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Dark Side・Flowers   作者: 聖 雪奈
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退屈な物語、新しい物語 前編

 よく晴れた昼下りの海岸。


 ぼんやりと海を眺めていた。


 私の名前は、猩々 杏捺(しょうじょう あんな)


 琥珀色の毛先にウェーブのかかったセミロングヘア、少し気怠そうだが大抵の人が美人と言うので多分端整な顔立ち、眠たげな奥二重に猩々緋(しょうじょうひ)の瞳、均整の取れた体に半袖の白いカッターシャツを着て黒と灰色のチェック柄のスカート履いている、黒のハイソックスに水色のスニーカーを履いた夏服姿の女子高生。


 今は高校三年生の夏休み。


 とても退屈だ。


 退屈な世界。


 そう感じ始めたのはいつからだろう。


 家族もいる、友人もいる、恋人もいた。


 それでも退屈だった。


 私より強い人間は多分この世界にはいない。


 楽しむために色んなことをして鍛えた――しかし、鍛え過ぎたのかもしれない。



 ある日、銀行に拳銃を持った強盗の男たち五人入ってきた、店内に客は私だけ、従業員は二人の若い女性のみ。


 取り敢えず、物凄く手加減して四人の強盗を叩き伏せて気絶させた。


 恐らく手加減しないと相手の命を奪ってしまうので。


 残りの一人が逆上して拳銃を三回発砲する。


 しかし、私には銃弾の動きが目で捉えられるので全て躱した。


 それを見て更に逆上した強盗は女性従業員の一人に銃口を向け引き金を引いた。


 私はそれを見て女性従業員の前に移動して、踵落としで銃弾を落とした。


 銃弾より早く動けるなら強盗が発砲する前に倒せばよかったと気づいたが、時すでに遅し。


 銀行の女性従業員に私が強盗を倒したことは秘密にしてもらった。


 強盗たちは仲間割れして殴り合い気絶し、最後の一人は女性従業員が倒したことにしてもらった。


 他にも色んな出来事があったが、死傷者を出さずに全て私ひとりで片付けた。


 面倒事は嫌いなので、国や警察に私という存在を知られたくはなかった。


 もし仮に私の存在が明るみに出たら、のんびり楽しく暮らすことは出来なくなる。


 私は軍事的に利用されるのはとても嫌で、戦争に駆り出されて人殺しなんてしたくない。


 私にとっての戦いは、飽くまで楽しむもの相手の命を奪うものではない。


 といっても私が楽しい戦いをするに至る相手と会ったことはない。


 家族はこんなに化け物じみてるの私に対して。


 母は、私が力に溺れて暴走することを心配しており。


 父は、私の好きなように生きなさい、といった感じで。


 妹は、いつも面白そうに私をからかっていた。


 もちろん父と母は一般人である。


 妹は、掴み所がなく謎が多い。


 そういった家族構成だ。



 友人であり、幼馴染であり、恋人だった彼女がいた。


 先日、彼女に振られたが、今も友人だとは思っている。


 家がお隣で幼稚園から一緒だった。


 小学校、中学校も共に通い。


 同じ高校に通う頃になってから彼女に告白された。


 私は、それなりに性別問わずに好かれていた。


 自分でもそれなりに美人だと思う、彼女からしたら凄く美人らしいが。


 男子は私の外見しか見ないから告白されても断って。


 女子には、お姉さま、姉さん、姉貴と呼ばれ慕われていたが、高嶺の花として見られていたらしい。


 それでも、彼女は告白してきた。


 彼女のことは友人として好きだった、一緒にいて落ち着くし退屈はしなかった。


 私には恋愛感情が理解できなかったので、恋愛感情で好きになれるかは分からないけど、それでもいいなら付き合ってあげる、と言った。


 すると彼女は泣いて喜んでいた、純粋な好意は悪くなかった。


 彼女と付き合い始めても私からしたら今まで通りだった。


 彼女からすると、付き合ってる、という事実からか初めは緊張していたようだ。


 お互いに誰かと付き合うのは初めてだったが、私にはどうも恋人という関係がよくわからなかった。


 彼女は普通の人間。


 私は人の皮を被った化け物。


 私が彼女にを振られた日。


「貴女の隣には立つことは出来ない」


「恋人なのに対等じゃない」 


「守られるのは嫌」


 彼女はそう言って泣きながら去っていた。


 いつも私のことを考えてくれて、気遣いも出来て、優しい彼女。


 多分好きだったんだろう――そうだ単純に好きだったのだ。


 けれども、それを言葉にして伝えなかった。


 いつまでも一緒にいてくれる、そう思っていた。


 それは大きな間違えだった。


 今更、好き、と伝えても手遅れだろう。


 大抵の人間は、大切なものを失ってからその大切さに気づくのだろう。


 例え超人的な力を持っても、私は精神的に未熟な子どもなのだろう。



「……はぁ」


 やるせない気持ちと共に吐息を零す。


 澄み渡る青い海と青空。


 こんなにも綺麗な景色なのに、私の心は曇り空。


 晴れることはない、満たされることもない、とてもとても退屈。


 不意に視線を海と空から外した。


 すると、蝶が飛んでいた。


 藍色の眩い光を放つ蝶がひらひらと飛んでいた。


 息を呑むほど美しい蝶。


 その蝶に誘われるように森の方へ足を踏み入れる。


 鬱蒼とした森の中でも輝きを失わない蝶。


 この蝶に付いていけば、何か楽しいことが起こるかもしれない、そんな予感がする。


 しばらく森の中を歩みを進めると森の開けた場所に立つ大きな洋館が見えてきた。


 静寂に包まれた森中に佇む神秘的な白い洋館。


 まるで異世界に迷い込んだような不思議な感覚に陥る。


 少しだけ開いた扉に蝶は入っていく。


 ここまで来て引き返す、という選択肢はない。


 吸血鬼が住んでいようが、魔女が住んでいようが、お茶でもご馳走になろうと考えて扉の中へ。


 館の中に入ると、バタン、と扉が閉まる。


 自動ドアなんだ便利、と感心する。


 そしてエントランスに一人の少女がこちらを見て微笑んでいた。


 十二歳ぐらい、身長は百四十前後。


 煌びやかな藍色の腰までかかる長い髪、精巧な人形のような顔立ち、吸い込まれそうな綺麗な碧眼、ほっそりとした色白の肌に白いサマードレスに身を包み、素足に白いアンクルストラップサンダルを履いている。


 とてもとても美しい少女だ。


 彼女が掲げる右手には、藍色の蝶が止まっていた。


「あら、可愛らしいお嬢さんが迷い込んだのね、ふふっ」


 幼い容姿に落ち着きがある清らかな流水のように澄んだ声。


「あっ、どうも、こんにちは」


 我ながら普遍的で面白味の欠ける挨拶だと思った。


 クスリ、と左手を口に当てて笑みを浮かべる少女。


「立ち話もなんだから、こちらへいらっしゃい、お茶にしましょう」


 靴音を軽快なリズムで奏でながら歩く上機嫌な少女。


 取り敢えずお茶をご馳走してもらえることになったが、彼女は吸血鬼でも魔女でもない謎めいた少女だ。


 蝶の次は少女に誘われながら階段を上がり廊下を進み、海の見える陽の光の差し込む室内に入る。


 開いた窓から涼やかな潮風が流れている。


「さぁ、お掛けください」


 少女に促されて白いガーデンテーブルの椅子に座る。


 向かいの席に少女が座る、彼女の椅子は少し低いようだ。


 少女は藍色の蝶を分厚い藍色の本に姿を変えて、紅茶とケーキの写真が写るページを開く。


「では、お互いに自己紹介の前に……えいっ!」


 少女の掛け声に合わせて、ポン、と小さな白い煙がたち目の前にグラスに入ったアイスティーとベリータルト風のチョコレートケーキが二つずつ現れた。


「わぁ~凄いですね」


「あんまり、驚いてないでしょ?」


 取り敢えず軽く驚いてみたが少女に図星を突かれる。


「まぁ、貴女なら簡単に出来る事なんでしょうね!」


 開き直ってそう言い切った。


「そうね、これは作り置きというものね」


「あぁ、予め用意した紅茶と作ったケーキを本の中に入れといて、本の中では時間が止まってるからそのままの状態で保存できるということね」


 私は推測だけでそんなことを言ってみた、すると少女は少し頬を膨らませて少し幼い表情をする。


「ん~もう! わたしが説明しようと思ったのに何で当てちゃうかなぁ……」


「あっ、ごめん、そんな気がしたから言ってみただけ」


 どうやら当たっていたらしい。


 因みに私は趣味の一つが読書でファンタジーなどの物語も読んでいる。


 実際に『魔法』を見たのは初めてだ。


 少女は出されて紅茶とケーキに手を向けて笑みを浮かべた口を開く。


「ちなみにこちらはアプリコットアイスティーです。こちらのケーキは、ベリータルト風気まぐれチョコアイスケーキです」 


「どこが気まぐれなんですかねぇ……?」


「作ったわたしが気まぐれな性格なんです!」


「納得しました」


 もうお互いに長い付き合いの腐れ縁の友人のような雰囲気になってきた。


「こっちのアイスケーキは口の中に入れるまで溶けない魔法がかかってそうですね」


「だ~か~ら、勝手に当てないで! わたしに説明させて!」


 また頬を膨らませる少女の姿はとても愛らしくてからかい甲斐がある。


 アプリコットアイスティーの見た目は普通、だけどケーキの方は可愛らしくイチゴで花を作ってあ


 って、いわゆるSNS映えしそうな見た目だ。


「取り敢えず写真撮ってみていい?」


「いいわよ。SNSにでも投稿するの?」


「するように見える?」


「見えません!」


「デスヨネー」


 何となく写真に撮ってみたいと思っただけだった。


 私は流行にかなり疎く興味もなかった、自分の好きなことを追求してきた。


「さぁ、色々脱線してますが、どうぞ召し上がれ」


「初めの自己紹介の時点で脱線してるけどね」


「いいから、召し上がって!」


 少女にかなり強引に促されながらフォークでケーキの端を切って刺して口に運ぶ。


 ひんやりとした、ベリーソースと甘さ控えめのチョコレートアイス、バニラアイスが口の中で溶けて

 ゆく。


「あ、結構美味しい」


「結構って?」


「あぁ、私あんまり食べ物に関心ないから。多分、めちゃくちゃ美味しいの部類に入ると思う」


「な、なるほどぉ? お粗末さまです」


 ちょっと困惑している少女を見ながら、また一口食べる。


 そしてグラスに入った紅茶を飲む。


 冷えたてるけどほのかに香る杏の甘酸っぱさがスッキリとしていて――うん、普通に美味しい。


 私の表情から紅茶の味の感想を読み取った少女は苦笑いして、こほん、と咳ばらいをした。


「ちなみにわたしは人ではありません」


「知ってる」


「……えっと、話を続けますね」


「どうぞ」


 また、からかってしまったけど、まぁいいか。


「わたしは、この世界とは違う世界の女神をやってるものです」


「へぇ~女神さまなんだ」


「そうです。名前は、ユキナ・ルミナス・リリウムです」


「ユキナ……ルミナス、リリウム。ラテ――」


「――ラテン語と英語が混ざってた名前、とか無粋なツッコミはしないでね!」


「バレたか」


「ルミナス・リリーも悪くないけど、リリーの方が名前として呼ばれそうでしょ! そして、名前の響きを良くするためにラテン語の『輝き』は犠牲になったのよ!」


「な、なんだってー!」


 自己紹介からの、脱線からの、茶番劇。


 何だかんだで楽しいので良しとします。


「ユキナ」


「いきなり呼び捨てなんて……もう、わたしたちはそんな仲に」


「呼んでみただけです」


「はい、ご馳走さまです」


 私がユキナに何をご馳走したのか分からないけど、取り敢えずこちらも自己紹介をする。


「私は、猩々 杏捺」


 私が自己紹介を終える。


 するとユキナは熱っぽい視線を私に向ける。


「……杏捺」


 吐息混じりの呟かれる私の名前。


「イントネーションが違います」


「気にしないで! 貴女が呼び捨てでくるなら、わたしも呼び捨てで迎え撃つまで! 構わないわね?」


 額に指を開けた右手を当て不敵な笑みを浮かべるユキナ。


「別にいいですよ」


 私の返事を聞いたユキナは、ガクリ、と項垂れる。


「杏捺はノリがいいのか悪いのかわかんない……」


「やりたいようにやってるだけです」


「……ふふっ、そうね」


 ユキナの前では私が私らしく振舞うことが出来る。


 だからとても楽しい。


 二人で微笑みを交わす。


 退屈な昼下がりに訪れた藍色の蝶。


 そしてその蝶に誘われ洋館に待っていたとてもユニークな女神さま。


 談笑に花を咲かせてるような……というより談笑を狂い咲かせてるようだった。


 こうして彼女とのお茶会は、小波(さざなみ)のようにゆっくりと流れてゆく。 



 

スマートフォンなどの携帯端末で読まれる方の為に、各行を一行開けました。

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