第12話 商人と盗賊
何処までも見渡せる広い平野の中、一本線の整備された砂利道の上を馬車が走る。現在、時宗とイリスは関所で借りた馬車に乗って一路王都に向かっていた。
関所から王都までは、馬車で三日程の距離である。関所を出発して、途中幾つかの小さな村々を通過して半日が経った頃である。
「出発して今まで一度も魔獣に遭遇していないけど、国に入ってしまえば、魔獣の類はいないのか?」
「そうね。今いる場所の様に人の手が入った地域には滅多に姿を見せないわ」
後部の車両から顔を出している時宗の問いに、二頭の馬の手綱を握っているイリスが答えた。
国内にも魔獣は生息しているが、下の大地と比べれば随分数は少ない。隆起してから途方もない年月が経過する中で、人間が魔獣をほとんど狩りつくしていた。
「もう少し進むと小さな村があるわ。今日はそこで夜を明かしましょう」
もうすぐ日も暮れそうな時間帯である。時宗達は少し早いが今日の寝床となる場所を決めてそこに向かう。夜の移動は真っ暗になるので、安全のため日が沈んだら移動は終えようと二人で決めてあるのだ。
しばらく、馬車を走らせると小さな村が見えてきた。
村の入り口で馬車を止めて、イリスと時宗は馬車を降り、村の中に入っていく。村長に会い、旅の途中で今日はここで夜を明かしたいと頼んだ。村長は快く許可を出してくれた。イリスは少しばかりの気持ちとして、銀貨一枚を村長に渡した。村長は最初は断っていたが、何度か押し問答してようやく受け取った。
村の隅にある川辺に馬車を移動させて止める。馬は川のすぐ傍まで連れていき、好きなだけ水を飲ませて、縄を近くの木に括り付けた。
「明日は僕が馬の手綱を引くよ。疲れただろ?」
「そうね。お願いしちゃおっかな。それより少し早いけど夕食にしましょ」
「そうだね。準備しよう」
食料は三日分。関所のお店で仕入れた。主に煮て食べる豆類をメインに小ぶりの野菜と細かく切った肉。そして大きな水筒に入れた水。どれも必要最低限の量に抑えてある。王都までの道中にはいくつか村や町があり、いざとなればそこで夜を明かせるし食料も手に入る。このまま順調に寄り道せずに進めば、明後日には王都に着く予定だ。
「イリスも火おこしできるんだね」
「当たり前でしょう。こう見えても修行で森に何日も籠ることもあるんだもの。これぐらいできるわよ」
「そっか。頼もしいね」
そう言って時宗は馬車から持ってきた食材を小さな鍋に入れる。1日目の夕食は豆と肉と野菜を入れたスープである。味付けはお店でお勧めだと聞いた鶏肉からとった出汁の乾燥させた粉末だ。イリスもお勧めだと言っていたので時宗は購入することを決めた。
(この食材もいま乗っている馬車代も全てイリスがお金を払っている。順調にイリスからの借金が増えているなぁ)
イリスへの後ろめたい気持ちを抱きながら、時宗は鍋の中でぐつぐつと煮えている具をかき混ぜる。
スープがいい具合に出来上がり、鍋を囲んで時宗とイリスは食事をとる。
「ねぇ、イリスは王都で生活しているんだよね。何をしてお金を稼いでいるの?」
「あたし? そうね。この前のトキムネの質問の答えにもなるんけど、言っちゃうか。あたしね、王国の近衛騎士団の候補生なの」
「え!? それって本で読んだことあるぞ。王を守る直属の騎士団でしょ?」
「そそ、すごいでしょ? だけど入りたくて入団したわけではないけどね」
「そうなの?」
「だって、あたしは、将来は世界を旅していろんな場所を巡りたいんだもの」
「そっか。僕も知らない世界をいろいろ知りたいから同じだね」
「ふふふ、いつか一緒に旅ができたらいいわね」
イリスはそう言いながらすっかり暗くなった夜空を見上げた。
■■■
日の出と共に出発した二人は、順調に王都への道を進んでいた。天気にも恵まれて、心地の良い風を受けながら馬車を走らせている。昨日、話した通りに今馬の手綱をもっているのは時宗である。イリスは後部の車室で寛いでいた。
しばらく馬車を走らせていると、前方に停車している馬車が見えた。そして、馬車を取り囲むように馬に乗った男達がいた。
「イリス! あれを見てくれ」
「どうしたの?」
イリスは馬車の車室から頭を出して、進行方向を見る。
「ああ。あれ盗賊に襲われているわね」
「やっぱ、そうだよね。助けよう」
「う~ん、ちょっと馬車の速度を落として様子を見ましょう。余り関わりたくないかも」
「え!? そんなこと言ってる場合じゃないと思うけど」
「いいから! 別に見捨てるって言ってるわけじゃないわよ。時宗はまだ知らないでしょうけど、この国にきたら、誰でも助けるって言う考えはよしなさい。本当に面倒ごとに巻き込まれる時もあるから」
「・・・イリスがそういうなら」
時宗は、馬の手綱を引き馬の速度を落とした。
少しの間、様子を窺って分かったことが、襲われているのは商人で、どうやら盗賊は積荷目当てで襲っているようだった。商人側が雇ったであろう傭兵たちは、ことごとく倒されてしまっている。もうのんびり様子見をしている場合ではなくなってきていた。
「行こう! さすがにもうやばい」
「そうね、商人相手ならお礼にいいものが期待できるかもね」
時宗は、馬の手綱を強く叩き、馬を走らせる。いつの間にかイリスは時宗の隣に座って戦う用意をしていた。
「近くに着たら、回り込んで馬車を止めて! あたしは飛び降りて盗賊を始末するわ」
「了解!」
盗賊達は、馬車を全速力で走らせて向かってくる時宗達に気がつき警戒する。馬車は盗賊達を避けて回り込む。と同時にイリスが馬車から飛び降りて、まず一人盗賊を殴り倒す。
「さぁーどうする? あんた達! あたしが相手になるけど」
イリスは、もしかしたら盗賊達が自分を知っていて怖気つくことを期待して言い放った。そして、それは的中した。
「ちっ! アイリスかよ。近衛騎士団の秘蔵っ子」
「国に睨まれるのは、ごめんだ。おい撤退だ! 撤退!!」
そう言って盗賊達は、あっという間にその場からいなくなった。
「な~んだ。張りないないわね」
「い、イリスって本当に凄いな……」
しかし、イリスの予想外だったのは、助けた商人もなにやら挙動不審になっていた。
「大丈夫でしたか? 何か奪われたものとかあります?」
時宗が商人にそう尋ねると商人は汗を垂らしながら答える。
「え、えぇ。おかげで助かりました。あ、ありがとうございます。でわ。急いでいますので、失礼ですがこれで」
商人は、なぜかすぐにでもこの場を離れたがっているようだった。
「ちょっと! 待ちなさい。なんでそんな慌てるようにいくのよ。怪しいわね」
「な、何をおっしゃいますか。アイリスさんに助けていただき感謝していますとも、しかし本当に急いでいるのです。盗賊に足止めされて時間を浪費してしまいました」
「あたしの事を知っているのね……」
「あなたを守ろうと犠牲になった彼らをそのままほったらかしにするの?ひどくない?」
「そ、そうですね。では後ほど遺体を回収しに来ます」
そういうと、商人は馬車に乗り込み、馬を急発進させた。その際に後ろの馬車小屋の天幕がヒラリと舞って中が見える。そして、一瞬だが時宗は、一人の女性と目が合った。
「っ!?」
時宗はそれを見て不振に思った。
(一瞬、中が見えたけど、あれって女の人たちだったよな。檻の中? 捕らわれているようにみえたな)
「ふぅ、そういうことね。盗賊達が悔しがって撤退したのも理解できたわ」
「え、どういうこと?」
「奴隷商人よ。あいつ。だからあたしを見て、そそくさと逃げて行ったのね」
「奴隷商人って、じゃあ中に乗っていたのは――」
「奴隷にされたエルフね。――あぁ~~もう! 助ける相手を間違えたかも!」
「エルフ? じゃあ彼女達は」
「王都の闇商人達のオークションで売られる商品ってところね」
「くっ、そうだったのか。たす……」
「助けるなんて、考えないでよ。トキムネ。あんたが他人を助けたがるのはわかったけど、相手が悪いわ! 奴隷エルフはかなりの高値で取引されるわ。下手に手を出してみなさい。殺されるわよ」
「・・・・」
「人助けも大概にしないとね。なんでもかんでも助けられる奴は勇者ぐらいなものね。そんなやつ居ないけど」
「わかってるよ。僕だって見境なく人助けをするつもりはないよ」
「本当かしら? さっき助けなきゃって言おうとしてなかった」
「・・・・・・」
「王都では、助ける相手を間違えると、あっという間に悪者扱いされたり、命を狙われるわ。心しておきなさい」
「・・・・」
時宗はうなずいた。しかし、時宗は、目があった彼女がこの後どんな目に合うのか心配してしまう。助けられなかった自分の心の中に罪悪感が灯ってしまうのであった。時宗達はその後、もう一日費やして漸く王都のすぐ目の前まで到着したのであった。




