ワシントンDC襲撃!
「タンカー停止しました。」
どうやら、港に着いたようだった。
時刻は、幸運にも夕暮れの頃。
夜まで待つか?。いや少し光がある内に、現在位置をきちんと把握した方が良いだろう。
「補機起動。シュノーケルたため、吸盤脱着!。」
シュノーケルの電磁石が解除され、シュノーケルがタンカーの船体から外される。
そして、吸盤内に水が送り込まれ、『すっぽん』は音もなくタンカーの船底から離れた。
「微速後退、・・・・・潜望鏡出せ。」
タンカーの下から出た『すっぽん』は潜望鏡を出して周囲の様子を探る。
間違いなく港だが・・・
「どうやら手前のアレクサンドリア港のようだな。」
司令は、資料の写真と見比べながら、そう判断した。
上陸予定地点の西ポトマック公園まで数kmの距離だ。
港はにぎわっていて人がたくさんいる。
強襲を成功させるには、途中の道路は空いているほど良いし、発見されるのも遅いほど良い。
「よし、ポトマック川を低速で遡って、上陸地点近くの川底で待機、人通りが少なくなるのを待って、上陸する。」
「「「はっ!。」」」
「港を離れたらシュノーケルを水面へ出して主機起動。潜望鏡深度で川を遡る。」
「「「了解っ!。」」」
『すっぽん』は一旦潜望鏡とシュノーケルを下ろし、艇内の空気と圧縮空気を使って補機を動かして、ゆっくりと港を離れる。
発見されないかと冷や冷やしながら。
外はゆっくりと夕闇に閉ざされていく。
そうして、無事川の真ん中に出て、シュノーケルを上げて川をゆっくりと遡り始めた。
「ふう。空気がうまい!。」
シュノーケルを上げ、ふたたび外気が入って来ると、皆そっとつぶやいた。
浮力調節を上面の吸盤のふくらみで行っている『すっぽん』は深度の調節がやや難しかった。
時々浮きすぎて吸盤が水面に出てしまう。
吸盤操作員は必死で深度の調整を行った。
「なんだありゃー?。」
ほろ酔い加減でポトマック川の川岸をぶらぶらと歩いていた男は、川の真ん中に見える丸いものに目を凝らした。
その丸いものの両側の水面にかすかに波が生じていて、それが川の流れに逆らって動いているのが分かる。
さらに目を凝らすと、その丸いものの上流側に棒のようなものが突き出している・・・
男の頭の中にあるものの姿が浮かんだ。
「ネ、ネッシー!?、いやポッシーだぁー!。」
男はそう叫びながら走り出し、家に帰ると興奮気味に自分の見たものについて話した。
酔っ払いのたわ言、として相手にされなかったが。
実質速度1ノットで川を遡り、上陸地点近くの水深7mの川底に『すっぽん』を着底させて時を待つ。
発見を避けるため、シューノーケルは下げ、潜望鏡を時々上げて様子をうかがいながら。
深夜0時を回った頃。
やっと人通りは絶えた。車は時々走っているが、こんなものだろう。
司令は、上陸開始を決断した。
「これより上陸する。底部バラスト切り離し。」
底部に付けられていた鉄筋コンクリート製のかまぼこ型の30トンのバラストが切り離され、『すっぽん』は、一気に浮上する。
「主機起動、、前方タンクブローっ!。」
前方の四角錐の中のタンクの水が放出され、前方が持ち上がる。
「突撃隊、弾薬を持って後部へ移動っ。」
突撃隊が、艇の前部に台車に乗せておいてあった弾薬を押して艇の後部へと移動する。
さらに後方が重くなり、『すっぽん』は30度くらい前を上げて傾く。
「上陸腕出せ。」
『すっぽん』の左右の円形部分の上部前側5mほどが横に開き、パワーショベルのような3つの関節を持つ鋼鉄の腕が現れる。
「機関全速、川岸に乗り上げろ!。」
広いポトマック川の川幅を利用して加速し、その勢いを利用して『すっぽん』は持ち上げた四角錐を根元まで川岸に乗り上げさせた。
「後部タンクブローっ!。上陸腕、艇体を引き上げろ!。」
上陸椀が川岸に振り下ろされて艇体を引き上げ、前輪が巻かれたキャタピラの鋭い爪で川岸を捕らえ、ぐいぐいと昇って行く。
後方の四角錐の中のタンクの水も放出され、後方が少し浮き上がる。
「弾薬、前に戻せーっ!。」
「わっせ!、わっせっ!、わっせっ!、・・・」
突撃隊が力を振り絞って、傾いた床の勾配に逆らって重い弾薬を艇の前部へと運び、重心を前に移動させる。
中輪が川岸にかかり、さらに艇体を引き上げて行く。
そしてついに。
「上陸完了!。戦闘形態へ移行急げ!。移行完了しだい白亜館へ向かう!。」
ゴムの堤が下に仕掛けられた電熱線によって焼き切れ、吸盤がふくらんでいた与圧で吹っ飛ぶ。
弾薬を艇の前部に戻して固定を終えた突撃隊の内10人が、それまで引っ込められ吸盤で覆われていた99式20mm2号5型機関砲を装備した砲塔を、ペースを合わせてハンドルを回して突き出して行く。
残った突撃隊員は、上部ハッチから出て潜望鏡、上陸アーム、シュノーケルアームなどに大量の布切れを結びつけて行く。
一方、操縦員たちは、前後の左右にあった穴から水流用の装置を取り外して、重機関銃を設置する。
こうして、川岸の桜の木をなぎ倒して西ポトマック公園へと上陸した『すっぽん』は、戦闘形態への移行が終わり、北へ全速で公園を横切ってリンカーン記念堂の脇を抜け、大通りを北上して行った。
(今が冬で良かったな。)
ワシントンDCのポトマック川の川岸に植えられた桜は、両国の友好のためにと日本から送られたものだった。
踏みにじられた両国の友好。
なぎ倒された桜をちらりと見て、司令はふとそんな事を思った。
対向車線を走って来たトラックが、2車線をふさぐようにして猛スピードで走って来た『すっぽん』を急ハンドルで避けた。
「なんじゃ、ありゃーっ!。」
500mほど北へ走ったところで右折し、『すっぽん』は全速で加速する。
この先が白亜館の西門だ。
しかし、昨日の事を考えると、もしかしたら門に戦車ぐらいは待ち構えているかも知れない。
『すっぽん』の持つ対戦車兵器は、独より輸入した『パンツ拳弾』通称パ弾くらいしかない。
ハッチから頭を出して前方を双眼鏡で見ていた見張り員が報告する。
「前方、戦車なしっ!。」
「よし、突入する。目標、白亜館西門。総員、対衝撃体勢!。」
司令と操縦員以外の全員が、後ろを向いて対衝撃シートに背中を押し付け、ベルトを締める。
「行けっ!。」
どごーーーん!
次の瞬間、『すっぽん』は、西門の戸を押し倒すようにしてぶち破り、白亜館の庭へと突入した。
「うわぁーっ!。」
西門の警備についていた兵士は、ヘッドライトも点けずに突っ込んで来たソレに悲鳴を上げた。
停止を命ずる暇もなく、その兵士に出来たのは、転がるようにして、横に避ける事だけだった。
「なんだ!、ありゃーっ!。」
白亜館の屋上で警備についていた狙撃兵は、通りを猛スピードで接近してくるモノを見て目を見張った。
前後が尖った細長いものが、触手のようなものを頭上で揺らめかせながら迫って来る。
すぐに気を取り直し、対戦車ライフルで、そいつを撃つ。
だが、驚きと触手の動きに幻惑されて、弾は外れてしまった。
その間に、そいつは西門へと達し、それを大音響を立ててぶち破り侵入して来た!。
何たる失態!。
弾を装填し直し、またそいつを撃つ。今度は当たった!。
しかし、そいつはそんな射撃などまったく意に介さない様子で、ホワイトハウスの建物へと向かって来たのだった。
ガーン!
艇内に衝撃音が響き渡る。
どこからか撃たれたようだ。
「構うな!、このまま真ん中の建物に突っ込んで、突入口を開けるっ!。」
「「「了解っ!。」」」
どごーん!
『すっぽん』の四角錐の先端が真ん中の建物の1階中央の部屋の窓に突っ込み、そのまま窓を押し広げるようにして壁を壊し、大きな穴を開けた。
「突撃隊は、下車して建物に突入!。大統領を探して殺害せよ!。まず、地下階を探せ。機関砲掃射が終わり次第、順次1階から上を探せ!。」
「野郎ども、殴りこみじゃーーーーっ!。」
後ろの四角錐が開いて、突撃隊18名がすばやく下車する。
「後進急げ!。建物から50m離れて機関砲掃射を行う!。」
『すっぽん』が後退し、突撃隊は開いた穴に突入して地下階を目指した。
「機関砲は1、2、3階の窓を順次なぎ払え。他各員はそれぞれの担当武器で各自応戦せよ。」
「「「了解っ!。」」」
建物の窓は防弾ガラスだったらしく、1回の掃射では、一面に白くひびが入り弾の当たった所に穴が開いただけだった。しかし2度目の掃射ですべて砕け散る。
警備の兵が集まって来て、散発的な銃撃戦が始まる。
『すっぽん』は、穴から突き出した重機関銃や、ハッチからの擲弾筒の発射で派手に応戦する。
警備の兵は、ほとんどが戦闘服ではなくきっちりした軍服を着ていてヘルメットすらかぶっていない。
どうやら、儀礼的な警備兵のようだった。
「機関砲掃射完了!。」
白亜館南側のすべての窓を20mm機関砲で壊し終わり、砲手が報告する。
「よし、潜望鏡および、すべてのアームを上げよ、敵の目をこちらに引き付けるぞっ!。」
「了解っ!。」
アームや潜望鏡が伸ばされ、それに付けられた旗やのぼりがはためく。
師団旗、少将旗、ゼット旗、艦隊旗、『南無妙法蓮華経』だの『すっぽん師団参上!』だのと書かれたのぼり・・・
最大高さは8m。派手に目立つ事請け合いだった!。
「ルーズベルトの首を頼むぞ。」
司令は、突入した突撃隊を想い、そっとつぶやいた。
「行けぇー、逆らうものは皆殺しじゃーっ!。」
突撃隊長が叫ぶが、その動きは恐ろしく慎重だった。
階段を下り、地下階に入った所で一旦停止、廊下の様子をうかがう。
出てくる者がいないと見て、階段の影から機関短銃を乱射する。
と、すぐそばのドアの一つが少し動く。
別の隊員がそのドアを狙って機関短銃を乱射し、弾の勢いで開けてしまう。
隊長は、手を振り下ろし、6名の隊員がそのドア目指して飛び出して行った。
残った12名のうち6名が、その周囲のドアに取り付きそれを確保する。
残りの隊員は、予備弾薬と無線機を守りつつ、階段を下りてくる者を警戒する。
1階の方から、激しい破壊音が聞こえて来る。どうやら機関砲掃射が始まったようだ。
隊長は機関砲掃射が終わるまでに、この階を探し終えるつもりだった。
ドアが動いた部屋の中にいたのは、1人だけだった。
部屋の中には放送機材と思しき物があり、その男はどうやらその技術者だったようだ。
部屋の中に他に隠れている者がいないのを確認すると、蜂の巣になったその男を残して、突撃隊は他の部屋の捜索を急いだ。
「地階捜索完了、大統領なし。」
「掃射は終わっている。引き続き捜索を続行せよ。」
「了解!。」
1階は、ほぼ無人だった。
『すっぽん』に応戦するために、破壊された南側の窓の下に身を隠していた警備兵を何人か、後ろから撃って倒す。
『すっぽん』は、南側の庭を走り回りながら、警備兵と戦っている。
北側の部屋はすべて無人だった。
突撃隊は、2階へと進む。
そこで激しい銃撃戦となった。
2階廊下に出ようとすると、2階南側の部屋からドアを半開きにして隠れた警備兵が階段に向けて銃を乱射してくる。
貫通力の大きい自動小銃のようだ。
機関短銃だけを出して応射するが、機関短銃の威力ではドアをぶち抜けない。
「2階窓の再度の掃射を求む。」
隊長は、『すっぽん』へ要請する。
「了解。」「シュノーケルアーム一旦下ろして、2階窓を再掃射!。」
機関砲の射撃の邪魔になる旗が下げられ、20mm機関砲が再度2階の窓を掃射する。
その銃声を合図に、突撃隊は階段を飛び出し、ドアの前に滑り込んで頭の上をかすめる機関砲弾の下、ドアの陰に隠れていた警備兵を屠って行った。
そして・・・
「うーっ!、わんわんっ!!!。」
警備兵を倒し、部屋に入ろうとすると、黒い洋犬がほえかかって来た。
部屋には機関砲が当たったのであろう損傷の激しい体と、大きな血溜り、そして生首がひとつ転がっていた。
その生首の顔は写真で何度も頭に叩き込んだ顔。ルーズベルト大統領の顔だった!。
犬は首のそばを離れず、こちらをにらみつけてほえ続ける。
「ルーズベルトの首を確認!。機関砲掃射に巻き込まれた模様!。」
突撃隊からの報告に、『すっぽん』の中で歓声が上がる。
突撃隊は、犬を放置して室内を捜索する。
カタカタ・・・
かすかに聞こえた物音に隊員が銃を向けると、そこには老婦人が1人、頭をベッドの下に隠すようにして震えていた。撃とうとする隊員を、隊長が押しとどめる。
「よせ、目的はもう達した。戦わない者を殺す必要はない。」
突入の興奮に包まれていた隊長だったが、震える老婦人と主人を忠実に守ろうとする犬の姿に、すっかり興奮が冷めていた。
隊長は、老婦人に敬礼をすると、隊員を連れて部屋を出た。
後に老婦人=ルーズベルト大統領の妻エレノア・ルーズベルト=は、この時の事をその著書に書いている。
『野蛮な日本兵が部屋に入って来た時、私はここで自分の人生が終わると思った。だが、彼らは大統領の遺体を確認すると、私に発砲する事無く整然と部屋を出て行った。その行動に、私は彼らも野蛮人ではなく、合衆国国民と同じ文明国の誇り高き兵士である事に気付いたのだった。』
「突撃隊、1階に撤退完了!。」
突撃隊が1階に下りて来た時だった。
「西より装甲車両多数接近!。」
「パ弾用意!。建物の周りを回りつつ迎撃する。突撃隊は、建物内より迎撃せよ!。」
「了解!。」
・・・・・
こうして、ワシントンDC襲撃作戦は成功した。
米政府は、国内の動揺と混乱を恐れ、この事件を厳重に秘匿し、ルーズベルト大統領は病死とされた。
ホワイトハウスの損傷は、厨房から漏れたガスによるガス爆発によるものとされた。
そして、後任の大統領として、副大統領だったトルーマンがその任に就いたのだった。