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断末魔の様な赫光が地平に沈んでいく。
雲一つ無い天空が赤から紺、紺から闇へとグラデーションを重ねる。
徐々に埋没していく恒星の最期の射光を受けて、その山は赤々と染まっていた。
エル・セルドラ山。
単独峰だが国境を接する二国のいずれにも属していない。
理由は簡単で一年を通して凍りついているからだ。樹の一本も生えておらず、岩盤が盛り上がって形成されている為、開墾の意味が無い。戦略的に砦など造ったところで維持出来るものでも無い。どちらの国にとっても不用の山……
……つい先頃までは。
護送馬車に乗せられた一団が下ろされたのは、陽光が消え失せた頃。馬車が登れるぎりぎりの場所だった。
「くそ寒ぃ!」
「冗談じゃねぇ……」
「松明!早く火ぃ点けてくれや」
一団の面々は柄が悪く、見た目も悪かった。
松明の炎では判別し辛いが、皆垢じみた顔に無精髭、ベタついたボサ髪をさらしている。
着ているものだけは真新しい。分厚い防寒着に身を包んでいる。揃いの格好である事から支給されたものと知れる。
「進め」
何人かは彼等よりずっとましな姿であるが、明らかに違うのは帯剣しているところか。
「なぁ騎士様よぉ、こんな所に一年も居られるかよ」
「凍え死んじまうぜ。どうせ殺されるんなら処刑場でひとおもいに首はねろや」
「黙って歩け」
帯剣している者は騎士の様である。見映えの悪い連中はどうやら罪人らしい。
彼等は一団となってエル・セルドラを登り始めた。
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凍り付いた山肌に靴音だけが響く。靴底の鉄鋲が蒼白い山道を削る。
中天には蒼い月が浮いており、エル・セルドラを照らしているが、光量は足りない。鉄鋲付きの靴でも滑る足許の為に松明が灯されていた。
始めはグダグダと文句を垂れ流していた口が、今は白い息を吐くだけになっていた。
罪人達は手に手にツルハシやシャベルなど、穴堀り道具を持たされていた。
エル・セルドラはけして高い山では無い。
他にいくらでも高山はある。が、年中凍り付いているのは何故かエル・セルドラだけであった。
「……おい、お仲間だぜ」
一人が脇を指す。
そこには岩にもたれうずくまる男の死骸があった。
いつ頃のものかは判らない。身体の半分は氷に埋もれている。
「お目出度ぇ野郎だ、山越えでとんずらする気だったのかね?」
罪人達はその男が何か罪を犯してここまで逃げたのだろう、と判じた。
エル・セルドラはけして高い山では無い。
しかし、侮れる山でも無いのだ。
「さっさと進め!」
松明を持った騎士の一人が罪人達を急かす。
「騎士様よぉ、どこまで歩かせるんだ?ちっとは休ませろや」
「じきに着く。すぐそこだ」
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