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ーーー…つし。あつし。
「敦!起きてくれ、敦!」
名前を呼ぶ声と共に身体を揺さぶられ驚きで目が覚めた。目を開けると俺の兄である亮の顔があった。
「っ、あ、兄貴!?」
意識をなくす前にもう会えないかと思っていたのに、目の前にいる。嬉しすぎて涙がどんどん溢れてくる。
「兄貴がいるよぉ…。俺、こんな歳になって恥ずかしいんだけど、すごい怖い夢見た。いきなり異世界にトリップしちゃって、もう兄貴にも友達にも会えなくなる夢。」
無事に日本に、元いた場所に帰れた。だって兄貴が目の前にいるんだから。あれは夢だったんだ。そう思ったら安心感で満ちていき、弱った心の内を吐き出してスッキリさせようと涙は未だに止まらないが、気にせず亮に話し始めた。
「俺さ、兄貴とテレビ見てたじゃん。いつ寝たのかわからないんだけど……。」
異世界トリップしてからの出来事を事細かに説明する。
「夢だってわかったから言えることだけど…あのお兄さんすごい良い香りだったんだよね。抱き締められた時になんでだか安心できて…最初に殺されそうになったのに安心できるって俺おかしいのかな。」
全て話し終わり、心の中で思った感想までしっかりと亮に話してしまった。胸の中に渦巻いていた不安がなくなり、良い歳をして夢見が悪くて号泣するなんて、と笑えてくる。
「敦…無事で良かった!」
うんうんと話を聞いてくれていた亮が俺の手を握る。普段から優しい兄にしては珍しく痛く感じる程に力が込められている。
「兄貴…?えっと、寝起きでこんな変な事話してごめん。兄貴が聞いてくれたからもう大丈夫になったよ。ありがとね。」
亮は心配性だ。俺が中学、亮が高校の時に両親が事故で亡くなりそこから二人で生活してきたためか、保護者として過保護な部分もある。俺に何かないようにと心配してくれていたのがわかっていたので、いつも感謝しているが、亮からすると俺も心配性らしいのだが。
こうしてメンタルが強くもない俺は今でも度々亮に甘えてしまうところがある。これは直さなければ、と思っているのだが癖がなかなか抜けないもので、それが余計に亮を心配性にしてしまっている。
亮に話せたおかげで涙は止まった。目元に垂れていた涙を拭い、改めて亮を見る。よく見ると亮の後ろに身長が軽く2mを越えているであろう男性が立っていた。
「敦が無事で本当に良かった…。」
「兄貴、後ろにいる人は…?」
高身長男性の銀髪は夢で会ったお兄さんを思わせたが、目の前の男性は短髪で身長に見合うがっしりとした筋肉がついている。表情も変わらず黙っていると怒っているように見える。どこかの軍に所属しています、とか言われたらものすごく納得できそうな雰囲気だ。
「あのね敦、落ち着いて聞くんだよ?お兄ちゃんがいるから大丈夫だからね。」
「え?うん…。」
「ここは日本じゃない。俺も敦と同じであの時ここに来てしまったみたいなんだ。ちょっと色々あって大変だったんだけど…こちらにいるメアさんが助けてくれたんだよ。」
そう言うと高身長男性、もといメアは亮の横に置いてあった椅子に座る。
「メアだ。リョウのことは責任もって俺が養う。」
「初めまして。弟の敦です。…養う?」
「あぁ、俺が拾ったからな。金銭面では心配は不要だ。」
「えっと…。」
メアはこれで話は終わりだ、というように腕を組んで黙ってしまった。静かな人みたいだ。それよりも、夢だと思ったのに異世界トリップは現実のものだった。もう会えないと思っていた亮がいたので、俺の心はだいぶ落ち着いていたが。
「敦、まだ戸惑っていると思うけど、帰る方法が簡単には見つからない以上、ここでどうやって暮らしていくのかを考えなければいけないよ。」
「そんな…。どこになにがあるかもわからないんだよ?どうやって暮らしていくの?」
「仕事はすぐに見つからないかもしれないけど。幸いメアさんが手助けしてくれるって言ってくれているんだ。何か自分に出きることを見つけて、この恩を返せれば、とお兄ちゃんは思っているよ。」
「俺、兄貴みたいにそんなすぐに考えられないよ…。」
「敦…。」
目が覚めて亮がいたから、夢だと思った。なのにここは日本ではなく異世界のままで。帰れないならここで暮らしていくために頑張らなければいけない、というのは頭で理解しても気持ちはそう簡単に納得できない。
「でも…そうだよね。お金を稼がないと生活できないのは身に染みてわかっているもん。」
納得はできないが、生活する上でお金は必要になってくる。ここは亮と一緒に仕事を見つけてここでの暮らしに慣れていく事を考えるしかないだろう。
「メアさん、お世話になります。俺、兄貴みたいに器用じゃないので迷惑かけてしまうと思いますが、なるべく早く仕事を見つけられるように……えっ?」
俺も男だ、兄貴にばかり負担をかけていられない。そう思い気合いを入れてメアに挨拶をしていたら急に身体を引っ張られ、メアと亮の逆方向、真後ろを向いていた。
「アツシ、私のことは無視ですか?」
「っ、銀髪イケメンのお兄さん!?」
(何で気づかなかったんだ!?)
ベッドに腰かけているとばかり思っていたが、実際に俺はお兄さんに腰かけていた。というより小さい子供のように抱っこされていたようだ。
今は亮達と逆方向を向かされている。つまり銀髪のお兄さんと向い合わせで抱き合っているような構図になっていた。
「えっ、えっ!す、すいません。すぐに降ります…ぅひゃっ!?」
変な声を出してしまったのは銀髪イケメンのお兄さんが抱き締めてきたからなのだが…スキンシップが激しすぎる。密着することに慣れていない俺は顔に熱が籠ってくるのがわかった。
「お兄さん、ちょっ…。」
「ヴェリックです。あなたは特別にヴェル、とでも呼んでください。」
「ヴェリックさん…?あの、ちょっと、近いです!離れてもらえると…。」
「ヴェルです。」
「ヴェリックさ…「ヴェルです。」…ヴェル、さん。」
「はい。」
「あの、恥ずかしいので…降りてもいいですか?」
「仕方ありませんね。」
銀髪イケメンのお兄さんはヴェリックという名前らしい。何故かヴェルと呼ばないと話を聞いてもらえないみたいだが、無事に抱っこの状況から逃げ出せたので良いことにしておく。
「弟のイチャイチャをこの目で見る日がくるとは…。」
亮の呟きが聞こえたが、それに何か反応するのも恥ずかしかったので俺はこれ以上顔が茹で蛸みたいにならないように俯いておくことにした。
「ヴェリック。こいつらは小さい、大事に扱えよ。」
「メアから言われると気に食わないですが、大事にしますよ。」
「敦、良かったね。メアさんのところで一気に二人もお世話になるのは悪いし、弟のヴェリックさんが敦の事を預るって言ってもらえたから、お願いすることにしたからね。」
「えっ?てっきり兄貴と一緒かと…。」
敦以外の三人は、俺が寝ている間に話し合っていたらしく、亮はメアのところ、敦はヴェリックのところでお世話になることが決まったようだ。
「アツシ、私のところでは何か不満がありますか?」
「い、いいえ!でも…すいません。急にお世話になることになって。少しでも早く自立できるように頑張りますので!」
「自立…ですか。まぁ今はいいでしょう。」
「よろしくお願いします!」
てっきり亮と一緒に生活できると思ったのだが、たしかに一気に二人もお世話になるのは心苦しいものがある。かといって一人でも負担をかけてしまうのは変わらないのだが。
まだ充分に気持ちの整理はできていなかったが、そこはひとまず置いておき、明日から少しでも早く一人立ちできるようにしよう、と決意した。