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3.知らない話

 そこは石造りの大きな広間。壁も柱は床も、どれも美しく磨き上げられ静まり返っていた。とても高い天井の向こうに青い空が見えた。彼は抱きしめていた身体をそっと離し、手を差し伸べてくれる。

「こちらへ」

 手の意味が解らずにいると、にっこり笑って私の手を取ってくれた。


 男性に連れられ広間の奥、通路の先へ進む。私の足ははだしだ。床に敷き詰められた大理石がひんやりしたと気持ちいい。少しずれたリズムでコツコツと男性の足音が響く。心地いい音に緊張していた心がほどけていくのがわかる。

 建物は石造りで一見簡素だが、石を削り装飾を施した柱が時折姿を見せ寂しい感じはしない。建物の中は風の動きが少ないが涼しい。灯りがなく薄暗い廊下の先は少し怖く感じる。手をつないでくれて良かった、と思った。


 大きなガラスの前を通るとき、一瞬自分の容姿が視界の端に見えたが、記憶の中の自分とは違う気がした。

「本当は父上へ報告しないといけないが、まずは君を洗うところから始めようと思う。このまま連れて行ったら、父上があの国を一瞬で焦土にしかねない」

まぁそれでもかまわないけど、と物騒に笑う彼を横目に私は自分の状態を思い出していた。確かに今の私は日頃の汚れに加え、暴行に寄る傷跡や崩れた城壁の土埃でとても人前に出る姿ではない。


 扉のない少し狭い入口をくぐる。他の部屋より暖かいそこはお湯を湛えた大きな池があった。

「温泉という。君を洗いながら、事の経緯を話そう」

洗う……?

「……えぇと……あなたが私を……?」

「そう」

逃げようとしたが抵抗は無駄だった。あのいじめを耐え抜いた私は力がある方だと思っていたが、全く歯が立たない。つないだ手を全く振りほどくことができない。ムキになって抵抗するとかえって恥ずかしい格好になるので観念して大人しく洗ってもらうことにした。


 これまで見たこともない量の湯気と泡に包まれながら私は男性に洗われていた。

 向こうではせっけんを使うことも湯を使って風呂に入る事もほぼ許されなかったため、こんなに豪勢にせっけんを使い湯を流すことに抵抗があったが彼はどんどん私を泡立て流してを繰り返した。

 初めて会った人、それも男性に裸を見られ体中を触られるのは恥ずかしいが、体を素手で触られるわけでもないし、その触り方も至って意味をもたない触り方だった。泡の量が多かったのと温かさと良い香りで気持ちがほぐれてくると、段々気にならなくなった。


 髪を洗いながら話してくれた話はこうだ。

 事の始まりは数十年前、運命を告げる神が妖精の姫に実りの娘の誕生を教え、探しに行くように告げる。姫はそれに従った。そして森であの王に見つかり攫われてしまった。本来誰も知り得ない情報だが、王は道を踏み外した魔術師から知恵を得ていた。森に妖精姫が来る事、彼女を幽閉し見張っていれば実りの娘が手に入る事、そのどちらも戦争に有利な駒である事を知り、己の野望のためにそれに従った。

 あの町に妖精姫が運ばれると、すぐに魔術師は魔力の結界を設けた。魔術師が結界を解かなければ、この国へ妖精は入れず、出る事も出来ない。王は美しい妖精姫を大層気に入り、人間、自分の正妃として発表した。

 だが正妃は彼を拒否し続け、王は怒り狂った。そのうち魔術師の勧めで側妃が娶られた。やがて側妃は王子を身籠り、王の寵愛を受けることになった。この頃から妖精姫の城内での軟禁生活が始まった。


 姫は捕まる時に妖精たちに実りの娘の捜索と保護を頼んでいた。妖精たちは言いつけに従い実りの娘を見つけたが、魔術師の使いに見張られていた。妖精たちは襲われ、幼子を使者に奪われてしまう。妖精の抵抗で傷つきながらも妖精が手出しできない壁の中にたどり着いた使者はそこで死んでしまう。そして君も気の毒な時間を過ごす事になった。


 赤子の実りの娘を見つけたのは初老の騎士だった。もうわかったと思うが、その実りの娘が他ならない君だ。君を拾ったあの人は優しい人だ。戦で人が亡くなれば花を手向け、墓を作れない戦場では胸に手を当てて祈った。何も知らずに拾った実りの娘を本当に大事に育てていた。

 だがある日、妖精姫が騎士から漂う君の気配に気づき彼に話しかけた。そしてそれを見た魔術師――宰相も君を見つけてしまった。すぐに君は城へ取り上げられた。扱いはひどいものだった……想像と違いなんの力も示さない君を見て、王はどう扱うか考えあぐね、全て魔術師の言う通りにした。

 魔術師は無能ならただの火種にしかならんと、君を殺そうと壁の補強工事にあてた。運が良ければ君を工事の事故で殺せる、運悪く生き残った場合でも補強は完了する、そう思った。そして君は工事を完了させ生き残る。

 君が姫に出会ったその時から、君は無意識のうちに力を使うようになり、力を込めて石を積んだ。石にも力が宿り、先程のように強い壁が出来上がった。

 姫は日頃幽閉されていて自由に部屋から外に出る事は許されていなかった。だが姫が君に会いに来た日、その日は姫に謁見の許しを得た者がいて少しの間部屋から出られた。姫に会ったのは君を拾った騎士だ。姫に頼まれおくるみの切れ端を持ってきたのだ。姫はそれを君に渡すために監視の目を盗んで君に会いに行った。渡すことはかなわなかったが……。騎士はその日のうちに出兵を言い渡され二度と国に帰らなかった。


「……戦死したと聞きました……あの人の事をよく覚えています。とても優しい人でした……」

 洗い上げた髪の毛を彼が優しくまとめてくれる。滴る水を見て思う。もし泣いても今ならばれないだろうか。だけど泣いてしまったら、止められない気がした。優しく肩を撫でられて私はぎゅっと目をつぶった。



 身体を洗いながら話してくれた話はこうだ。

 君が工事を完了してしまったから、合法的に殺す次の手段として一番危険な壁を守らせることを魔術師は提案し、王はそれに従った。好都合な事に彼らも君も自分の魔力を自覚していなかった。当たり前だ。魔力の使い方を誰にも教わっていないから君は意識的にそれを扱えず、よって人間は誰も感知できない。

 万が一君が魔力を発現することがあって身を守られては困るから腕に魔力を抑える腕輪を付けさせたのは宰相だ。都合の良い事に君は仲間内でいじめられ、孤立していった。だが君は強くなり中々倒れない。宰相は行動を焦った。

 そうこうするうちに王妃の座を狙う側妃によって妖精姫は殺されてしまった。侍女の一人に君への手紙と騎士からの預かりものを託して。

 手紙は妖精語で書かれていたはずだ。君には読めてもあの魔術師には読めないように姫は取り計らった。姫が短めの文章にしてくれたおかげで宰相もそこまで怪しんではいなかった。読めるとも思っていなかっただろう。

 何故君が読めたか。それは姫が君の腕輪に細工をしたからだ。腕輪の宝石を妖精の祝福をかけた宝石に換えた。その石を身に着けている間は文字が読めるように。同時に別のまじないもかかっていた。その腕輪、もとい、宝石をその身から外せるのは君自身か魔力を持たない者だけになるようにね。君以外の者がその宝石を身からはがすとき、それは大多数に於いて君が危ない時だ。その場合は僕が呼ばれる。どんな結界を破って恨みを買ってでも。今回そうだったね。君自身がそれを外すときは――君があの王国を自らの意思で離れる事ができ、自由になる時だ。その時の為に切れ端を渡そうとしていた。君が生まれたときから持っていたあの布の事を調べてくれれば、僕にたどり着くからそのために。だけど燃えてしまったね。……話を戻そう。妖精姫の暗殺は宰相にとっては痛手だった。戦争を有利に進める盾に出来たはずの妖精姫を失ってしまうと、いくら今は無能に見えても君を生かしておくしかなくなるからだ。現段階で魔力の有無も能力もわからない君の存在は未知数だった。


「あの手紙をくれた侍女の方は……」

「無事だから安心してくれ。町を出た瞬間から妖精が守っていたから。今はずっと遠くで暮らしている」

 安堵で身体の力が抜ける。背中をゆっくり撫でられため息がでた。

 身体の泡を全て流すと打撲の跡も裂傷も腕輪の痕も綺麗に消えていた。まとめた髪を解かれる。視界の隅にちらりと入ってすぐにすくわれ後ろに流された色は私の知らない色だった。

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