〜support〜
「うーん…。」難しい顔の海。
「…?どうしたの?」
「一羽。今度の手ほどきのことなんだけど…ね、1番難しいかも…。説明の仕様がないんだ。辞めておく…?」海が一羽の顔を見る。
「諦めることは、自分にはできないって自分自身を低めることだよね。それは、自分を否定することに繋がらない?『自己否定はいけない』って教えてくれたのは、海じゃない。私はやる!例え出来なくても、最初から諦めることはしたくない。」一羽の穏やかな笑顔から信念が伺える。
「一羽…。」一羽が自分の言葉を覚えていて、それを実践しようとしてくれていることが海は嬉しかった。
「手ほどきの3つ目は、喉鳴らし。つまりは感情表現。まぁ実際鳴らしているのは、厳密に言うと喉じゃないんだけど…今回それは置いとくとして。オレはコツくらいしか教えられない。頼りにならなくて本当ごめん。」スカイブルーの瞳が憂いに満ちている。一羽は胸が締め付けられる思いがした。
「…っ!そんなことない!コツだけ教えてもらえば、頑張るから。だから…そんな表情しないで…?」大胆なことをしていると思いながらも、一羽は海の顔を励ますように舐めた。元気のない海を放っておくことなどできない。それに、元気のない海を見ていると一羽もなんだか切ないのだ。
「…ありがと一羽。なんか情けねぇのな、オレ。」海が自嘲ぎみに笑う。
「海、あのね。いつも守ってくれるのは本当嬉しいの。だけど、海も私に寄りかかっていいんだよ?そりゃ…私なんかじゃ不安かもしれないけど、せめて海の支えになりたい。」一羽の本心だ。
「…クス…もう充分支えられてるよ。」海がぼそって呟く。
「え?なぁに?」
「なんでもないよ?」海が笑う。
「んー?まぁいっか!」いつもの海に戻った事が何より一羽には嬉しかった。
「コツとしては…人間ならハミングする感じ…なのかな。喉に力を入れちゃ駄目。それと、嬉しかったこととか思い出しながらやるとやりやすいと思う。」
「…ンー…ンー…。こんな感じ?…あそっか、あと嬉しいことを考えないとね。」精一杯協力してくれる海の為にも絶対できるようになりたいと一羽は思う。
海に人間の時より近づけたこと…、海がずうっと傍にいて守ってくれること…一羽は嬉しいことを考える。今までの人生のどんなことより、海とこうしている今が1番一羽は幸せだ。すると…、
「…ロ…コ…ロ…ゴロゴロ…。」小さな音だか、確かに鳴ったのだ。
「っ!海!!」バッと海を見る。
「いっちゃん!天才!最高!可愛い!」海は余程嬉しかったのか、人間の姿になり、一羽を抱きしめる。
「…っんもぅ、苦しいってば!」一羽は照れて、ジタバタと暴れる。それでも海は離そうとしない。
「さっすが、オレの見込んだ女だね?」人間の姿の海が一羽を目線の高さまで抱き上げ言う。
「何よ、それー。」一羽は可笑しくて笑ってしまった。
「明日は、いよいよ最後の手ほどき。猫会議に出てもらうからね。もちろん、オレも行くし、安心していいよ!」身体をキレイにしてから海が言う。
「わぁーなんか緊張する…。」一羽は、まだ猫になってから海以外の猫と接触したことが無かった。
「でも、一羽『にわか猫』だと思えないくらい猫らしくなったよ?自信を持って!」海はいつも一羽の1番欲しい言葉をくれる。
「あっ…最後ってことは明日で手ほどきは終わりなの?」手ほどきの終わりは、人間に戻る期限が近いことを意味する。
「そうだね…。でもいっちゃんの頑張りのおかげで、あと明日抜かしてもあと3日あるよ。その3日でいっちゃんをいろんなところに案内するよ!」自信満々に海が言う。
そう、変えられない未来を憂うより、目の前の現状を楽しんだ方が得なのだ。海となら楽しみは2倍にも3倍にもなる…そう考えつつ一羽は眠りについた。