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龍戦記 ~龍を従える者~  作者: 龍神静人
第1章 青年期 ―邂逅編―
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第1話 対人戦 その1

 今は、集落から西に位置する森の中である。集落を出発した昨日から歩き続けて、一夜をこの森の中で明かした。太陽が顔を出してまだ間もない、少し肌寒い早朝である。


(懲りずにまた来たな)


 時宗の後方から忍び寄ってくる三匹の狼は、すぐそこまで迫ってきている。昨夜も狼に襲われて、返り討ちにしたばかりである。ちょうどいい朝飯にしてやる。と時宗は思うのであった。


 時宗は、刀の柄の部分を握ると狼達が飛び掛かってくるタイミングを見計らう。


 狼達は時宗が気がついたのを察知したのだろう、唸りをあげて徐々に近づき、そして、口を大きく開けて飛び掛ってきた。その口の端からはよだれを垂らしている。腹が減って、すぐにでも時宗を食ってやると言わんばかりである。


「ふっ!」


 振り向きざまに、横方向に切り払いを一撃目、そのまま刀の持つ手を返し、下から上へ振り上げて二撃目、振り上げたままのもう一度、刀の持ち手を返して上から下へ振り下ろして三撃目。常人の目で追えるかどうかという速度と流れるような太刀捌きで、同時に三匹の狼を切り裂く。狼達は絶命して地面に落ちた。


 時宗は、刀に付着した血を袖で拭い取り、刀を鞘に戻した。手際よく周辺の木々に纏わりついている蔓を適当な長さにちぎって、一匹の狼の足を縛り上げる。残りの二匹は地面に埋めて、合掌する。


(まぁこんなもんか)


 一匹の狼を担いで、再び歩き出す。少し開けた場所を探しだして、そこで朝食を摂る。周辺から小枝などを拾い集めて、火をおこす。手馴れた手つきで狼の肉を捌いて、木の枝に差し込んで、串焼きにする。

剥いだ毛皮も火の燃料として使ってしまう。程よく焼けた香ばしい香りがあたりに充満すると火から上げ、肉を口に頬張る。


(ただの肉の味だけど。腹を満たすには十分だな)


 朝食を食べ終わる。そして、時宗は再び歩き出す。目指すは森を抜けた所にある広い平野だ。

そこから、村を探して今夜は泊めてもらうつもりでいるのであった。


□□□


 今歩いているこの森は、大人の背丈の10倍は優にあろうかという木々が生い茂っており、その木々の葉で空はほとんど見る事ができない。太陽の光も遮られており、日中でも薄暗いため、白夜とは正反対の【極夜(きょくや)の森】と呼ばれている。


 時宗は、剣術の鍛錬でよくこの森に放り込まれては三日三晩、森にいる獣達を相手にしていたので、先程のようなことはもう慣れているのだ。


 今は春。暖かいそよ風が心地よい季節だ。しかし、この極夜の森は、日の光が当たらないため風が吹くと肌寒く春を感じることなどできない。秋口に近い感じなのだ。


 時宗は、馴染みのある道順を辿って、森の出口を目指す。もう、この森は自分にとっては庭みたいなものだ。と時宗は思っている。しかし、この極夜の森は時宗が思っている以上に広大だ。

 はるか上空から見下ろせば、川のような曲がりくねった形をしている。幅だけでも歩くと丸1日は経ってしまう程である。それが、ずっと北の方へ伸びている。とにかく世界最大の面積を誇ると言われている森である。そんなことは露知らず、時宗は森の幅がそのまま森全体の大きさだと思っている。この森が北へ川のように続いているなどとまったく知らないのだ。


 森の中は基本的に平地でいろいろな草が生い茂っている。

 時折高く連なる岩場があったり、川が流れていたり沼地があったりとその表情は豊富だ。そのため、いろいろな生物も生息しているのである。

 場所によっては、魔獣と出くわす事もあるのだ。どんな生物がいるか未だ不明なのだ。

そのため、普通の村人が入れば十中八九、獣の餌になってしまうだろうと言われている。



 時宗が黙々と森を歩き続けてしばらく経って、ようやく森を抜けようかと言うところで、何処からとも無く小さな悲鳴のような声が聞こえた。


 時宗は、目の前に見えている森の出口まで走り出した。


 そして、森の外へ出ると太陽の光が照りつけて、時宗を出迎える。時宗は眩しそうに手を額にかざしながら、外の光景を眺める。そこは一面草が生い茂り、所々に大小様々な岩が転がっている平原であった。


 時宗は目を細めつつも、その悲鳴があったであろう方向へ視線を送る。


(あれ、あんなところに村がある)


 時宗は、小さな不安を抱きつつもその村に向かって移動し始める。

もちろんこっそりと気配を消して近づく。ある程度まで近づいて、岩影に隠れ、様子を窺う。


 村にある広場に、20人程の村人らしき人達が集まっている。女、子供も含まれている。

その周りを囲むように、武器を持った屈強そうな6人の男達が立っていた。そして一人の女性がしゃがみ込んでいた。


(さっきの悲鳴はあの人かな。。。それにしてもこれは状況的にまずそうだ)

当然、助けたほうがよいだろう。と時宗は考えるのである。


 しかし、少し気になるのは男達に殺気が感じられない事だ。もう目的は達成したって事だろうか。と時宗は思った。これから、皆殺しっていう雰囲気でもない。


(もう少しだけ、近づきたいけど、さすがに気づかれるかな)


 すると、一人の男が口を開いた。


「やっとみつけたぜ。貴族様よ。まさかあんたらも国から落とされていたとはな」

「しかもこんな東の果てまで逃げてくるとは。よく生きてココまでこれたもんだ」


 その矛先となった貴族と呼ばれた男性が少し声を震わせてその男に問う。


「き、貴様達は、いったい何者だ!我々に何のようだ?」


「ちっ、俺の顔をみても思い出さないか。まぁー当然か。俺の事なんぞ、気にも留めていなかったって事だもんな。領民の事なんて、てめぇーらにとっちゃ家畜同然だもんな!!」


(貴族?領民?ってことは、西方の国の人達なのか?)

 時宗は西方の国にある独特の身分の名称を聞いてそう思った。これでも知識だけならある程度は昔から教わっているのである。


「っ!? お、おまえ、私の領地の領民なのか?」


「そうだ。そして、お前に娘を奪われた!!お前だけは絶対に許さねぇ」


「娘の父親!?そうか、私を追ってきたというのだな」


「そうさ、娘の居場所を教えろ!じゃなきゃ、今ココで、ぶっ殺してやる!!!!」っと男が興奮して、武器を振り上げる。


「まあ、待て。ここでこいつを殺しても意味ないだろ? キース。少し落ち着け、お前の目的は娘の居場所だ。こいつをただ殺すだけではなかったはずだ」


 一人の男が、落ち着き払った様子で冷静にキースの行動を止める。


「あ、ああ、すまない。どうしてもこいつを目の前にすると、自分を抑えられない」


 キースは申し訳なさそうな表情をした。


(なんか、囲まれている人たちの方が悪者なのか?)


 そう、時宗が思っていると。


「おい! そこでコソコソ隠れているやつ! そこから出てきたらどうだ。いるのは分かっているんだぜ」


 キースを止めた男が、声を張り上げる。


(っな!? まさか、気づかれた? ちゃんと気配は消していたのだけど、なぜだ?)


「ほらほら、諦めて出てこい。別に危害は加えねぇよ」


 時宗は、その言葉を信じるほど馬鹿ではない。

 しかし、少し考えた後、岩陰からゆっくりと姿を現した。


「これはこれは、東方の国の人間だったか。てっきり、この貴族の仲間かと思っていたが、予想が外れちまったな」


 龍人族の容姿は、東方の国の人間と同じなので、普段は見分ける事は不可能だ。ただ、唯一の特徴を挙げるとしたら、目である。

 ある条件下で、その瞳の色は赤みを帯びた艶のある色に変色する。しかし、存在自体がほとんど知られていない種族であるため、その姿や瞳をみても龍人族であると分かる人間はこの世界でもごく小数だろう。


 今の時宗を見てもただの東方の国の人間にしか見えない。服装は、黄ばんだ白い布の上衣に黒い羽織を身に着けている。そしてひざ下までの袴らしきものを履いており、脛の部分は肌をさらしており、足には草履を履いている。そして、背負い鞄を身につけ、刀を腰に下げている。ほぼ丸1日、森の中を歩き続けていたため、とても汚れているのだ。誰が見てもみすぼらしい姿にみえるだろう。


「・・・・・」時宗は黙っている。


(な、なんていえばよいのか?)


 これが時宗にとっては、外の世界で初めて出会った人間である。どう対応したらいいかよく分からなくなっていた。。。


「おまえ、なぜココにいる?」


 すぐに男が聞いてきた。時宗にとっての助け舟である。


「た、旅の者です。小さな悲鳴が聞こえたので、森を抜けてみれば、あなた方がいました。で、なにやら荒事が起きるのではと思い、気になり様子を(うかが)っていました」


 男は、一瞬、腰の刀に視線を動かしすぐに戻した。


「ほう、荒事になった場合は、止めたのかな?」


「え、ええ、おそらくは」


「なるほど。まぁーこの光景を見れば当然だな」


「で、どうするんだ?俺らと戦って、この貴族様を守るか?」


(・・・どうすると聞かれても、出てこいと言われたから仕方なく出てきただけでどうこうするつもりはないのだが。どうするか。・・・・とりあえず)


「一つ教えてください」


 時宗はさっきから考えても答えの出ない疑問を口にする。


「なぜ、私が隠れていることがわかったのですか? 気配は完全に消していたはずですが」


 男は笑う。

「ははは、あれで気配を消したつもりだったんなら、修行が足りないぜ。小僧。完全に気配を消せるやつは、それこそ暗殺業を生業にしているヤツぐらいなもんだぜ。あれじゃあ、俺には通用しねえよ」


 男がそれまで纏っていた雰囲気を一瞬変えた。時宗は、それを感じ一瞬思わず一歩後退しようとしてしまった。


(こ、この人――。今、殺気ではないけど、すごい威圧感を感じた)


「ほう」男はなにか感じたのか意味ありげ感心する。


「あ、あなたの最初の質問に答えるためにもう一つ、その真ん中にいる方々をどうするつもりですか?答えによっては私の答えも変わります」


 男は、何か思いついたような表情をして言った。


「女子供は、連れ帰って奴隷だな。男は尋問して、用済みになれば殺す」


 真ん中に集められている人々から、怯える声が聞こえた。


「通りすがりとはいえ、それを聞いて見過ごす事はできないです」


「俺と戦うか?」その男は好戦的な笑みを浮かべる。


「そうせざるを得ないならば」


 男はニヤリと笑う。


「そうか。じゃあ、やろうぜ。おい!」


 他の男を呼ぶ。呼ばれた男は、大剣を重そうに担いでその男に手渡した。そして、小声で耳打ちする。


「ガゼル。本当に戦うのか?相手は見た感じまだ未成年だぞ」

「だが俺の見立てでは、お前らよりは強いぞ」

「っ!? 冗談だろ?」

「それは戦いをみればわかるさ。――――まぁ、俺よりは弱いがな」

「殺すのか?」

「いや、半殺しにして捕まえる。少し興味が沸いた」

「え、いや、たった今会ったばかりの奴だぞ?」

「俺の勘は、良く当たる。あいつは、事情を話せば力を貸してくれるかもしれねえ」

「その根拠がわかんねぇ」

「いいから、下がっていろ」


 男はどこか納得しない様子でガゼルから離れる。


(なにコソコソ話しているんだ? 何か企んでいそうだな。)


 そう時宗が思った時、地面が少し揺れたような重い音がした。ガゼルが大剣を地面に突き刺した。そして、男は名乗った。


「俺は、ガゼル。薪割りのガゼルだ。――――おまえは?」


「――――時宗」


 時宗は、そう名乗る。そして、直後にじいちゃんの言葉を思い出していた。


『いいか、外の世界に出るのはワシも賛成じゃ。止めはせん。しかしな。これだけは守りなさい。自分が龍人族であることは決して他人に言ってはならんぞ。よいな』


 理由は、東方の国以外にも龍は存在しているのだが、その生物は【ドラゴン(竜)】と呼ばれ、恐ろしい怪物として伝えられているらしい。そのため、その関係の種族だと分かれば、最悪狩られるぞって事なのだ。


(龍人族とは、間違っても言えないな。。。)


「時宗か。今時にしては古風な名前じゃねえか。――楽しませてくれよ」と、ガゼルが大剣を地面から引き抜き、構えた。


「っ!」

 時宗もすかさず刀を抜いて、中段の構えをとる。


(やっぱり、大きいな。―――構えは下段の構え、あれだけ大きい剣だから持ち上がらないのだろう・・・ってそんなわけないか。うむ。あの剣、両刃かな。西方の国の剣は初めてだ。どんな攻撃をしてくるのか。イメージしづらいな)


 時宗が見慣れない武器について考えていると、ガゼルもまた時宗を品定めするように見つめている。


(俺の見立てでは、剣で(・・)本気を出してもあいつは五分(ごぶ)で戦ってくれるだろう。興味があるのは、あいつの戦い方と心構えってやつがどれ程のものかだな。見た感じの印象じゃあ、対人戦は初めてとみた。殺気がまるでねえ)


「小僧、俺を前にして、殺気もないそのゆるい感じは命取りになるぜっ!!」


そう言うのと同時に、男は大剣を下に向けたまま、踏み込んで間合いを詰めてきた。


「っ! くっ!」


 時宗は反射的に状態を後ろに反らす。男の大剣が足下から頭部目掛けて、振り上げられる! 大剣の軌道が顔のすぐ隣を通り過ぎた。


「くっ!」


 時宗の頬に浅い裂傷ができ、血が頬を伝って顎から滴り落ちる。剣の風圧もあったのだろう、二,三メートルほど飛び退いて、距離をとるが、余った勢いで尚も後ろへ下がる。


 両足を踏ん張り、地面に左手をつけて、すべるように勢いを止める。間合いを詰める速さには驚いたが、ちゃんと反応できた。大丈夫、鍛錬の成果は出てる。


(しかし、なんだ? 今の攻撃は。剣を下から上へ振り上げた!? もしかして、下から上ということは、股から頭部にかけて真っ二つにしようとしたんではなかろうか。なんて、えげつない攻撃をしてくるんだ)


 時宗は、思わずジトっとした目つきでガゼルをみてしまう。


「いいねぇ。今の攻撃をかわすか。反応はいいじゃねーか。期待通りだ」


 それよりもこの人、楽しませてくれよって言っておきながら、いきなり即死級の攻撃を放ってきた。楽しむんじゃなかったのかって言いたい! それとも、これぐらいは避けられると踏んだのだろうか。もし、そうなのだとしたら、自分の実力を認めてもらえたようで、ちょっとうれしいかな。


「小僧、何をそんなに嬉しそうな顔してるんだ。今ので血でも騒いだか?なら、俺と同じで戦闘狂の素質があるぜ」


(ちがう!!)


時宗は、心の中で強く否定した。


「次は私からいきます!」

「いいぜ、こいよ!」


ガゼルが腰を落として構えなおした。


「ふぅ~」


 時宗は、深く息を吐くと、右足を前に、左足は後ろへ、拭いた刀を鞘に戻し、腰を低く落とし、右手で刀の柄をつかんで、居合いの構えをとる。前方に重心を傾け、一気に蹴り、相手の間合いを一瞬で詰める!


(抜刀! 風斬り!!)


時宗はそう心の中で叫ぶ! なぜか急展開ではあるが、時宗にとっての初めての対人戦の幕が上がる。



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