〜The precios〜
空が白む。土管の中にも朝日が差し込んでくる。
「…ん…。う…み…?」目覚めると、すぐ傍にいたはずの海が見あたらない。途端に不安になる…。海嫌だよ、ひとりにしないで!今の一羽は海しか頼れないのだ。
「…一羽、ごめんね。淋しかった?」海が帰ってきた。何やら口にくわえている。
「…べっ別に。淋しくなんか!でも…一緒に連れて行ってくれたっていいでしょ…?」少しふてくされて一羽が言う。
「本当ごめん。オレら猫は、人間みたいに夜もずっとは寝てないんだ。時間に制約がないからね。」
「だったら、尚更起こしてくれたって…。」自分は足手まといなのかと思っていると、
「うー…その、一羽がさ、あんまり気持ち良さそうに寝てるから、気が引けたんだよ。ただでさえ不慣れな環境だし。それに、一羽は猫になっても、一羽だから一羽の生活習慣を壊すのも…。」言いづらそうに海が言う。海なりの分かりづらい心遣いだったのだ。
「それより…それ…まさか…。」不満が吹き飛ぶかわりに、身の毛のよだつ思いがした。
「見ての通り、雀だよ?こんな丸々太ったの滅多に取れないんだからね!感謝してもいいよ?」大喜びで、恩着せがましいしゃべり方をする海。相変わらず悪気は0だ。だから余計に厄介なのだが。
「…いっいくら私が猫になったっていっても、雀は食べられないよ。…海の気持ちは有難いけど。」
「…なんで?」真っ直ぐな海の問いだけに、責められているような心地になる。
「…かわいそう…だから…。」
「じゃあ…人間が食べてる牛や豚、鶏や魚なんかはかわいそうじゃないんだ?」真顔で海が言う。
「それと、これとは…。」違うと一羽は言いたかった。しかし、
「同じだよ。皆親がいて、もしかしたら子供もいるかもしれない。誰かの大切な存在だったかもしれない…。『かわいそう』じゃない生命なんて1つもないんだ。」という海の言葉に阻まれた。
「……。」確かにそうだ…。海の言葉が正論すぎて返す言葉がない。
「…あっだからって一羽たち人間を責めてるんじゃないんだ。ごめん、きつい言い方して…。」海が慌てて弁解し、
「生きるために必要な行為だからね、食事は。でもだからこそ、その過程で犠牲になる生命にもっと有り難みを感じてほしい…なーんて思うわけ!」最後は照れ隠しなのか、冗談めかした口調で言う。
「海、そんなに深く考えてたんだ…。偉いよ!凄いよ!」一羽は心から海を誇りに思う。
海は恥ずかしそうに目線を泳がせてから、
「だから、この雀もいっちゃんに食べてほしい。人間の感覚だと嫌かもしれないけど、雀の為にも!」海はいつだって優しいのだ。一羽にはもちろん、まわりにも。
思いきって食べた雀は、けっこう美味しかった。きっと一生懸命海が取ってくれたからだと、一羽は思った。もちろん、雀への感謝も忘れていない。
「あっ一羽…口の回り汚れてる。…よし!じゃあ手ほどきの2行ってみよう!2つ目は身支度。清潔感を保つべし。」
「それって顔を洗ったり、身体を舐めたりってこと…?」
「うん。猫はけっこうキレイ好きなんだよ?自分の毛皮は常にキレイに保つのは常識。汚れてたら可愛く見えないでしょ?」
「そっか…。猫も気を遣ってるのね。」感心して一羽が言う。すると、
「ちょぉっと!それ猫に対して失礼だぞっ!」ちょっと拗ねた様な口調で海が言う。
「…と、ごめん。別に深い意味はなくて…その…あんまりまわりとか気にしてる感じしなかったから…。」しどろもどろで答える。
「…んーまぁ、いっちゃん可愛いから許しちゃうー!!」一羽の頬を舐めようと、飛びつくが今回は一羽が避けた。
「そう何回もさせないわよ…!だいたいそういうのセクハラって言うのよ!」怒った口調の一羽。本当は、こんなこと何回もされたら一羽の心臓がもたないのだ。
「それは人間の世界ででしょ!オレ猫で、一羽も今は猫なんだから関係ないもんねー!」ふふんっと不敵に笑った後、
「それに、コレ親愛を表す行為なんだよ…?」海がわざと悲し気な声で言う。
「だから、そういうのは相手の了解を取ってから…。」つい騙されそうになるが、そうはいかない。
「じゃあ…俺が嫌ってわけじゃないんだね!?」ぱぁぁと海の顔が明るくなる。そして一羽に再び飛びついてきた。ちょうど押し倒された形になった。
「…ちょっ!?なっ何…!?」何がなんだかわからない一羽。
「やっぱりさ、いっちゃん可愛いんだから顔キレイにしてから、手ほどきやろっ!!」ペロペロと海がピンクの舌で一羽の顔を舐める。一羽は恥ずかしくて目を瞑っていたが、海が丁寧に顔をキレイにしてくれたことは、感覚でわかった。
「…いっちゃん。キレイなったよ。」海が囁く。…何かが一羽の鼻にくっついている。
「…?」目を開けると、
「ばぁっ!!」ドアップの海の顔があった。くっついていたのは海の鼻だっだのだ。
「…っ!!もぅ終わったんでしょ!ありがとね、離れて。」バッと起き上がり、海と距離をおく。
「いっちゃん、つめたーい。」今度はぶすぅっと膨れてみせる海。
「…ぷっ…あははっ!やっぱり海には敵わないなぁ〜。」コロコロと変わる海の表情が一羽にとてもは愛しい。
「…?…」首をかしげる海。
「可愛いってこと!」海に分かり易く言う。
「…ん〜?なんか、まだ人間目線で見てるでしょ?今は同じ猫なんだから、同じ目線で見てよ!」なんだか府に落ちない顔の海。
「おほんっ。では、仕切り直して。まず顔を洗ってみよう!」海教授の講義が始まる。
「手をまず舐めて…こう…擦る。そしたら、反対側も同じ様にして…。」海は慣れた手つきで自分の顔を擦る。
「…え!?早いよぉー。」と言いつつ一羽も真似る。人間の時はそんなのでキレイになるものかと思ったが、けっこうなるものだと驚く。
「次は…胴体。猫だから身体は柔らかくなってるはず。首をよく使って…。毛並みの流れにそうように…。」一羽が真似やすいように先ほどより、ゆっくりと海が胴体をキレイにしていく。
わっ…本当に身体が柔らかくなってる!人間時身体の固かった一羽は嬉しくなった。
「そして、腕・肉球。肉球は地面に直接触れるからちょくちょくキレイにするといいね!…肉球の間のゴミは引っ張るように取るんだ。」そう言って、腕の方から肉球の方へと丁寧にキレイにしていく。肉球の間のゴミの取り方も実践してくれた。それは一羽が人間の時海がしてるのを見て笑っていた行動だった。過去の自分を反省する。
「あっそうそう。特におしりは清潔にね!」無邪気に言う海。
「おしり…も自分でキレイにするの…?」確かに猫は自分で皆キレイにするものだけど、まさか自分がやるとは思わなかった。
「いっちゃん…!『恥はかき捨て』って言うでしょう…?」海は満面の笑み。もちろんわざとだ。
「〜…っ!やってやろうじゃない、どうやるのよっ!?」もうこうなりゃヤケだ。
「そうそう、その意気!それでこそ、いっちゃん!!…まず…パンダみたいに座って…こう…足を上げて前屈みになるんだ。」
「ふー。なんか疲れたわ。」土管に入り寝転がる。
「お疲れ。でも、いっちゃんやる気があっていいよ、いい線いってる!」海が一羽を労う為に一羽の鼻に自分の鼻をちょんっとくっつける。
「…ありがとう。」なんだか心があったかくて、くすぐったくて…しかし満たされていく感じがした。