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「私の部屋の隣を使ってもらいましょう。浴室とお手洗い、そしてリビングとキッチンです。こんなところですかね。」
敦は今、ヴェリックに家の中を案内してもらっていた。テレポートしてから一度も外に出ていないのでまだ外観を見ていなかったのだが、広々していて部屋数もなかなかにあった。
(居候させてもらうとなると家賃と光熱費、食費なども払っていかないと…と考えていたけど、これはだいぶ稼がないと払えない可能性が出てきたぞ。)
この世界にトリップするまで一般的なサラリーマンだったのだが、ヴェリックの家は将来建てるのが夢だったマイホームの理想よりも遥かにグレードの高い家だった。家賃相場もわからないくらいにレベルが違いすぎて呆けてしまった。
「すごい立派な家…。もしかしてヴェルさんってお金持ち…?」
「魔法使いは一般的な冒険者より稼げるようですね。この家は建築ギルドに依頼したらこの様に。部屋数はありますが、特に使っていませんね。」
「 ヴェルさんは魔法使いなんですか。建築ギルドってことは…もしかして、他にもギルドというのがあったりするんですか?」
「えぇ、あまり興味が無いので全部は知りませんが…。」
ヴェリックの話によると、魔法、冒険者、建築、商業、鍛冶など様々なギルドがあり皆どこかに所属していて、中にはいくつか掛け持ちしている人もいるようだ。
(日本でいう会社みたいな感じかな。魔法は使えないし、いきなり冒険者になれる自信もないけど…いろいろあるみたいだ、探せば何かしら仕事は見つかるかな?)
「ヴェルさん俺も所属できるギルドを探したいんですけど、ギルドってどこに行けばありますか?」
「各ギルドの本部はアーテリアの中心部にありますが…所属するには身元の保証がないといけませんね。」
「身元…ってことはもしかして、俺は働けない可能性が…?」
久しぶりの就職活動になるな、とソワソワする気持ちになっていたが、身元の保証という異世界から来た敦にはどうしようもない問題が発生する。
「異世界から来ました。って言ってもダメそうですよね…。どうしたらいいんだ。ヴェルさん何か良い案があったりとかしませんか…?」
「そうですねぇ…。あることをすれば、働けるようになりますね。」
「えっ、あるんですか!あることってなんですか?」
初っぱなから問題発生でくじけそうになったが、解決策があると聞いて気分が急上昇した。基本的には前向きなのだ。
「結婚です。」
「なるほど、結婚ですか!…って、えっ、結婚?結婚って…男女が夫婦になるやつですか?」
「男女だけではありませんが…その結婚です。」
「結婚、ですか…。」
なんということだろうか。異世界に来て仕事を探すのも大変そうだというのに、その仕事を探すためにまず結婚をしなければいけない。元の日本では結婚どころか彼女すらいたことがない敦にはとても高いハードルだ。
「ヴェルさん…どうしましょう。俺、就職するよりも異世界に帰る方法探した方が早いかもしれないです…。」
こればかりは敦が前向きだろうと関係ない。結婚するにはまず相手を探すところからだが、仕事もしていない上に異世界から来た得たいの知れない者と結婚する人なんかいるだろうか。
(普通は結婚しないと思う…。前途多難すぎる…。)
「アツシ、考えるのはご飯を食べてからにでもしましょうか。」
「すいません…。」
落ち込んだ敦だったが、ぐぅっと腹の虫が鳴ったので大人しくキッチンへと向かうヴェリックの後を追った。
リビングには6人掛けくらいの大きさのテーブルと椅子が2つ。椅子の数を見てあまり来客がないのかと考えつつリビングを横切り、何か手伝える事がないかとキッチンに向かう。
「たしか魔冷蔵庫に肉と野菜が置いてあったはずですね。」
「もしかして魔冷蔵庫って…中の物を冷やす箱状のものだったりします?」
「そうですね。そちらの世界にもありますか?」
「呼び方は冷蔵庫、なのでちょっと違いますけど…あ、やっぱり。見た目も中の冷気の具合もそのまんまです。」
ヴェリックと話しながら冷蔵庫、異世界では魔冷蔵庫と呼ぶものの中身を一緒に見てみる。生鮮食品と野菜室の温度も微妙に違う点をみても日本のものと異世界のものも変わりがないようだ。
「ヴェルさん、この野菜の名前って何ですか?」
ジャガイモにそっくり、というよりジャガイモにしか見えない野菜が目に入ったので質問してみることにした。魔冷蔵庫のようにもしかすると他の物も似たような名前かもしれないと思ったのだ。
「それはジャガイモですよ。今あるやつですとニンジン、タマネギ、ニラがありますね。」
予想した通り同じだった。食べ物以外では名前が違うものもある可能性はあるが、これだったら一から覚えないで済むな、と安堵のため息を吐く。物覚えは悪くない方だと思っているが世界が違う分、少しずつでも全てを覚えていかなくてはいけない、と力が入っていたのだ。
「まだ見ていないものの方が多いですけど、日本と同じ名前のものがあって少し安心しました。ヴェルさん、良ければ俺に何か作らせてもらえませんか?」
「作って頂けるなら喜んでお願いしますね。この間依頼の報酬としてこの野菜を受け取ったものの…私は普段料理をしないので困っていましたからね。助かります。」
「じゃあ早速作ります。どの食材を使っていいですか?」
「どれでも好きに使って頂いて良いですからね。」
亮と二人暮らしをしていて家事は分担制だったため、料理はある程度作れる。洗濯や掃除なども苦に感じたことがないので、独身の同僚や友人からはいつでも嫁に来ていいぞ、なんて冗談を言われていたな、と思い出が甦る。
少し懐かしさを感じて寂しくなったが、今はヴェリックに満足してもらえるように美味しい料理を作ろうと気を取り直し食材選びを始めた。
野菜がたくさんあったので野菜炒めと、調味料類も思ったより豊富だったので肉は火を通して味噌と醤油、みりんを合わせてタレを作り、肉と絡めて軽く炒めた。いつも冷蔵庫にある物を使っててきとうに作っていたので料理名は無い。男の料理、と格好よく言っておく。
「お待たせしました。お口に合えば良いんですけど…。」
「良い香りがしますね。美味しそうです。それでは頂きましょうかね。」
皿の場所を聞いたらヴェリックが教えるついでに出来上がった料理を運ぶのを手伝ってくれたので、二人でリビングのテーブルに並べ、向かい合って座る。
「初めて食べる味ですが…とても美味しいですね。アツシは良い妻になれますね。」
「お口に合ったみたいで良かったです。ヴェルさんもそういうお世辞言うんですね。ふふっ。」
「お世辞ではないのですが…。」
ヴェリックの見た目は雰囲気も相まって初めて見る人は冷たい印象を受けると思う。冗談も言わなそうな感じだ。俺は初対面が命の危険を感じるものだったので余計にそう思うのかもしれないけど。クールビューティーとでも言えばいいだろうか。そんなヴェリックにお世辞でも褒められて嬉しくなった。
ところで話は変わるが、この世界には電気が無いらしい。魔コンロにつまみ部分が無かったのでヴェリックに使い方を聞きに行ったら『魔石に魔力を軽く流せば火が出ます。火力を調整したい場合は注ぐ魔力の量をその都度変えると出来ますね。』と言って火をつけてくれた。
良く見たら魔冷蔵庫にも魔コンロにも、魔石と呼ばれる赤い手のひらサイズの宝石のようなものがついていた。魔石がついているものは総じて魔道具と呼ばれていて、軽く魔力を流せれば子供でも使えるように作られているそうだ。
この世界の人達は皆魔力を持って生まれてくる。魔力量は人によって限界が違うらしく鍛えれば増える事もある、とヴェリックに教えられた。
「魔力か…。あれ、俺も魔法使えるようにならないと満足に家事もできないんじゃ…?」
「そうですねぇ…。アツシの魔力を測ってみましょうかね?」