え? 貴方、女性でしたの?
姿見の前でクルリと回ってみる。
そこに映る私は自分で言うのもなんだが、それなりに可愛らしい令嬢と言って良いだろう。
私の名前はクリスティーヌ・グランヴィールズ、しがない伯爵家の一人娘です。今回めでたく社交界にデビューすることになりました。
「はぁ……」
人に見せられない表情でため息をつく、父は良い人を見つけてきなさいと言っていたが正直めんどくさい。
私としては将来のお相手とかもうどうでもいいので何かと世話焼きな父に勝手に決めてもらっても構わないのだ。
しがない伯爵家とはいえどもウチは良くも悪くも昔から続いてきた由緒ある家、貴族社会の上から下までそこそこ顔が利くので父がその気になればなんかこう丁度いい殿方の一人や二人引っ張ってこれそうなモノである。
まあでも、両親に焚きつけられたとはいえ今回のパーティーに出席しようと決断したのは私なのであまり文句を言うわけにもいかない。
「レオン……来るかなぁ」
思い出すのは幼いころ一緒に遊んだレオンのことだ。彼はアルタミルズ公爵家の一人息子で、何というか……カッコよかった、子供ながらに自信を感じさせる端正な顔立ちでありながらワイルドでたくましいレオンには惹かれるものがあった、私は面食いというわけではないがやっぱり顔が良いのに越したことはないからね。
年齢は向こうの方が多少上ではあったがほぼ同年代の友達というのはお互い少なかったからか、二人して家柄なんて気にせずに人目を盗んで二人で外に抜け出して虫を取ったり泥だらけになるまで駆けまわったりして怒られたものだ。
ウチとレオンの家は祖父の代に付き合いがあったようでたびたびレオンとは遊んでいたのだけどレオンの教育が始まってからはすっかり疎遠になってしまっていて、今回のパーティーにそのレオンが来ると父から聞いて私も出席を決意したというわけ。
レオン……おっと、レオン様と呼ばねば、彼はいまどんな殿方になっているのか、きっと昔と変わらずカッコいいんだろうなぁ。
むふふふ、おっと想像していたら変なニヤケ面になってしまった。
「ふぅ、レオン様はあの時のこと……覚えてくれてるのかな」
出発の時間まであと少し……もう少しだけ思い出に浸る。
レオン様と遊ぶ機会が減った頃、二人で将来を誓い合ったことがある。
誓うといっても、子供のかわいらしい口約束程度のものだ。お互いの額を合わせて大人になったら結婚しようって約束したのだ。
きっとレオン様は覚えてないだろうなぁ~、なんせ彼は公爵家の一人息子でイケメンと来てるのだ、きっと私のような貧乏貴族とは比べ物にならない良家の淑女たちから引く手あまたに違いない。
そう思うと寂しいものもある、私にできるのはロマンチックな思い出を胸に憧れることだけ。
今回のパーティーもレオン様にアプローチをするというよりも彼の現在をこの目で見て諦めに行くのが主目的なのである。
我ながら見事な負け犬根性だが私はそれでもいいのだ、生まれが違いすぎた。
そろそろ時間だ、父が待っている馬車に向かおう。
「クリス、もう準備は――おお、ふっふっふ、流石私の娘だ、そのドレスとても似合っていて可愛らしいよ。今回のパーティーの主役はお前になりそうだ」
「お父様、家族にお世辞を言わなくてもいいですよ。お待たせしてすみませんでした、行きましょう」
「むむ、ごほん。まあ可愛いというのは本当だ、初めての社交界で緊張するかもしれんが自分に自信を持つんだ、いいね?」
はいはい、相変わらず子煩悩な親だ。
そういうわけでパーティー会場についたわけだが……レオン様どこだよ。
うっかり失念していた、そりゃあ昔会ってそれっきりなんだから顔を見たってわかるわけないよね。それに名前もお互いにレオンとクリスという愛称で呼び合っていただけで実の名前はあまり覚えてない、レオンハルトとかかな? 知らないけど。
顔を一目でも見たいと思ってやってきたがこれではそれすら叶いそうにないなぁ、子供の頃からおっとりしてるとか抜けているとか言われてきたがこういう所で悪さしてくるとは……困ってしまう。
誰かに聞くか? いや、ないな。お父様ならともかく自分がなんのコネもない小娘だという自覚ぐらいはある、うっかり上の爵位の人間にモノを尋ねるなんてことになったら大変だから人に聞くのは却下。
こうなったら気恥ずかしいのを我慢してお父様に聞こうかと思ったけれどレオン様を探してウロチョロしてたせいでここが何処かもわからない、参りましたねこれは。
やや挙動不審気味に父の姿を探すが見当たらず、そしてロクに前も見ないで歩いていたせいで誰かに激突した。やっべ謝らないと。
「あっ、その、も、申し訳――」
「ちょっとアナタ! レオンティーナ様にぶつかっておいて謝りもしないってどういうつもりなの!」
これから謝るところですごめんなさい。
どうやらぶつかったのはかなり身分の高いお嬢様のようだ、高そうなドレスを着た集団を引き連れていてめちゃくちゃ怖い。
改めて私が激突したレオンティーナというリーダー格の令嬢を見る、女性の私から見てもうっとりしてしまうほどにサラサラの金髪が腰まで伸び、体つきはグラマラスな癖に引き締まっているという矛盾を孕んだ完璧ボディ、顔つきは少々つり目気味だが自信に溢れ力強さすら感じる端正なものである。
やばい、こいつは本物だ。向こうがその気になれば私なんてプチっと潰されてしまいそう、どうしよう……。
「まあまあ、あまりそう大きな声を上げるものではなくてよ? フィオレ様」
おや? 何やら私を叱りつけたフィオレという人をたしなめてくれているようだ。見た目から当たりのキツそうな人だと思ってしまったけど意外と話の分かる人なのかな?
そんなことを思ってみてるとそのレオンティーナ様がこちらを見て言った。
「貴方もちゃんと前を見て歩きなさいな。あまり見覚えがない娘ですが……もしやこういうものに参加するのは初めて? もしそうなら一人で探検するのはおススメしませんね、誰かに貴方の家の者の元へ案内させますから貴方のなま……な、ま……?」
「なま?」
レオンティーナ様と私の目が合うと彼女の様子がおかしくなった。なんだろう、知らぬ間に粗相をしてしまったのだろうか、マズイなぁ……まだここに来て間もないのにトラブルを起こしっぱなしだ。
でもとりあえず謝るか、謝っとけば間違いないってお父様言ってたしね。
そう思っていたらレオンティーナ様がこっちに近づいて来て肩を掴まれた、どうやら私は機を逃したらしい。
「ちょっ、ちょっと貴方、私についてきなさい……! えー、皆さん私少し眩暈がしまして、一人にさせていただけますこと?」
取り巻きさんには一人にさせて欲しいというわりに私のことは連行していくとは一体どういうつもりなのだろうか。
まあ逆らえるわけもないのでされるがままになっていたら休憩室的な場所に連れてこられた、中には誰もおらず私とレオンティーナ様の二人だけ、そして私はソファに座らされて顔をじろじろ覗き込まれる……なんだか恥ずかしいので目を合わせないようにしていたらレオンティーナ様が話しかけてきた。
「……もしかして……クリス?」
ん? そりゃあ私はクリスですが……あれ? クリスティーヌならともかくクリスなんて愛称で私を呼ぶのは両親かレオンぐらいのはずなんだけど、え? いやいや、何かの間違いだと思いたい、まさかそんな。そう思いながら私も口を開く。
「レオン、じゃない、ですよね?」
そうであってくれという願望を乗せて言葉を絞り出す。するとレオンティーナ様がつらつらと話し始めた。
「……私、幼少期からのとても大切なお友達がいますの、その方はグランヴィールズ家の子息なのですが……その方は私の事をレオンと、そして私はその方をクリスと呼んでいましたの」
う~ん、ものすごく既視感のある思い出だなぁ。でもグランヴィールズには子息がいないのよね、子供は一人娘の私だけだ。
「私は幼いころアルタミルズ公爵家のご子息にとてもよくしてもらっていました。それでその、そのご子息は私のことをクリスと呼び、私は彼のことをレオンと呼んでいました」
「こほん、私はレオンティーナ・アルタミルズ、アルタミルズ公爵家の一人娘ですわ」
咳払いしながらレオンティーナ様が自己紹介してくれた……レオン女じゃん。
え~……聞いてないんですが……え? レオン女だったの? うわ~、初恋を拗らせに拗らせた結果がこれとかショックなんですが、というか公爵家なんだから男子ぐらい産んでよ、一人娘とか予想外にも程があるよ。
不敬なことを考えながらレオンの顔を見てみる、言われてみれば目付きとかあの頃と全然変わってないや。
今のレオンの顔はびっくりするぐらい無表情だ、なまじ顔立ちが良いとこういう変化がよくわかる。まあ気持ちは分かる、私も変な顔をしてないか心配だ。
向こうも思考停止してたのだろう、妙にギクシャクしながら喋り出した。
「……え? 貴方、女性でしたの?」
「そう、なりますかねぇ」
「え、え、だって……だって貴方ったらズボンなんかを履いて遊んでいたものだから私てっきり」
「あれは父が男の子が生まれると決めつけて勝手に用意していたものを使っていただけです。そういうレオンティーナ様だってズボンだったじゃないですか」
「あ、あれは……スカートがなんだか気に入らないから我が儘を言ってあの頃だけ好きな格好をさせてもらっていただけですわ」
なんじゃそりゃ、二人とも勝手に男っぽい格好で付き合ってた結果相手が男だと思い込んでただけじゃん。
あー、なんだか魂が抜けたみたいだ、レオンも私の隣に座って煤けた様子になっている。
「なんだか、お互い勘違いしてたみたいですねレオンティーナ様」
「レオン」
「へ?」
「レオンでいいわ、クリス、あの頃みたいに」
昔みたいに呼んでいいらしい、でもなんだかなぁ、ムズムズする感じ。
こんな状況で一体何を話せばいいのだろうか、私の小さな頭脳では思い浮かばない、こういうときはレオンに任せるに限る、そもそもあっちの方が爵位上だし? 向こうが先に発言するべきではないのだろうか。
そうやって自己正当化を行って黙っているとレオンが口を開く。助かった。
「ねえクリス、私、貴方のことが好きでしたのよ。少し鈍くさかったけれど、優しくて、包容力があって」
向こうも私のことを好いてくれていたらしい、純粋に嬉しい。でも鈍くさいは余計じゃい。
「鈍くさいは言わなくてもいいでしょ、でも私もレオンのこと好きだったよ? なんかカッコよくてさ」
「フッ、両想いだというのに結果がこれでは悲劇ではなく喜劇ですわね。はぁ……」
当事者としては笑えません、なんだかきまずい空気になってきたところでレオンが私の膝に倒れこんできた。
これも懐かしい、こうしてレオンを膝枕してあげたことも何度かあったな、しっかりしてるようでこうやって甘えてくれるのも好きになった理由の一つだ。
……そもそもさ、性別とかどうでもよくない? レオンの頭を撫でているとそんな考えが浮かんできた。
これが天啓というやつか、考えれば考えるほど悪くないアイデアだ、この思いつきに身を委ねるとしようか。
「ねえレオン、私たち付き合わない」
「はぁ!?」
レオンが飛び起きた、危うくアゴに頭突きを貰う所だ、公爵令嬢ならもっとおしとやかにしてほしいものである。
「付き合うって……! 無茶ですわ!? 私たちは女同士ですのよ!? 周りが何て言うか」
良いことを聞いた、レオンはどうやら周りの事を気にしているらしい。これってつまり彼女本人は満更でもないってことだよね、それならやりようはある。
私はレオンの耳元で淡い背徳感に包まれながら囁く。
「女同士だからだよ、これが男と女だったら身分をわきまえない夢見がちな恋愛だけどさ……女同士なら黙ってれば仲が良いだけって思われるでしょ? 大丈夫だよ、子供の恋人ごっこと同じ、一緒に遊んでご飯を食べてたまに同じベッドで寝たりするだけ」
そう、恋愛ごっこなのだ。男女におけるヤれることをやったりするわけじゃない、ただのお友達よりも少し親密な関係になるだけ。
今なら逆にお互い女で良かったと思える、どうせ家柄の違いで結ばれるなんて到底無理な仲なのだ。同性の友達ということにしておけばデートをしようが何をしようがただの仲良しという評価で収まる。
隠れてやる必要がない、男女の仲で生まれるめんどうなしがらみやら何やらもない、いいことずくめだ。
レオンの反応は……あっちも悪くないって顔をしている。昔からそうだ、彼女はグイグイ引っ張るタイプであったが押しには弱かった。
「その、ちょっとだけ……ですのよ? あくまでお友達ということで……ね?」
「ウフフフ、わかったよレオン。それじゃあ、今後ともよろしくね」
お互いに昔のように額を合わせて密約を交わす。
これから楽しくなりそうだ。