【エロースの花園】明見彼方
前作のようなもの。読んでる方がわかるかも
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職員室から出てきた平田木乃香を、待ち構えていた明見彼方がすぐに尋ねた。
「大丈夫だった? 何があったの?」
「あー、大丈夫です。私のことじゃないんで」
急に教師に呼び出されて職員室に、と穏やかではない事態に憂鬱そうだった木乃香と、それを木乃香の何倍も心配する彼方であったが、別に木乃香の素行や成績に悪い点はない。
呼び出しの原因は木乃香の交友関係、ひいては二人のクラスメイトでもある西院乙女子のことである。
「なんでも西院さんが怪しい場所に出入りしているから知らないかって話です。全然知らないんでそう伝えましたけど」
「さ、西院さんが……?」
西院乙女子、真面目でお嬢様気質な彼女に限って非行などはありえない。木乃香はそう、軽く考える。何かと絡まれるだけで親しいとも思っていないし、クラスメイトの中で暑苦しくてうっとうしいくらいまで思っている相手だから、話はこれで終わりと帰ろうとする。
しかし、明見彼方にはそうではない。
「わかった。……私たちで、調査しよう!」
「……え、えぇ? なんでです?」
「だって、西院さんがもしいけないことをしていたら……一緒に進学できなくなっちゃうよ! だから、私たちで止めよう!」
「うぇー……」
「いや?」
「いえ、嫌ではありませんけど。徒労に終わりそうと言うか、まさか、西院さんがねぇ」
「念には念を、だよ!」
乗り気の彼方に引っ張られる形で、木乃香は渋々それを了承するのであった。
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「牛乳とあんぱん買ってくる!」
「要りませんよ。声を抑えて」
普段は部活動の勧誘に勤しむ乙女子が、たまに放課後すぐに帰るというのだから、その日に尾行をすることになった。
明らかにやる気のない木乃香を、しょっちゅう部活に誘うくらい熱心な乙女子が部活をしない不定期な日、となれば怪しむのは当然のこと。
「サングラスとかないけど……」
「要りません。尾行されたと西院さんが気付けば嫌な気になるかもしれませんが、バレたら素直に謝ればいいんです。バレないに越したことはないですし、変装した方が人目を引いてバレやすいだろうしやめときましょう」
同じ制服で振り返られればすぐバレるだろう。曲がり角や、ウィンドウショッピングをするフリなどして、離れた距離を保ちつつ、見逃さないようにと歩みを進めていく。
「……木乃香ちゃんってもしかしてやってた? 尾行とか、探偵とか」
「やってないですよ、そんなの」
「じゃあ、薬を飲まされて小さくなったとか」
「もっとないですよ。漫画じゃないんですから」
そうは言いながら、見事バレずにどんどんと乙女子の目的地を突き止めることができそうなのでますます彼方は目を輝かせる。
「探偵やった方がいいよ。私、助手する」
「あはは……、じゃあ将来の候補には入れておきます」
そんな不安な将来の傍についてきてくれるなんて、と渇いた笑いも零れるものだ。
それにしても、と木乃香は周りの様子が違ってきたのに眉を顰める。学校からだいぶ離れたというのは確かだが、そのせいで自分たちがいるのが不釣り合いな場所になっている。
「えー……そろそろ帰ります?」
「なんで? 西院さんは……」
「ちょっとガチかもしれませんね。周り、見てくださいよ」
言われてようやく彼方も気付く。
ピンク色の夜の街、ラブホ街。
景観を損ねない程度と言えど、彼方でさえ雰囲気だけでどういう場所か分かるようなホテルが居並ぶ街並みに、顔を赤くして絶句してしまう。
「……制服でこの道を行き来するのは、流石に……」
「う、いやでも、西院さんはこの先に行ったんだよね。だったら、止めないと」
恥ずかしそうにしつつも、そこで本来の目的を忘れる彼方ではない。
クラスメイトが一緒に進学できなくなるような事態になる、そんな寂しさや悲しさを持つ学校生活にしたくはない。
何があるのか、事件を解決し皆が笑顔になるような方に導くのだ。
木乃香は少し思案したが、放っておけば彼方が一人でも行くだろうと理解し、尾行を続けることにした。この場所に彼方を一人放っておくわけにもいくまい。
が、しかし。
「じゃあ尾行を……って、あれ。彼方さん、西院さんは……」
「……あ、あっ! いない! ど、どうしよ! どこかに入っちゃったのかな!?」
「それは……むぅ」
どうすべきか、と木乃香が悩む間に、彼方は駆け足気味に歩き出す。そのスタートに追いつけなかった木乃香は、なるべく声を荒げずに呼び止めようとしたが、不運は続く。
「彼方さ……、あ、折り畳みとか持ってます?」
「わ、ないよ、どうしよう」
突然降った雨は、雨粒が瞬く間に激しく、強く打ち付ける。
「きゃっ……」
「うっ! コンビニどこにありましたっけ!?」
木乃香がすぐに手を引いて、しかし戻る道より先に近くの木の影に隠れた。どうもラブホテルの外観の一環であるらしいが。
「大丈夫ですか? ……ビショビショですね」
「うん……木乃香ちゃんも」
木の葉から雫が滴り落ちる。雨宿りするにも、見えるところにはラブホテルくらいしかない。
この雨では尾行も失敗だろう。叩きつけるような雨は数メートル先も見通せないほどに辺りを、髪を濡らしていく。
雨の予報は夜からだったはずが、通り雨か予報より早く降ってしまったのだ、全く困った状況。
「あー……うーん……」
「ど、どうしよう、木乃香ちゃん」
「ちょっとだけ待っててください。これは……まあ、……」
泣きそうな顔の彼方に、木乃香は安心させるように手を握りながら、スマートフォンで何かを調べる。
そして、彼方の顔を見て、気まずそうに口を開く。
「……このままじゃ、風邪引いちゃいますよね」
「ご、ごめんね。私が西院さんを……」
「いえ、いえ大丈夫です。そういう話をしたいんじゃなくって」
泣きそうながら疑問の表情の彼方に、木乃香は再三咳払いをして、口元を手で隠すようにして、じとりとすぐそばにある建物に視線を送る。
「……まあその、一応、二人分で休憩するお金は持っているんですけど……」
木乃香が、建物から彼方に視線を戻す。
伺い覗くような視線に、彼方は意味を理解した。
「えええっ!? そ、それって……!」
「まあその、彼方さんが問題なければそちらに行こうかと」
「……い、いいの? その……わ、私はいいけど、私は……私はいいけど……」
「はい。元はと言えば私が先生に呼び出されてしまったのがきっかけですし。遠慮なさらず」
「…………わ、わー……」
既に熱が出てしまったのか、というほど顔の赤い彼方を引っ張って、その中に入る。
ロビーには気だるそうな正装の男が一人、びしょぬれの二人を胡散臭そうな目でねめつける。未成年は使うな、とでも言いたげなのだろうが、この雨に降られてそれを糾弾するほど野暮でもない。
「二人、休憩で。大丈夫ですか?」
「…………」
男は無言で鍵を出す。プラスチックのホルダーについた番号を確認すると、そのまま急いで引っ張ってエレベーターに乗り。
廊下に居並ぶ部屋の一つ一つ、誰かが愛を育んでいるのだろうかと彼方は頭から蒸気が出る勢いだが、木乃香はすぐにその部屋に入った。
そう広くない部屋だが、きちんとバスルームはついている。値段も、なんとか親に持たせてもらったお金で足りる。
「彼方さん、お先にシャワーどうぞ」
「!!!!!!!!!」
「そんなに驚かなくても……。私はとりあえずタオルで体を拭くので大丈夫です」
言いながら、いち早く木乃香が服を脱ぐものだから、彼方は思わず走ってバスルームに向かった。
そんな彼方の様子をおかしく思いながら、とりあえず木乃香は濡れた部分をタオルで拭きながら、柔らかく質のいいベッドに腰掛けて体を温めていく。
散々なこともあって、今なお彼方に申し訳ない気持ちであるが、やっと雨の冷たさから逃れてゆっくりできている休憩を甘受していた。
シャワーの音だけが静かに響く。どうして彼方が終始喋っていないのかが少し気になってくる。
普段の彼方ならば、例えばシャワーを一緒に浴びる提案くらいはするかもしれない。木乃香は裸を見るのも見られるのも気恥ずかしいから断っていただろうが。
だから、バスルームから出てきた、バスタオルを巻いただけの彼方の姿に目を奪われた。
(あれ彼方さんって……思っていたより胸があるんですね……)
普段見えない、露出の多さ、体のライン、結んでいない長髪、そして気の弱くて一生懸命な彼方には珍しい、妙に覚悟の決まった強い意志を秘めた眼差し。
木乃香が妙にドキッとした。このままバスルームに行って、彼方の後を使うということは変に意識してしまう。
「……木乃香ちゃん」
「は、はい」
彼方がゆっくりと木乃香の隣に座る。二人分の体重できしむベッドが小さな音を立てた。
「あ、あの……」
湯気の触れる距離で、彼方の瞳を閉じた綺麗な表情に木乃香は言葉を失った。
その表情も近さもキスを意識する。目の前に、隣に座る彼方の顔に思わず木乃香は目を閉じて天を仰いだ。
ことここに至ってまだ事態を把握できない。彼方はどうしてしまったのか、この状況はなんなのか。今日の全てが記憶の奥底にまで沈んでしまったくらい、今が全てだった。
首筋にぬるりと生暖かいものが触れた。
くすぐるようにその舌が這うのを、木乃香は声を漏らす。
「はぁ……ぁっ……」
刺激が強すぎる。身をよじるも、彼方が腕を回して木乃香を抱き締める。彼方がタオルを巻いていても、木乃香は裸なのだ。そうでなくても意識せざるを得ないほどの状況だが。
彼方の鼻がくすぐる。呼吸だけでもじっとしていられないほどの甘美な衝撃が止まない。
ゆっくりと這う舌は徐々に位置を押し上げて、木乃香の頬に口づけの音がした。
彼方の抱き締める力が強くなると同時に。
「はっ……あっ……」
唇と唇の高さが同じになる。
蕩けた表情の木乃香は――彼方の少し不安げな表情を見て、ようやく夢見心地な意識を覚ます。
「な、何をしてるんです?」
「……そ、そういう場所だから」
「そういう、場所ですが」
「……」
「あ、雨宿りしにきただけで、ですよね……?」
「……そ。そうだよね。別にエッチなことしないとダメなわけないかっ! アハハっ!!」
泊まるのならばシなければいけない、と奇妙な義務感でも抱いたのだろう。彼方はヤケクソ気味に笑う。
いやここまでされれば、木乃香とて続きをすることに異論はなかった。拭いて渇きつつあった体の、下のところの滴りを非常に気まずい想いをしながらもじもじとして。
「うわぁーッ!!」
「か、彼方さん落ち着いてください! 大丈夫ですから!」
半狂乱になって泣いて暴れる彼方を、どうやって説得しようかと彼方が抑えているところで。
「あなたたち、聞きましたわよ! ここで……」
西院乙女子の乱入時、裸の泣いた彼方を抑えつける、裸の木乃香がベッドでくんずほぐれつしていた。
「正規のご利用でしたの!?」
「いや待って! 絶対誤解がある!!」
平田木乃香がこの学生生活でこれより大きな声を出すことはないだろう。そう心の底から思ったという。
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「兄が働いていまして、たまにおつかいを頼まれるだけです。傘を持ってきてくれ、など」
やっと落ち着いた状況で、乙女子はそう弁明してみせた。
落ち着いたと言っても、木乃香は何故か胸元が開いたOLの衣装を着て、彼方はそんな病院ないだろとツッコミを入れたくなるスリングショット水着に似たナースコスプレをしているが。
「……こんなの着なくてもいいよぉ……」
「しっかり布団にくるまりなさい。裸で暴れまわって、全く」
「でも木乃香ちゃんは似合ってるね。将来はOLさん?」
「いやいや……。あーまあ、将来の候補には入れておきます」
言われて木乃香はいっそう布団にくるまって芋虫のようになる。暑苦しいが、見られる方が嫌な気分になるところだった。
「それにしても、私は信用がないんですのね。まさか尾行だなんて」
「違うよ! 万が一って可能性を……」
「いえ、非難する気はございませんわ。なにせ、私がこのような場所に出入りしていたのは事実ですから」
ああ悲しい、と演技めいた悩まし気な溜息を吐いて乙女子は自分の非を誤魔化すようにふるまった。普段の気丈な乙女子からすれば、それはユーモアの欠片にも見える。
「でも、おかげで助かりましたよ。先生に素直に報告してもいいんじゃないですか?」
「そうですね。あまり知られたいことじゃありませんが……きっちり誤解を解く必要がありますね。今回のようなことがあっては」
睨むような目つきに彼方は平謝りをして、木乃香は頭の後ろをかいて照れて見せた。
結局、乙女子の友達ということで今回は料金を取ることもなく、出入りも特に問題視されることもなく、事件は事なきを得たというわけだ。
といっても、彼方と木乃香、二人の関係まで何事もなかったということはなく。
「……な、なに、あんまり見ないで」
「いえ……似合ってますよ」
攻めたナース衣装だが、その分スタイルが良くないと見栄えは良くならないわけで。
木乃香としては褒めたつもりなのだろう。
「ば、ばかっ! ばかぁーっ!!」
「彼方さんの素直な罵倒って珍しいですね」
「……木乃香さん、ナチュラルサドなのね。まあ、イチャイチャは程々に」
呆れた乙女子はその場をあとにした。