〜一羽と海〜
「…一羽、いつまで寝てるの!?」と、母に叩き起こされ、朝食を摂り、大学へ行く…毎日これのローテーション。
(虚しい…。)特別原因もないが、なんとなくそんな感じだ。ただまわりから就職活動だの、国家試験対策だのと騒がれ、可もなく不可もなくで中途半端な一羽は気持ちだけ焦って空回りしていた。
しかし、そんな毎日でも安らげる一時があった。
それは、愛猫・海とのゆったりとした時間。海は灰色の毛をした雄猫で、元々捨て猫だったのを、一羽が拾ってきて育てたのだ。最初は人見知りがひどく、苦労もしたが、今では、のんびりと我が家での生活を楽しんでいるように見えた。ちなみに名前の由来となったのは、海を連想させるスカイブルーの瞳だ。
「海…。私もあなたみたいに猫になれればいいのにね…?」明らかな現実逃避だが、本心だった。
(…ん。いつの間にか寝てたのか。)
気がつくとベッドで横になっていた。
「おっ目覚めたか?」
「…!?」ひとりきりだと思っていたので驚いた。人がいたのだ。その人は、整った顔立ちと暗い灰色がかった黒髪、カラーコンタクトなのか、スカイブルーの瞳をしていた。
「え…えぇっと…あなたは?」その青年には全く面識が無いはずなのに、初対面という気がしない。(不思議な人…。)
「…あれれっ?わかんない?
いつも一羽と居るのにな…。」少し淋しそうに男が笑う。
「じゃ…もしかしなくても、う…み…?」とても信じられない。
「大正解!さすが、いっちゃん!」そう言いながら、海は一羽に抱きついてきた。いつもは、人間と猫だから恥ずかしくも何ともないが、海が人間の姿だとなんだかドキドキする。
「…ちょっいいから離れて。なんで海は人間の姿になったの?」
「べっつにーただなりたかった、そんだけっ!!」にっこりと笑う。人間になっても気まぐれな海の性格は変わらないらしい。
「まぁ今回いっちゃんの願いを叶えるのに、必要だったってこともあるね♪」
「私の願い…?」
「うん。猫になれたらなぁって言ってたでしょ?」
「…かっ叶えてくれるの!?」なんだかワクワクしてきた。飽き飽きした平穏とおさらばできる。
「日頃のお礼を兼ねてね。でも、猫になるからには手ほどきをちゃんと受けてもらうよ?」海がにやりと笑う。
「…手ほどき?」自由奔放に生きているように見える猫にもそんなものがあるのかと驚く。
「オレら猫にだって、規則というか、日常を送る中でのルールがあるんだ。猫になるからにはそれを守ってもらわないとね!」海がちょっと威張った調子で言う。
(海が一緒なら何でもできる。)根拠などないが、本気で思った。
「そんじゃっ『一羽、猫になぁれ』!!」ちゃんと名前を呼ばれるのもなんだかくすぐったい。
ポンッと音がして目を開けると、目線がかなり低くなっていた。服の代わりにふさふさの白い毛皮。手のひらには、肉球…と完全に一羽は猫になったのだ。
「…すっごい!すごいよ、海!!私猫だっ!!!」興奮して一羽が言うと、
「うん、うん。一羽は白猫か!かっわいいー!!」満足気に言い、海も猫の姿になった。そして、一羽の頬をぺろっと舐める。
「…っ…んなっ…!?」多分人間の時なら赤面していただろう。いきなりの海の行動に動揺する。
「…もしかして、初めて…?」いたずらっぽく海が言う。
「あっ当たり前でしょう!?人間はそんなこと恋人でもなければしないの!」からかわれているのが、余計癪に障る。