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第七話 仰せのままに、お姫様

 そんなワケで今私は、異世界をジャージで移動中です。

 ……片手はレオンにしっかりホールドされております……。



「この街は活気があるからね。リコがはぐれて迷わないように、おまじない」



 ……もはや私にとっては爆弾にも似た破壊力を持つ笑顔でそう言いながら、ごく自然に手を取られました……。

 フォレスは半歩後ろを何だかニヤニヤしながら歩いてる。

 ねぇ、なんか私の醜態を期待してない!?

 ……まぁ、レオンの顔をまともに見てしまうと、相変わらず顔に熱が集まって来てしまうんだけど……。

 気を抜くとまたフォレスの期待に応えることになってしまいそうだ。

 だって仕方ないじゃん! 免疫ない上にレオンなんだもん!

 しかも想像以上に言葉も態度も優しいんだもん!



 ……レオンという人物は「困っている女性を見掛けたら全力で助けましょう」が信条の人だ。

 小説の中でも、良くそうやって人助け(但し女性限定)をしていたっけ。

 魔物が大発生して商売に必要な素材を手に入れることが出来なくなってしまった花屋の娘さんを助ける為に討伐に出掛けたり、

 他の国からやって来た暴れ者の冒険者達が店を荒らして困っていた飲食店の娘さんの為に街の人々と協力してその無法者達の心を徹底的に折って街から追い払ったり

 母親が重い病気に罹って泣いていた娘さんの為に、その病気の特効薬である貴重な薬草を採取しに遠く街を離れたダンジョンの奥まで行ってみたり……。

 そうやって人助けをしたり、ギルドの依頼をこなしたりしている様子を私は小説にしてきた。

 その容姿も相まって女の子達には大人気だし、街の英雄の末裔というだけあって市民達からとっても尊敬されている存在だけど、

 何故か小説の中に恋愛要素はなかったなぁ。

 まぁ、初恋も未だな私に恋愛小説なんて書けるはずもないので、そこは己の力量不足といった所ではあるのだけれど。


 けど、ここに存在しているレオンはどうなんだろう?


 小説の設定そのまんまなレオンだけど、きっと私が描き切れていない心情や過去など、いっぱいあると思う。

 幼少期のレオンについては、何故だかあまり想像することが出来なくて、小説の中でもあまり描いていない部分だ。

 過去には恋をしたり、今だって、誰か大事に想う人がいるかもしれないな……。


 そう考えると、何故だか胸の隅がチクンと痛んだ。

 レオンを「現実」だと理解した今、彼の心の中は私の想像通りという訳では決してないのだ。

 ……繋がれた手は、確かに温かい。

 けど、小説を書いていた時より、心の距離が遠ざかってしまったような寂しさを感じてしまう。


「どうしたの? リコ」


 ……はわぁぁぁぁ~~! けどやっぱ、現実のレオンは破壊力が違うわぁ……!!


 気が付けば、楽しそうに隣を歩くレオンをジっと見つめていた私の視界に、蒼い瞳が飛び込んで来る。

 それだけでもう、私の心臓はバクバクだ。


「いえ! 賑やかで素敵な街ですね。みんな、なんだか楽しそう」


 照れ隠しにそう言うと、レオンが破顔する。

 ……もう! 不意打ちのそれは、心臓と鼻にダメージ直撃だから自重してくださいホント!!!


「うん。ボクもこの街は大好きだからね。違う街から来たリコにそう言って貰えると嬉しいよ」


 そう言って嬉しそうに微笑むレオン。顔に集まる私の熱。


「おい、大丈夫かよ?」


 フォレスの、若干の意地の悪さを含んだ低音ボイス。

 ……もういい加減鼻血から離れようよ、フォレスさん…。

 ……そして私も、早くレオンの笑顔に慣れようよ!

 このままでは大量の鼻血による失血死なんて無様な姿を異世界に晒しかねない……!



「リコみたいな可愛い子猫ちゃんにそんな表情で見つめて貰えるなんて、ボクは本当に役得だね」



 ……クッ!!!!

 ……異世界に私が醜態を晒すのは、そう遠い未来のことではないかもしれない。



 ------------------



 着いたよ、と言われて立ち止まったのは、建物と言うよりはむしろ要塞と言った方が近いんじゃないかという程大きな建造物の前。

 この街の冒険者ギルド本部だ。

 街の入り口からここまでは、冒険者達を相手にするような商店や飲食店、宿泊施設や屋台なんかで賑わっているけれど、

 ギルドから奥はこの街に住む人達の居住区や議会場等が集まっている市民達の為の場所。

 基本的に住民しか立ち入ることが出来ない場所になっている。

 この街に集まる冒険者は多いので、ギルドの中は仕事の登録や斡旋、待機場所でもある食堂などの他に

 街の自警団が使用する会議室や仮眠所といった施設も内包されているので、こんな要塞めいた建物になっているというワケだ。



 ……あー、着いちゃったなぁ……。

 小説内で「巨大な建物」と形容はしていたけれど、実際に見ると圧倒されそうな程に大きな建物を見上げながら、私は溜息を吐いた。

 レオンにはギルドに連れて行って欲しい、とお願いをしたのだ。

 仕事もあるだろうし、お願いが果たされた今、これ以上彼らを拘束するのは少々気が引けてしまう。

 ……本当は、もっと一緒にいて、「現実」のレオンを堪能したかったけど。

 靴まで頂いてしまったのだ、これ以上はワガママというものだろう。



「……本当に色々ありがとうございました」



 そっと手を離して、記憶に留めておこうとばかりにレオンを見つめる。

 ……はわぁぁぁ~、ホント、見れば見るほど麗しいっっ!

 こんな人が地球にいたら、きっとハリウッドの大スターとかになっているんだろうな。

 会えたのが異世界で本当に良かった。

 あっちの世界にレオンがいたら、きっと雲の上の人過ぎてこうして話をする事もなかっただろうし。


 温もりの無くなった手の感触を寂しく思いながら、私はレオンとフォレスにペコリと頭を下げた。


「ん?」


 そんな私を見て、レオンは心底意味が解らない、といった表情でコテンと首を傾げる。

 ……くぅっ! 可愛いなぁ、その仕草!

 格好良くて優しくて、その上可愛いとか、もう。レオンってば本当に私のツボを心得てらっしゃるっ!


「そんな寂しいこと言わないでよ、リコ。ボクがしたくてしたことなんだし」


 そう言って、少し寂しげに微笑むレオン。

 そんな表情に、私の胸がきゅんっと波を打つ。


「それに、リコはここのギルドは初めてだろう? 中は広いからね。案内するよ」


 言いながら、私の隣に立ってエスコートするかのように私の腰をごく自然に抱くレオン。

 はわわ、近い、近いですレオン様!


「でも、お仕事もあるでしょうし、これ以上ご迷惑をお掛けするワケには……!」


 慌てて離れようとする私を、レオンの存外力の強い腕がしっかりとホールドした。


「君とこのまま別れてしまう方が仕事に差し障るよ。だからこれはボクからのお願い。……案内させて?」


 ……と、ここでまたあの悩殺スマイル!

 吐息すら届きそうな距離でこの笑顔でそんな事を言われて断れる女子なんかいるもんか!


 私が顔が熱くなるのを感じながらコクコクと頷き、何とか「お、お願いします」とお返事すると

 レオンは一層微笑みを強め、


「仰せのままに、お姫様」


 そう言って、ギルドの大きな扉を開いたのだった。



 ------------------



 ビルの高さで言うなら2階分くらいはあるんじゃないかという大きな木製の扉が音も立てずに開くと、

 中は吹き抜けの大きなフロアになっており、20~30人くらいの冒険者と思わしき人たちが思い思いに過ごしている。

 その多くは壁際に貼られた掲示板の前で、現在ある依頼のチェックをしているようだ。


「お、レオン様!」

「キャッ! レオン様!」


 そのうちの何人かがレオンに気付き、それぞれの歓声を上げる。

 レオンはそんな人たちに向けてうっとりするような微笑と片手を上げる事で応えていた。

 女性の冒険者も複数いるけど、街中の女の子たちのようにレオンを取り囲むということはないようだ。

 冒険者だからかな、レオンのことはアイドルというより同僚という感じで見ているのかもしれない。


「さ、リコ。とりあえず受付に行こう。こっちだよ」


 腰に回された手に少しだけ力が込められ、行き先を促される。

 そんな私に、周囲からの視線が突き刺さって、ちょっと…いやかなり恥ずかしい。

 そりゃそうだよね、街の人気者のレオンが見知らぬ女の子を連れて来たんだもの。

 私だってそんな状況なら、対象をガン見してしまうだろう。


「フフ、みんな君の可愛さに興味津々みたいだね」


 楽しそうにそう言うレオン。

 ……いえ、違います、みんな、アナタの麗しさとその隣の不審者が気になっているだけです……



「俺はちょっと顔見知りのヤツらと情報交換してくるぜ。何かあったら通信具で連絡くれ」

「了解」



 後ろを歩いていたフォレスが片手をヒラヒラと振りながら掲示板の方に歩いていく。

 大柄な男性パーティーの方に向かったから、知り合いとは彼らのことだろう。


「さ、行こう。邪魔者もいなくなったし、ここからはデートだね」


 そんなフォレスをチラリと一瞥したあと、悪戯っぽくウィンクをかますレオン様。

 …ってちょっと!?

 ビックリして口から心臓が飛び出しそうだよ!?

 これ以上私をドキドキさせてどうするつもりですか!?

 小説では何気なくこんな台詞をバンバン言わせてたけど、実際に自分に向けて言われると破壊力がヒドい。

 誰だ、レオンをこんな設定にしたの!?

 ……あ、私か……。


 それにしたってこんなに小説の中のまんまじゃなくても良さそうなもんなのになぁ~と鼻を押さえつつ(もうすでに条件反射だ)頷き、

 レオンのエスコートに導かれて私達はギルドの中を移動する。

 多くの視線が付いて来るのも感じるけど、レオンと一緒にいる以上、これはもう仕方のないことだと割り切るしかないだろう。



「リコの国にも冒険者という職業はあるの?」

「いえ、私の国はとても平和な所で…魔物が出没することがないので討伐や護衛を仕事にする必要がないんです」

「……そう。とても良い国なんだね。いつかこの都市の周りも、そんな風に平和に出来ると良いな……」


 ふと、レオンが何処か遠くを見て、呟くようにそう言う。

 その表情が憧憬と少しの焦りを感じさせるちょっと切ない表情だったものだから。


「私には、この街の人たちの方が活き活きして幸せそうに見えますよ?」


 そんな言葉を口にしてしまう。

 ……その後はもう…お察しだ。

 レオンの輝かんばかりの笑顔、内心で悶えて顔を真っ赤にして鼻を押さえる私。

 なんだかもう、レオンと出会ってからのこの一連の流れはもはや何かの公式みたいになってる。

 ……あ~もう、美形の満開の笑顔って、ホント心臓に悪いわぁ……。



 そうしてしばらく歩くと、レオンが1メートル四方くらいの木枠で囲われた場所の前で立ち止まった。


「これが受付近辺に繋がる転移装置。床材に魔方陣が施されているんだよ。

 このギルドは広いからね、他にもこういう装置がいくつかあるんだ」


 そう説明され、レオンと一緒に木枠の中に足を踏み入れると、フワッという一瞬の浮遊感の後、視界が一変する。

 さっきまでの吹き抜けのフロアと違い、木製のカウンターが並べられ、職員と思しき人たちが座って仕事をしていた。

 ……すごいな、魔法って。本当に便利!


「リコはこの都市周辺の子じゃないみたいだしね。とりあえず、ギルドカードを作ろうか。身分証明にもなるし」


 そう言いながら、私達はカウンターのある一席の前に移動する。

 席同士の間には仕切りのようなものが建てられていて、プライバシーも守られているようだ。

 その席で接客を担当しているのは淡いグリーンのショートカットにネコ耳の快活そうな可愛らしい女の子。


「うっわ、レオン様!?」


 その彼女は突然のレオンの登場に驚いて目を真ん丸く見開いている。


「やぁ、ララ。今日も可愛いね」


 そう言いながらも、レオンは私の為に椅子を引いてくれることを忘れない。

 レディーファーストもここまで来ると才能だな。

 レオンにとっては呼吸するのと同じくらい自然に行動出来てしまうんだろう。

 ……レオン様クオリティ、ハンパない。



「え~と、今日はどうされたんですか? レオン様が今更、新規登録カウンターにお出ましだなんて……」



 ララちゃんと言うらしいネコ耳ちゃんが嬉しそうに耳をヒョコヒョコ動かしながらレオンに尋ねた。

 ……うぅ、あのネコ耳、障りたいっ………!!

 私はその衝動を必死に抑えるのに精一杯だ。


「今日はこの子のギルドカードを作りたいんだよ。迷子の子猫ちゃんなんだ」


 そう言って隣に座り、私の頭をポンポンっと撫でてくれるレオン。

 ネコ耳に伸ばそうとする手を理性で止める闘いを人知れず繰り広げていた私は、その軽い衝動にハッと我に返る。

 目の前に興味のあることがあると、つい夢中になっちゃうのは私の悪いクセだ……。


「迷い人なんて珍しいですね~。えと、規則では一応、登録は担当者と一対一の対面で、ということになってるんですけど……」


 おお、「珍しい」ということは、私みたいにこの世界に迷い込んじゃう人が今までにもいたってことなのかな?

 あれ? でもここって、私が書いていた小説の世界なワケで、迷い込むって言ってもなぁ……?

 一応、書籍も販売されているし、「私だけの妄想の世界」ってワケではないけれども。

 それにしたってそんなに超有名な小説でもあるまいし、地球以外にも異世界というのが存在している、とかなのかな……?


「迷い人かどうかも、まだハッキリしていないんだ。気が付いたらここにいたらしくてね。

 だから、ボクが一応の身元請負人というか、保護者代わりを僭越ながら務めようと思って。

 そんなワケだから、登録に関しても、ボクが同席しても構わないかな?」


 物思いに耽っていた私に代わり、レオンがそう答えてくれる。

 ……って、ちょっと待って!? 身元請負人ってなに!?

 いつの間にそんなに話がオオゴトになってたの!?


「そうですか~。レオン様が請負人なら安心ですね! えーと……?」

「リコ、だよ」

「はい、リコさん。それでは登録の準備をして来ますので少々お待ち下さい~」


 そう言ってネコ耳ちゃんがカウンターから一時退席する。


「……あの、レオン?」


 なんだか迷惑の上塗りをしてしまっているようで、私が身を縮こまらせて上目遣いでレオンを見上げると。



「ボクが君の事をもっと知りたいだけ」



 ……爽やかな笑顔でそう返されて、私の顔が一瞬にしてゆでダコ状態になったのは、一連の流れの果ての結果であると言えよう。


お読み頂き、有り難うございました!

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