退屈な物語、新しい物語 後編
モノクロームの世界にそびえ立つ藍色の八頭の多頭竜。
そしてその竜を従える藍色の髪の少女が佇んでいる。
「……来たわね」
私の姿を認め刀を構える、下段の構え。
「じゃあ……戦闘再開よ」
ユキナが静かに言い放つ。
それだけで空気が張り詰める。
また、戦いが始まる。
今度こそ、山ちゃん(八岐大蛇)を倒して、ユキナも倒して見せる。
心が闘志の炎で燃えている。
炎、それが私の想いの力――魔法。
刀を下段に下ろして、左手をユキナに翳す。
「試し撃ち、杏捺さんファイアー!」
「ちょっと、だからそのネーミングは……」
吹き出しそうになるのを必死に我慢しているユキナ。
私の翳した左手から燃え盛る炎が現れ、自分を覆いつくす程の大きな火球になる。
不思議なことに至近距離にいて少ししか熱さを感じない。
余り威力がないのかもしれない、まぁ、ユキナに当ててみればわかりますね!
「シュート!」
適当な掛け声に反応して火球が放たれる。
ユキナは両目を瞑って微動だにしない。
彼女の目前に迫った火球が突然弾けた。
「山ちゃんありがとう」
山ちゃんの一頭の口から白い煙が出ている。
残りの七頭がこちらを睨み、口から青い光を放つ。
三頭がそのまま口から巨大な水弾を発射する。
私の近くに着弾すると大砲の砲撃程の威力で地面が抉れる。
当たると痛いな、逃げよ。
残り四頭も標準を私に定める。
いや、逃げてばっかりでは勝機を逃す。
ならばこそ、勝機を掴む為に迎え撃つ。
恐らく、斬撃を生み出すのにも魔力が必要。
上段に構えた刀の刀身に炎纏わせる。
よし、ここは恰好良い奥義名を……直ぐには思いつきません!
私はユキナさんみたいに厨二病じゃないですからね。
「誰が厨二病よ! 女神だからそれなりに厨二な存在でしょ」
先ほどからユキナに思考を読まれている、表情に出てるかのかもしれない。
兎に角、山ちゃんとユキナを吹っ飛ばすぐらいの斬撃を放て問題ない。
「いけぇぇぇぇぇ!」
紅蓮に燃え盛る刀を勢い良く振り下ろす。
緋色の刀身から放たれる炎の渦が森の木々を焼き尽くし山ちゃんの巨躯をも呑み込んでゆく。
山ちゃんは激しくのたうち回る。
最早、山火事の如く燃え盛る山ちゃん、再生速度はとても遅い。
山ちゃんに止めを刺すべく、左手を空に掲げる。
「緋色の業火よ、偽りの巨星と成りて全てを灰燼に帰せ――杏捺さんスペシャル・ファイアー!」
空を覆いつくす緋色の火球を創り出す。
余熱だけで木々が燃え尽きてしまう。
けれども、太陽よりは遥かに小さい、だから偽りの巨星。
詠唱は悪くなかったと思うけど、ネーミングをまたユキナに突っ込まれそうだ。
相変わらずのたうち回る山ちゃん、既に満身創痍だ。
「ごめんよ山ちゃん楽しかったよ、また会おう」
巨大な火球が山ちゃんを森を焼き尽くす。
断末魔の悲鳴を上げることなく山ちゃんは潔く燃え尽きる。
焼け野原どころか地面に巨大なクレーターが出来ている。
そのクレーターの内側にアクアマリンのような宝石がある。
そこへ飛び降りる。
「流石ね杏捺。山ちゃんを倒すなんて」
アクアマリンが砕け散りユキナが姿を現す、その美しい体には傷も焼け跡もない。
彼女の防御の魔法だったのだろう。
「山ちゃん守ってあげたらよかったのに、ご主人さまでしょ?」
「それじゃあ、勝負にならないの。杏捺、貴女は山ちゃんの実力を凌駕した、そういう事よ」
確かにユキナは私の健闘を讃えているのだろう。
だが、まだわたしには勝てないよ、という意味合いがありそうですね。
「ユキナは、まだ余裕があるみたいですね。まだまだ楽しませてくれるんですね」
「……いいえ、次で終わりにしましょう」
彼女の口から返ってきた言葉は意外なものだった。
「えっ、もしかして疲れちゃったの? 私はまだまだ余裕なんだけど……」
「女神のわたしだって疲れるもん……ってそうじゃなくて八時過ぎよ、杏捺。門限は? 晩ご飯は?」
ユキナは変なところで真面目だな、と苦笑いする。
「大丈夫。ちょっと喧嘩で朝帰りとかしても、親は私がやり過ぎて相手が再起不能になってないか心配するだけだし」
「色々大丈夫じゃないと思うけど……」
まあ、普通の人間相手なら手加減するのは当たり前だ、弱すぎて物足りないけど。
両親も私が負ける訳ないと確信している、一種の信頼だ。
「というわけで、次の打ち合いで最後にしましょう」
「まぁ、また遊んでくれるならそれでいいですよ」
お互いに刀を構え直す、相手の左目と右眼の間に刀を向けた晴眼の構え。
「折角だから、わたしの必殺技をお披露目するわ」
「じゃあ、杏捺さんも必殺技考えちゃいますね!」
「時間を上げるから、ちゃんとした技名にしてね……?」
おずおずとユキナは私にお願いする。
仕方ないので、ちゃんとした技名か……よし決まりました。
「決まったのでいつでもいけますよ、ユキナ」
「そう、じゃあいくわよ、杏捺」
互いに刀を振りかぶる。
先程、山ちゃんに致命傷を与えたあの斬撃、それを更に力を込めて行う。
また、刀身に炎を纏わせる。私の全力を、熱情をユキナにぶつける。
対するユキナの刀は碧く輝く水を纏っている、そして彼女は刀を振りかぶったまま瞼を閉じて歌い出す。
水のように透明で溶けてゆく音色、心地良い子守唄のようだ。
ユキナが瞼を開き、視線が交わり微笑み合う。
そしてお互いに刀を振り下ろして全力を、想いを解き放つ。
「猩々緋炎煉獄」
「イノセント・レクイエム」
緋色の炎、碧い水が激しくぶつかり合う。
互いの力は拮抗している、ならば更に力を、想いを込めるだけ。
「負けるものかぁぁぁぁぁ!」
更に力を込める。
だが、ユキナは刀を下ろして瞼を閉じる。
「……全ての命に安息を」
彼女が穏やかな声で呟く声が響く。
そして碧い水が弾け、眩い光が辺りを包み込む。
私の炎すら掻き消される。
呆然として空を見上げる、そうして碧い光の雨が降り注ぐ。
抉れた大地が、燃え尽きた木々が淡い光に包まれて再生してゆく。
私のかすり傷も癒え、擦れた衣服も直っていく。
再び世界がガラスのように割れて崩れ落ち、元の色鮮やかな世界へ戻る。
「あぁ……これは私の負けなんですかねぇ?」
「負けではないわ、引き分けということにしておきましょう」
イマイチ納得出来ないけれど、穏やかなユキナの表情を見ていると些細なことに思えてくる。
「だから、おやすみなさい……杏捺」
彼女の言葉が耳に入り込んだ瞬間に全身の力が抜けていく。
急激な眠気に襲われ、そのまま崩れ落ちそうになる。
そして誰かに優しく受け止められる。
百合の香りに包まれて眠りという安息につく。
月の薄明かりが差し込む部屋。
優しく涼やかな風を感じてゆっくりと瞼を開く。
目の前には穏やかに微笑む少女の顔が見えた。
「気がついたみたいね、杏捺」
どうやらここは私の家で自分の部屋のようだ。
そして今現在、ユキナにベットの上で膝枕してもらっているようだ。
私の額を優しい手つきで撫でるユキナ。
散々彼女のことをからかってきたが何だか急激に恥ずかしくなってくる。
だが、ここは臆さず攻める。
「べ、ベットの上にいるけど私に変なことしてませんよね!?」
「うん、してないよ。杏捺の可愛い寝顔を見ていただけ、ふふっ」
口元に手を当てて微笑むユキナ、その眼差しは慈母のようだ。
あ、負けた、更に恥ずかしい。
少しユキナから視線を逸らす、頬が熱い。
「ねぇ、杏捺……」
「な、何ですか?」
少し上擦った声を出してしまった。
そこで彼女の顔を見ると、真剣な眼差しをこちらに向けていた。
私も表情を引き締める、ユキナに膝枕されたまま。
「杏捺……わたしの世界で暮らさない?」
「プロポーズですか!?」
ここでもユキナをからかうことを忘れない杏捺さん。
「ふふ、プロポーズだっとしたら、受け取ってくださるかしら?」
幼い外見にそぐわない妖艶な笑みを浮かべるユキナ。
何ってこった。これまで通用したからかいが通用しない。
また恥ずかしくなったので今日はかわらかうのをやめよう、今日は。
話題を逸らすように話を戻す。
「ユキナの世界に……強い人いっぱいいますか?」
「うん、結構いるよ」
そうか、結構いるのか。
また、ユキナと繰り広げた楽しい戦いが出来るかもしれない。
それなら、この退屈な世界から、新しい世界へ行くのもいいだろう。
彼女の膝とベットから起き上がり、ユキナを真っ直ぐ見つめる。
「私の眼を見ればわかるでしょ」
「そうね、明日の朝またあの洋館へいらっしゃい」
ユキナはそう告げて十数羽の藍色の蝶に姿を変えて、開け放たれた窓から飛び去っる。
ベットの上には緋色の本が置いてある、ユキナが使っていた便利な魔法の本だろう、これで荷造りをしよう。
時刻は午後十時過ぎ、家族はまだ起きているだろう。
この世界に別れを告げるなら、家族にも挨拶しないといけない。
そう思い、荷造りを済ませてから自分の部屋を出てリビングへ向かった。
リビングへに入ると、仲良く対戦型の格闘テレビゲームをしてる両親と、お菓子を食べながら面白そうな(ざっくり)漫画を読んでいる妹がいた。
「あ、お姉ちゃん起きたんだ」
妹の杏音が私に気づき声をかけてくる。
「えっ、私が帰ったの知ってたの?」
「うん、だって藍色の髪の綺麗な女の子にお姫様抱っこされて眠って帰ってきたじゃん」
まじか、堂々と家の中に入ってきたのか、しかもお姫様抱っこ……とても恥ずかしい。
過ぎたことを気にしても仕方ないので、一気に本題に入る。
「お母さん、お父さん、杏音。私違う世界に行ってくるね」
「あぁ、そうなの異世界転生しちゃうのね」
お母さんはゲームをしながら答えてる。
「杏捺は死なないし死ぬ予定もないしから転生じゃないだろ、母さん」
お父さんが私をちらりと見る。
その瞬間にお母さんにコンボを叩き込まれ敗北する。
「な、母さんズルいだろ!」
「勝負の最中に余所見する貴方が悪いのよ」
母さんは勝ち誇っていた、ちなみにゲームの実力はお互いにプロゲーマー並だ。
「お姉ちゃん、さっきの女の子に口説かれたの? いいなぁ、ぼくも異世界行きたい」
杏音はそんなことを言っている。
ちなみに見た目は可愛い女の子なのに一人称は、ぼく、な妹。
「あ、やっぱり誰も反対しないんですね」
家族の反応は予想通りだった。
「たまには返ってくるんだぞ」
と、お父さん。
「向こうの世界滅ぼして帰って来ないでね」
と、お母さん。
「案外、向こうの世界で魔王になって楽しく暮らしてそう」
と、杏音。
かなり特殊な家庭だと自分でも思う。
まぁ、私が一番まともなんですけどね!
「よし、じゃあ、いってきます」
「「杏捺、いってらっしゃい」」
「お姉ちゃん、いってらっしゃい」
両親はこちらを見て親指を立てる。
杏音はひらひらと手を振っている。
とてにもかくにも、これで家族への挨拶は済んだ。
後は、あの子と仲直りするだけだ。
夜中の公園に物憂げに佇んでいる少女がいる。
翡翠色のボブカット、桜色のぱっちりとした瞳、物静かで小柄な可愛らしい少女。
彼女の名前は、風花 恋春。
私の友人であり、親友であり、恋人だった少女。
こんな時間に呼び出して悪いとは思ったが、明日にはこの世界を旅立つのでちゃんと仲直りしておきたかった。
恋春が私を姿を認め一瞬微笑む、しかしまた暗い表情に戻る。
「あ、杏捺……」
震えた声で私の名前を呼ぶ恋春。
そんな彼女を強く抱きしめる。
「ごめんね、恋春。私、貴女にずっと甘えてたいつまでも一緒にいてくれる、そんな風に思っていた」
「杏捺は、悪くないの……方こそ付き合ってて言っておいて自分から別れたいなんて言って、本当にごめ
んなさい」
泣きながら謝る恋春。
私は彼女の頭を撫でながら呟く。
「好きだよ、恋春」
「………えっ?」
彼女は困惑した表情を浮かべながら泣き止む。
「やっぱり恋愛感情とかよくわからない……けど恋春、貴女のことは好き」
「……う、嘘でしょ」
彼女は両手で自分の口を抑える。
「嘘じゃないよ。この世界は退屈だったけど、恋春。貴女がいてくれたから時に退屈な時間なんてなかったよ、穏やかで心地良くて楽しい時間だったよ」
私の本心を伝えた。
恋春の頬に再び涙が伝う、しかし、その涙はとても温かいものだった。
「ありがとう、杏捺。私も好き、貴女のことが大好き」
彼女から貰った純粋な好意。
その想いを私も少しだけ返せたと思う。
これで仲直りは出来た。
私は違う世界へ旅立つ、けれどもそれは今生の別れではない。
また逢える、恋春の春の陽だまりのように温かい微笑みがそう物語っている。
翌朝、私はユキナと出逢った洋館の前に立っていた。
今まで生きてきた人生を振り返るように瞼を閉じる。
ずっと退屈な世界だと思っていた。
私の人生はずっと退屈な物語なんだ、そう諦めかけていた。
けど違った。
私が退屈だと感じていた世界、それはとても色鮮やかで楽しい世界だった。
恋春がくれた純粋な好意、そして私の想いを伝えて、彼女が見せた笑顔。
とても温かくて、目に焼き付いて離れない程に眩しい。
彼女の笑顔を見れた喜びと、知らなかった彼女の表情を見れた楽しさ。
退屈だと勝手に決めた、世界には喜びと楽しさに満ち溢れた世界だった。
ゆっくりと瞼を開け扉を開く。
眩い光に包まれてゆく。
退屈な物語はもうお仕舞い。
そしてこれからは私の新しい物語が始まる。
きっとその物語の先で、あの子とまた逢える。
期待と喜びを胸いっぱいに詰め込んで、私は歩き出した。