ただいまアウラン
「ただいまアウラン。」
「ただいまー。」
アウランに転移して来た俺達は、何となく町に挨拶してみた。
特に意味は無いし、当然返事も無い…と思っていたのだが。
「おかえりー!」
「おかえりなさい守護神さま。」
「オークスでも大活躍だったって?」
「エルフの隠れ里にも行ったんだろ?どうだったよ?」
「あれ?お二人さん、前より距離近く無いかい?」
「というより、テラ様がべったりだな。」
「おいおいお前ら…察しろよ。」
「!!う、嘘だ!俺達のテラ様が…そんな…っ!」
「泣くなお前ら!分かっていた事だろう!」
瞬く間に町の住民達に囲まれてしまった。
人の多い時間帯に中心地に飛んできてしまったからな。
いや、にしてもこれは…
「…なんか人、多くね?」
「あ、やっぱり?避難してた人達が戻って来たのかしら?」
集まった人達に聞いてみると、やはりそうらしい。
ここにいる人達もその半分くらいは帰還組だそうだ。
勇者ハルの死亡はまだ広まっていない筈。
というかキツネの姿で死んでいるので、身内以外には早々分からないだろう。
それに、仮に分かったとしても、勇者ハルが帝国に与していたという話は公にされていない。
表向きはハイドリアに属している事になっているのだ。
では何故彼らが町に戻ってきたのか。
それもついでに聞いてみる。
「『守護獣』様が呼びかけて下さっているんだよ。冒険者ギルドや役所に掛け合ってね。それで近隣の町や村に避難していた者から順に戻って来ているんだ。」
「『守護獣』??」
聞き返してみたものの、この町にいる者でそんな二つ名が付きそうな奴は1人しか思い当たらない。
「すぐそこの屋敷に住んでますよ。…って守護神様達が連れてきて下さったんですよね。失礼しました。」
住民達の返答はやはり予想通り、ザギの事だった。
ザギとアイリスは冒険者ギルドに所属しており、ランクこそ上げていないものの数多くの仕事を熟しているそうだ。
上手くやれているようで何よりである。
「まぁ、顔は出さないけどな。」
「そうね。アイリスへの罰も決まってないし。」
昨日の今日でまた会いに行くというのも変な話だ。
問題を起こしているわけでも無いし、今は放っておこう。
「とりあえず、ノアの所に行きましょうよ。」
「だな。」
気を取り直して本来の目的を果たしに行こう。
と言っても、この町の教会は中心地にある為、すぐそこだ。
5分程で到着した。
「おっすシス子〜。元気そうだな。」
「あ、ラヴ男さん。はい、おかげさまで!」
住民達が戻ってきたと言っても、まだまだこの町の全盛期には程遠い。
教会にはシス子ともう1人しか居ない状態だ。
そしてそのもう1人というのが…
「……何でここに、売女がいるのかしら?」
「あぅ!…ば、売女ではありません。」
教会の庭先で掃除をしているのは、かつての教会幹部、アイリスだった。
「…せ、『聖女』の名前は剥奪されてしまいましたが…私は元々ノアリアリティ様の敬虔な信徒です。シスターアウレアに頼み込んでここで働かせて頂いているのです。」
「アイリスさんは本当に良く働いて下さっていますよ。人手も足りなかったので、とても助かっています。」
アウレア?
ああ、シス子の事か。
そういえば以前名乗られた気がする。
噛みそうな名前だったのでシス子と呼ばせてもらっているが。
「…俺は別に良いんだけど、シス子は嫌じゃないのか?あんな目に遭ったのに。」
「はい。謝罪はして頂けましたし、ノアリアリティ様への信仰心は本物ですから。」
心が広い。
いや、シス子の場合はちょっと違うか。
ノア様への信仰心を持っていれば他の事には目を瞑ってしまうからな。
信徒の鑑とも言えるが、危うさもあるよな。
「ところで…本日も礼拝に?」
「ん、ああ…そうだった。また像の前を陣取らせてくれ。」
「はい。他に誰もいらっしゃらないのでごゆっくりどうぞ。」
聖女から平の修道女になったアイリスを一瞥し、俺は教会に入る。
テラもアイリスに「がるるるるぅ。」と唸りながらも俺の後を付いてくる。
「…うー。」
「…あいつが幸せそうに暮らしてるのが気に入らないのか?」
「そりゃそうよ!あの女はアンタに酷いことしたのよ!?」
「お前にも、な。俺の事なら気にしなくて良いぞ。」
「…私の事も気にしなくて良いわ。」
「……。」
「……。」
うん?
そうなると、アイリスの事なんて放っておいても良いという事になるのか。
考えてみると、仮にアイリスを痛めつけた所で、テラに危害を加えた事を許せるとも思えない。
ならばむしろ、この教会で町の為ノア様の為に働いてもらっておいた方が良い気もする。
「そんじゃ、あいつの事は放っておこう。ザギもキツネもやる気無いし。」
「……アンタが良いならそれで良いわ。」
そういう事になった。
とりあえず今日のところはノア様への報酬について決めなくてはな。
像の前に着くなり、俺は祈り始める。
今日はテラも連れて行こう。
テラにも祈るよう促すと、嫌々付き合ってくれた。
程なくして、いつもの様に暖かい光が全身を包んだ。
そのまま光に身を任せていると、教会が真っ白な空間へと置き換わる。
「…ノア様。」
「あ、ラヴさん…とテラさんも。いらっしゃいませ。」
ノア様のいる空間は相変わらず白一色に染まっており、見渡す限り何も無い。
いつも思うのだが、こんな所に1人で居てつまらなくないのだろうか。
…いや、俺ごときが考えるべき事じゃあ無いな。
「無事テラさんと会えたんですね。」
「はい。これも貴方のお陰です。感謝しても仕切れません。」
「……。」
「テラさんはそうは思っていなそうですが…。」
「この顔はトイレを我慢している顔です。本当は感謝の気持ちでいっぱいですよ。」
「…私は神よ。トイレになんて行かないわ。」
「マジレス乙。」
いやいや。
ノア様の前でケンカなんてしてはいけないな。
本題に入ろう。
「それで、ですね……例の報酬の件なんですが…」
「あ、はい。ケーキバイキングの件ですね。」
「それ、ナシになったわ。」
「え?」
言い淀む俺に代わり、テラが単刀直入に切り込んだ。
そのまま事情も説明してくれる。
「アンタ…全然私達の事見てないのね。」
「え、えぇ。以前転移者の方を見守っていたら、ぷらいばしーの侵害だ、と言われてしまったので。」
「俺はノア様に監視してもらえればそれだけで興奮しますけどね。」
「……。」
「まぁこの変態は置いておいて…とにかくそういう事だから。何か他の報酬でお願い出来ないかしら?」
「そういう事でしたら…仕方ないですよね。うーん……何でしょうねぇ。」
神ともなれば大概の物は貢いでもらえそうだ。
テラが以前そんな事を言っていた。
そうなると、この世界で用意出来るもので報酬として適切な物はそうそう無い気がする。
ノア様が悩むのも当然だ。
「えっと…すぐに決めた方が良いでしょうか?」
「あ、いえ。こちらが不義理な事を言っていますので、ノア様のお好きなようにして下さい。」
「であれば、少しお時間を頂いても?」
「勿論です。思い付いたら呼んで下さい。」
「はい。かしこまりました。」
「……あ。でもノア様の方から連絡出来るんですか?」
「出来ますよ。『夢渡』というスキルがありまして…」
ノア様の説明によると、神や精霊の様な精神体が主となっている者には『夢渡』というスキルが生えやすいそうだ。
テラが使っていたのもこれだな。
『夢渡』は文字通り夢を渡る事の出来るスキルで、どれ程遠く離れた所に居ても関係無く飛ぶ事が出来るらしい。
中には世界や時間さえも超える使い手もいるそうで、このスキルを持つ者はいつの時代も神聖視されて来たのだという。
「なるほど。…では思い付いたら夢の中に来て下さるんですね。」
「はい。その時はお邪魔します。」
連絡方法も確認出来たので、そろそろお暇しよう。
ノア様が普段何をしているのか分からないが、暇という事も無いだろう。
「それじゃあノア様。また。」
「じゃあねー。」
「はい。能力を失って大変かとは思いますが、今後も無理のない範囲でこの世界を楽しんで下さいね。」
勿論だ。
厄介ごとが片付いたんだし、むしろここからが本番である。
テラと一緒に心ゆくまでこの神盤を堪能しよう。
まだまだ第二の人生は始まったばかりなのだから。
「貴方達の人生に、幸多からん事を。」
こちらに向けて手を振るノア様の姿が徐々にボヤけていき、俺達は神の領域から教会へと帰還した。
と、そこでふと気になってしまった。
「なぁ…。」
「ん?なぁに?」
「『夢渡』って、距離関係無く出来るんだよな?」
「当人の実力にもよるけどね。私ほどの者になれば地球一個分くらいの距離なら余裕よ。」
「…なら、魔法訓練って密着していなくても出来たんじゃないか?」
「……。」
「……。」
テラは聞こえないフリをした。
俺もそれ以上は何も言えなかった。




