〜communication〜
いつも一羽たちがいる空き地から猫の足で約10分くらいのところに寂れたお寺がある。猫会議はその一角で行われるらしい。
一羽が海に連れられて行ったときには、もう何匹か先に来ていた。その中の雌猫3匹が海のところへ駆け寄ってくる。
「海、久しぶりねぇ?」とその中の海より年上らしき猫が色気たっぷりに言うと、
「ねぇ、たまには付き合ってよぉ。」と別の猫がブリっ子をして言う。また別の猫は、
「今日この後暇?遊びましょ?」と海の予定をチェックしようする。それぞれが海狙いというのが丸分かりの態度だ。
「…悪いけど。先約あるから。」海は表情ひとつ変えず返す。
「もぉぅ、冷たいんだからぁ。」雌猫たちが口を揃えて言う。
…海ってモテるんだ…。なんだか置いてけぼりをくらった一羽は、心がチクッと痛む。すると、
「かわいい子がそんな顔してちゃいけないなぁ…あれ?キミ新顔?名前なんていうの?」雄のトラ猫に声をかけられた。美しい猫だが、なんとなくチャラチャラした感じの猫だ。
「あっ翼さん!こいつ海のツレの一羽とかっていう女ですよ。…確か人間の。」翼の取り巻きらしい猫が一羽より先に言う。
「ふーん、なかなかかわいいいじゃん。俺は翼。名前が、羽根繋がりなんて、運命感じない?」翼が一羽に近づこうとした。
何この猫!?海助けて!!一羽は後退りしながら、心の中で叫んだ。身の危険を感じたのだ。
「近寄んな!!!」海が翼と海の間に割って入った。一羽はササッと海の後ろに逃げる。
「なんだ、海。どけよ。…フッ…それとも何?お姫様を守る騎士気取り…とか?」バカにした様に翼が笑う。翼の取り巻きらしい猫たちも一緒に見下した様に笑う。
「まぁ…お前みたいなタラシには、渡す気はないな。」海が翼を睨みつけて言う。海が殺気立っているのが一羽にもわかった。
「…何?けど、俺がタラシなら、お前だって同じじゃん?この硬派気取りのムツッリや…痛っ…!!!」翼の台詞は、飛びついてきた一羽に顔をめちゃくちゃに爪で引っかかれ、阻まれた。
「よく知りも知らないくせに!私の海を侮辱しないでよっ!!」一羽が大声で言い返す。海が酷い言い方をされ、腹立たしくて、悔しかった。
その場にいた猫たちが皆呆然としている。もちろん、海もだ。
ハッと我に返った翼の取り巻きたちが、翼に近寄って口々に安否を確認する。
冷静になった一羽は、『私の海』と言ってしまったことに気づく。勢いとはなんと恐ろしいものだろう。
「う…っうみ!さっきのはね、飼い主としての意味で…っ。」慌てて海の方を向き、弁解する。
「い…っちゃん…。」
「…別にっ特別な意味は無いの!売り言葉に買い言葉みたいな…。」しどろもどろ言い訳をするうちに、自分が言いたいことがわからなくなってきた。
「今まで気づかなくてごめん。」海が下を向いて言う。
「へっ?…なっ何に…!?」一羽は思いきり動揺していた。
「そんなにオレのこと想っててくれたなんて…!でも、こんな大勢の前でプロポーズなんて…いっちゃんてば…大胆…。」もじもじとしながら海が言う。完全に勘違いしている。
「…!?…プッ…!?ちょっ…違…!!」焦りながら、否定しようとすると、
「…っでも!オレ頑張るから!」と何やらはりきっている海の言葉に阻まれた。
「オレ、『にくじゃが』とか作れる家庭的な奥さんになるから!!だから…えっと、いっぱい愛して…?」首をかしげ上目遣いで一羽を見てくる。
「…〜っ違うって言ってるじゃない!大体なんで、『肉じゃが』が出てくるのよ。しかも、あなた雄じゃない!雄は奥さんにはなれないのっ!!」海の態度に一瞬心が揺らいでしまう。どうしてこうも人心掌握が上手いのだろうと思いつつ、海のめちゃくちゃで、ツッコミどころが満載の知識に、半ば怒鳴るように突っ込む。
「えー。」不満そうな海。海は時々どこまで本気なのかがわからない。
「何やら賑やかじゃの…?」大きな杉の木の影から、三毛猫がゆっくりと出てきた。一羽には猫の年齢はどこで判断するのかわからないが、立ち振る舞いでその猫が長い年月を生きてきたことがわかった。
「長老!お久しぶりです。お元気そうで何よりです!」海は三毛猫に走り寄る。
「おぉ、海か。…すると、そちらが海の言っていた…人間のお嬢さんかの?」三毛猫が一羽に視線を向ける。穏やかそうな年寄りの猫だが、長老というだけあって迫力がある。
「はっ…初めまして、一羽と申します!」一羽は緊張して、声が震えてしまった。
「ふぉっふぉっ。まぁそんな緊張なさらずに。…まず、先ほどの翼のやつの非礼を詫びよう。あやつには私も最近手を焼かされているのだ。しかし、良い身のこなしと啖呵であった。よっぽど海を大切に想っておるのじゃな。」感心したように長老が言う。一羽は恥ずかしくて、下を向く。
「まぁ揉め事はよくないが…の。海も気に入らないからといって、簡単に相手を煽るんじゃない。全く…いくら腕に自信があると言っても、喧嘩では何も解決せん。そうは思わんか?」
「は…い。…すみま…せん。」海はしょんぼりして言った。
「では、始めるとするかの。」長老が言った。
「…で、うちのごばんは、いつもおいしいの!」と、自分の家の自慢をしている雌猫もいれば、
「その可愛い子がさぁ…アプローチしに行くんだけど…。」と、仲間に恋愛相談をして、冷やかされている雄猫もいる。そのガヤガヤと賑やかな様子を長老が達観したように見ている。
一羽は拍子抜けした。…想像していた『猫会議』はもっと静かに行われるものだと思っていたのだ。
「…?いっちゃん?」海が不思議そうに一羽の顔を覗き込んでくる。
「いつもこんな賑やかなの…?」
「うん。まぁオレら猫は基本自己中だから、誰か話してても黙って聞いてるなんてあんまりない。人間は『会議』なんて呼ぶけど、実際は『交流会』のが正しいかもね。単独で行動することが多いオレらの情報交換の場だから。」
「あっと、そうだ。一羽に紹介したい奴がいるんだ。」そう言う海の後ろからぴょこっと海に雰囲気の似た灰色の雄猫が顔を出す。瞳は金とスカイブルーのオッドアイだ。
「月です。海の弟…と言っても生まれた日は同じだけどね。この近くで飼われてるんだ。よろしく!」ハキハキと挨拶をした。
「ゆ…え…?」
「うん。『月』って書くの。中国読みなんだって。主が一時中国語にハマっててね。でもオレも気に入ってるんだ。」照れながら月が言う。
「そっかぁー海、兄弟いたんだ!」海を見て一羽が言う。
「…?…」海は意味をはかりかねていた。
「海は天涯孤独なんかじゃなかった。ちゃんと兄弟っていう強い絆で結ばれたヒトがいたんだね!よかっ…た…ほん…と。」一羽が海を拾った時、まだ子猫だった海は雨の中1匹で震えていた。全てに絶望した様なその姿を思い出し、胸が熱くなって泣いてしまう。
「ごめっ…あたしったら、泣き虫で…。」顔を擦ろうとした時、海が一羽の涙を舐めてくれた。
「いっちゃん…オレの為に泣いてくれるの…?」意外そうな顔で海が聞いてくる。
「あっ…当たり前じゃない!私にとって…海は…その…大切な存在なんだからっ。」一羽が視線を泳がせて言う。
「へへぇ。」海が満足気に笑う。「…変な笑い方しないでよ。」恥ずかしいこと、この上ない。
「ねぇ、海。もう充分『猫会議』のことは分かったし、帰らない?」一羽が海に言う。
「うん。そうだね!」海が同意する。月と長老に挨拶をし、帰途につく。
ちょうど大きな夕日が沈むところで空も茜色に染まっている。ふたりはその景色を眺めながら、寄り添って歩いた。