第2話 対人戦 ー発現した予兆、そして決着ー
(ほう、あの構え、居合いだな)
ガゼルは、時宗の一挙一動に集中する。時宗の足元の土が爆はぜる。そして、ガゼルとの間合いが一気に詰まる。
(抜刀! 風斬り!)
「ちっ!速い!」
ガゼルは舌打ちして、すぐに大剣を地面に突き立てて、大剣の左側へ体をわずかに移動させる。時宗の放った横一線の斬り払いを大剣を盾にして防ぐ。剣同士がぶつかり合う大きな金属音が響いた。が、防がれた時宗は、その動きの流れのまま、大剣をなぞるように接触させたままの刀を払いきり、そのまま上へ飛び上がる。上段の構えに移行し刀を上から振り落とす。ガゼルはすかさず大剣を地面から抜き、大剣の腹を上へ向け、振り下ろされる斬撃も受け止める。しかし、受け止めた瞬間、ガゼルの膝を軋ませる程の圧力がくる。
「ぐっお!」
ガゼルは、その圧力を反動に変えて、時宗を押し返し、前方へ飛ばした。今度は、ガゼルがそのまま前方に飛ばした時宗を追うように、走り出した。大剣を振り上げ、斜め上から斬りかかる。後方に飛ばされた時宗は、着地と同時に上からくる大剣を刀で受け止め、すぐさま刀の先を下向きに変えて、大剣の軌道を逸らした。
(こいつ、俺の攻撃を上手くいなした。剣術は大したものだな)
軌道を逸らされた大剣は、地面に沈み小さなクレーターのような穴ができる。
「やっべっ!」ガゼルが一瞬苦笑いを浮かべる。
時宗は、軌道を変えたままの流れで、ごく自然に上段の構えを取り、振り下ろそうとしている。ガゼルは一瞬焦りを感じた。
(これまでの一連の流れ、おそらくあいつのイメージ通りのはずだ。大剣を地面に叩きつけた時点で、俺の体制が前のめりになって、隙だらけの状態だもんな)
時宗は刀を振り下ろす、ガゼルもまた前のめりになる流れのまま、素早く大剣を手放して前転して振り下ろされる刀を回避する。時宗の刀は空を斬った。前転して、起き上がるガゼル。すぐに時宗の方に向き直り、体術の構えを取る。しかし、時宗の追撃はなかった。
「・・・・やりますね。ガゼルさん。私は今ので決まったと思いました」
「へっ!生意気な事言いやがる。それはこっちの台詞だぜ。お前、俺の予想以上だよ」
ガゼルは不敵に笑う。
「剣を取ってください。再開しましょう」
時宗は、楽しそうだった。
不謹慎かもしれないが、血が滾りだした。強い人と戦うって―――こんなにも・・・。心がざわつく。今自分の中に芽生えている感情がなんなのか。よく分からないが、時宗の体から早く戦いたいという衝動が滲み出てきている。
時宗が地面に刺さっている大剣のそばから離れると、少し距離をとった。
「ああ、剣はもういらねぇよ――――俺は剣があまり得意じゃないんでな」
「得意じゃない??」
時宗は、何を言っているんだ?と思う。ついさっき、普通に剣戟をしていたじゃないか。
「なぁ、時宗よ。今からおれが『殺し合い』ってやつをその体に教えてやるよ」
ガゼルの雰囲気ががらりと変わった。時宗は、得体の知れない不安を感じた。
(なんだ? ガゼルさんの周囲の空気が変わったような・・・何をしようとしている?)
ガゼルは、仁王立ちして、時宗には聞こえないように小声で囁くように言う。
【我が肉体に宿り、その力を示せ。バーサーカー!】
そう言い終わると、ガゼルの体中に無数の文字のような模様が這うように動き回り、体の中に染み込むように消失した。
(あ、あれってもしかして!?)
(だとしたら、やばいぞ。筋肉が先ほどとは比較にならないほど、引き締まっている。じいちゃんの技と同じだ!)
ごくりと、時宗は生唾を飲み込む。体中から危険信号が飛び交っているようだ。
(しかし、迎え撃つしかない。けど、じいちゃんがやっていた技と同じ力なら不味いな。でも。。。)
時宗は覚悟を決めて、刀を構える。防御。とにかく防御だ。と時宗は心の中で決める。大丈夫、やってやる。耐えてみせる!!
「いいねー。その覚悟。俺はお前を気に入ってきたぞ。お前は、できれば殺したくない。死んでくれるなよ」
とガゼルは言い、右手の拳を絞り上げるように握り、わき腹あたりに構える。
「ふん!」ガゼルが突進してくる。
(っ!! な、ちょっ)
時宗は、慌てる。まともに言葉を言い切る間も与えてもらえない。刀を横にして、頭の上に構える。初めて、時宗は恐怖を感じた。死ぬかもしれない。時宗の頭上から巨大な岩が落ちてくるかのような感覚。ガゼルの手刀打ちが襲う。刀で受け止める事はできた。できたのだが。
「あっ!ぐぅぅう」
時宗は、刀を上に構えたまま、膝は折れ、地面にしゃがみ込む。いや、時宗ごと地面が陥没した。すさまじい威力。時宗は刀に亀裂が入ったのに気が付いた。
「ぐううう、ま、まずい!」
(刀が耐えられない、折れる!!)
刀の柄を掴み、峰部分を支えて手刀を受け止めてはいるが、刃の部分に接触しているガゼルの手に血が一滴も流れていない。逆に刀が折れる寸前であった。
「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!!!!」
先ほどと同じように刀の先を下方向に傾けた。時宗の筋肉が引きちぎれるような感覚、己の力の限界を超えたんじゃないかと思うぐらい力を出し尽くして、ガゼルの手刀の軌道をずらす。
「かっはぁ!」時宗が息を吐く。
地面が粉砕される。破片が周囲に飛び散り、周りにいた貴族や男達から様々な悲鳴のような声が上がる。時宗は、地面を粉砕した風圧で吹き飛んでいた。粉砕された地面の周りにできた砂埃が晴れてきて、ガゼルが姿を見せはじめる。時宗は10メートルほど吹き飛んで、立ち上がろうとしていた。
「はぁはぁはぁはぁ」
肩で息をして、必死に呼吸を整える。
(はぁはぁはぁはぁはぁ、か、体は、腕はある。両足も、骨は、、大丈夫。傷らしい、傷はないか)
(はぁはぁはぁ、しかし、か、体が、筋肉が痙攣している。。。ま、まずいな。思うように体が動かせない。。。どうする。刀は完全に折れてしまった)
(はぁはぁー、強いってもんじゃなかった。。。初めて恐怖ってものを感じた。くそっ!)
(この振るえも正直、筋肉の痙攣なのか、恐怖から来る振るえなのかよく分からない)
(あーくそ!どう考えても、次また同じ攻撃がきたら、僕はやられる。はぁはぁ……)
(くそ、こんなところで命を落とすわけにはいかない。旅立ってまだ数日しか経ってないんだぞ!)
(冗談じゃない。死んでたまるか!!――――まだだ。まだやれる)
「ははは、いいね。その目。まだぜんぜん諦めてない目だぜ」
ガゼルはうれしそうだ。
「俺のあの攻撃を凌いだのは、本当に驚いたぜ」
ガゼルは、自分の期待を遥かに上回った時宗に対して驚いていた。
「お前はもっと強くなるぜ。その目がそう言っている」
ガゼルはそう言うと先程までの纏っていた威圧感と殺気がすっと消えた。
(どうして? もう決着が着いたって事か? 僕はまだ生きているのに?)
時宗は問いかける。
「なぜ、止めを刺さない?」
「なんでかねぇー。まぁ、もったいないって事にしとけ」
「はぁ?」
「俺は、もっと強くなったお前と戦って決着をつけたい! 俺が全力を出して、戦いを心から楽しませてくれそうな、興奮させてくれそうな、そんな匂いがしたんだよ。お前からはな」
ガゼルは時宗が今より強くなったらもう一度再戦したいと心から思っている。それは本心だ。そして、なにより協力が得られれば、戦力に十分なりえると確信したのである。
(この人、戦闘狂なのか・・・・)時宗は、思った。
「それに、お前ただの人間じゃあるまい?」
「っ!」
「あぁーいやいや、お前が何者なのか知りたいわけじゃないぜ。ぜんぜん興味無いしな。俺は強いヤツだったら悪魔だって受け入れる。そういう人間だ」
「僕はあなたみたいな戦闘狂ではないけど」
「ボク? はは、なんだ「私」ではないんだな。年相応ってやつだな。お前にはそのほうが合ってるぜ」
「あっ! べつに、どっちでもいいだろ!」
初めてじいちゃん以外の人と接する時宗は、無理をして取り繕っていたが、思わず素を出してしまったことを少し後悔した。原因は、今もなお、収まらない心臓の鼓動の高鳴りだ。
死にそうになったっていうのに、この血が騒ぎたてるような、それでいて、少し心地よい気分になっている自分を不思議に思う。時宗が気づけるはずもない、あの戦いの最中、時宗の目、瞳の色が変わりだしていたことを。
そして、限界まで力を出したあの一瞬、時宗の目が、赤みを帯びていたことを。それは、龍人族の力の発現。その予兆。そして、今の時宗は、そのことが何を意味するのかも知る由も無かった。
「そんなことよりも、私をどうするんですか?」
自分がこの後どうなるのかが気になる時宗である。
「なんだよ。元に戻すのか? まぁいいか。――当然。お前も貴族達も俺達のアジトに連れて行く」
「まあ、奴隷ってやつだな。はははは」
ガゼルは笑った。
(冗談じゃない。すぐにでも逃げて旅を続けてやるぞ。)
時宗は決意を新たに、ガゼル達に捕縛された……。
次回『西方の国』