【後日談】荒野の薔薇 ⑥
そして更に翌日。
私はまたしても演舞場のVIP席に居た……片手をずっとレオンに握られている状態で。
あの試合の後、すぐに準決勝が開催され、レオンは連戦で闘うことになってしまったんだよね……しかも、相手はリサさんだった。
リサさんの武器は両手に帯びたナックル。
中距離での対峙を得意とするレオンの武器、細剣との相性はあまり良くなくて、しかもリサさんはレオンを上回る程のパワーとスピードを持つ格闘家だった。
とても良い試合をしたのだけれど、連戦の疲れもあったのか、ふとした瞬間に懐に潜り込まれてしまったレオンは、そのままリサさんの一撃を受けて場外へと弾き飛ばされてしまったのだ。
「……リコが見てるのに、あんな無様な試合をしてしまうなんて……。ボクもまだまだだな……」
しばらく気絶していたレオンの側で、その手を握って看病をしていた私に、気が付いたレオンが照れくさそうに笑いながら言ってくれた。
……その瞬間は思わず大号泣しちゃったよね。だって、心配で仕方なかったんだもん。
お医者様からは軽い脳震盪だから大丈夫だとお墨付きは頂いていたのだけれど……寝ているレオンもそれは綺麗な顔だけど、やっぱり私は、あの空色の瞳が好きなんだ。
眠っていては、あの瞳で優しく私を見つめてくれることなんかないもの。
「レオンの馬鹿っ! 私を置いて行ったり危ない事したり……! 試合の結果なんかどうだって良い!
……もう、怪我なんかしないで。私には……レオンしかいないんだからね……!」
縋り付いて大泣きする私の頭を優しく撫でてくれながら、レオンは言う。
「……ごめんリコ。ボクも君を置いて行くつもりなんかなかったんだけどさ……。武闘大会のエントリーには最終の馬車で行かないと間に合わないって言われて、疲れて眠っていた君を起こすのは可哀相な気がしたし……。
……称号なんかどうだって良いと思ってたけど、君に、優勝したよって報告したら、どんな表情してくれるのかなぁなんて思ったらさ……」
思わずフォレスとヘクターのノリにつられてしまったよ、なんて笑いながら教えてくれる。
うん、そんな事だろうとは思っていたけど……でもさ。
やっぱり、突然一人になってしまって寂しかったのは事実なんだからねっ!
「一人にしないでよぅ……。レオンに何かあったら私……!」
と、再び泣いてしまった私に、レオンは言った。
「ごめんね、リコ……ボクも、君が隣にいてくれないと……駄目みたいだ」
おいで、と、横たわっているベッドの隣を空けてくれたレオンの温もりを感じるその場所に、私は勢い良く潜り込んで。
「ずっと一緒だよ」
そう言って、その柔らかい唇にそっとキスを落とすと、間近でレオンの麗しの顔に花が咲く。
「当たり前だ」
そうして、レオンからもキスの雨が落とされ……私は、何だか久し振りに感じるレオンの温もりにとても安心してしまい。
レオンもまた、ダメージから回復したばかりで体力が落ちていたのか、私達は抱き合って眠りについてしまい……
……フォレスの大爆笑とサラちゃんの怒号に覚醒を齎されるまで、幸せなひと時を過ごさせて頂いたと言っておきます。
と、まぁそんなやりとりを経て、「リコ不足を解消させて貰うよ」と言ったレオンはそれ以降、本当に片時も私の側を離れずにいてくれて、今に至る、というワケです。
ちなみに、フォレスはそのやたらと良い声を買われて、今日は実況席で解説の大役を仰せつかっている。
昨日まで解説をしていたヘクターさんは、その知名度と公平性から、栄えある決勝戦のレフェリーを懇願されて、今は舞台の上だ。
……まぁ、私から言わせたら、未だにサラちゃんの怒りを真っ向から受け止める勇気がなくて、舞台に逃げたんじゃないかと思ってるんだけどね。
「それにしても、リサは強いな。身のこなしに一分の隙もない。攻撃は流れるように続いているし、防御は最低限だ。あれは……こんな闘いに慣れていないボクでは敵わないな」
現在、行われている決勝戦。
リサさんの相手の男の人も、ここまで勝ち上がって来ただけあって屈強な身体だし、素早いし、私の目ではその攻撃を追う事すら出来ないくらいなんだけど、
リサさんのそれは闘い、というものがあまり解っていない私が見ても相手を凌駕しているのが解る。
「あったりまえさね! リサはアタシが手塩に掛けて育てた生粋の格闘家だ。滅多な事で負けるもんかいっ!」
アッハッハ、と、今日も今日とてお酒を片手に持ったヴェラさんが楽しそうに教えてくれる。
そんなヴェラさんの言葉を裏付けるように、試合はリサさん有利で進んで行き……
「絶対王者・リサ、速い速い! そして一撃の重みも比類なきものですっ! 挑戦者、もはや防戦一方で攻撃の手が止まってしまっているぅぅーー!!」
「うぉぉーー!! いけェリサ、そこだぁぁーー!!」
会場に実況のリッジーさんとフォレスの声が響き渡った。
……フォレスさんや、少しは解説の仕事をして下さい……。パーティーの仲間として、何だか恥ずかしいじゃないですか……。
「……フン。ウォーミングアップにもなりませんわっ! 手応えが無さ過ぎてつまりませんわね……。
貴方の力量は良く解りました。少しは身体も温まりましたし、そろそろロイと遊ばせて頂く事にしますわねっ!」
カメラが、不敵に笑ったリサさんの表情を大写しにした次の瞬間。
彼女は相手の腕を取り、自分に引き寄せたかと思うと、素早く胴にその腕を回して抱き抱えると、そのまま仰け反って相手の頭を舞台上に叩き付けた。
「で、出たァァァァーーーー!!!! リサの必殺技、ジャーマン・スープレックスゥゥーー!!」
「綺麗に決まったな! こりゃあ相手はひとたまりもないぜっ! 良いぞ、リサァァーー!!」
……だからフォレスさん、個人的な発言はマイクの前では控えて下さいってば……。
やたらと良い声だけど、もう二度とフォレスにこの手の仕事の依頼は来ないだろう。まぁ、一緒に冒険をしているのだし、そう頻繁にこんな仕事を受けられても困るけどね……。
「ダウン、ダウンです! カウント入ります……スリー、ツー、ワン……!!!!」
実況のリッジーさんがそう叫んだ瞬間、舞台の脇からカンカンカーン! とゴングの音が高らかに鳴り。
ワァァァァーーー! と会場が大きく沸いたのと同時に、立ち上がったリサさんが拳を天に付き上げる。
「リサさーーん、素敵ィィーー!!」
大興奮の私が、レオンの手を振りほどいて立ち上がり、頭の上で盛大な拍手を送っていると、舞台の上から私を見つけたと思しきリサさんが両手をブンブン振ってくれる。
「大好きですわ、リコちゃん様ーー!!」
大写しになったリサさんからのそんな熱烈な告白を受けて。
「……ちょっ、リコ!? まさか君、あの娘まで誑かしちゃったの!? ボクでは敵わないって知ってるなら悪化させるようなこと止めて!?」
少し慌てた様子のレオンが、私の持っていたレオンカラータオルを私の頭からスッポリと被せてその腕の中に抱き込んだ。
「……自重しなさい」
「……不可抗力です……」
レオンの腕の中で、その心臓の音を聞きながら、私はウヘヘとほくそ笑んでいたのだけれど……。
タオルに包まれた私からは見えない舞台の上では、リサさんが鬼の形相でこちらを睨んでおり。
そんな私とレオンの様子を捉えたカメラの映像が壁面に大写しになり、会場には今までとは違った、悲鳴めいた絶叫が響き渡り……
「ぶわっはっはっは!! 良いぞ馬鹿ップル、もっとやれェーー!!」
テンションの上がったらしいフォレスのやたらと良い声が、マイクを通して会場に炸裂したのだった。
------------------
「皆さま、お待たせしましたァァーー!! いよいよエキシビジョン・マッチです、あの……あの!! 伝説の『破壊者・ロイ』の入場です!!」
大歓声に包まれて、キリッとした表情のクラックさんが真っ赤なマントを羽織って入場して来る。
「ロイィィーーーー!!!!」
「おかえりィィーー!!!!」
「アーーニキィィーーーー!!!!」
会場のボルテージは今や最高潮だ。
そんな歓声に包まれ、私もレオンもいつもとは違う雰囲気のクラックさんに釘付けになってしまった。
「……クラック。こんなにすごい選手だったのか……。ただの変態だと思ってた……」
「レオン、お口にチャック!」
アブない事を呟くレオンの唇を、私は慌てて押さえにかかる。
「……リコ、どうせならそれは手じゃなくて口で……」
「後でねっ!」
今や私達は人々の注目の的だと理解した私が、コソっとレオンの耳元でそっと囁いた。
そんな様子をヴェラさんは相変わらずお酒を飲みながら、サラちゃんはドン引きの態で見やっている。
そしてレオンは「言質は取ったよ」と楽しそうに笑いながら、脚の間に座らせた私をギュッと抱き締めた。
……ええ、ハイ……。あのリサさんの告白の後、レオンは姿勢を変えて私を背後から抱きかかえるスタイルに変更しています……。
それは確かに、この姿勢は私にとってもご褒美だけどさ!? いつ、カメラが私達の姿を捉えるのか解らない状況では拷問のようだよっ!
だけど、既にリコちゃん囲い込みモードに入ったレオン様は己の意思を変えるつもりはないらしく、周囲の人々も何故だか微笑ましいモノを見るような瞳で私達を見守っている。
「若いって良いねェ」
「……ヘクのお仕置き、一時間短縮しようかなぁ……」
ヴェラさん、レオン様は恐らく一生このままだと思いますし、サラちゃん、それは短縮の「た」の字が泣く程度の軽減だと思いますよ……。
「突然復帰した伝説の格闘家、ロイ! ワタクシ、リッジーも大ファンでありますが……解説のフォレスさん、怪我をしたという噂ですが、ロイは闘えるのでしょうか?」
「ハァ!? アイツ、怪我なんかしてんの? 情けも遠慮もないぜ、アイツは。
……大会に出場するからには覚悟もしてんだろ。俺も良く闘わされるから知ってるけど……強いぜ、アイツは。面白い試合になりそうだなっ!」
ハハハ、とフォレスの耳触りの良い声が響く。
……正直、解説者としては口調に気を付けなさいよと言わざるを得ないけれど、言っている事は至極真面目でフォレスだからこそ知り得る情報もあり、皆の興味を引くには充分だ。
確かに、私達の知るクラックさんって凄く元気だし、怪我をしているなんて信じられないくらいだもんね。
「……ロイ。個人的に確かめたい事がありますのよ……。もし私が勝ったら、質問に正直に答えて下さいますか?」
「勝ってから言いなさいよ、クソ餓鬼。アタシは負けないわ。誰にもね!」
舞台上で握手を交わしながらそんな会話をしている二人の様子が大写しになり、マイクがその音声を拾う。
「オオーーッとこれはァァ!? 因縁の対決、というヤツなのでしょうかね、フォレスさん!?」
「闘いに理由や因縁なんか関係ねェよ! 純粋にどっちが強いか! 俺はそれしか興味ねェ!」
カッカッカ、と、瑠璃に似た笑い声を会場中に拾うするフォレス。
……その台詞はちょっと格好良いじゃないかと、相変わらずレオンの腕の中で密かに舌打ちをしていると。
「……フォレスのヤツ、格好良い事言うじゃないか」
私の頭のすぐ上で、少し拗ねたようなレオンの声が聞こえた。
「……二つの世界を探してもレオンには誰も敵わないけどね?」
「……この場でメチャクチャにされたいの、リコ?」
私を抱き込んだまま、フッと悪役めいた笑みを私に向けるレオン様。
違いますってば! レオンが拗ねたら後が面倒くさ……ゲフン、フォローに時間がかかると学習しているから言っただけで、黒レオン様の覚醒を促したワケではないですからね!?
「……二人の時なら、良い」
呟いた私の言葉を拾ったレオンが
「仰せの通りに。姫君」
……と、私の頭にキスをしながら言った時、カーン! と試合開始を告げるゴングが会場に鳴り響いた。
「先手必勝ですわ、ロイ! 正直、体力では敵いませんけれど、技と力ならきっと……!」
「経験豊富なアタシに技や力で立ち向かう? 無謀ねェ、子猫ちゃん!」
お互いに不敵な笑いを浮かべた二人が「ハァァ!!」と気合いを込めた。
ちなみに、この闘いでは二人共、両手にナックルをつけており、武器による不利はない。
でも、女性としては長身なリサさんだけど、一般的な男性よりも大柄なクラックさんが相手ではさすがにリーチの長さではリサさんは不利だし、スピードもクラックさんはハンパなかった。
「リサのネックブリーカードロップゥゥーー!! だがロイには利いていないィィーー!!??」
「ビクもしてねェな! 見ろよあの表情、笑ってやがる! ああなったアイツはもう止まらねぇぜ!」
クラックさんの首をめがけて、リサさんが勢い良くその腕を巻き付けて倒そうと試みる。
けれど、フォレスの言うようにクラックさんは微動だにせずその場に立っており、ニヒルに微笑んでその攻撃を受け止めた。
そんなクラックさんの様子に、リサさんは少し目を見開いたけれど、次の瞬間にはニヤリと笑い、
「……さすがロイ! こうでなくちゃ私も楽しめませんわねっ!」
楽しそうにそう言った瞬間にグッと猫のように身を縮めてクラックさんの膝をめがけてタックルをかました。
さすがのクラックさんも、全力で膝に一撃を食らっては微動だにせず、というワケにも行かず、全身を大きく後退させる事になったのだけれど、
「ハッ! まだまだね、子猫ちゃん! でも、スピードだけは認めてあげても良いかもしれないわっ!」
屈強な上半身をそのままリサさんに向かって覆い被さるように倒し、そのまま剛腕をリサさんの上半身に回して持ち上げる。
そしてそのまま、グググッとリサさんの身体を持ち上げると、そのままエビ反りの要領で自らの後方へとリサさんを叩き付けた!
「おおーーっとこれはァァーー!!?? ロイの得意技・ブレーンバスタァァーー!! これは流石のリサも大ダメージ必至だァァーー!!」
「イヤ、直前でかわしやがったぜ、リサの野郎! そのままロイの脇を取って固め技に入ってやがるっ!」
実況席の二人も大興奮だ。つられるように、会場からも大きな歓声が上がる。
そんな空気に包まれて、観客席の私達も言葉にもならない言葉を上げて試合に見入っていた。
「解説のフォレスさん、これはどちらが勝っても可笑しくありませんね!?」
「ああ。だが、体力で勝るとは言えブランクのあるロイと、連戦で体力を消耗し、力も技も劣るリサ、そう長い闘いにはならねェだろ。次辺りで決まる可能性が高いぜっ!」
フォレスのやたらと良い声がそう告げた時、リサさんの脇固めを力任せに振りほどいたクラックさんが、流石に少し息を切らせてリサさんと距離を取っている。
対するリサさんも、額に汗を浮かべながら、クラックさんよりも激しく肩で息をして、それでも獰猛な視線により一層の力を込めて対峙していた。
「……やるじゃない、子猫ちゃん。正直、アタシもあんまり余裕はないのよねぇ……。そろそろフィニッシュと行きましょうか!」
「望む所ですわ、ロイ! 余裕がないのはお互い様ですし、私も必殺技でキめさせて頂きますわっ!」
ニヤリと不敵に笑った両者が、凄いスピードでお互いの手の届く距離に駆け寄った。
そしてそのまま、ガシッとお互いの腕を取り……
「「ハァァァァァァーーーー!!!!」」
……何故だかとても良く似た掛け声を放ち、その闘気を爆発させた!!
お読み頂き、有り難うございました!




