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第11話 美女、浮足立つ。

 翌日のまだ夜が明けきらない早朝、ソフィは頭痛と吐き気で目が覚めた。


「うぅ、気持ち悪い……。ここは……どこ?」


 開いたソフィの目に飛び込んできたのは、夜明け前の薄紫の空。首を振って左右を確認すると、寝転んでいるのは芝生の上。どうやらここは公園らしい。

 ソフィはあれ以降のことを全然覚えていない。いったいどうやってあの場を切り抜けたのかさえも。


(やっぱり身体は入れ替わったまま……ね)


 昨日の身体の入れ替わりは夢。一瞬そんなこともソフィの頭によぎったけれど、目の前にかざした両手はゴツゴツで大きなままだった。やっぱりこれは現実だ。

 改めて現実を突き付けられたソフィは、自己暗示を掛けるようにブツブツと、同じ言葉を繰り返し小声でつぶやく。


「わたしはリック、わたしはリック。今はソフィじゃない、わたしはリック……」

(それにしても……わたし、どうしてこんな軍人さんと入れ替わっちゃったのかしらね。納得がいかないわ……)


 納得はいかないものの、現状を受け入れないと先には進めない。

 ソフィは唇をギュッと噛み締めて握り拳を作ると、すっくと立ちあがって決意を新たにした。


「……となると、わたしと入れ替わっちゃったリックさんが可哀そうよね。奴隷になっちゃってるわけだし、まずは助けにいかないと!」


 ソフィは太陽の上り始めた朝日に向かって、威勢よく拳を突き上げる。

 するとなにやら下腹部でも、ナニかが突き上がるのを感じた。


「なんだか寒いわね……って、えーっっ!」


 ソフィが自身の身体を確認すると、布鎧のボタンはすべて外れていて全開。さらに下は何も履いてなくて丸出しのままだった。

 ソフィは真っ赤になって、慌ててしゃがみ込んで小さく丸くなる。


「昨夜のわたしって何してたんだろ……。全然覚えてない……っていうか、思い出すのが怖い。お酒は控えなきゃ……」


 ソフィは近くに脱ぎ捨ててあったズボンを履き直し、転がっていたカバンをたすき掛けにして背中に大剣を背負うと、そそくさと公園を後にした……。




 道行く人々に恐れられながらも道を尋ね、ソフィが貧民街の入り口にたどり着いた頃にはすっかり朝。

 ここまでくれば何となく道は覚えている。その記憶を頼りに、ソフィは奴隷商人の家を突き止めた。


 ――さて、どうやって助け出そう。


 自分の身体一人分ぐらいなら、今持っているお金で身請けできるかもしれない。

 でもこれはリックのお金。それに他の奴隷たちだって、短い間とはいえ一緒に過ごした仲間。放ってはおけない。


(この体格を活かして、怒鳴りつけて凄んでやれば解放してくれるかしら? でも喧嘩になっちゃったら、わたしが勝てるわけないし……)


「…………むぐぐ……」


 救出の作戦を考えあぐねていると、家の中からうめき声が聞こえてくることにソフィは気がついた。

 ソフィは玄関のノブに手を掛け、建付けの悪いドアをギシギシと軋ませながら、恐る恐るとそれを開く。

 すると家の中に奴隷たちの姿はなく、両手両足に七人分の枷をはめられた奴隷商人だけが、猿ぐつわをされて床に転がっていた。


(良い気味だから放っておきたいけど、牢には誰もいないし……。この男から事情を聞くしかないわね……)


 ソフィが猿ぐつわを外すと、奴隷商人がまくしたてるように懇願を始めた。


「なあ旦那、頼む。早くこいつを外してくれ。奴隷どもが逃げ出しやがったんだ、早く捕まえないと俺は破産だ」

「奴隷たちの中に、ソフィって子がいたでしょ? その子はどうしたの?」

「そのソフィのせいで俺はこんな目に遭ったんだよ。あいつ、急におかしくなったと思ったら、俺に魔法を食らわせてみんなで逃げやがったんだ!」


 誰もいない牢を、ソフィはじっと見つめた。するとなぜだか笑いがこみ上げる。


(くくく……。やっぱりわたしと入れ替わってたのね。それにしてもとっても頼もしいわね、このリックって人。たった一日で全員助け出しちゃうなんて)


 清々しい気分で奴隷商人の家を後にしたソフィ。遠く耳に届く奴隷商人の悲痛な叫び声は、祝福されているかのように心地良かった。


「なあ、助けてくれよぉ、旦那ぁ! 頼むよぉぉお!」




「…………ソフィ。ねぇ、ソフィ。そろそろ目を覚ましてくれよ……」


 ソフィはその大きな身体を、マーニに揺り動かされて目が覚めた。


(自分の声で起こされるって、不思議な気分。それにしても、わたしの身体の中身が勇者さんになってるなんてね……)


 この出会いに、運命的なものを感じずにはいられない。

 ソフィはその厳つい顔でニッコリと微笑みながら、まるで鏡を見てるような錯覚を起こしそうな、自分の顔のマーニに向かって返事をする。


「わたし……じゃなかった。マーニ、おはよう」

「おはようじゃないよ、まったく。呑気だなぁ……。そう言えば気になってたことがあるんだけど、聞いてもいいか?」

「何かしら?」

「キミは田舎から王都に出てきたって聞いたけど、何か目的があって来たの?」


 マーニの質問に笑顔を浮かべると、ソフィは高揚感そのままにウキウキした様子でそれに答えた。


「そうねぇ、運命の人に出会うため……かなぁ。これ以上山奥でひっそりと、死んでるみたいに生きたくなかったのよ」


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