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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ただの村人の俺が過去の偽聖女様に乗り移ったので、偽聖女様と一緒に死亡回避を目指します

作者: ソラ・ルナ

ラブはありませんが若干コメディ寄りです。

お気軽お手軽に読んで頂ければ幸いです。

-村人side-



 あ、これやばいやつ。

 そう思った時にはすでに遅い事が多い。

 まぁ俺の死因なんてどうでも良い。


 現状一番問題なのは、男の俺が女性の、なんならよく知っていた人になっていた事だ。

 よく知っている、ではなく。

 よく知っていた、なんだ。


 何故ならこの女性、聖女と呼ばれていたのだから。

 いや、正確には聖女ではなかったと暴露されて、偽聖女の烙印を押され、聖女を語った罰としてギロチンで処刑された女性。


『オーベル=フォン=プリマヴェーラ! 聖女を語り、民達を惑わせた貴様を今ここで断罪する!』


 今でも脳裏に浮かぶあのシーン。

 それを俺は覚えている。

 何故なら、俺はそれを直接見た。

 処刑台に首を置いたその時の女性を見て、不覚にも綺麗だと思った。

 その海のように澄んだ碧い瞳には、なんら後悔の目が浮かんでいなかった。


 たまたま、目が合った、気がした。

 そう、それだけ。その時の俺と彼女の接点なんて、それだけしかない。

 ただ一方的に、単なる村人でしかなかった俺は、噂を知っていた程度の女性。


 彼女は、口をパクパクさせたと思ったら、ギロチンの刃が振り下ろされ、無残にも首から上と胴体が分かれた。

 その後の姿を見たくなくて、俺は後ろを向いた。

 皆が聖女を語った悪女として色々な事を言っている中で、一部の人が泣いているのを見た。


『偽聖女様だとしても、あの方がなんの罪を犯したというの……!』

『私達の村は、あの方に救われたのに……どうしてこんな酷い事が出来るのよ!』

『オーベル様……あぁ……ぁぁぁぁっ……!』


 俺は、背を向けてその場を後にした。

 ただ、亡くなった彼女の事が気になって夜も八時間しか眠れない。

 しかも夢の中でなんと彼女が出てきて、俺に話し出すのだ。


『私最初から聖女じゃないって言ってきたのに、協会の奴らがねー!』

『ねぇ聞いてよ村人! 私だってもっと自由に生きたかったのよ?』

『ねぇねぇ村人、好きな人とか居ないの?』

『村人! 村人!』


 だー! うるさくて眠れやしない!

 いや俺になんて手の届かない凄い方が毎日夢に出てきてフレンドリーに話しかけてくれるのは恐れ多いんだけど、こう毎日だとうっとおしさが勝る!


 これだけ毎日話しかけられたら、少しは生前の事を調べたくなるってのが人情だ。

 だけど単なる村人で何の権力もない俺に調べられる事なんてたかが知れてた。

 しかも聖女様は、いや偽聖女様は、か。偽聖女様は、その行動があまり記録されていなかったらしく、どんな事をしてきたのかさっぱり分からない。


 なので夢の中で会えるのだから、聞いてみようと思ったのが失敗だった。


『え、村人私の事が気になるの? うーん、なら過去に戻って私に成れば良いんじゃない? 幸い、私の力ってそれができるらしいのよね、一度しか使えないって神様に言われたけど』

『あ、気にしなくて良いわよ。私はもう一度人生をやり直したいなんて思ってないし。村人は今度は偽聖女になって、殺されないように生きてみて! 私はそれを見るのを楽しみに幽霊生活送るから!』

『それが、私の最後を見て、綺麗って思ってくれた貴方へのお礼。私はなんら恥じるような人生は送っていない。だから、二度目のやり直しは村人に上げるわ! 精々楽しみなさい? あ、あと私の力って死んでから発動するタイプだったみたいでね、生きてる間は力以外手が光るくらいしか能が無くて大変だったのよ? それを聖なる光だとか勘違いしちゃってさー』


 待って、情報量が、多い!

 ガバッと起きた時には、女性になっていたなんてことは無く。

 なんだ、夢かよ……ってそりゃ夢に決まってるなんて思ったものだ。


 それが、今日も畑を耕すかと家を一歩外に出た途端、眩暈がしたのだ。

 あとは冒頭に戻る。


「はぁ……オーベル様、ただの村人の俺に聖女は荷が重いですって……」

『大丈夫よ、私がついてるから!』

「!?」


 頭の中から、オーベル様の声が聞こえた。

 なんだこれ! テレパシーってやつか!?


『違う違う。私は転生するはずだったこの時代のオーベルの精神。記憶だけ引き継いでるの、手を見て』


 言われるまま、両手を見る。

 関係ないけど、手を見せてって言われて、そのまま手の甲を広げて見せたら普通で、指を折って内側を見せたらエロイって村の仲間が言ってたので、俺は手の甲を上にして見る。

 するとどうだろう、俺の可愛らしい小さな両手の甲に、紋章みたいなのがついてるではないか。


『その紋章が私の力。前回の私の記憶をその紋章が継いでて、今の私に記憶が流れて来たって事』

「成程……えっ、なら俺はなんでこの体に?」

『さぁ? その時の私の気まぐれじゃない? とにかく、村人が私になった以上、偽聖女として頑張ってよね! あ、今はまだ聖女だけど!』


 えぇぇぇぇ……俺に聖女なんて荷が重すぎなんですけど。

 あぁ、畑が恋しい。毎日世話をして実がなって収穫して、それを食べる時の幸せと言ったらもう……。

 そうだ、聖女でも畑くらい耕しても良いよね?

 そう思った俺は早速行動に移そうとしたのだが……


「何を言っているのですがオーベル様。ダメに決まっているでしょう」


 ですよねー。

 渋い顔をして俺を止めるこの執事。

 名をギンガス=クロウバーと言って、代々聖女に仕えてきたらしい。

 らしいというのは、本物のオーベル様の助言から。

 知らない人しか居ない俺に、オーベル様は誰にも聞こえないのを良い事に、ペラペラと喋ってくれる。

 なんなら目の前に人が居るのに喋るので、内容が頭に入ってこない時が多々ある。


 まぁオーベル様の身の回りの関係や、これまでしてた事を知らなかった俺には、とても助かっているのだけど。


「あ"あ"ぁ"……づがれだ……」


 ドサッと大きなベッドに寝転がる。

 今までした事のない聖女の仕事、は体が覚えているので全然苦じゃなかったけど、精神的な物はそうはいかない。

 お祈りや尋ねてくる人達の話し相手とかは、楽なものだ。

 聖女なのに治癒魔法は使えないので、怪我をした人を治療しろなんて事も言われない。


 ただ、手が光るから天の使いだともてはやされ、祭り上げられているだけ。

 オーベル様が望んでそうなったわけじゃなく、周りが勝手に騒いでいるのだ。

 そして本当の聖女、つまり怪我の治療が出来る聖属性魔法を扱える者が出てきて、偽聖女と呼ばれる事になった。

 聖女は一人、が原則にして絶対な為である。


 全部、周りが勝手にオーベル様の人生を狂わせていると知った瞬間の怒りはすさまじかった。

 だけど当の本人はなんの憎しみも抱いていないみたいなので、聞いてみた。


「あの、オーベル様」

『なによ村人』

「……その、憎くはないのですか? 貴女は、何も悪くないじゃないですか。周りが勝手に聖女と呼んで、本物が現れたら偽聖女と呼んで……貴女を、殺して……!」

『あー。んー……聖女がね。良い子なのよね』

「え?」

『良い子なの、あの子。天真爛漫でね、裏表も無くて。私と仲良くなって、私が怪我をしたのを必死に助けようとして、回復魔法に目覚めて、聖女って呼ばれるようになったの』

「……!」

『だからね、あの子が本当の聖女である事に私は誇りに思っているし、祝福しているわ。あの子は私と違って、聖女なんて肩書が無くても、聖女のような子だった』

「……」

『でも、周りの奴らになんとも思ってないと言えば、違うわよ?』

「!」

『だから、村人の好きなように生きなさい。私はそれを特等席で楽しませてもらいたいだけ。その手、魔力を込めれば大岩でも砕けるパワーだけはあるから、ムカつく奴全部殺して回っちゃっても良いわよ?』


 最後の最後に落ちを付けて、けらけらと笑うオーベル様。

 でもそっか、聖女様が嫌な人でないというのは、朗報だ。

 そしてこの時点では、聖女様はまだ回復魔法に目覚めていない。

 なら、俺がすべき事は一つ。

 聖女様との会合をなんとしてでも回避することだ……!



「聖女様、今日はオルレアンの村へ訪問に行って頂きます。騎士団も護衛について行きますので、ご安心ください」

『あ、この村にジャンヌ居るのよねー』


 ギンガスの言葉に合わせてオーベル様が大事な事をポロっという。

 それ絶対回避しないとダメなやつー!?


「あ、あの、ギンガス。私今日はちょっと体調が悪……」

「オーベル様!? 医師団、何をしている! 速くオーベル様の元へ来い! 十秒で支度しろ!」

「「「「「ハハッ! ここにっ!」」」」」


 城の医者達、つまりこの国最高峰の医療軍団が突然現れた。


『あー、こいつら私専属の医師でね。お肌のケアからメイクまで、果ては侍女がするような事まで全てやってくれるキチガイどもよ。YES姫様NOタッチ! とか訳の分からない事言って、スケベな事は本当にただの一度もしてこなかったから、そこら辺は信用して良いわよ』


 あれ、今の言葉の中に、更に爆弾発言ありませんでした?

 姫様?


『ああ、言ってなかったかしら? というかプリマヴェーラで気付きなさいよ。この国の名前プリマヴェーラでしょうが』


 あ、あああああああっ!

 そう、そうだよ! 俺は村の名前しか覚えてなくて、そうだよ、プリマヴェーラ王国だよ!

 お、俺は王族になんて失礼な態度を!?

 ど、土下座した方が良いですか!?


『落ち着きなさいよ面白いわね。良いぞもっとやれって言いたいけれど、今は我慢するわ。っていうか、承知の上で話してるんだから。そもそも、村人が今はオーベルなんだから、気にするんじゃないわよ』


 そ、それはそうかもしれませんけど。

 平民の俺には貴族ですら話しかける事も叶わない立場で。

 その貴族ですら、王族には話しかける事をためらうレベルなのに。

 ってそういえば気になったんだけど、この世界の俺はどうなっているんだろう?


『そりゃ生きてるでしょ。村人は未来の村人の精神が私の中に入って来ただけなんだから』


 成程、考えてみれば当然か。

 あ、なら今の俺が会いに行けば、この時代の俺を幸せに出来るのでは!?


『村人が望むのなら、それでも良いんじゃない?』


 意外にもご本人様が嫌がらないけど、それは駄目だとすぐに思い至る。

 というか、俺が知らなかったんだからこの時代の俺も当然王族だなんて知らないわけで。

 最悪の場合不敬罪で死んでしまうかもしれない、この時代の俺が。

 平民の命なんて安い物なのだ、特に俺のはな。


 ……悲しくなってきた、やめよう。

 とりあえず、この医師達を前に仮病は不可能なようだ。


「……と思ったのだけれど、気のせいだったみたいです」

「それはようございました」

「「「「「いつでもお呼びください!」」」」」


 心底安心したような表情のギンガスに、医師団の人達は笑顔で忍者みたいに去った。

 でも、この人達も……オーベル様がギロチンに掛けられた時、傍に居なかったんだよな。


『あー、こいつらは先に殺されたのよ』

「!?」

「どうしましたオーベル様?」

「あ、ううん! それじゃ、訪問前に準備するから、ちょっと待っててくれる?」

「畏まりました。こちらも準備を進めておきますので、また報告に参ります」


 そうして一礼をして去っていくギンガス。

 危ない危ない、オーベル様の言葉は俺にしか聞こえないんだから。


『あ、言い方が悪かったわね。先に殺された事にしたのよ。最後まで残るって五月蠅かったけど、私と一緒に死なせるわけにはいかないでしょ』


 オーベル様……。やはり、間違っている。

 オーベル様が殺されるなんて、間違っている。

 なら俺が出来る事は、聖女や偽聖女なんて肩書で、殺されるような展開を回避するんだ……!


 そう心に決めてから、俺は準備を整えてオルレアンの村へと辿り着いた。


「うわー、凄い緑豊かな村……」


 これだけ土地が肥沃なら、農作物は良く育つだろうなぁ。

 ああ、農業したい……!


『村人は本当に村人よね』


 少し楽しそうなオーベル様の声を聞きつつ、俺は村の村長に歓迎され、その日はこの村で過ごす事となった。

 騎士団が村の周囲を警戒してくれているので、魔物に襲われる事もないだろう。

 なんせこの騎士団、聖十字騎士団と呼ばれ、一人一人が一騎当千の猛者達なのだ。

 聖十字騎士団の隊長が敵国の将軍を一人で攻め入って討ち果たしたのは一度や二度ではなく、今やこのプリマヴェーラ王国に手を出す周辺諸国はないに等しい。


「う……お手洗いに行きたい」

「はっ……これは気が利きませんで……! これ、誰ぞ聖女様をご案内差し上げなさい!」

「村長様! その役目、是非私に!」

「おおジャンヌ、頼めるかい?」

「はいっ! 聖女様、こちらです!」


 ジャンヌって、確か……


『そ、本当の聖女』


 一番会っちゃいけない人とこんな出会い方あるー!?

 真っ赤な顔をしながら、(かわや)へと案内される俺。

 偽聖女と聖女の初の出会いが厠とか、そんな事経験したの俺くらいじゃないの、恥ずかしいよう。


「あの、聖女様」


 厠で屈んでいる俺に、外からジャンヌ様の声が聞こえた。


「な、なんですか?」

「あ、ごめんなさい、邪魔なのは分かってるんですけど、今しか聞けない気がして……」


 厠で用を足しながら本当の聖女が壁越しに話しかけてくるなんてレアなシチュエーションですよね。


『アハハハハハ!』


 オーベル様の笑い声が聞こえてそれどころじゃないんですけど。


「その、私、ずっと聖女様に憧れていて……」

「お、じゃなくて、私に?」


 危ない危ない、つい俺って言ってしまう所だった。

 今の俺はオーベル様なんだ、気をつけないと。


「はい。聖女様は民の皆を笑顔にしてくれて、こうして色んな村に立ち寄っては皆を元気にしていて……凄いなぁって、憧れていたんです。今日、オーベル様が来られるって知って、居てもたってもいられなくなって……でも、私なんかが話しかけて良い御方じゃないし、なのでこの機会を逃したら話せないかもって思って、それで……」


 本当の聖女様が、そんな事を言ってくれる。

 成程、オーベル様が言っていた事が分かる。

 この子は、良い子なんだ。

 なら、俺もこの子には優しくしてあげないと。本来の俺からしたら、何様だって思うけど……今の俺は、オーベル様なのだから。


「そう。でもそれは、聖女じゃなくてもできる事だと思わない?」

「え……?」

「私は人を癒す回復魔法を使えない。けれど、この手に宿った神の意志が、私を聖女足らしめているだけ。私は、私の意志で聖女としての振る舞いを心掛けているだけ。それが貴女の目に輝かしく映ったのなら……それはとても嬉しく思います、ありがとう」

「聖女様……!」


 うん、なんかそれっぽい事言えたかな?

 相変わらずオーベル様が五月蠅いけど。

 用を足し終えて、中から出ると、涙を流している聖女様が居た。


「ど、どうしたの!?」

「すみません、嬉しくて……。そうですよね、肩書なんかじゃない。聖女様が聖女様だからじゃなくて、聖女様がオーベル様だから、聖女様なんだ……。私、今日の事忘れません!」


 この厠での出会いは忘れて欲しいとか言ったらダメな雰囲気。

 どうしてこうなった。


『アハハハハッ! 村人、本当に面白いわ。ジャンヌを宜しく頼んだわよ』


 オーベル様がそう言ってくるけど、もう関わるつもりないんですけど!?


 なーんて思っていた時期が、俺にもありました。


「凄いですオーベル様! この悪魔の実が、本当は食べられるだなんて! これで飢える人が本当に減ります! ありがとうございます、ありがとうございます!」

「う、うん、どう致しまして……」


 やっちまったー! つい、農業の話になっていらん事をペラペラと得意げに話した挙句、実践してしまった。

 この世界には魔法がある。だから、農作物の成長も思いのままに出来る。

 悪魔の実と呼ばれている別名バレイショは、芋から発芽した芽や光に当たって緑色になった皮などに有害物質を含むが、それさえ除けば色々な料理に使える万能植物だ。

 村同士の交流がない為、村によっては知っている事と知らない事に明確な差が生まれる。


 オルレアンの村は土地が肥沃だが、植えられている物が偏っている。

 これではいずれ土地が死んでしまう。

 それを危惧した俺は、この村に足りない事を色々と実践を交えながら嬉々として説明してしまった。


「おお、聖女様は本当に素晴らしいお方ですじゃ……。これでこの村から餓死者が出なくて済みそうです……ありがたやありがたや……」

「「「「「ありがたやありがたや……」」」」」


 ちょ、拝むの止めてー!

 こんな事、前の村では当たり前の知識だったから!

 それに俺は成長を速める魔法なんて使えないので、それもこの村の人達の力だ。

 結局俺は、何もしていないのだから。


『そんな事ないと思うけどねぇ。ま、村人がそう思ってるなら、別に良いけど』


 オーベル様が少し不満そうにそう言うけれど、俺には分からなかった。

 その日の夜、寝ようと思っていたら、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

 部屋の前には騎士が居るので、怪しい人は入ってこれないはずだ。


「どなたですか?」

「あ……その、ジャンヌ、です」

「そう、入って良いですよ」

「し、失礼します……!」


 恐る恐るといった感じで、部屋の中に入ってくる聖女様。

 オーベル様の言うように、天真爛漫で優しい聖女様なのは今日の昼の付き合いだけでも分かった。

 この子を憎めないと言った気持ちも、良く分かる。


「どうしました? もう夜も遅いですし、早く寝た方が良いですよ?」


 できるだけ優しい声色で、そう伝える。

 そうすると、真っ赤な顔になりながらも、聖女様は言った。


「そ、その! ご迷惑でなければ、もっと聖女様の……オーベル様のお話を、お聞きしたいなって思って……! その、ダメ、ですよね……ごめんなさい、こんな夜更けに押し入って、何やってるんだろう、私……あはは、わ、忘れてください……」

「待って!」


 慌てて扉を開けて出て行こうとする聖女様……ううん、ジャンヌ様に、俺は止めずにはいられなかった。


「良いですよ。今日は二人で語り合いましょうか」

「~!? い、良いんですか!?」

「そう言ってるじゃないですか。さ、二人が寝転べる程度の広さはあるベッドですし、こちらへどうぞ」

「は、はいっ!」


 とても嬉しそうに、歳相応に見える笑顔を浮かべて、こちらへ寄ってくるジャンヌ様。

 やばい、可愛い。

 しかし、普段の俺なら絶対に出来ない事をやってしまった。

 これもオーベル様効果だろうか。


 オーベル様から話を聞いて、それを伝えるという伝書鳩みたいな役目をしつつ、ジャンヌ様が楽しそうだったので、それもいっかと思いつつ、いつのまにか眠ってしまっていた。


 朝、目が覚めたらジャンヌ様が居なかった。

 まぁ村の仕事もあるだろうし。

 そう思って二度寝をしてから起きて、外に出ると様子がおかしい。


「聖女様! ジャンヌが、ジャンヌがどこにもおらぬのです!」

「なんだって!?」


 俺は口調を改める事も忘れて驚いてしまった。

 朝近くまで、一緒に居たんだ!


『落ち着きなさい村人。行先は私が知ってるわ。案内通りに行って。でも、走って』

「了解!」


 またも俺は、口に出す。

 オーべル様の声は他の人には聞こえない、というのを忘れて。


「おお……聖女様が……」

「ああ、神のお告げを聞いてくださったんだろう……」

「ありがたやありがたや……どうかジャンヌをお願いします……」


 オーべル様に案内されるまま、走っていく。

 息も乱れ、心臓が苦しい。

 お姫様なだけあって、体が特別強いわけじゃない。

 それでも走る、走る。

 だって、オーベル様が言ったから。


『あの子は私にプレゼントを渡す為に、魔物が沢山潜んでいる森へと入って行ったの。そこの森に、永遠の友情を意味する枯れない花が群生しているから』

「なっ!?」

『けれど、あの花の蜜を好んで食べるクマがあの辺りに生息していて、運悪く会ってしまうのよ。魔物を避けながら行っているから、村人がまっすぐ走れば追いつくわ』


 そう言われたので、まっすぐその場所まで走っているのだ。間に合え……!




-ジャンヌside-



 魔物達を避けながら、ジンチョウゲと呼ばれる花が咲いている場所へと向かう。

 村の人達は普段、この森へは立ち入らない。

 魔物達も、こちら側に来ることは無いので、こちらから入らなければ危険はないのだけれど。


 昨夜は、とても幸せな時間だった。

 憧れの聖女様であるオーベル様と出会えた。

 農作物の知識について、沢山教えて頂けた。

 聖女様であり、王族でもあるオーベル様は、私にとって憧れであり天上人だ。

 そんな方が、私に優しい笑顔を向けて下さった。

 そして……私の馬鹿な言葉から、本当に大切な事を教えて頂けた。


『私は人を癒す回復魔法を使えない。けれど、この手に宿った神の意志が、私を聖女足らしめているだけ。私は、私の意志で聖女としての振る舞いを心掛けているだけ。それが貴女の目に輝かしく映ったのなら……それはとても嬉しく思います、ありがとう』


 私は馬鹿だ。聖女なんて肩書でオーベル様を判断して、オーベル様を見ていなかった。

 それを謝りたくて、深夜だというのに、部屋に押しかけてしまった。

 そんな私に、迷惑だっただろうに……そんな風にいっさい感じなくて、ううん、きっと本心から迷惑と思っていないんだろうと思った。

 本当に優しくて、心が美しい人。

 話を聞いているだけで、心が温かくなる人。

 こんな素晴らしい方が聖女だから、王国は正しく在るんだ。


 何か、この出会いを最後にしない為に、私が聖女様に……ううん、オーベル様に出来る事を……!

 そう思った私は、ジンチョウゲ……永遠の友情を意味する花を、贈ろうと決めた。

 たとえ離れていても、私はオーベル様をお慕いしていますという気持ちを、形として贈りたかった。

 なのに……


「グルルル……」

「ひっ……」


 ジンチョウゲの花を握りしめた私は、恐怖で動けない。

 私よりも数倍は大きいその巨体。

 その大きな腕を振り下ろされたら、私はきっと死ぬだろう。

 ああ……オーベル様に、最後に一目お会いしたかった。

 そうして、目を閉じた瞬間。


「ジャンヌに何をしようとしてるんだこのクマがー!」

「ギャインッ!?」


 ギャインという声が聞こえたので、目を開ける。

 そこにはオーベル様の光り輝く手が、クマを吹き飛ばした後のように見えた。


「ハァッ……ハァッ……ま、間に合った。ふぅ、立てる? ジャンヌさ……ちゃん」


 汗で髪を額に張りつけながらも、とても美しい表情でそう言うオーベル様は……もう、女神様にしか見えなくて。


「オーベル様……はいっ! 本当に、本当にありがとうございます……!」


 頭を下げて、誠心誠意お礼を伝える事しか出来なかった。



-村人side-



 地面に座り込み、手にした花を抱え込むようにして目を瞑るジャンヌ様の前に、大きなクマがその手を振り上げるのが見えた。

 俺は走りから跳躍し、光り輝く手を前に出す。


「ジャンヌに何をしようとしてるんだこのクマがー!」

「ギャインッ!?」


 輝く(シャイニング)(フィンガー)の殴打を受けたクマは、そのまま遠くへと吹き飛んでいき、意識を失ったのかぐったりと横になっている。

 死んでないかもしれないし、早くここから離れないと。

 息を整えつつ、ジャンヌ様に話しかける。


「ハァッ……ハァッ……ま、間に合った。ふぅ、立てる? ジャンヌさ……ちゃん」

「オーベル様……はいっ! 本当に、本当にありがとうございます……!」


 危なっ! つい様をつけて呼ぶところだったよ。

 ジャンヌ様も気にしていないようで良かったけれど、頭を下げ続けられるのは気まずい。


「理由は後で聞きますから、まずはこの森から出ましょう」

「あ、はいっ! 帰りの道は任せてくださいオーベル様! その、クマに出会ってしまった私が言うのは信じられないかもしれないですけど、普段は本当に魔物と遭遇しないように気を付けてて、その……」


 分かっている。それも走ってる最中にオーベル様から聞いた。この時は運が悪かったのだと。


「大丈夫、信じるよ。だから、案内お願いね」

「は、はいっ!」


 嬉しそうにするジャンヌ様を可愛いと思いつつ、魔物とは一切遭遇する事のないまま、村へと戻る事が出来た。


「おお、ジャンヌ! 心配かけおって……!」

「良かった、本当に良かった……!」

「皆、ごめんなさい。これを、オーべル様にお渡ししたくて……」

「それは……! あの森の奥に生えているジンチョウゲじゃないか! そんな貴重な物をどうし……ああ、そういう事か」

「成程……」


 なんか村の人達が、うんうんと頷いている。

 彼らにしか通じない何かがあるのだろうか?


「あ、あの、オーベル様! この花を、受け取ってください! その、特別な処置をしなくても、ただ水の中に浮かべていれば枯れない、花、なんです!」


 別名永遠の友情と呼ばれる花。

 ジャンヌ様が、その命を賭けて、取ってきてくれたんだ。


「ありがとう、大切にするね」


 なので、心からの礼を笑顔に載せて伝える。


「はわ、はわわっ……!」


 ジャンヌ様の挙動が少しおかしくなった、どうしたんだろうか。


『アハハッ! 村人ってホント村人よね』


 オーべル様まで笑うし、村の人達も笑いを堪えてる気がするし、なんなんだろう。

 そうしてまた馬車に乗り、オルレアンの村を後にする。

 行きと違うのは、後ろには沢山の村人が居て、ジャンヌ様が手を振りながら見送ってくれている事。


「またいつでもいらしてくださいねー! 私達はオーベル様なら大歓迎です!」


 そんな嬉しい事を言ってくれる。


『ふふ、良い感じじゃない。これからどんな人生を見せてくれるのか、楽しみにしてるわよ村人』

「それはもう良いんですけど、いい加減俺の事名前で呼んでくださいよ……」

『あら、それもそうね。ねぇ、貴方の名前は何て言うの?』

「俺の名前は……」



 俺とオーベル様の死亡回避の道のりはまだ始まったばかりだ。

 さて、城に戻ったら次の作戦を考えないとね。

少しでも面白かったと思って頂けたら、下の評価をポチっとして頂けたら、お話を書くモチベーションが凄く高まりますので、お願いします。


最後までお読み頂きありがとうございます。

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[良い点] 読ませていただきました。 読みやすくて気づいたら最後まで読んでました 短編なのかな?続きが気になる終わり方がいいなと思いました。
[良い点] 読みやすくてするすると楽しめました! この後、村人がどうやって悲惨な最後を回避するのか気になります! あと、名前も! 面白かったです!
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