愛を忘れた大人と愛を育む子どもたち 後編
生まれた時からわたくしは殆ど大人のような姿だった。
女神さまに生み出されたわたくしに女神さまは、
「貴女の好きなように生きてね」
と仰った。
その時、わたくしはどう生きていけばいいのか分からなかった。
そして村でしばらく暮らしていると女神さまは双子の静と早乙女を連れて来た。
この二人には保護者がいないからわたくしに育ててほしいと頼まれた。
わたくしは大人のなのに、小さくて愛らしい子ども姿の二人を羨ましく思いながらもわたくしなりに愛情を持って育てた。
けれど、わたくしは生まれた時から大人なのだ。
誰かに甘えたこともなければ、頭を撫でてもらったこともない。
わたくしも……誰からも愛される小さく愛らしい女の子に生まれたかった。
隣を並んで街道を歩くセツナはとてもとても美しい。
可愛らしく幼い容姿なのに、穏やかな表情の横顔は大人びており気品が漂う。
道行く人々は彼女に見惚れずにはいられない、特に女性は。
セツナの魅力は全ての女性を魅了するのだろう、幼い外見で慈母のような少女。
男性は彼女の外見を美しいと思うだろうが、自分たちとは違う存在なのだと認識して余り不用意に近づかないのだろう。
天使あるいは女神と。
そんなわたくしの羨望の視線に気づいてかセツナはこちらを見て微笑む。
「どうしたのクラリアさん。デートの時に考え事?」
「デデ、デデデ、デート!」
「あら、デートじゃないのかしら?」
「いえ! デートです! 紛うことなきデートです!」
凄く嬉しい。
セツナにもデートという認識があったのだ。
「ふふっ、お互いにデートという認識が合ったらデートよね」
そう言うセツナは、わたくしをどう見ているのだろうか、お母さんはないと思う、お姉さん? 妹? それとも恋人?
わたくしがセツナに抱く感情は、羨望でも、恋心でもなく、ただの醜い嫉妬かもしれない。
こんなに美しい少女に醜い感情を向けるなんて、自己嫌悪に苛まれる。
「……ねぇ、そんなに不安そうな顔をしないで」
わたくしが考え事をしていると、上目遣いで見つめ、艶っぽい声で囁くセツナ。
いっそ恋心なら良かった、そう思うと瞳から涙が溢れ出す。
そして、ぽつりぽつり、と空から雫が落ち始める。
「雨が降ってきたわね……帰りましょう、クラリアさん」
「えぇ……わかりました」
「静と早乙女も一緒に帰りましょう」
「何でバレてるのよ!」
「セツナさんには敵わないなぁ……」
後ろを振り向くと静と早乙女が建物の影からこちらを覗いていた。
わたくしはまったく気づかなかったが、きっとセツナは初めから気づいていたのだろう。
雨が降り始めた空を見つめる。
わたくしの頬を伝う涙は雨粒に混じり合って溶ける
まるで空がわたくしの代わりに泣いてくれてるようだった。
村まで急いで走って家に戻り静と早乙女とセツナと少し遅め昼食を摂った。
昼食は帰りに急いでパン屋で買ったサンドウィッチ。
食事を終えて自分の部屋に入ってベットの上で三角座りをして窓からぼんやりと雨空を眺めていた。
子どものように純粋な気持ちはわたくしにはないのかもしれない、そんなことを考えているとまるで肯定するかのように雨は激しさを増す。
「トントン、ガチャリ」
セルフ音と共に静と早乙女が入室してくる。
「静と早乙女……ノックをしても相手の返事を待たないで入るのは……」
「ノックはしてない! 口で言っただけよ!」
えっへん、と言い張る静。
「二人とも……今は一人にしてくれないかな?」
今はそっとしておいてほしい気分だ。
早乙女がおずおずと躊躇いがちに口を開く。
「セツナさんと何かあったの……?」
核心を突かれる。それもそうだ、二人はわたくしとセツナを尾行していたのだ。
「いいえ、これはわたくしの問題だから……セツナさんは何も悪くないの」
そう、これはわたくし自身の問題。
「……そう、でもアタシたちは家族なんだから何かあったらいつでも言ってよね」
「クラリア……一人で抱え込まないでね」
静と早乙女は部屋を出ていく。
子どもたちにまで心配されるようなわたくしは大人と言えるのだろうか。
「誰が好き好んで大人でいたいのよ……」
抱えていた不満を小声で呟く。
雨は尚も降りしきる。
そして数十分の時間が経つと、トントン、とドアをノックする音が響く。
「クラリアさん……少しいいかしら?」
セツナの声だ。
しかし、わたくしは戸惑い返事を出来ない。
「……そのままでいいから聞いて」
ドアを背にしたままセツナは話始める。
「昨日クラリアさんに、大人だから自分の言動には責任を持って、そう言ったけれど……気づいてあげられなくてごめんなさい、貴女は大人の女性じゃない、大人の見た目をした女の子だったのね」
セツナは何でもお見通しのようだ。
ドアをゆっくりと開ける。
「おいで、クラリア」
微笑んで腕を広げるセツナ。
「うっ、うわぁぁぁぁぁん!」
セツナに思いっ切り抱き着いて大声で泣きじゃくるわたくしは子ども。
柔らかい微笑みを浮かべるセツナは母親のよう。
わたくしの肩をさすり、頭を撫でるセツナ。
ずっと誰かに甘えたかった、けれど誰にも甘えられなかった。
彼女の腕の中で溜め込んでいた感情を涙と泣き声にして吐き出していく。
気づけば雨は穏やかに振っていた、優しいセツナと雨音を感じながら泣き疲れて眠りについた。
朝になり目が覚める。
ふぁ~、と欠伸をする。
顔を洗いに洗面所へ向かう。
いつもより目線が低いことに気づき、鏡を見る。
鏡に映るのは十歳前後の身長が百三十の少女。
肩にかかる黒髪に虹色の瞳。
「なんですこれは……たまげましたわぁ」
変な口調で驚く。
はい、めっちゃ驚いてます。
身長が三十センチメートルは縮んで幼い容姿になったわたくしがいた。
露出度が少し高めな修道服を着てリビングへ行く。
「おはようございます」
「おはよう、クラリ、ア……ブフッ」
「おはよう、クラリア……わぁ、凄く可愛い」
「おはよう、クラリア。ふふっ、元から可愛かったもの、幼くなっても可愛いわ」
吹き出す静、早乙女とセツナは可愛いと褒めてくれる。
静……貴女って子は。
「セツナ……これは、どういう事ですか?」
「あぁ、貴女が寝てる間に、睡眠学習みたいに耳元で十八歳から十歳の見た目に慣れる魔法を教えてあげたの。今なら十歳から十八歳の見た目にいつでも変われるわ、魔力をかなり使うから疲れるけど」
「そうなんですか……あ、ありがとうございます」
寝てる間にセツナに耳元で囁かれたなんて恥ずかしいが、それ以上に感謝が勝っている。
ずっとなりたかった幼い子どもの姿。
くるり、と回りにっこりと微笑む。
笑いを必死に堪える静。
静を、ぺし、と軽く叩く早乙女。
セツナが近づいてくる。
「また、いつでも甘えてねクラリア。私たちは、もう家族なんだから」
耳元で囁くセツナ。
では、彼女は誰に甘えるのだろうか?
わたくしは疑問に思って訊いてみた。
「じゃあ、セツナは誰に甘えるのですか……?」
「甘えたくなったら、静、早乙女、クラリア。貴女たちに甘えるわ」
右人差し指を口元に当てて悪戯心ぽくウィンクするセツナ。
大人と子どもの境界にいる完成された美しい少女。
彼女は愛を忘れかけていた大人たちに愛を教えて、愛を育む子どもたちを導いていく存在。
やっぱりこれは恋心かも。
くすぐったく甘酸っぱい感情をわたくしを抱いて彼女と笑顔を交わした。