終着になった街(深川~留萌)
経路
留萌本線(深川~留萌)
深川駅四番線に停車していたのは今回初登場キハ54形気動車です。今までキハ40形という鋼製の気動車ばかり乗っていたので、ステンレス車両からガガガガガッというエンジン音が聞こえてくるのは新鮮でした。
キハ54形は国鉄が末期に製造したディーゼル気動車で、四国と北海道に投入されました。当時の気動車では、北海道の厳しい気候条件や山地などの険しい線路条件をクリアするのは大変でした。雪で車両が動かなくなったり、海岸を走る列車は塩害で陳腐化したり、急勾配を登る為に閑散路線でも二連の気動車を用いたりと非常に手間とコストがかかっていたのです。そこでキハ54形500番台(北海道仕様)は雪を融かす排熱再利用の温水の噴出、塩害を防ぐステンレス車体、急勾配を登る一両に二機のエンジンなど、当時としての新システムを搭載しています。国鉄の技術の置き土産として現在も活躍しています。
さて車内ですが、クロスとロングのセミクロスシートです。キハ54形と言えば0系新幹線のシートをひっぺがしてドカンと設置したので有名ですが、今回のは別のクロスシートのもの。とは言ってもリクライニングも出来るし、座り心地は非常に良いです。ただ、何処からか持ってきたものであるのは間違いなく、窓枠に座席が合致していません。おかげで車窓が一望出来る席、微妙な席、何も見えない席が混在するおかしな座席配置になっています。一応車窓は見たかったので車窓が見える席に座りました。そしてまたまた扇風機を発見してしまいました。勿論「JNR」の文字が。冷房付けないんですかね。それとトイレを確認したら、何とこちらは洋式でした。キハ40形1700番台は冷房は付いているのにトイレは和式。キハ54形500番台は冷房は無いのにトイレは洋式。中途半端という感じです。っていうか和式便所は辛い……。それと、死ぬ程どうでも良いのですがキハ40形とキハ54形で「便所」の文字の「所」の書体が地味に違いました。はい死ぬ程どうでも良い。
列車はエンジンを吹かし、深川を出発します。まずは進路を大きく右に、一路北西留萌を目指します。
車内には十人くらいの乗客が。高校生や会社勤めの方の姿もありました。ただそれも石狩沼田くらいまでで殆ど降りてしまいました。途中の北秩父別や真布駅は木製デッキのホームが有名で、鉄ヲタと見られる乗客はこぞってそれを撮影していました。っていうか昨日もこの人たち居たんだけどどういう事ですか。また、恵比島駅はNHKの連続テレビ小説「すずらん」で明日萌駅として登場しており、駅舎は当時のままにしてあるそう。ホームにも「あしもい」の文字の駅名標が立てられています。恵比島駅自体の駅舎は元々ヨ3500形貨車だったのを改造した面白いもので、北海道の各路線でこういう駅舎を見ることが出来ます。
線路は峠下駅(ほぼ信号場状態)を過ぎると、駅の名前の通り下りに入ります。天気も回復してきて日も差すようになってきました。その後はポツポツと現れる集落にそれぞれ駅があり、暫くする内に雪は減り家々の連続する街へ出ます。ここまで来ると、終点留萌です。
結局残った乗客は自分と鉄ヲタ二人くらい。中々この路線も厳しいです。
留萌線は深川~留萌を結ぶ日本一短い「本線」を名乗る路線です。優等列車は、現在は設定されておらず基本は深川~留萌の折り返し運転です。2016年に留萌~増毛が廃止になったのはご存じかと思います。部分的にではありますが「本線」が第三セクターに移管ではなく廃止となったのは信越線(横軽)、名寄線に続き三例目です。これによって留萌線の終着は増毛から留萌になってしまいました。
ホームから海の方角を眺めます。もうここから先に列車では行けないのです。
元々留萌駅は、留萌線の他に宗谷線の幌延までを結ぶ羽幌線を分岐していました。こちらも帯広の士幌線や広尾線と同様に国鉄再建法で廃止となっています。
やはりこれらには北海道特有の事情があると言えます。北海道は広大な土地に都市が離れて所在しています。当然鉄道でそれらの都市を結びますが、路線が長くなる一方で、その区間の沿線人口は極端に少ない為短距離輸送は殆ど意味を為さないのです。しかも人口が本当にゼロという訳でも無いので国鉄時代には延ばせる所にバンバンと延ばしていき、結局は廃止になりました。また札幌に全てが集中し過ぎている所為で、道内での過疎化と過密化も深刻です。こういう事があるので現在のJR北海道は短距離輸送よりも長距離輸送に重きを置いているように思われます。
そんな事を思いつつ、改札を抜けます。留萌駅には知られざる、というか「知られざる」と言われ過ぎて有名な駅弁があります。JTB時刻表にも載っていない幻のにしんおやこ弁当。留萌に来たんだから食べたいと思っていたので、予約の電話を一週間くらい前に入れたのですが、その日は弁当は販売していないとの事。何て言うか、この旅行タイミング悪い……。
留萌駅では当然折り返しの列車に乗らなければならないのですが、それまでは二時間以上あります。折角なので北海道から見る日本海を堪能する事に致しましょう。
廃止が検討されているからとは言っても、留萌地方最大の街──留萌市。市の中心から離れているので人通りこそ少ないですが、駅は立派だし、市街地は割りと広がっているみたいです。同じ終着という事で、昨日の夕張市と比べてもあっというくらいの違いがあります。
まずは黄金岬へ行ってみます。まず北に向かおうとすると、川というか入江というかとにかくそういうものを橋で渡ります。そこでまず、隣に古い橋梁を発見しました。旧留萌線のものです。レールはそのままのようですが、橋梁自体明らかに錆びてきています。まだまだレールは続いているようです。橋を渡ってさらに進むと、今度は旧留萌線が上を通る場所がありました。留萌は起伏の激しい土地で、至る所に坂があり、このように線路が道路の上や下を通る所が多いのです。しかし、安全上からかレールと橋は撤去され、切通みたいな道になってしまっていました。下からはレールがぶっつりと切断されている様を見る事が出来ました。坂を登っていくと、右手には留萌港が見えてきます。日本海に面する留萌港は恐らく重要な役割を担う港であるのでしょう、街の大きさ以上の立派さを誇っている気がしました。さて、さらに進んでいくと漸く、黄金岬です。っていうか、風が強い……! 寒い! 丁度時間が時間だったので、傾いてきていた日が冬の日本海の荒々しい波に美しく反射していました。風が吹きすさぶ中、道を下っていき、海の近くまで。波が岩場に打ち付けて強烈に爆発しています。冬の日本海は怖い……。ただこういうのを眺めながら列車で海岸を通るのが、凄く楽しいんですよね。趣があるって言うんでしょうか。そんな感じです。
さて、黄金岬もいい加減にして、今度は住宅街を歩く事にします。何でも見晴公園とかいう所に蒸気機関車D61形3号機が静態保存されているらしいので見に行こうという訳です。尤も冬なので、殆ど望みはありません。
住宅街をてくてくと歩いていくと、今度は旧留萌線の上を通りました。線路や「ブレーキ目標」の標識はそのままでしたが、雪にどっぷりと浸かっていました。これでは到底列車は運行出来ません。廃止になったという事を実感しました。
さらに行くと、地元の新聞配達のおばさんに会いました。こちらを向いていたのでどうしたのかと首を傾げていると、自分の後ろに居る猫を見ていたのだと言います。振り向いてみると、なるほど、後ろには家と家の合間に野良猫たちがたむろしていました。おばさんは可愛いんだと言って、ガラケーの待ち受けを見せてくれました。ガラケーの写真に写っているのは子猫だったのですが、一年の内に大きくなったそうです。野良猫は北海道の冬さえ越せるらしく、何ともたくましいです。おばさんに、自分は静岡に住んでいて北海道には鉄道の旅行に来ているのだ、と教えると非常に驚いていました。自分を地元の人間だと思ったらしいです。よくまぁこんなところにと、笑いながら労ってくれました。そして頑張れと応援を頂き、おばさんとは別れました。とても快活な方で、こちらも俄然旅のやる気が出てきました。
坂を下って登ってまた下ると見晴公園です。案の定D61形はブルーシートに覆われていて、公園全体も雪を被っていました。まぁ散歩だと思えば……。というかこの公園、どこが「見晴」なのでしょう。前述した通り登って下った場所にあるので、高台ではなく平地です。見晴しなら坂の上の方が良く、留萌は割りに大きな街だというのがよく分かりました。っていうかすき家目立つ。
まぁ見晴公園はよく分からなかったので、いよいよ駅へ向かいます。市の中心部では乗用車やトラックが頻繁に行き交う国道231号線があり、賑わいを見せていました。大きな道路を渡り、北へ進んでいくと、見えてくるのは四角い駅舎。留萌駅です。駅を出てから丁度ぐるっと一周した具合です。駅前でコーヒーを購入し、改札を抜けます。何にもしなかったけど、留萌は楽しかったです。