〜後悔しない為に〜
猫会議のあった夜、一羽はなかなか寝つけないでいた。疲れてはいるのだか、眠っている時間が惜しい。一羽が人間に戻る期限は刻一刻と迫っているのだ。伸びをして、また横になる。
「一羽、眠れないの?」海が心配そうに聞いてくる。
「あっごめん。なんか…寝つけなくて…。」
「そういう時は、無理に寝ようとしない方がいいよ。少し散歩に行こっ!そうすれば眠れるよ。」海の提案で、散歩に出かける。
深夜なのでとても静かだ。猫目線になると、いつも見飽きていたはずの世界も違って見えて楽しい。
猫会議があったお寺の前を通りかかった時、すぐ近くの一軒家のキャットウォークから月が出てきた。
「あれっ?兄さんに一羽さん!?さっきぶり!」にっこり笑う。
「よぉ!月。主についてなくていいのか?」
「主は今お風呂中〜。それよりふたりは…『でぇと』?」
「そう!」海は当然だと言わんばかりに答える。
「ちっ…違うの!ただ私が眠れなくて、散歩ついでにこの辺を案内してもらってるだけでっ…。」急いで一羽が否定する。
「…ふーん?まぁいいや。そんなおふたりさんにピッタリな場所をオレが紹介してあげる。ついてきて!」ニヤニヤして、月が走り出す。海と一羽もそれに従った。
「…ハッ…ハァ…。」どれくらい走っただろう?息をするのがやっとだ。
「…大丈夫?一羽?」海が聞く。
「ん…。月って足速いの…ね。」「お疲れ様。着いたよ!」月が自信満々に言う。
そこは小高い丘の様なところだった。周りに何もない分、星と月がとてもキレイにはっきりと見える。今日は満月だ。
「…っ!すご…い。」一羽が感動して言うと、
「へぇ。こんなところがあったんだ。」海も驚いた様で言った。
ふたりの様子を満足気に見て月がそろり…と後退りをする。しかし少し後退ったところで、
「ん?月どした?」と海に気づかれる。ムードを壊さない様に邪魔者は去ろうとしたが、仕方ないと月は思いつつ、
「そろそろ主がお風呂から上がる時間なんだ!じゃーねー!」と走り去る。
「ふふっ。良いことしちゃった。アレかな、オレってば『きゅーぴっど』てやつ!?」月はすごく浮かれていた。そして、
「後は『神のみぞ知る』…てね!」空を見上げてから家に入る。
海と一羽は丘の上で並んで座って空を見上げていた。
「一羽、寒くない?」海が一羽を気遣う。
「へ…っ平気!」少し肌寒いが緊張して素直に言えない。
「ったく。無理しちゃって…。」と海がからかった様な口調で言い、身体をくっつけてきた。
「これでいくらかあったかい?」
「ん。」少し恥ずかしいが、心まで暖まる心地がする。
流れ星が流れる。
「あっ流れ星!願い事を3回唱えなきゃ!」照れたのを隠すように言う一羽。
「なんで、願い事と関係あるんだ…?」海は不思議そうだ。
「願い事が叶うの!」
「ふーん…?」半信半疑の海。
しばらくすると、また流れ星が流れた。
「……。」一羽は、海の幸せを心の中で願った。
「…『一羽を守る』…。」海がぽつりと言った。
「!!!」言葉にならない一羽。
「うん、オレはこれしかないな。」照れ笑いで海が言う。
次の日は、海の案内で原っぱに行く。ふたりでシロツメクサの絨毯の中おいかけっこをしたり、じゃれたり、モンシロチョウを追いかけたり…些細なことだが、一羽は幸せを感じていた。
「っはぁー。一羽楽しい?」海がごろんと横になり聞いてくる。
「うん!とっても!」海に倣い、一羽も海の隣に横になる。
空はどこまでも蒼く澄みわたり、風はさやさやと心地好い。
「ねぇ一羽?こうしていると『でぇと』みたいじゃない?」無邪気に海が言う。
「なっなんでよ!…でも、なんで『プロポーズ』とか、『デート』とか知ってるの?」
「あぁ、それはね?一羽の本で勉強したんだよ!確か…『妄想らぶ』?とかってやつ!」
『妄想らぶ』とは、一羽の大好きな少女漫画だ。しかし、一羽の友達曰く「イタイ」内容らしい。
「一羽と話して恥掻かないように…ね!」ウィンクをして海が言う。多少間違った捉え方はしているが、海は海なりに頑張ってくれたことが一羽は嬉しかった。
次の日は、雨だった。
「…つまんない。せっかくまた違うところに連れていってもらおうと思ったのに。」一羽が言う。
「ははっ。でも、こればっかりは仕方ない。…それに、オレはどこだって一羽と居られれば楽しいけど?」一羽の反応を窺う海。
「またそうやって、ヒトをからかって…!」遊ばれてることが一羽は少し悲しい。すると、
「……。」真顔で黙る海。
「え…からかって…るんでしょ…?」何だかこちらが悪いような気がしてくる。
「…ん〜…ひ・み・つ!」と海がにこっと笑う。
7日目の夜、一羽は人間の姿に戻った。ただし、猫耳と、尻尾は付いている。海曰く『術』が解けかかっているからだそうだ。
「一羽、1週間よく頑張ったね。」海も一羽に合わせて、人間の姿になる。
「…ありがと。お陰で、猫も大変だってことがわかったわ。」一羽が苦笑する。
「…?なんか元気ないね。どうした?」
「…ん?…う…ん。…そう…かな?」
「なんか悩みごとでもあるの?オレで良ければ聞くよ?」
「ちっ違…。なんか自分でもよく分かんないの。」無理矢理笑顔を作る。
(…そうだ。高校の時も男子にこんな風に思ったことあったっけ…。…確かそれが恋だって友達が言ってた。…じゃあこれは…。)
「……っ!」全身が熱くなる。熱が上がったような感覚だ。
「ん?…大丈夫か?顔赤いみたいだけど…。」海が顔を覗き込んでくる。
「海っ…あっあたしね、海のことが…その、すっ好きみたい。」想いを伝えるのは恥ずかしかったが、自分の気持ちを伝えることができて、すごく嬉しかったし、すっきりした。すると、
「……!?」海は真っ赤になって固まってしまったのだ。そして、
「あぁっと、いっちゃん?そういう事はいきなり言わないで…ね?」余程驚いたのか、その後暫しの沈黙。
「…オレ…だって、一羽のこと大好きだよ?でもさ、種族が違うから無理なんだ。なんで…なんで…種族なんかあるんだろ…?」消え入りそうな海の声。最後は自分に問いかけているようにも思えた。
「ねぇ海。あなたもいつか私の手の届かないところへ行っちゃうの…?」今まで飼っていた動物たちのことを考える。海も彼らと同じに自分をおいていくのだろうか。もうおいていかれるのは、嫌だ。
「一羽…『ずっと一緒にいる』なんて約束はできないんだよ。未来はわからないからね。でも、だからこそ今この時が尊いんだと思う。」海は哀しそうに笑う。
「…っ!じゃ…じゃあせめて、私のファーストキスを海にあげる!」精一杯の勇気を振り絞った。
「そういうのは、とっといた方が…。」一羽が本気だということは分かっていたが、何より自分を大切にして欲いと海は思う。
「でも…これから好きな人ができたとしても、結婚することになったとしても!海以上に好きになる人なんて、絶対いないもん!」
「そこまで言われちゃ、オレが拒む権利はないな。」海は嬉しかったが、照れ隠しに仕方なさそうな言い方をした。
目を瞑っていてもわかる。海の顔が近づいてくる感じ。そしてほんの少し唇が触れ合った感触…。
「…何泣いてんだよ。」
「うぅー…。」
せっかく想いが通じ合ったのに…切なくて涙が止まらない。
少し戸惑い、海は優しく、しかし強く一羽を抱きしめた。
「一羽、よく聞いて?オレはいつでも一羽のこと見守ってる。それは例えこの命が終わってもだ。そして覚えていて。世界は自分次第で変えられるってこと。変わるのを待つんじゃなく、一羽が変わるんだ。分かった?」もう1度少し長く・強めにキスをした。
「私…海に逢えてよかった。」涙を拭い、満面の笑顔で言う。
「オレだって、一羽が拾ってくれた時どんなに嬉しかったか。そのお陰で、また人間を信じることができたんだ。」海も満面の笑みで返す。
『ありがとう。』ふたりの言葉が重なった時、朝日が昇った。
ベッドの上に起き上がる。
「ゆ…め?…じゃないよね。」一羽は人間に戻っていた。海も猫に戻っている。しかし、海のぬくもりがところどころに残っている…。
カーテンを開けると、眩しいくらいの朝日とキラキラとした景色。世界がこんな綺麗だったなんて…海が言った通りだと一羽は思う。
「海お早う。今日から私頑張るよ。もし疲れたりしたら、また元気を頂戴ね!」海の抱き、耳元で囁く。すると、返事の代わりに、海が一羽の頬を舐めた。
永遠が無理なら、せめて与えられた時間の最後の1秒まで、オレがキミを守ろう。