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炭鉱の街(夕張)

 夕張駅に到着すると、既にホームには沢山の利用者(鉄ヲタ)が待ち構えていました。列車のドアが開くとまず、乗客が運転士に乗車券を見せて降りていきます。自分も18きっぷを見せて遂に夕張駅のホームに降り立ちました。

 夕張駅は単式ホーム一面一線で列車は一つしか停車出来ません。線路北側に、これ以上先は無い事を示す車止めがきちんとあり、終着を実感しました。

 夕張駅ホームでは記念弁当の立ち売りが行われていました。生憎昼に食べたい物が他にあったので、記念弁当は帰りに買う事にしました。


 駅を出てすぐの、ゆうばり屋台村に入ります。ここには幾つかの飲食店が入っていて、好きな飲食店の商品を食べる事が出来ます。屋台村は、ドアや看板が木製で、何だか昔ながらの風情を感じます。屋台村の中も、年代を感じさせる広告などが良い雰囲気を出していました。

 まずは屋台村のテーブルに座ります。メニューを見ていると、屋台村に店を構える人の一人が水を持ってきてくれました。注文は予め決めていたので、それを注文。

 暫くすると、運ばれてきました。今回頼んだのは夕張の名物「鹿の谷3丁目食堂」の「カレーそば」です。正直今回の旅行では観光は殆ど出来ないので、少し位それっぽい事もしたかったのです。それに、盲腸線の終点まで来てそのまま折り返すというのも芸が無いですしね。ところでカレーそばですが、非常に美味しかったです。思ったよりもボリュームがあり、お腹をよく満たしてくれそうです。カレーうどんのうどんをそばに変えた物かなと思っていましたが、違いました。辛味の効いたカレールーが細いそばに絡む上、そばは弾力がうどんのように強くないのでとても食べやすかったです。具の人参なども甘く、全体的にも良い味に仕上がっていました。あっという間に平らげてしまいましたが、お腹はいっぱいになりました。ご馳走さまでした。


 腹がいっぱいになって、屋台村を出て、次は何をしようかなと考えましたが、特にする事も無いのでバスに間に合うようにブラブラ街を見る事にしました。

 取り敢えず街は北に続いているので夕張市役所を目標にのんびり歩く事にしました。この日の天気は朝から晴れで、寒いとは言え良い散歩日和でした。

 さて、夕張駅から少し進んだだけで、もう人通りが消えました。本当に、誰も居ないのです。たまに通る自動車は夕張市の除雪車で、乗用車は殆ど見られません。歩道も積雪が凄く、歩くのも中々気を遣います。

 ポケgoをしながらさらに北へ進みます。左手には団地のような建物がずらずらと並んでいますが、相変わらず人の気配はありません。平日の昼間でさえこんな物なのかと少し心配になりましたが、団地を見る限り一応生活はしているようなので、そこまでは及ばないようです。というか、だとしたら皆何処に居るのでしょうか……? 

 そんな事を思いつつ進んで行くと、如何にも古そうな歩道橋が目の前に現れました。しかし歩道橋の架かる道路は片側一車線の普通の道で、しかも車などここまで歩いてきて片手で数えても余りのある台数しか通っていない訳で全く歩道橋の意味を為していないのです。逆に古過ぎて、地震なんかが起こったら倒壊してしまうのではないかと心配になりました。夕張市は、こんな使われていない歩道橋を撤去するお金も無いんでしょうか……?

 しかし、この歩道橋、使わなければやはりある意味が無いので、それも可哀想だとか面白そうだなどと思って使う事にしました。見た感じではコンクリートに亀裂が走ったり、錆びで全く赤茶色になっていたりと不安がありましたが、実際に渡ってみると案外まだいけそうだと思いました。上ると少し高い位置になるので眺めもそこそこ良いです。尤も、使わなければただの鉄屑ですが。

 渡った記念というか夕張に来た記念に、歩道橋の側に雪だるまを作って置きました。もう無くなっているに決まっていますが、割かし可愛く出来たと思います。まぁどうでも良いですが。


 どんどん進み、坂を上ると住宅が多く集まる場所に出ました。夕張という街は、どうやら幾つかの小さな町によって形成されているようです。しかしながらその住宅地には何軒か、居住者が居なくなり、崩れかかっているような物もありました。あのまま放置しておくと、いずれ何かの被害が出そうだという気もしました。


 その住宅地の角を左に折れると、目的の夕張市役所が見えてきます。

 夕張市が2007年に財政破綻したのは有名な話です。元々石炭に依存していた夕張市は、ピーク時には11万人の人口を抱え、石炭輸送用の鉄道が網のように広がっており、大変に栄えていました。しかし、石炭から石油へのエネルギー革命の影響により徐々に石炭の採掘量は減少。それに伴い働き場を失った炭鉱員は流出。鉄道も次々と廃線に追い込まれていき、1990年には最後まで残っていた炭鉱が姿を消しました。夕張市は何とかこの危機的状況に歯止めを掛けようと、市の方針を一転させます。石炭に依存していた旧来の方法ではなく、これからは観光だと。夕張市はこの目論見を達成すべく、巨額を投じ、スキー場、博物館、テーマパークなどを作り上げました。しかし、それはバブル期の事。バブル崩壊が崩壊すると景気は冷え込み、それに伴って観光客は低迷。市が財政再生への希望を託した施設は一瞬にして財政を圧迫する厄介なお荷物と化してしまったのです。見兼ねた北海道は夕張市に財政の指導をしますが、夕張市は自力で何とかしようと聞く耳を持ちませんでした。しかし、夕張市の赤字は止まりません。市は歳出の不足分を公債だけでなく銀行からの借り入れ金(名目上は「一時的な」借り入れ金だが実際は恒常的に行われていたようで、財政収支ではその借り入れ金の出所が記載されておらず、見かけ上は黒字であった。その事が余計に、夕張市に借金を膨らませる時間を与えてしまったとも思われる)でも賄っていた為、支出以外にも銀行への借金返済などで、より深刻な累積赤字が発生する事となりました。結局2006年に当時の後藤市長が財政再建団体指定への申請を行うと表明し、翌年に指定されました。

 それからというもの、ここ夕張市は財政再建の為に税の徴収を強化、支出の大幅な削減、第三セクターの破産などなど様々な取り組みをしています。最近では夕張の財政再建を推進してきた鈴木市長が退職し、今度の北海道知事選挙に出馬する事も話題に上がっていますよね。本当に、北海道に対して尽力される方だと思います。

 財政破綻は、住民への公共サービスを著しく低下させます。先程の歩道橋や、この後見た窓ガラスが割れた元宿泊施設の建物などが財政破綻の厳しさを物語っています。これは夕張市だけの話では無く、全国の市町村にも言える事です。夕張市は、いつ何時自分の住んでいる街が破産してもおかしくないのだと自分たちに教えてくれているような気がします。


 さてさて話が横道に逸れましたが、まだまだ歩きます。バス停沿いに行けば問題無いと踏み、始発まで行ってしまう事にしました。

 夕張はバブル期の財政建て直しの際に、映画祭を始めました。これで観光客を増やそうという訳です。その一環として、住居の外壁や看板などに往年の名作映画の宣伝広告のような物が描かれました。一部は剥げていたりしますが、今でもその様子は見る事が出来ます。財政破綻後は映画祭も中止となりましたが、その翌年には市民の努力で復活。今年も、この日の二日後に開催となりました。タイミングが微妙でした。

 ホテルシューパロを過ぎると、左手が大きく開けてきます。よく見てみると、どうやら広大な駐車場が雪で埋もれているのでした。その奥には窓ガラスがボロボロに壊れた何かの施設が。恐らくその駐車場だろうと思われました。結局こういう物も取り壊したり、改修したりという事は為されないようです。


 漸くバスの始発までやって来ました。ここから鹿ノ谷駅を少し過ぎた所まで行きます。

 バス会社は夕張鉄道。元々鹿ノ谷~野幌の鉄道を持っていた会社です。社名にそのまま鉄道を残しているのは敢えてなのでしょうか……?

 バスの始発から乗ったのは自分だけでしたが、それからは大体のバス停で乗降が発生していたので、利用者は少なくない事が分かりました。

 暫くして目的のバス停に着いたので、降ります。と思ったら降りるはずの二つ前バス停でした。はいどうもバカです。という訳で目的地まで歩かねばなりません。帰りのバスにも間に合わなければ(残り30分)ならないので、急ぎ足で目的地に向かいます。まぁ目的地と言っても「幸福(しあわせ)の黄色いハンカチ」のロケ地に行きたかっただけなんですけど。


「幸福の黄色いハンカチ」は1977年に公開された映画で、網走刑務所から出所した高倉健さん演じる主人公が、東京から北海道にドライブに来た若い男(演:武田鉄矢)と網走で男にナンパされた若い女性(演:桃井かおり)と共に紆余曲折を経て、車で行き先を決めない旅をするという話です。元々主人公は夕張で炭鉱夫として働き、妻(演:倍賞千恵子)と二人暮らしをしていました。しかし、妻が流産してしまった事にやけになってチンピラに暴行を加え、死亡させてしまい、刑務所で服役する事になります。主人公は妻に申し訳なくなり離婚届を妻に見せ、提出するように頼みます。それ以降、妻とは音信不通でした。漸く出所した主人公は自宅に居るかも知れない妻に、もしまた元の家で自分と暮らしてくれるなら、約束の黄色いハンカチを掲げておいてくれと手紙を出します。主人公はその事を同行者の二人に打ち明け、どうせダメだとか見るのが怖いなどと弱音を吐き、やはり夕張には行かない方が良いのだと言い出します。しかしそれでも二人の説得で、車は夕張へ。果たして、主人公の自宅に黄色いハンカチは──。

 というロードムービーです。以前にこれを見た事があったので、行ってみたいなぁと思っていたのです。

 石勝線の踏切を渡り、急な坂を登るといよいよロケ地広場です。勿論冬季休業中ですが、雪を踏み踏み進んで行くと、ありました。雪にどっかりと浸かっていましたが、確かに映画で見た木造の掘っ立て小屋のような建物がそのままそこにありました。そして黄色いハンカチが掲揚されるはずの柱もそこにありました。何だか妙な感慨を受けました。夏に来るべきだった……。石炭博物館もやってないし……。はいそれだけです。


 広場を後にしてバス停に向かうと、自分の前に既に三人客が居ました。おばさま方だったのですが会話に耳をそばだてていると「鉄道が無くなるのは残念」とか「あのガタンゴトンっていう音が良い」など石勝線の廃止を惜しむ一方で「電車無くなるとバス増えるんでしょ?」とか「便利にはなるね」という期待も聞こえてきました。こういう田舎では短距離の移動が主になる為、駅も本数も少ない鉄道より停留所が多く柔軟性の高いバスが好まれるのでしょう。

 バスがやって来たので再び乗車。大分定刻から遅れていたけどどうしたのかと思っていると、車内には大量のランドセルを背負った少年少女が。本数の少ないバスには夕張小学校から北へ帰宅する生徒全員がバスに乗り込むので、軽くスクールバス状態でした。これもバスの本数が増えれば何か変わるのでしょうか……?

 満員のバスに揺られホテルマウントレースイ前で降車。ここは夕張駅前でもあるのですが、まだ次の列車まで時間があります。旅の疲れでも癒そうと、マウントレースイ併設の温泉に入りました。ここは日帰り入浴が可能なのでタオルを持っていればフラッと立ち寄れます。浴場には地元のおじさんと見られる方々が思ったより多く見られました。以前山形の赤湯でも、列車が遅れて乗り継ぎが出来なかった時があって、市内の温泉銭湯に立ち寄ったのですがその時の様子と似ています。ただ、ホテルの浴場も兼ねているので中はとても綺麗です。シャワーを浴びて温泉に入浴してみると丁度良い温度。少しヌメリがあって、ナトリウム炭酸水素温泉と言うのだとか。まぁ成分はよく分かりませんが、とにかく気持ち良かったです。露天風呂もあって、外のひんやりした空気に触れながら暖かい温泉を楽しむ事が出来ました。日帰りであの温泉を楽しめるのは中々お得だと思いました。

 温泉を出ると、夕張駅には既にキハ40形がスタンバっていました。後10分程で発車です。急いでホテルマウントレースイに入り、フロントへ。勿論宿泊という訳ではありません。ここではJR北海道が販売している「わがまちご当地入場券」の夕張駅のそれを購入出来るのです。取り敢えずの記念です。170円を支払い入場券をゲット。これを入場券として使用する人は果たして居るのかという疑問が浮かびましたが、まぁ居ないでしょうね。


 ホテルマウントレースイを出て、いよいよ夕張駅へ。今度はホームの立ち売り販売の弁当を購入しました。何と暖かいお茶まで付いてきました。これも記念なので美味しく頂きたいと思いました。

 さて、キハ40形の撮影をして車内に乗り込みます。今度は座席は全部埋まっていたので、デッキにて後面展望を楽しむ事にしました。が、デッキにも次々に鉄ヲタ(ガチ勢)がやって来て後面展望を撮影しようとしたので、気圧されてしまい折角の良い場所を譲ってしまいました。はぁ……。

 ドアが閉まると、ガガガガーッと轟音を響かせキハ40形は夕張駅のホームを滑り出します。列車がスピードを上げるに連れ、終着駅の車止めは小さくなっていきました。

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