと割れやすくて強度に難があったんですよ。いやぁ苦労しました。さ!どうぞどうぞ」

 利勝は利吉の真似をしてアンコを人掬いして口に入れた。

 アンコの他にニッキの香りが加わって心地よい。パリパリと噛むと利勝は笑い出した。

「はっはっはっ!なんだこれ。相変わらずヘンなこと考えるな。ヘンだが旨いぞ。だから余計にヘンだ。はっはっはっ」

 利勝の笑いが止まらなくなった。

「ずいぶん楽しそうだな、また利次(としつぐ)が何かしたか?」

 利次とは利吉の元の名前である。入って来たのは両親だった。

「父上、母上、利次がまたヘンなもの作りました。ちょっと食べてみてください!」


 そうして久しぶりに親子4人に絹を加えて、話に花が咲いたのだった。 


 その帰り道。


「良かったわね。あんなに喜んで貰って」

「ああ」

「ちょっと思ったんだけどさ、この食べられる匙、売れるんじゃない?」

「売れるだろうな。茶屋なんかに下ろしたら、けっこう流行ると思うぞ」

「そうよね!」

「でも、売らないんだ」

「なんで」

「不満か?」

「いえ、ウチは呉服屋だから別にかまわないけど、こんな面白そうなことアナタがやらないなんて珍しいじゃない。そのワケは気になるから教えてよ」

「へへっ」

 利吉は満足そうに悪い笑顔をした。

「あの匙は売れる。けっこうな儲けになるはずだ。でも儲けない。あれは兄上だけのものにする。つまり!」

「なるほど!はっはっは」

 絹は理解して笑い出した。

「実質、着物より高い祝いの品送ってやった!ざまぁみやがれ!」

前作、特に続き物にするつもりは無かったのですが、話が浮かんでしまったので書いてみました。

よろしければ前作「将棋と羊羮」も是非。

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― 新着の感想 ―
「本箱の会」から参りました。 利勝と利吉の兄弟関係がいいですね。 利吉が「とんでもない菓子送ってやる!」という発想になるの、面白いですね。 二人の間だけではなく、絹や権左衛門とのかかわりにも温かいもの…
意地っ張りだけど、互いに想いあっている素敵な兄弟だなと思いました。 たった一人のためだけにあるプライスレスの食べられる匙、良いですね! 素敵なお話をありがとうございました。
『本箱の会』から拝読させていただきました。 前作も併せて読ませていただきましたが、なるほど、これは確かに人情噺のエッセンスに溢れたお話ですね。 兄弟の絆の話、堪能させていただきました。 自分も…
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