表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

1.これまでの話

 私は拾われた子どもだ。

 国同士の争いが絶えず、魔力が一番のステータスとされるこの世で、魔力を持たない子どもが捨てられるのはよくあることだった。

 私が拾われたこの国は比較的優しい国と言われ、捨てた子を拾う人も多く、最悪は城に引き取られるという事を捨てた人は知っていたのだろうか。決して裕福な家の生まれではないことを証明する様なボロボロのおくるみのまま、この街を囲む壁の入口付近に捨てられていた。その入口が貧乏な庶民の多い地域だったためか、私は夏の暑い日差しを受けて死にかけまで放置された。

 拾ってくれたのは城に勤める初老の騎士だった。優しい顔を覚えている。拾った時に笑ってくれたこと、歩いたときに喜んでくれたこと、私が城に連れ去られるように引き取られたときに悔しんでくれたことを覚えている。しばらくのあとその人は戦死したと聞いた。



 城に引き取られた私は他の孤児と同様に城で働く人手として育てられた。

 ある日、自分だけ他の子と違う、厳しい現場に回された。身の丈もある石を持ち上げる、子どもには辛い城壁の補強を私は気絶しそうになりながら一人で続けた。ノルマが終わるまでは食べ物が与えられなかった。

 正妃様は皆に平等に優しい御方だと噂には聞いたことがあった。私が日差しで倒れた時に一度、内緒で水を持ってきて下さったことがある。そのあと私は鞭で打たれ二度と正妃様のお姿をお見かけすることはなかったけれど、たった一度の正妃様の優しさだけが私に石を持ち上げさせた。


 城壁の補修が終わると、今度は壁の警護に回るように言われ、そのための訓練を受けさせられた。他の捨て子の女の子たちは城内での仕事だが、私は別らしい。

 腕に魔力を補うという腕輪をはめさせられた。腕輪は魔力で自動的にサイズが変わると聞いたが、外し方は教えてくれない。

 なんとなくわかっていたが想像通り、私は腕輪を付けても魔力を使えなかった。何も変化はないが、規則なのでつけたままにした。


 再会した捨て子の皆は「私だけ特別楽な仕事をしていた」「正妃様から可愛がられていた」と勝手な主張で私に嫌がらせをしてきた。どうでも良かった。嫌がらせを押し返せるように強くなった。嫌がらせがエスカレートしてもまた強くなった。魔力が使えなくても力技で押し返した。諦めてやられても良かったが、正妃様を守るためならどんなことでも耐えて強くなってみせると思っていた。



 数年後にその夢は砕けた。

 正妃様がお亡くなりになったのだ。

 その翌日、異例の早さで葬儀が行われた。国葬だというのに簡素だった。葬儀前の慌ただしさの中、正妃様の侍女だという女性が私を呼び止めた。正妃様から託されたものを私に渡すというのだ。私は何も受け取る謂れはない。

 侍女が私に無理矢理押し付けたのは一通の手紙と、まぎれもない私のおくるみの切れ端だった。どうしてと質問する間もなくどうか無事でと言われ、顔を上げたときには侍女はもう姿を消していた。

 手紙を開き目を通す。読み書きは習っていなかったが読むことができた。短い手紙を丁度読み終わったところで手紙が取り上げられた。後ろに立ったこの国の宰相はいやらしい目で手紙を一瞥し、ビリビリと破ると掌の上でおくるみと一緒に燃やした。早く警護に戻れと言われ、私はその場を離れた。

 もう誰を守る事もなくこの壁に立つのか、泣きたかったが泣けなかった。



 翌朝、目が覚めたとき私は牢屋にいた。鎖につながれ王と側妃の前に引きずり出され、元正妃の手紙の内容を言えと言われた。蛇のような目で側妃が私をじろじろと見てくる。文字を読めないのでわからなかったと答えると王は満足そうに笑う。

 宰相が他所の国の言葉だったと報告するが、それも読めるはずがない、と王は私の鎖を外した。そして見張り用だという新しい細い腕輪を装着して、警護に戻るように伝えられた。その腕輪は見た目のわりにとても重たかった。

 そしてその日の夜、私が見たこともないこの国の王子の側妃候補に決まった事を噂で耳にして目の前が真っ暗になった。



 数年後、私は一番襲撃の多い壁の警護ばかりを任されていた。魔法を使えないので武器がよく傷む。新しいものは貰えないため修理を繰り返しごまかしていた。相変わらず同僚からの嫌がらせは続いていた。

 警護をするのは捨て子ばかりだ。年齢問わず仲間意識で結託する彼らに対し「私が特別扱いされていた」「側妃候補である」という情報は、私に冷たくし孤立させる良い材料になった。王子にはいまだに会ったことがない。会いたくもない。見張りの腕輪は相変わらずそこに重たく下がっていた。


 やっと勤務時間が終わり、武器の修繕ができると思ったその時、階段を下りかけたその先で不穏な話を耳にする。

 この国の捨て子は親がわかるようになっている。私だけ、他所から持ち込まれた得体の知れない子どもだ。魔力が使えないのは呪われているから。武器が壊れるまで壁に立たせ殺してしまおう、というのだ。

 そして私は下りた階段の先で交代を拒否され、その日から一日の大半を壁で過ごすことになった。

 幸いなことにこの期間に敵襲はなかったが部屋に戻るとやはり疲れる。洗面器に映る顔も心なしかやつれている。武器を直していると王がお呼びだという。疲れすぎて何に対してもどうでもいいと思っていた私は謁見の間に着いてその考えを強めた。

 上座で私を睨むのは王と、数年前に正妃になった側妃、それから初めて見る王子とその正妃候補という婚約者だった。婚約者の少女は魔力がない人間は不細工だと私を笑った。側妃にすることなどないと王子にしなを作ったが王子は王を見るだけだった。私だってごめんだ。死んだほうがいくらかいい。未来の正妃はなんでも自分のものじゃないと気が済まないと見え、私の腕にある見張りの腕輪を目ざとく見つけ、ほしいとねだった。あれは奴隷用で君にはもっといいものを贈ると王子が言っても私を睨みつけていた。

 興味がなさそうにぼんやりとしていた私の態度が気に入らなかったのか、王妃は不機嫌に私を下げろと言った。

 私の背中に、二日後に王子の結婚式を行うから警護を怠るなと声が投げられたが三日後に私は生きているだろうか。


 翌日、どうにかだましだまし使っていた武器がそろそろ限界を迎えている現実を受け止め、武器番に新調を交渉するも断られた。仕方なく引き返す。会議室の前で話を耳にした。

 結婚式のどさくさに紛れて私を殺すように王妃から指示が出たのだという。王子も婚約者の少女も賛同していると。武器ももうもたないだろうから裏手でこっそりやろうという。

 もうそれならそれでいい。あんな王子の結婚式も、こんな場所の警護も。なにもかもどうでもいい。


 式の当日、私は城の裏手、いつぞや自分が補強したあの壁の警護を行っていた。フィナーレの花火が上がるのが見える。式はもう終わるはずだ。

 壁を触ると正妃様が思い浮かぶ。あの時死ねれば幸せだったろうか。

 こんな風に人に囲まれずに済んだだろうか。振り向くと同僚に囲まれていた。彼らは数人がかりで私を殴った。応戦はできるが多勢に無勢、羽交い絞めにされた私の見張りの腕輪に気付いた一人がそれを奪った。王の見張りの腕輪だというが信じない。魔力の腕輪を付けていても気が付けないなんて愚か者なのだろうか。

 その時誰かが、もう一つの私の腕輪に気が付く。皆同じものを支給されたはずなのに一人だけデザインが違うと。気にしたことがなかったが、確かに飾りの宝石の色が人と違う。特別なものだと腹を立て始めた彼らだが、またも誰かの「でもこれを使っても魔力のない木偶の坊だ。これもまた非力な腕輪だろう」という言葉で勝ち誇ったような笑みが広がっていった。

 殺して埋めるか燃やすか、腕輪を外して王妃に渡すか売るか、そんな話をしながら私の腕輪に手を掛ける。

――だめだ、これは外してはならない。

 正妃様が手紙で教えて下さったのだ。必死の抵抗に相手も力をこめる。腕をねじられるような痛みが走る。

――もうだめだ。正妃様ごめんなさい。

 初めて涙が出た。正妃様の想いを無駄にするほど弱い自分が情けなくて恨めしかった。


 私の腕輪が外れると同時に辺りが閃光で真っ白になる。

 ドッと大きな音がして私が補強していない部分の壁が崩れ去った。腕輪は足元に落ち、私は真っ赤になった腕輪の痕を押さえて地面に座り込んでいた。

 何が起こった? 囲んでいた同僚たちはみな近くに吹き飛ばされていた。目が慣れてきた全員が事態を理解できずに呆然と壁を見、私を見て固まる。私は腕輪をつけておかないといけないと思い、震える手で腕輪をはめようとするもうまく入らない。そもそも随分小さい気がするのだ。


 光と音で騒ぎを察知した王族たちが兵を伴い走ってきた。王は憎々しげに私を見た。側妃と王子とその新妻は私の姿を見るなり固まった。

 腕輪を片手に混乱する私を放置し、犯人は私だという報告がなされる。王は私に見張りの腕輪を外した逃亡罪と壁を壊した反逆罪で牢屋暮らしを言い渡した。国家転覆罪での死刑を王妃が求刑するのが聞こえる。こいつは一生牢の中でおもちゃになってもらうとニヤニヤ笑う王子に新妻が何か喚いているが良く聞こえない。私はいまもう自分がどうなろうとどうでも良かった。

 改めて見張りの腕輪を用意させようとする王に対し「その必要はない」と知らない声で断りが入ったのはそのときだった。


 強い風が巻き起こって全員が顔をしかめた次の瞬間、人の気配がした。

 私の横に、誰かがいる。懐かしい布が眼前にひらめいた。おくるみと同じ布だ、と思うより前に私はその人に支えられて立ち上がっていた。

「迎えに来たよ」

 その布をゆったりと肩にかけて優しく笑うその人も、会うのは初めてなのに懐かしい気配がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ