ミミィちゃんが抓るようになった理由
私はミミィ、スナックのホステスとして働いていて夜はお仕事、お店の子はグラスを磨いたり在庫の確認や包丁の手入れ等をしている、今日は土曜日なので私はまだ客の居ない綺麗に清掃されたホールで、お出迎えの準備をして何時でも挨拶出来るように入り口近くで待機した。
「「「いらっしゃいませ」」」
「こんばんは」
「……空いている席へどうぞ」
店では客への席の案内は混んでいる時意外はしない方針に成っているので、新規と思われる客に少し間を置いて辺りを見回すお客様を見て私は、一言声を掛けて空いている席を勧める。
予想した人と違う人では在るが笑顔で対応する。新規の客は一杯だけで帰ってしまう事が多いからこそ、短い時間に好印象を持って気持ち良く帰って頂きたい。
今の一瞬だけはお気に入りの客が来ても、目の前のお客様に心よりの御持て成しをしたいと気持ちを切り替える。
「お飲み物は何にします?」
「とりあえずビールかな」
笑顔で対応しつつ何時当店を知ったのか灰皿が必要か確認したり聞いて最低限の情報を集めつつ会話を楽しんでゆく。何処で当店を知ったかより何時と聞いた方が万が一にも新規で無かった場合に誤魔化し易いと個人的に考えている。
「キミ笑顔が可愛いね」
「ちょっと照れちゃうけどとっても嬉しいです。あ!私ミミィと申します遅くなりましたが宜しくお願いします」
「俺はゲンイチ宜しくね」
来た来たキミ呼ばわり可愛いと褒められた事もキミ呼ばわりされた事もとっても嬉しかったので本気で嬉しいと仕草で表現し言葉でも伝える、此れで名前交換がし易いのよね、私も一度でも会ったお客様は覚えている自信は有るけれど、休んだ日や忙しい日の背中越しのお客様までは目が行き届かないからこんな手を使うけど、お店には平気で「初めまして」とて言い切ったり着席と同時に名前を聞いたりする子も多く新規の客からしたら気持ちが良いのかもと思うと少し凄く羨ましい。
キャバクラと違いスナックでは指名制や固定制は無いので名乗りも自由で、三人位までなら一人で接客する事も普通。お客様同士の話しに乗れる子も居れば聞き上手な子も居る、私は話し上手でも聞き上手でも無いけど今の仕事は好き。色々なお客様の優しさに触れて町の噂も多く聞けて楽しいから。
「いらっしゃいノーバン」
「おはようママ」
少し離れた所でノーバンとママの声が聞こえてくるが、今は目の前の客の仕草や癖を観察しながら会話を楽しんでいるので他の事は気に成らない、成らない様に気にしている。
「ミミィ変わろうか?」
「うううん、此方のゲンイチさんのこと気に入っちゃったから少し忙しくなるまで此処に居ていい?」
「私は構わないけど」
ノーバンの何時もの納品が終り席に座ったらしく、店の子が来て小声で心が揺れる言葉を囁いてくれるが、今ここを離れたらゲンイチさんはスグに帰って二度と来てくれない気がする、気を使って声を掛けてくれた子には悪いけど居留まる事を伝えつつ遠まわしに分かり易く間接的にゲンイチさんに聞こえる様にして、忙しくなるまで居て欲しい事を伝える。
店の子は言い難そうに納得の返事をしながらチラリとノーバンに目を向ける、何を言いたいのかは分かる気がする、お店でノーバンの事を気に入っているのはママと私だけだで他の子は嫌い寄りとはっきり言えば嫌いと言う子達だ、理由を聞くと変な理由、つまらない理由、くだらない理由、誤解と色々出てくる、こんなお客も珍しく感じるけど私にとってライバルが少ないのは良い事でもある、少しノーバンには可愛そうだけど嬉しくさえ思えてしまう。
「じゃぁ宜しくね、だってゲンイチさんミミィの事、可愛いって言ってくれたんですよね」
「ぁあ本当に可愛いからね」
「きゃぁうれしい。そういう事でお願いね」
「どうぞごゆっくりお楽しみください」
私はダメ押しに少し惚気てゲンイチさんにも同意を求めると、予想より少し良い答えが返ってきた事に嬉しくなって素で返して照れてみる、少しバカップルっぽい雰囲気に成ってしまってスナックの客対応の範疇かどうかと思うけど、新規客へのサービスとして有りかなと思いつつ、お店の子の冷やかしの様な返答を聞きながらゲンイチさんの方へと向き直り再び会話を楽しんだ。
「そろそろ忙しくなって来たみたいだし今日はお暇するよ」
「今日は私の我儘に付き合って忙しくなる時間まで居てくれて本当に有難う、ゲンイチさんのお話とても面白です、ゲンイチさんの色々な話を聞きたいのでまた来て下さいね」
「あぁまた来るよ此方も楽しかったから」
「有難う楽しみに待ってます」
次が有るか分からないけど想像以上に長居してくれたので無理に引き止めることもせず、遠回しのお願いを聴いてくれた事にお礼を言い楽しかった事を伝えつつ次回の約束を取りつける。少しは期待出来そうな返事に気を良くするも送り終わるまでは気を逸らさず気を抜かず気持ちよく送り出す。
ノーバンは早く帰ってしまうことも有るので気に成って視線を向けてしまうかもしれないので意識をゲンイチさんに置く事で集中し我慢した。
「いらっしゃいノーバン」
「おはようミミィちゃん、何飲んでる?」
「今日はサワー」
「ママ、ミミィちゃんにサワーお願い」
「ご馳走様です」
「どういたしまして、ミミィちゃん今日も可愛いね」
「何よいきなり『バッチン!』」
「痛て、あれぇ気に入らなかった?」
「会って挨拶が終わったと思ったら何の脈絡も無く急に変な事言うからでしょ」
嘘です、ものすごく嬉しい、嬉しすぎて変な気分で、つい照れ隠しに叩いてしまったのです。
「ごめんごめんでも本当に可愛いと思ってるよ特にその猫耳が小顔の可愛さと相まって凄く可愛いよ」
「馬鹿ぁ!『パチン!』」
「えぇぇ何か間違えたかな?」
もぅやめて具体的に言われたら、嬉しさと恥ずかしさで顔から火を噴きそう。
「だから脈絡が無いって言ってるでしょ」
「えぇっと、あぁあうん……」
「分かった誰かに何か言われたんでしょ?例えばそう言え的な事を」
「……うん言われた」
「なんて?」
あ!自分で聞いといて、ちょっと、しょんぼり……、聞かなければ良かった。
「『可愛いって言ってあげたらミミィが喜ぶよ』って、でも俺は嘘吐いたことは無いから本当に可愛いって思ってなかったらそんな事言わないよ」
「はいはい嘘吐いた事が無いってのが先ず嘘ね、それに可愛いって言われたら女の子なら誰だって嬉しいわ」
女の子なら誰だって嬉しいと言いつつ怒って見せてる私は何?しかも恥ずかしくてノーバンの顔を見れないから、そっっぽを向いてる振りまでして、何してるんだろうと自問自答してしまう。
「俺の事を嘘吐きだと思ってる?」
「そんな事は思ってないけど嘘を吐いた事の無い人なんて居るはず無いとは思ってるわよ」
「なるほど」
「それであの子でしょ」
目線の先には、先ほど代わろうかと言ってくれた子だ、気使いは嬉しい。
「ぅうぅうんとえっとぅ」
「もうハッキリしなさいよ分かってるんだから『ペシッ!』あの子の言う事は聞き流す事!いい?」
「はい以後気を付けます」
話が一区切り付いたタイミングでママから声を掛けられた。
「ミミィちゃん此れを二番テーブルへ……、それから今飲んでいるグラスを持って行って良いからしばらくお相手もお願いね」
「えっ!でも……、はい分かりました」
ノーバンを何度も叩いてしまった事で離れた距離を、此れから楽しい話をして逆に急接近しようなんて考えていたらママさんから別の仕事を言い付けられてしまった。仕方なしに席を離れる事にする、きっと今の私は不機嫌で恨めしい顔をしているんだろうな鏡を見なくても分かる、気持ちを切り替えて無理にでも笑顔を作る。
こんな事なら素直に喜んでおけば良かったと思ってしまう私の馬鹿。
二番テーブルのおつまみと自分のグラスを持ち振り返ると何だか視線が痛熱い気がするが気のせいではないっぽい、多分ノーバンを叩いた音が聞こえていたのかも、だからママも私をノーバンから引き離したと今気づいて恥ずかしいのと自分のミスが悔やまれて頭を抱えたくなってしまった。
「ミミィちゃん良く叩くの?」
「いえ、あのお客さんは嫌いなのよ、しかも怒らせる事を言うから叩ただけ」
二番テーブルに付いたら先ほどの事を言われ顔が真っ赤になるのが自分でも分かってしまい、普段なら他のお客様を悪く言う事は無いのについつい口から漏れてしまい心の中で反省です。
「ここまで音が聞こえたよ、ミミィちゃんになら俺も叩かれたいな」
「えぇぇ!ミミィ、エムさんの事嫌いに成れないしエムさんにはミミィを怒らせるような事を言って欲しくないなぁ」
「それでもちょっとは叩かれたいと思うんだよな」
「もぅ馬鹿!『ぺちっ!』」
少し変わったお客だと思いつつ話の流れから叩かないと治まらない気がして、軽く叩いてみると少しは満足してくれたようであるが、お客様を叩くとか今更ながらに反省です。ノーバンを叩いたのは自然だったし気に成らなかったのにと、モヤモヤとした思いに落ち込んだ。
今日は前半頑張り過ぎた分後半にシワ寄せが来ちゃったのかな?明日からまた頑張ろう。
そんな事が有ってからはお店では叩かない様に決めたものの、ノーバンには叩きたくなる衝動が有ったりで抓る事で発散するように成ってしまった。
「ノーバンの馬鹿!」
本編「神に会った冒険者」に出てくるスナックでのお話です。
本編も章毎に分かれており、第三章までは比較的短めで読みやすい長さと思います。
試し読み歓迎です。