始まりの村
はじめまして、UKです。そして初めてのノーマルファンタジーよこんにちは!あれ?残酷描写はノーマルじゃないって?ははは、まあ細かいことは良いじゃないですか。
これは「面白くなるといいなあ」というフワッとした願望を込めてゆったり贈る、女の子の愛と勇気の冒険活劇です。(ラブもあるかもよ!)
その日はなんでもない一日のはずだった。
私はアリア。
何の変哲もないアラル村の村娘のひとり。今年八歳になります。
アッシュブラウンの長い髪を三ツ編みに、お母さんゆずりの湖底の青色の眼を二重の奥にまたたかせます。
うちはお父さんとお母さん、お兄ちゃんと私の四人家族。特別なことはなにもなくても、温かくて楽しい家族です。
そんな私はある日、キノコを取りに来た森であるイキモノを保護しました。
「だいじょうぶ、キミ?ケガしてるのね」
カレはケガをしていました。耳は欠け、脚に血を付けて。
「ンシャアアアア!」
ケガをしたことで興奮しているカレを安心させるために、時間をかけて安心させてあげました。そのおかげで、カレはわたしに身をゆだねてくれるようになりました。
キズに薬草をあてて巻き、渇いた喉に水を与え、温かい寝床を作りました。
「ふふ、かわいい……」
小さな小さなケモノ。金色の毛並に金色の眼。大きな耳と太いあし。きっと肉食のケモノです。大きくなったらわたしたちに牙をむくかもしれません。けれど今は、ケガがなおるまでみていてあげるからね。
納屋でケモノをかくまう間、家族は何となくそのことを分かっていたみたいだけど、怒られませんでした。お兄ちゃんはこっそりのぞきに来て、こいつは大物になるぞとよろこんでくれました。
異変はその夜起こりました。
大嵐と共に、荒ぶる魔物がアラル村をおそいました。
よその家屋をはかいする大きな音に起こされ、わたしたちはあわてて外に出ました。
そしてわたしは見たのです。赤く光る眼をした嵐の化身を。燃える体は山のように大きくて、鳥のようなつばさをもつこわいもの。空は異様に明るくて、魔物から出た紫の煙が森をなめると次々に木々が枯れていきます。
わたしはお兄ちゃんに納屋にかくされました。金色のケモノも一緒です。
それからは悲鳴と家が壊れる音ばかりでした。わたしはこわくてふるえていましたが、お兄ちゃんとお母さん、それにお父さんが心配で、ボロボロの納屋からおそるおそるはい出ます。
そこは……
……わたしの育った村は、ボロボロでした……。
わたしの家族も、どこにいるのかもわからない。落ちていたお母さんの頭巾で、もうぶじではいないとわかってしまいました。
《仔をよこせー……》
オドロオドロしい声に、わたしは金色のケモノを抱きしめて空を見上げました。
ああ、なんて絶望。
空につばさをひろげ、わたしたちをみおろす魔物。
わたしから家族をうばい、村をこわした悪の最たるもの。
「バケモノ……、ゆるさない……」
わたしの中に、小さな火がつきました。それは夜をてらす温かな明りじゃない。
―怒り―……そう、これは目の前の魔物に向けるにはあまりにも小さなもの。
けれど、いまのわたしを起たせる力の根源。
《よこせえええ!》
魔物が振るう爪はわたしに向かいふり下ろされます。わたしはそれを必死でよけました。すごい地響きです。頭がくらくらするほどゆれる地面に立っていられなくなったわたしは、魔物がそのまま横凪ぎにした爪に引っ掻かれ地面に投げ出されます。
「あうっ!ううぁあぁ~っ」
すごくおなかが痛い。そしてとても熱いです。いつのまにか投げ出されたケモノは、わたしにかけよって顔をペロペロなめました。そして、魔物に向かっていかくしました。
「ウゥ~ッ、キシャァア!」
でも、ケモノのか弱い体では天突くほど大きい魔物にはかないません。
そうしている内に、わたしはものすごい激痛におそわれました。キズだけではなく、全身にはしる痛みです。頭のてっぺんから足の先まで、無数の針に刺されたような痛みです。もがき苦しむわたしを守るようにあしを踏ん張るケモノに「逃げて」と言いたい。けれど、わたしの舌もくちびるも痛みにケイレンしてしまって、まるで言うことをきかない。
しびれを切らした魔物は、大口を開けてこちらを全て丸のみしようとせまります。
わたしはぎせいになったみんなを思って、悔しさにくちびるを噛みました。
このままのみ込まれたくない。
わたしはゆるさない。
ただで死んでやるか。
ふっとうするほどの怒りとともに、頭の中がブチブチと嫌な音をたてました。同時に体中が燃え上がるように熱を帯びます。わたしはいきおいに任せて、吼えました。
「ああああああああああ!!!」
すると、眼に映る魔物に向けて色とりどりの光が一点に集まり、ブワリとふくれ一気に破裂したのです。
《ギャオォーーン!》
光に弾かれた魔物が、魔物の顔半分が、……えぐれました。
なにが起こったのか、わけがわかりません。破裂したあとに流れる、熱かったり、冷たかったりする風。そして土と森の香りに花の甘い香り。ふしぎな心地でした。
「これほどとは。その身に秘めたる最奥の霊性は、斯様に凄まじいものか」
涼やかにひびく場違いな声にハッとしました。
そして夜空から舞い降りる濃い紫のローブ。
音もたてずにフワリと目の前に降り立ったのは、物語の魔法使いのような背の高いお兄さんでした。
……とてつもなくこわいひとです。
「ふ、良い勘だ。その本能に逆らうなよ」
わたしを見下ろすその横顔が、ふるえるほどおそろしいです。冷たい双眸は雪の降る空の凍てつく灰色。白い肌にくちびるの薄い朱が印象的で……。
「黄泉のあわいより這い出た邪神よ……
おまえの相手は俺だ」
じゃしん……?あれはじゃしんというの?
お兄さんは手のひらをじゃしんに静かに向けると、そこから銀色に光る玉を生み出しました。
とってもきれいで、きれいすぎてゾッとするほどです。そう、まるでよく切れる刃物を見たときの怖さに似てます。
「ガオォオオオン!!」
じゃしんのまわりに赤黒い燃える火の柱が吹き上がります。それはヘビのようにくねってこちらに向かってきました。
わたしはあしに力を込めて立ち上がります。がくがくしているわたしのひざを支えるようにケモノがすり寄ってきました。
「ありがとう、ケモノ」
「勇敢な娘だ。その死に体で、尚も立ち上がるか」
ケモノへ話しかけたのに、なぜかお兄さんがわたしに声をかけました。
たしかに、いまのわたしは全身血まみれです。なぜ立てているのかもわかりません。
「負けたくないです」
精一杯お兄さんを見つめると、カレはプッと失笑しました。
なにが可笑しいの?冗談なんかじゃないわ。
「いいよ、いいよ。おまえは面白い。
おまえはそこにいろ。愉しい余興を見せてやる。
《神燕》よ、翔べ」
お兄さんの手に集まった銀色の光が、燕の形になって飛び立ちました。そしてこちらに向かってくる火の柱を、つばさの羽ばたきひとつで弾き飛ばします。
「すごい……」
銀色の燕は光の尾を引きながらじゃしんの周りを何周も飛ぶと、光の尾がじゃしんを縛る鎖になりました。がんじがらめになったじゃしんは暴れますが、地面に縛りつけられて吠えるしかできません。
「去れ、《邪神レシェフ》。貴様の住み処は黄泉の神殿。
此の世は貴様が居ていい場所ではない」
お兄さんの宣言のあとに、地面に大きなひび割れが入ってバカリと大きな口を開きました。穴は洞窟のように暗く、唸るような風鳴りがします。こちらを吸い込む強力な力がはたらいて、瓦礫や木片が引き込まれていきます。わたしの血に固まった髪まではためいて目にあたるので地味に痛いです。
「ゴオオオオオオオ!!
《忘れぬぞ、銀の魔導師と色彩の魔女よ!
我は黄泉にて、おまえ達の肉を引き裂く日を待ち望む!》」
銀のまどうしと、色彩のまじょ?なんですかそれは。
穴はじゃしんを呑み込んで、巨大なイキモノのような口を閉じました。
「ニャア~」
「ケモノ……」
じゃしんのいなくなった村に沈黙が下ります。足下に金色のケモノがまとわりつきました。そのつぶらな目がもだえるほどかわいいです。でも、今はそんな力がありません。
「邪神レシェフの疫毒にやられて死ななかったのは、お前が初めてだね。どれ、見せてみろ」
お兄さんがわたしの血でバサバサな髪を払いました。わたしはそれだけで体がふらついて立っていられません。倒れそうなわたしをお兄さんがしっかりと受け止めました。きれいなのに意外とがっしりしているのですね。
「ほう……面白い。成る程な、素養があったというわけだ」
お兄さんは冷たい美ぼうを愉しげに歪めてまじまじとわたしを観察します。怖いのか恥ずかしいのか、ちょっとよくわかりません。
「その獣もワケアリか。ふ、いいぞ、小娘。
その強運と気性、気に入った」
カレはわけのわからないことをぶつぶつ言ったあと、わたしを藁を担ぐように肩に乗せました。
「《色彩の魔女》か、ふん。まだまだだな。
そう呼ばれるに相応しい女になるまで、暇潰しに育ててやる」
ヒマつぶしに育てて……って。犬猫ではないのですよ。それに、おなかが痛いです。けっこうがさつですよ、このひと。
うう、お父さん、お母さん、お兄ちゃん。わたし、どうなってしまうのでしょう。
「死に絶えた肉親の分まで生きる気概を見せてみろ。
俺のシゴキに耐えきり一人前になったら、そのときはおまえ自らがこの地に墓標を立てるがいい」
ぼひょう……
嵐が去って沈黙する元アラル村は、月の光に照らされ塵で霞んでいます。
わたしはまた、この地に帰って来るの……そして、みんなをとむらうわ。立派になったわたしを見てもらうから。だから、待ってて。
亡くした家族を想って、涙がポロポロとこぼれ頬をぬらします。
わたしと皆の絆はずっと、ここに。
こわいお兄さんに担がれたわたしは、破壊された瓦礫の村を去りました。
必ず戻ると、亡くなった家族の魂に約束して。
そしてこの物語は、八年の時を越えて再び運命の歯車を廻すのです。
読んでいただきありがとうございました。