退屈な物語、新しい物語 中編
どうやらユキナは二百年しか生きていない神様にしては若い方らしい。
そしてユキナは自分が創り出した世界の管理をして、他の世界から住人を少しづつ連れてきてるらしい。
彼女は世界を創造した時に既に人以外の生態系は完成していたが、人だけは創らなかったという。
その理由は、
「わたしは女の子が大好きだから! 世界が女の子だけになっちゃう!」
と胸を張って言っていた。
別に彼女からしたら、女の子だけの世界で全く問題ないのだろうけど、折角なので様々な人、人ならざる者が共存できる世界にしようと頑張っている、という話だ。
私の話は、今まで退屈だったという話。家族の話。
親友であり元恋人である少女の話。
やはりユキナにも、彼女個人の意見として恋人は対等な関係が望ましくて。
一方的な感情では成り立たない、好きだという気持ちがあるなら、言葉にしないといけない。
「女の子はね、好き、愛してる、って口にしてくれないと不安になっちゃうの……ってこの前読んだ素
敵な百合漫画に書いてあったわ!」
台無しだよ。
そこは自分の言葉にすればいいのに。
恋愛感情、友情とも判断のつかない感情だった、けど好きには違いない。
彼女と仲直り出来るだろうか。
仲直りしてまた彼女との関係を始めていけばいい。
その先に事なんて考えずに、また同じ道を歩んでいけばいい。
恋人、親友、友人なんて肩書に拘らないで。
気がつけば、空は茜色に染まりつつあった。
「もうこんな時間か……」
どうやら五時間以上話し込んでいたらしい。
そろそろ帰らないと家族が心配……しないだろうけど。
「ユキナ、紅茶とケーキご馳走さま。話も楽しかったよ」
私は席を立ち上がり部屋を出ようとする。
すると、空間がひび割れガラスが砕ける音を立てて世界が崩れ落ちる。
色鮮やかだった世界がモノクロームの世界に一変していた。
その世界に私とユキナだけが色を持つ存在のようだ。
「帰さないわよ……杏捺」
ゆっくりと席から立ち上がり、妖艶な微笑みを浮かべて私へ近づいてくるユキナ。
一歩、一歩、靴の音だけが響く。
私は全く動かないでいたら、もう彼女は私の目前へと迫っていた。
そして私の両手を握った。
「ふふふっ……可愛い杏捺」
貴女も可愛いです。
「杏捺、これからわたしと……」
キャー、ナニヲサレルンダロウ。
「わたしと……」
溜めるなぁ。
「わぁたぁすぃーと」
もはや何語?
「……一緒に遊びましょう!」
「……遊び?」
大人の遊びをしましょう、とか言い出すつもりかな?
別に可愛い女の子だから悪い気はしないけど、誰ともやったことないからわからない。
ユキナの小さいけれど形の整った胸と薄桃色のくちびるを交互に見つめる。
「あのぉ……杏捺さん、どこを見てるのかな?」
頬をほのかに赤く染めたユキナが見つ返す。
「えっ、胸とくちびるだけど」
「なっ、えっ、な、なんで?」
「なんでって……私とそういうことがしたいんじゃないの?」
「ちっ、違うよぉ……わたしそんなこと誰ともしたことないからぁ」
「あぁ、なるほど私に、初めて、をくれるんですね!」
「違います! いやぁ、興味はあるし、杏捺のこと好きだけどね」
じゃあ、一体何だというのでしょう。
顔を真っ赤にしたユキナは私の両手から手を離し右手を胸に当て瞼を閉じ深く深呼吸する。
瞼を開き、胸に手を当てたまま語り始める。
「杏捺……この世界は、わたしが創り出した偽りの世界、ダークサイド・ガーデンよ」
「何事もなかったかのように真面目な話始めましたよ」
「一応、真面目です! それでね、この世界はどれだけ暴れても現実の世界には何の影響もないの」
「暴れても……」
「……やっと察してくれてたかしら?」
「実は、景色がモノクロームになってから察してました、テヘ」
何となく察してはいたけど、ユキナをからかうのはやめられません!
「よし、杏捺さん! 全力で遊びましょう」
「楽しませてね、ユキナ」
女神さまのお茶会の最後の催しは、女神さまとの直接対決。
この世界の有象無象と戦ってきたけど、こんなに心が昂るのは初めてだ。
そう、今まさに私の心は燃えている。
「ルールは簡単、相手の命を奪わなければ何をしてもいいです。取り敢えず私は魔法を使いません。公平に同じ強度の刀を持って戦ってみましょう」
ユキナが、ぱん、と合掌すると彼女の目の前には藍色の太刀。私の目の前には緋色の太刀が形成されていく。
「氷で作った刀だけど溶けなし簡単には壊れない、切れ味も良い刀よ」
「よし、杏捺さんブレイド、ですね」
「あっあっあっ、杏捺さんブレイド……くっくっくっ、何て秀逸なネーミングセンス」
何だかユキナさんが変な喘ぎ声をあげてから忍び笑いをしてますね。
「兎にも角にも、戦闘開始です!」
ユキナは表情を引き締めて刀を中段に構える。
相手の眼に刀を向けた、晴眼の構え。
それに倣い私も刀を中段に構える。
「じゃあ、早速お手並み拝見!」
私は刀を左下段に下ろし、地を蹴りユキナへと一気に間合いを詰める。
ユキナは一歩も動かず小さく笑みを浮かべ中段に構えた刀を下段に下げる。
ユキナと一刀一足の間合いまで詰めた私は、上段へと刀を振り上げ一気に振り下ろす。
渾身の力を込めて振り下ろされる刀は斬撃を生み出し、白黒の洋館すらも切り裂く。
だが、その刀をユキナは蝶のようにひらりと躱す。
私の視界の右側へ移動したユキナは、腰を少し落とし刀を脇構え(右下段)にして深呼吸と共に瞼を閉じる。
深く吸い込んだ息を吐き出すと同時に瞼を開け、私へと掬い上げるように刀を斬り上げる。
幼い体から放たれたとは思えない、とても重い一撃。
私は辛うじて刀を下に向けて刃でそれを受け止めた。
体に伝わる凄まじい衝撃を逃がす為に後ろへ後退する。
そこへ透かさずユキナの追撃が迫る。
彼女は上段に刀を振り上げ、地を蹴り上げ跳躍しする。
「はあぁぁぁぁぁ!」
裂帛の気合い共に響く美しい声。
流石に受け止めきれないと判断した私は、大きく跳躍して洋館から飛び出る。
森の拓けた場所へ着地した私は振り返る。
轟音を立てて崩れてゆく洋館。
洋館から少女が飛び出してくる。
私の目の前に軽やかに着地するユキナ。
「自分の家……壊して良かったの?」
「えぇ、壊れてもいいようにここで戦っているの。それに、わたしが壊さなくても貴女が壊していたでしょう?」
「それもそうね」
あのまま洋館の中で戦っていても、どの道、洋館は崩れ去る末路だっただろう。
またお互いに刀を中段に構え直す。
肌で感じる。
彼女は、ユキナは、私よりも遥かに強い。
けれども、だからこそ、全身の血潮が滾る。
「ねぇ、ユキナ……魔法使っていいよ。まだ本気出してないでしょ」
私は不敵な笑みを浮かべて彼女に提案した。
それを聞いた彼女は、はぁ、と溜め息をついた。
「杏捺ならそう言うと思ってたけど……それだとワンサイドゲームになっちゃうよ?」
「ユキナこそ、舐めプレイで勝っても嬉しくないでしょ?」
相手の命を奪わないように手加減するなら理解できる。
しかし私は簡単にはくたばらない。
ユキナが女性を傷つけるのは好きではないのだろう。
けれど、手加減される、それはとても腹立たしいことだ。
いくら相手が女の子大好きな変態幼女(勝手な思い込み)でも。
「わかったわ杏捺。今度こそそれなりに全力で相手するわ!」
「それなりって……」
「実はわたしも実戦経験は少なくてね。わたしの世界で女神に挑む人は殆どいないからね」
成程、相手が神様だと聞いて実感すれば、途轍もない力を持っていることは明白だろう。
それで挑むのは命知らずのバカだろう。
まぁ、命知らずのバカは私かもしれないが。
ユキナは両眼瞑り、彼女の全身が藍色の眩い光に包まれる。
「……猛々しき流水よ、八頭の竜と成りて災禍を齎せ――藍染・八岐大蛇」
彼女の唱えた言の葉に呼応するように、どこからともなく現れた流水が逆巻き、形を成してゆく。
そして現れたのは山に匹敵するの巨体の八つの頭を持った藍色の多頭竜。
怪しく光る赤い両目、その八頭の鋭い眼光全てが私を捉える。
「ちょっと大きすぎないですか……?」
「大丈夫、この子はわたしが水で創った竜だから気兼ねなく倒してね」
「私が倒すこと前提で話を進めるんですね!」
「当たり前でしょ。まぁ、やっちゃって山ちゃん!」
「いや、山ちゃんって……」
仮にも神話に出てくる八岐大蛇を、山ちゃん、呼びする女神さま。
だがその山ちゃん(八岐大蛇)は彼女の命令に忠実に従い私に対して臨戦態勢に入る。
森の木々を薙ぎ払い、地を抉り八頭の竜が迫り来る。
私は思いっ切り大地を踏みしめて高く飛びあがる。
激しい衝撃音と共に土煙を上げる。
飛び上がった私を八頭のうち三頭の首は私を睨み、落下のタイミングを狙い首を伸ばす。
一頭の首が勢い良く私に喰らいつこうとする。
落下する勢いのまま振り上げた刀で竜の首を切り裂いた。
斬れたことに安堵しながら着地する。
しかし、水で出来た竜は、首を斬られても瞬時に再生した。
「ちょっと、ズルくないですか!」
私は抗議の声を上げる。
その声を遮るように刀を構えた少女が間合いを詰めてくる。
刀身を上に向けた、八相の構え。
「千花流奥義・名残り八重桜」
ユキナは声を響かせ刀を振り下ろす。
彼女は真っ正面から斬りかかって来たが、刀で防ぐ暇はないと判断して後ろへ後退する。
十分な間合いを取って少し安堵の溜め息をこぼす。
ユキナは目を瞑り刀を鞘に納める、小気味良い音が鳴る。
その刹那、桜吹雪が舞い、荒れ狂う風に吹かれ鋭い八本の風の刃となる。
私は気合いを込めて、襲い来る風の刃を刀で迎え撃つ。
刀を振りかぶる余裕すら与えてくれない怒涛の斬撃。
それでもがむしゃらに刀を振り回した。
そして、全ての風の刃を相殺した。
ほんの少しだけ疲れました。
だが、まだ戦いは続いている。
ちらりとユキナと山ちゃんの方に視線を戻す。
「化け物よ! 薙ぎ払え! ……えっ、化け物って言うな? ごめんねちょっと言ってみたかったの」
ユキナは山ちゃんとコントをしていた。
取り敢えず、それを好機と見た私は、先刻の彼女のように刀身を上に向けて山ちゃんの懐に飛び込む。
召喚したユキナ本人を倒せば山ちゃんは消えるのかもしれない。しかし、超人的な身体能力に加えてとても便利な魔法を使う彼女は一筋縄では倒せないだろう。
だから山ちゃんから先に片付けることにする。
恐らく一撃で山ちゃんのあの巨体を吹っ飛ばせば再生することなく倒せるだろう。
山ちゃんは私に気づき八頭の口から青い光が迸る。
ユキナへ初め斬撃を放った時を思い出す。
今度は、全身全霊の力を解き放とうと刀を振りかぶった、その瞬間に山ちゃんの巨大な尾が私の腹部を捉えていた。
「うわっ、痛っ!」
うん、かなり痛い。
そんな呑気なことを考えながら勢い良く吹き飛ばされる。
木を何本かへし折りながら、五本目ぐらいで勢いが収まってなんとか着地した。
山ちゃん騙し討ちとは卑怯ですね、ご主人様はバカ正直に真っ正面から向かってくるのに。
今の攻撃で肋骨が折れた……ということはなく、ちょっとした腹痛と腰痛ぐらいだ。
しばらく休ませてもらおうと木に背を預け座り込む。
瞬きをする。
そして目の前にユキナが心配している表情でこちらを見ていた。
「杏捺、大丈夫? ごめんね、私は不意打ちとか騙し討ちしないけど山ちゃんが勝手に……」
申し訳なさそうにしているユキナ、例のごとくいたずら心に火が付きます。
「あぁ……めっちゃ痛いです、もう立てません」
わざとらしい右腹部を抑えてみる。
それを見たユキナは目を瞑る。
「お腹も腰もかすり傷程度ね、良かったわ。流石、杏捺丈夫ね」
見事に見破られてしまった。相手の体に触れずに体の状態が解る、やっぱり変態ですね!
「ちなみにわたしは全ての生物の健康状態が解るだけです、女の子の体を透視してみたりする変態ではありません! それに安易な露出に美学はないのよ」
思考も読まれた上に、なんか変なことを口走っているが華麗にスルーします。
「はぁ、とにかく五分ぐらい休憩しますね」
「そうね、よいしょ、っと」
何気ない顔で私の横に三角座りで座る。
「それにしても、神話の生物を創りだしたり、ドヤ顔でなんとか流奥義とか言って変な技使ってチートですね、わかります」
「ちょっとぉ、全力で来い、って言った張本人がその言い草は何なの! 山ちゃんは杏捺が戦ったことないような生物と戦わせてあげようと思ったから、あと千花流はわたしの友だちに教わったから使ってみたの、あとドヤ顔なんてしてません!」
ユキナは頬を、ぷくー、と膨らませてまくしたてる。
顔が近い、やっぱり可愛い。
そして私と目が合って、ぷい、っとそっぽを向いた。耳まで赤くなっています。
「それに、チート能力、とかいう言葉、好きじゃないの……」
「ん、どうして?」
ちらりとこちらに視線を戻すユキナ。
「例えば凄い努力して強くなった人と、何にも努力しないで誰かから力を貰って強くなった人、好感を持
てるとしたらどっち?」
「それは努力した人ですね」
「そうでしょう、仮にその二人が同列の強さでも、努力しないで力を貰った人はコテンパンにやられてほしいわ、あぁ、でも女の子なら許す」
「ブレないなぁ……」
「杏捺、貴女は鍛えて強くなったのに、何も努力してない人たちに、チートチート言われたくないでし
ょう?」
「まぁ、そうですね」
「ちなみに私は女神だから初めからそれなりに強いけど、自分の世界を管理する上では必要な力なの」
「ふむふむ、それなりとは……?」
少しかたかってみようと、ユキナのことをチート、と言ったがかなり怒っているようだ。
本人が嫌がってる言動はなるべく避けよう。
まぁ、ユキナのことを可愛がる(悪戯する)のは良いですね、本人もちょっと喜んでますし。
「そして、ね。全ての人の言葉にも想いにも不思議な力が宿っているの……」
「変な宗教の勧誘ですか、やめてください」
「今、真面目な話してるの! ユキナさんいいこと言おうとしてるよ!」
「え、私とイイコトしたい? やっぱりムッツリスケベ・ド変態幼女じゃないですかやだー」
「……もう帰っていいですか」
ユキナは怒って立ち上がろうとする。
その華奢な手を掴んでぐいっと自分の方に引き寄せる。
困惑するユキナの耳元で甘い声で囁く。
「やだ、なんて嘘よ。ユキナのこと好きだから」
「な、な、な、何を言ってるの! もう杏捺のバカぁ……」
両手で顔隠して悶えるユキナ。
ユキナの恥ずかしがる姿を見れたので満足しました。
落ち着きを取り戻した彼女は、ぴょん、と立ち上がり優しい眼差しで私を見つめる。
私も立ち上がりユキナを見つめる。
そして、彼女は私の両手を優しく握りしめて瞼を閉じて囁く。
「杏捺。貴女の楽しみたい、強くなりたい、その言葉、その想いが力となって奇跡を起こす――それこそが魔法」
ゆっくりと瞼を開くユキナ。
「杏捺。貴女ならきっと奇跡を起こせる。女神のわたしが言うんですもの」
微笑みを零して、十数羽の藍色の蝶となり飛び去ってゆく。
言葉の力、想いの力。
目には見えない不思議な力。
けれども、それは奇跡を起こす力を秘めている。
ならば、私も奇跡を起こそう。
まだまた遊び足りない、もっともっと全力で遊ぶために。




