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火事は夜更けに鎮火した。
丸太小屋であるから完全には燃えずに小屋の形は残っている。残ってはいるが、半ば炭化したそれはあちこちに隙間が生まれ傾いでいる。寝床にするには用を成さず、何かの拍子に崩れるだろう。
生き残ったのは騎士が一人、罪人が二人。
「なんという事だ……」
丸太小屋には殺し合い倒れた男達の死骸が焼け残っている。
小屋が燃えているうちは気付かなかったが、周囲の風は体熱を奪っていた。火が消えた今、ことさらに寒気が意識される。
「よぉ、騎士様よぉ。こっち来て身体をくっつけようや」
「ひょっとしたら朝日を拝めるかもしれねぇぜ?」
今や着込んでいる防寒着だけが彼等の命綱だった。
「……下らぬ事で騒ぎをおこしおって」
「それに乗っかったのは手前ぇらだろ……くそ、冷えてきやがった」
月光が三人を包む。
陽の光とは違い、月の光は冷たい。
……ゥゥゥウウウ
フウウゥゥ……
「……魔女が歌いやがる」
「あれは魔女では無い。風の音だ」
「それを魔女って謂ってんだ。騎士の癖しゃがって風情も知らねぇかよ」
「風情を語る頭があるなら暴動など起こすな!」
憎まれ口を叩き合いながら身を寄せ合う。彼等は小屋の陰で風を避ける事も出来無かった。風が三人をとり巻いているのだ。
四方から吹き付ける寒風に腹が震える。歯の根が合わず、ガチガチと鳴る。
「魔女ってのはよ……なんだって……こんなところに住み着いたんだ?」
「し……知るかよ……へっ……王様とお……同じで金鉱が目当て……だったかもな」
「……冷えるな」
騎士は懐の隠しから酒瓶を出し、らっぱで呑むと二人に渡す。
「ほれ、呑み過ぎるな」
三人で酒瓶を回し、少しでも身体を暖めようとする。
フウウゥゥ……
フヒュウウゥゥゥ……
「……」
「お……おい、寝るんじゃねぇ」
「ぐっ……くそ」
三人は朦朧とする意識を、目をしばたかせ首を振って堪えていた。
……あと、何時間あるのか。
……あとどれくらい待てば朝日が?
冷たい月の光を受けて、氷の粒をはらむ風が白くつむじを巻く。
(あれは……?)
朦朧とする騎士の目に、怪しい姿が映った。
蒼白い。
女が宙を滑る様に舞っている。
薄絹を纏うその姿は透き通り、軽やかに風に乗って舞う。
その顔は、その肌は氷の彫像の様だ。透き通る肌の下、白い髑髏が浮いて見える。
(まさか……魔女?……幻覚か?……)
周囲には魔女の歌だけが響く。
そう、魔女の歌だけ。
二人の罪人からは何も聴こえなかった。
騎士の許へ魔女が滑り寄る。
それは幻覚だったのかもしれない。
(……魔……女、ま……)
騎士の顔に霜が降り、最後の息が白く漏れる様に漂った。
魔女はいとおしそうに騎士の白い息を身に纏う。騎士の息は彼女が纏う薄絹の一部になった。
それが騎士の見た最期の光景だった。
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