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Dark Side・Flowers   作者: 聖 雪奈
4/10

三人の魔女と一つの約束 前編

 月明りが差し込む窓。


 その穏やかな光に照らされ、私は目覚めた。


 どうやら私は机の上で寝ていたらしい……いや、生まれたらしい。


 机の上には沢山の書物が置いてあった。


 手前に置いてあった一冊をパラパラと捲る。


 様々な薬の調合の仕方が書いてある。文字は問題なく読める。


 椅子から立ち上がり部屋を見渡す。


 白いベット、本棚、大きな鏡。


 私の体より一回り大きな三面鏡の前に立つ。


 右の鏡は真っ白で、左の鏡は真っ黒で何も映らない。真ん中の鏡で自分の姿を見る。


 外見は十四歳ぐらい、身長百五十前半。


 腰まである長く碧い髪、瑠璃色の瞳、憂い気な顔、色白の肌、黒いセーラー服に水色のスカーフその上に黒いローブを羽織っている、黒いニーソックス、黒いローファーといった姿。


 容姿が整っているかどうかは自分では判断できない。


 鏡の前でにっこりと微笑んでみる。


 すると不気味に薄笑みを浮かべた少女が映る。


 笑顔が下手だな、はぁ、と溜め息をついて元の憂い顔に戻す。


 私の名前は、


「……セツナ・アビス・リリウム」


 頭の中でよぎった自分の名前を口にする。


 静かな部屋に冷たい氷のような声が響く。


 ほぼ全身黒ずくめ、憂い顔、不気味な微笑み、冷たい声、色々と捻くれた人間だなと自嘲する。


 そもそもこんな生まれ方をした時点で人間かどうかも怪しい、けれどそれは大した問題ではない。


 私が生まれた理由、存在意義、これからのこと、考えることは山ほどある。


 取り敢えず今は色々知識が欠如しているかもしれないので本を読むことにした。

 

 様々な本を読み漁り、こうして夜が更けてゆく。




 様々な書物を読み耽り、幾日か過ぎていた。


 睡眠を取らず、食事も摂らず、休憩と言えるのは本を読み終わり次の本を探す間だけだった。


 何十冊か読んだお陰でかなり知識が身に付いた。


 ある程度の常識、この世界・異世界について、多種多様な薬の作り方、そして魔法。


 初歩的な魔法から、禁断の魔法まで魔法書を読むだけで全て覚えた。


 自分の知らない事を次から次へと知っていくのはとても楽しいことだ。


 浅学という名の浅い海から、叡智(えいち)という名の深海へと足を踏み入れた感覚。

 

 けれどこれは始まりに過ぎない、まだまだこれから色んな事を知っていくのだ。


 しかし、不意に感じる孤独。


 この洋館には私以外の生物の気配をまったく感じない。


 けれど、本を読んでる間はそのことを忘れさせてくれる。


 読み終わった女性同士の恋愛小説を抱えながら、ふと、鏡を見る。


 そこには目元に(くま)が出来ているが穏やかな微笑みを浮かべた少女がいる。


 自然に笑うなら悪くないかもしれない。


 そんなことを考えていると、右の鏡が一瞬白く煌めいた。


 その鏡には私によく似た同じ背丈の少女が映っていた。


 瑠璃色の瞳と肌が色白なのは私と同じだ。違いは、白藍(しらあい)の髪色、柔和な表情、白いセーラー服に黒色のスカーフ、上に白いローブを羽織って、白いニーソックス、白いローファーを履いている、全体的に白い少女。


 私と目が合いにっこりと微笑む。笑顔百億点(私の笑顔は六十五点)。


『こんにちは。寝不足な可愛いお嬢さん』


 鏡の向こうから少女が声をかけてくる、水のように透き通った声。


「こんにちは。笑顔が眩しいお嬢さん」


 無難にこちらも挨拶を返す。


 それを聞いて少女は嬉しそうに、クスリと笑う。


『まぁ、お上手。煽てても触れ合えないから何も出来ませんよ』


 仮に触れ合えたら、何をしてくれるのだろうか。頭を撫でてもらえるのかな? それなら悪くない。


 私の乏しい妄想力ではこの程度の想像しかできない。 


『ところで貴女のお名前は?』


 少女が私の名を訊ねてくる。


「私の名前は、セツナ・アビス・リリウム。そして貴女の名前は、シロナ・アビス・リリウムでしょう?」


 名前を名乗り、そして彼女の名前も何となく分かったの口にしてみた。


『正解! 流石は、わたしたちのお姉ちゃんね』


 少女は満面の笑みを浮かべる。


 わたしたち、ということはもう一人いるのだろう。


「私たちは三つ子の魔女……そして貴女が、クロナ・アビス・リリウムね」


 左の鏡を見て呟く。


 そして鏡が黒く煌めき私に似たもう一人少女が立っていた。


 私やシロナと同じ瑠璃色の瞳、色白肌。腰にかかる髪の色は漆黒、陰りのある微笑み、黒いセーラー服に水色のスカーフ、黒いローブを羽織り、黒いニーソックス、黒いローファーを履いた全体的に黒い少女。


『は、初めまして……セツナ、お姉ちゃん』


 おどおど、もじもじしながら私に挨拶するクロナ、その声も水のように澄み渡る声だった。


「セツナでいいわ。私もクロナとシロナのことは呼び捨てで呼ぶから」


 私の発言を聞いてクロナとシロナは目を合わせて小声でひそひそと何かを言い始めた。


『いきなり呼び捨てだって! もう私たちを攻略する気かなクロナ』

 

『うん、そうだね……末恐ろしいねシロナ』


「攻略……? 貴女たちを倒そうなんて思ってないけど」


 初対面でいきなり戦闘になる、なんてことは余りないだろう。ましてや、自分の妹たちに危害を加える気


はまったくない。


 怪訝な顔をしている私を見て二人は、やれやれといった感じになる。


 まったくもって不可解だ。


 しかし、呆れながらも私は内心で満面の笑みを浮かべているだろう。


 ひとりぼっちだと思っていた私には、こんなにも可愛い妹がふたりもいる。


 表情には余り出てないだろうけど、私の心は踊り出したいぐらい浮き立っている。


『それはそれとして、セツナ。貴女この五日間ずっと食事も、お風呂も、睡眠もしてないでしょ!』


 シロナは話を変えて、そんなことを指摘してきた。


 確かに彼女の言う通り、私はずっと本を読んでいたので他のことは手付かずだ。


「そうね、本を読む以外何もしてないわ。けれど、特にお腹も空いてないし、体も汚れてないし、眠くもな


いわ」


 私たち魔女の体は普通に人間と異なり、肉体が老化しない不老。食事で栄養を摂取すれば全て魔力に変換されて排泄物をださない(一般的にはデリケートな問題らしいが生物が生きる上では欠かせない事)。そして十分な睡眠をする事で魔力は回復する。


 魔力が尋常でない程高く、不可思議な事象を起こす魔法が使える。


 人間や動植物にも魔力は僅かながら存在する、しかしその大半が魔法を使うことは出来ない。


 一般的な人間は魔力が減ったら体調を崩し病気になるだけ。


 しかし、魔力が枯渇する事は魔法使い、魔女見習い、魔女には死活問題であり、最悪の場合死に至る。


 魔法使い。人間の延長線上の初級から中級魔法が使える者。


 魔女見習い。魔法使いの中でも最も優秀な者、初級から上級魔法が使える人間離れした存在。


 魔女。伝説上の存在であり、ありとあらゆる魔法が使える、天災を起こす事も造作ない。


 私たち三人は、魔法使いの最高位である魔女であり、化け物染みた人ならざる者ということだ。


『体が汚れてないかどうかは服を脱いでわたしたちに見せてみなさい!』


 とシロナがビシッと右手人差し指を私に向けて言い切る。


「わかったわ、脱げばいいんでしょ」


 汗を掻いても無臭なので濡れるけれど汚くはない。


 だから、脱いで私の体が汚れてないことを証明する為、ローブを椅子に掛けて、スカーフを解く。


 それを見てシロナとクロナは、ぎょっとして赤面し始める。


『ちょ、ちょっとなんでわたしたちの目の前で脱ぎ始めるの』


『そ、そうだよ……女同士だから平気とか言わないでよ』


 人間は衣服を着るのが当たり前らしい。人前で服を脱ぐことは恥ずべき行為らしい。


「私たち家族で姉妹なんだから裸を見るぐらい大丈夫でしょ? ていうか、脱げ、って言ったのシロナじゃない」


『ごもっともです……ホントはわたしが脱がしたいけど、刺激が強いので目の前で脱がないでください』


 そう言ってシロナは、すみません、と小さく頭を下げ謝る。


 クロナも、うんうん、と恥ずかしそうにシロナの言葉に頷く。


「脱がしたいなら脱がしてくれてもいいわよ、私が楽できるから」


『だ、か、ら、刺激的な貴女の裸体をわたしたちは、まだ、見ることは出来ません!』


 大声でよくわからないことを述べるシロナ。


 刺激的な裸体? この貧相な体が? この虚ろな胸――虚乳(きょにゅう)が?


「まぁ、お風呂なら後で入るわ……濡れるのは気持ちいいと思うから」


『えっ、濡れるのは気持ちいい……?』


 ボソッと小声で呟くクロナ、その顔どころか耳まで真っ赤になっている。


『ねぇ、セツナ。濡れるのは気持ちいい、ってどういうことなの……?』


 おずおずと質問するシロナ、彼女の顔も真っ赤である。


「えっ、水浴びは気持ちいい、って意味で言ったんだけど他に何かあるの?」


『そ、そうよね、水浴びは気持ちいいよね!』


『う、うん……水浴びいいよね!』


 シロナとクロナにはぐらかされた。まぁ、お風呂から戻って憶えていたら調べよう、憶えていたら。


「睡眠は後で取るとして……食事はどうしましょう?」


『どう、って……何か作って食べればいいんじゃない』

 

 クロナは何気なくそう言った。


「そうじゃないの……私一人で作って食べるなんて、寂しいもの。クロナ、シロナ、一緒に作って食べよう」

 

 私は、寂しい、なんて言葉にしたのは初めてで、少し恥らないながら両手を腰に回した。


『『………』』


 二人は私の言葉を聞いて言葉を失っていた。


 十数秒の沈黙の後、わなわなと震えながらシロナは口を開く。


『か……かわ、かわわ、可愛い!』


『うん、セツナ反則的に可愛い……ワタシたちが攻略されるのも時間の問題かも』

 

 相変わらず彼女たちの言葉は理解できない。


『でもね……セツナ』


 それまでとは打って変わってシロナが真剣な表情になる。


 クロナも私を真っ直ぐに見つめ、ゆっくりと口を開く。


『ワタシたちは確かに三姉妹だけれども……シロナとセツナは、いわば平行世界のワタシ。鏡越しに話すことはできても、触れ合うことは出来ないの』


 触れ合うことができない? 

 

 ひとりぼっちだと思っていたけれど、姉妹である家族と出逢えたのに?


 話すことは出来ても、触れ合えない? 


 なんて、


「……なんて憎い鏡なの」


 鏡に映る自分。


 そこには鏡に対する憎悪で醜く歪んだ少女の顔が映っていた。


 憎い、憎い、醜くい!


 思わず真ん中の鏡を右拳で叩く。


 鏡が割れる耳障りな音が響いた、そして真ん中の鏡には自分の姿も何も映らなくなった。


『落ち着いてセツナ! 怒った顔も可愛いけど……ってそうじゃなくて鏡は何も悪くないよ。それに自分をそんな風に痛めつけないで』


『セツナ……手を怪我してるじゃない、早く手当てを』


 シロナとクロナは私の心配をしてくれる、その他を思い遣る心は、姿は、愛おしく美しい。


「そうね……ダラダラと血を流して、目障りだから治って」


 私が血が流れる右手を睨みながら呟く、すると淡く青い光に包まれ傷は塞がる。


 傷がなくなっても心配そうに見つめる二人。


 鏡も私が直そうと思えば直せる。


 けれど、また私の醜くい顔を見たくはなかった。


「ごめんなさい……今はひとりにして」


 私は二人にそう告げて部屋を後にした。




 涼しげな夜風を感じながら中庭のテラスで本を読む。


 この中庭には、百合、薔薇、桜など他にも様々な花が咲いていた。


 まるで様々な人種、種族など関係なく人々が共存しているように感じる。


 こんなに綺麗な花々を見ても私の心は満たされない。


 あの子たちと一緒にこの中庭に咲く花を見たい。


 はぁ、憂いを含んだ吐息を零す。


 今は大好きな読書をしても、時間を忘れて没頭することもない。


 一冊読み終わり次の本に手を伸ばす。


 題名は『魔女の館』。


 私は無我夢中になってその本を読みつくした。



 魔女の館。


 魔女が生まれてから世界へ旅立つまでの揺り篭。


 そこで魔女は様々な知識を手に入れ、生き方を学び、成長する。


 魔女以外はそこには入れない、魔女も一度出たら二度と入れない。


 魔女は世界を創り出した女神と同等の存在。


 世界を滅ぼす事も、世界の人々を救う事も出来る。


 その力をどう使うかは貴女次第。


 けれど貴女は自分自身を真っ直ぐに貫いて、貴女らしく生きてくれたらそれでいいわ。


 貴女には無限の可能性が眠っているの。


 だからどんなことも諦めないで頑張って!


 親愛なる貴女の姉・ユキナより。

 


 まるで手紙のような本だった。


 世界を創り出した女神が自分の妹である魔女の為にこの館は出来たのだろう。


「私たち姉妹は、シスターコンプレックスなのかしら」


 口元を左手で抑えて微笑む。


 三つ子の可愛い妹、シロナとクロナ。女神である私の姉、ユキナ。


 自分の姉妹である家族を想う気持ちは真っ直ぐで純粋なもの。


 この気持ちを誰かが否定したら、その誰かを私は全力で叩き伏せる。


 本をパタリと閉じて三冊の本を抱え中庭を後にする。


 どれだけ私がエゴの塊だとしても、私は己を貫くだけ。


 きっとそれが私らしい生き方だから。




 静寂に包まれた丑三つ時。


 私は水色のワンピースを着て三面鏡の前に立つ。


 左の鏡、真ん中の割れて何も映らない鏡、右の鏡。 


「ねぇ、クロナ、シロナ……まだ起きてる?」


 すると左の鏡には黒いワンピースを着たクロナ、右の鏡には白いワンピースを着たシロナが映る。


『……セツナ』


『セツナ……』


 クロナとシロナは浮かない顔で私の名前を呟く。


 私は二人の姿を認め口元を緩めて、両瞼を閉じる。


 そして意を決して瞼を開き、口火を切った。


「クロナ、シロナ、私は貴女たちが欲しい! だからクロナ、シロナ、貴女たちも私を欲して!」


 その言葉を聞いて驚愕の表情を浮かべた後に、白く綺麗な顔を真っ赤に染め上げていくクロナとシロナ。


『欲する……なんてそんな行き成り、でもセツナとシロナならいいかな』


『セツナは、リバだと思ってたけど……まさかこんなにタチだったなんて』


 激しく狼狽えるクロナとシロナ。


 それでも私は自分の真っ直ぐに彼女たちを見つめ、気持ちを二人に伝える。


「クロナ、シロナ、私は貴女たちとお話しが出来るだけでは満足できない。貴女たちと触れ合いたい、喜びを感じ合いたい……私はもう、貴女たちがいないと生きていけないの!」


 こんなにも誰かを渇望したのは初めてだった。


 この感情がどれだけ醜いものでも、エゴに塗れたものでも構わない。


 それが私の偽らざる想いであり、真実だから。


 私の想いを知り、クロナとシロナは私の言葉を噛み締めるように瞼を閉じた。


『そうね、この鏡から出られない……クロナとセツナとは触れ合えない、初めからそう決めつけて諦めていたのかも』


『ワタシも……でも諦めるのは簡単だけど、諦めたことへの後悔は一生抱えないといけない。なら、苦しくても今を足掻いてみせる、だよね』


 シロナとクロナも瞼を開いて二人で顔を合わせ頷き私を真っ直ぐに見つめ返す。


 私は鏡に両手を伸ばし鏡に触れる、シロナとクロナも鏡に触れる。


 私の右手にはシロナの右手が、私の左手にはクロナの左手が、そしてクロナとシロナは左手と右手で鏡越しに触れあう。


 こんなに近くいる筈なのに触れ合えない、とても近くてとても遠い距離。


 クロナとシロナ、二人を真っ直ぐに見つめたまま、祈るように、願うように呟く。


「鏡よ鏡。最愛の妹たちを私に与え給え。そして割れて歪な姿に成り果てた姿を真実の姿に還せ」


 鏡が碧く目映い光を放ち部屋全体を包み込んでゆく。


 目が眩みそうな光、それでも最愛の妹たちと繋いだその手は離さない。


 やがて光は集束する。


 三面鏡だった鏡は一枚の大きな鏡になっていた。


 その鏡には涙を浮かべながら、晴れやかな笑顔を浮かべて抱き合う三人の少女が映っていた。




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