【後日談】荒野の薔薇 ⑤
今にもクラックさんの首根っこを引っ掴んで表に出ようとするリサさん。
周囲の人々は何だか面白がって、「いーぞ、やれやれ!」なんて囃し立てている。
私は、喧嘩沙汰とかは出来れば避けたい平和主義の人間だし、クラックさんの事も心配なので、何とか止めようとしていたのだけれど、リサさんの熱気や周囲の大声に阻まれてしまっていた。
……と、そんな私の困惑を代弁してくれるかのように、大声で言ってくれたのはヴェラさんだ。
「およしよ、リサ。こんな所で見世物になる必要はないだろ? 丁度今は一年に一度の武闘大会の季節なんだ。そこで決着をつけりゃ良いだろう?」
その方が大会も盛り上がるしねェ、と楽しそうに笑いながらまたまたお酒をあおるヴェラさん。
……違うのぉぉーー!! 私は止めて欲しかったのであって、煽って欲しかったんじゃないのぉぉーー!!
「そりゃまぁ、伝説の『破壊者・ロイ』が出場するとなれば大層盛り上がりますけれど……。でも、ロイは怪我で引退したと聞きましてよ? 大会なんか出られるんですの?」
キョトン、とした表情でリサさんが呟いた。
……ってか、怪我を知ってて勝負を挑んだんだろうか……。それはちょっと直情的過ぎちゃうんじゃないかな、リサさんや……?
「まぁね。トーナメントは厳しいだろうねェ。だから、ロイが出場するのは、エキシビジョンマッチのみ。優勝者と対戦するって事でどうだい? それで良ければ話をつけてやるよ。
……それとも何かいリサ? アンタは勝ち抜く自信がないとでもお言いかい?」
ドン、とグラスを置き、ニヤリと意地の悪そうな笑みでリサさんを見やるヴェラさん。
その言葉にリサさんも激高して「冗談ではありませんわ! 私が負けるなんてあり得ませんっ!」と元気にお返事しているけど……。
「……クラックさん、何かお話が進んでますけど、反対しなくて良いんですか?」
何だか難しい顔をしたまま黙っているクラックさんに、私は聞いた。
だって当の本人だ。しかも、怪我をしていると言う。
確かにクラックさんは腕っ節も強いし、ガッチリとした体型だし、昔、格闘家だったと聞いても何も疑問には思わないけど、今は服飾店の店長さんだし、ブランクもあるんじゃないだろうか。
「……そうね。折角来たのなら、アタシも一試合くらい本気で闘ってみても良いかもしれないわね」
……出ちゃうのォォーー!!?? 心配して止めようとしていた私って一体……。
ところが、そんなクラックさんの言葉を聞き、周囲の人々はグラスを打ち鳴らして歓声を上げている。
……うう、心配したり止めたりっていう雰囲気じゃないよぅ……!
「漢だねェ、ロイ! そう来なくちゃ!」
アッハッハ、と大きな声で笑いながらヴェラさんがグイっとグラスを空ける。
「……フフ、楽しみですわ。伝説の格闘家との一戦……必ず勝ち残り、この街で一番の格闘家は私、リサ・ルクティスであると証明してみせますわっ!」
ヴェラさんに釣られたようにリサさんもグラスをグイッとあおっている。
周囲の人々も囃し立て、ある一角では「リサに銅貨五枚!」「俺はロイに賭けるぜ、銀貨一枚だ!」なんて、賭博めいたことまで始めている始末だ。
「……クラックさん、この雰囲気では出ないと言えないのも解りますけど……怪我なんかしないで下さいね。私、光属性はありますけど、治癒はあまり得意ではないので……」
心配になってクラックさんにそう告げると。
「心配してくれてありがと、リコちゃん。大丈夫よ。アタシ、こう見えて強いんだから。
……けど、そうね、エキシビジョンとは言え、勝てたら何かご褒美をくれる? リコちゃんの応援と景品があれば負ける気がしないんだけどな?」
そう言って、悪戯っぽくウィンクをかますクラックさん。
「私で出来ることなら何でも!」
……と、元気にお返事した私の後頭部を、サラちゃんがまたしてもパコーン! と良い音をさせて叩いてくれる。
「もう、馬鹿リコちゃん! そういうの安請け合いしないで! また面倒臭いことになるんだから!」
だけど、そんな私の言葉を耳聡くリサさんが拾ってしまったようだ。
「ご褒美を頂けるんですの!? それなら私も死力を尽くしますわよ……!!
リコちゃん様、私が勝ったらご褒美、下さいますわよね!?」
ズイ、と期待に満ちた顔を近付けて来るリサさん。
「……え、ええと……。私で出来る事であれば……?」
そう言うしかないじゃんか! その時のリサさんってば、猛牛もビックリな勢いだったんだから!!
そして、そんな私の言葉を聞いた後のリサさんのキラキラの笑顔と来たら、眩しくて思わず目を瞑ってしまった程だよ!!
「ほらぁぁーー!! もう、リコちゃんってば! 何を要求されても、サラ、知らないんだからねっ!!」
プゥ、と頬を膨らませたサラちゃんがそっぽを向いた。
……ええ、美少女のそんな仕草は『萌え』としか言い様がないですけれども……。
「アッハッハ! 良いね、良いねェ! 今年の武闘大会は盛り上がりそうだ!
そこの! アタシはロイに銀貨五枚架けるよっ!」
「ヴェラ婆! 私を見くびるのもいい加減にして下さいません!? 良いですわ、私が負けたら私に賭けて下さった皆様にお詫びに一杯御馳走しますわよっ!」
「ウフフ……。ここで闘う事になるのも何かの縁かしらねぇ……。『破壊者・ロイ』の名に賭けて、負ける訳にはいかないわよォーー!!」
発案者と挑戦者と伝説の格闘家の面々は、そんな事を口々に言いながら「良い試合をしましょう!」とグラスを鳴らして杯を煽る。
そんな私達の周囲では、相変わらず砂華の街の人々が大声で楽しげに笑いながらグラスを打ち鳴らしていて……。
うわぁぁーーん!! 何故こんな事になっちゃうのぉぉーー!!??
助けて、レオン様ぁぁーー!!
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そして翌日。私はサラちゃんとクラックさんと一緒に、武闘大会が開催されているという演舞場のVIP席にいた。
「……こんなに盛り上がるのは数年ぶりだねェ……!」
……訂正します。何故だか、私の隣には演舞場で売られているお酒を片手に、楽しそうにその様子を見つめているヴェラさんもいらっしゃいます。
こんなに盛り上がっている大会に突然クラックさんのエキシビジョンマッチが追加されるなんて、果たして有り得るのだろうかと考えた私だったけど、
あの後聞いた話によると、なんとヴェラさんもまた伝説の格闘家なんだとか。
そして今は名誉職に就いていて、その彼女が「ロイを出すよ!」と言えば、運営の方々は総立ちで拍手を以て賛成したらしい。
ヴェラさんの影響力もさることながら、クラックさんの知名度も凄いよねぇ……。
でも、今の私は、舞台で対峙している二人の事が気になってそれどころではなかった。
「さぁ! 盛り上がって参りました、今回の武闘大会! 準々決勝のこの闘いは、なんと、なんと!
直前ギリギリでエントリーされた、あの! 『デュレクの英雄、レオンドール・フォン・アウンスバッハ』と、その相棒『疾風のフォレス』の一騎打ちとなりましたっ!
尚、実況はワタクシ、この武闘大会の専任でありますリッジー・ナヨンがお届けしておりますっ!
解説のギルド長、ヘクトル・ローンバインさん、これは今大会で最も注目の一戦と言えますねっ!?」
「そうですね。デュレクで最も有名で力のあるパーティーの相棒同士による一騎打ち……。
早さと力で勝るフォレス有利との下馬評が多いですが、最近はレオンも力を付けていますし、知略で勝るレオンがどんな闘いを見せるか、この闘いはギルド長としても見逃せませんね!」
……ヘクターさん、何やってるんですか……。
それは確かに、闘い慣れているだろうし、選手の知り合いも多いだろうけど……。
「もぅ、ヘクったらっ! 聞いてよ、リコちゃん! 風の子達が教えてくれたんだけど、ヘクったら覆面を被ってまで出場したのに、初戦でフォレス君に負けちゃったんだって!
格好悪いったらないよねっ! 三日間ご飯とサラとの会話と触れ合い禁止の刑に処すっ!!」
私の隣では、サラちゃんがブーたれている。
……ヘクターさん、嫁が激おこです。今言われているよりももっと酷い罰が下らない事を祈るばかりです……。
と、まぁ、外野は色々あるのだけれど。
今の私にとってはフォレスと……世界で一番大好きな恋人・レオンが対峙しているという現実に、心臓がバクバクしている。
ちなみに、この演舞場は特殊な魔法が使われていて、選手の会話や息使いは会場中で聞こえるし、白い壁には彼らの姿が大写しされている。
……ハァ。レオン様の大アップ、麗しい……と、映し出されたレオンの姿に私は思わず溜め息を吐いてしまった。
や、見慣れてはいるんだけどね!? 何て言うかこう、真剣なレオンの顔が大きな壁に大写しにされると、つい見入っちゃうのは仕方がない事だと思うんです! 今も昔も、私はレオン信者なのだから!!
「よぉ、レオン。この時を待ってたぜ……。俺とお前はパーティーの仲間で親友で……相棒だって思ってるけどさ。だからこそ、本気で闘り合ってみたいと、ずっと思ってたんだよなぁ……」
会場の声を拾うマイクから、フォレスのやたらと良い声が聞こえて来る。
その瞬間、「キャーー!」と言う女の子の声を上回る勢いで「ウォオオオオーーーー!!」という野太い声が会場に響き渡った。
……フォレスさんや、貴方の野郎人気は不動のようですよ……。
「そうだな、フォレス。ボクの目標は……ずっとお前だったかもしれない。今までのボクなら、きっとお前と闘おうなんて思わなかっただろう。
……でも今は。今のボクにはどうしても守りたい女性がいるっ! その役目はお前にだって絶対に渡せないんだっ!」
叫ぶようにそう言って、レオンがチャキッと愛用の細剣を構えた。
その台詞、完璧なその仕草、鼻血が出そうな程の麗しい顔、そして身震いしそうな程に真剣な表情のレオンが大写しにされた瞬間……
「キャアアアアーーーー!!!!! レオン様ァァーー!!」
アイドルのコンサート会場もかくやと言った態で、女の子達の絶叫が響き渡る。
かく言う私も、そんなレオンの言葉と表情に大興奮で「レオン様ぁぁーー!!」と叫んでリコちゃん特製のレオン色──空色に黄色のお星様模様を散りばめたタオルを振り回していたのだけれど。
「ちょっとリコちゃん! あんまり騒がないで! リコちゃんにはレオン君ファンと同じくらいのファンが付いてるんだからね!?」
サラちゃんにパコーン! と頭を叩かれて渋々と席に座った。
……サラちゃんや、あんまり頭を叩くと今以上に阿呆になってご迷惑をお掛けすることになりますがよろしいか……?
とにかく会場はそんな喧騒に包まれていて、私の絶叫も掻き消されてしまっていた筈だったんだ。
……なのに。
「……リコ……!?」
演舞場のレオンが驚いたように大きく瞳をかっ拡げ、今まさに私の座っている席を凝視している。
「……え……?」
そして次の瞬間には、阿呆の子のように口を拡げている私の顔が画面に大写しになり。
「リコちゃん様ぁぁーーーー!!??」
男性と女性の入り混じった叫び声が、会場を埋め尽くしたのだった……。
……うう、この間抜けな私の顔を大写しにするの、止めてくれませんかね!?
「おぉっとこれはァァ!? 『デュレクの天使・リコちゃん』の姿をカメラが写し出しましたァー! かく言うわたくし、リッジー・ナヨンもリコちゃん派閥のナンバーひと桁を所持するファンの一人でありますっ!
リコちゃん様には後ほど試合の感想をお伺いすると共にインタビューをお願いし、その様子を皆様にもお届け致しましょうっ!!
……解説のヘクトルさん、天使が立ち会うとは、またこれは物凄い試合になりそうですねっ!?」
「……ゲッ! その横には俺の嫁がいますね……。捲いて来たつもりなんですが……それ程までにこの試合が注目を集めているという事でしょうね。
リッジーさん、彼女達は試合の後にクローズアップすることにして……今は試合に注目しましょう。そろそろ始まりますよ!」
ヘクターさんが私の横に微かに映るサラちゃんの若草色の髪を見咎めて呟くようにそう言ったのと同時に、
レオンとフォレスが立っている演舞場に立っているレフェリーのお兄さんが大声を上げた。
「……えー、色々ありそうですけど、とりま試合を開始しますっ! 両者、構えっ!」
……レフェリーさん、しっかり!
思わず私が心の中で応援してしまったのは仕方がない事だと思う。
けれど、その掛け声をきっかけに、会場の興味は私から、演舞場の二人にしっかりと移って行った。
「赤コーナー、レオンドール・フォン・アウンスバッハ! 蒼コーナー、フォレス・オークレール!!
両者、準備は良いですね? 恨みっこナシの真剣勝負……ファイッ!!」
カーン! とゴングが鳴り。
「うぉーーー!!!!」
「ハァァッーーー!!!!」
……フォレスとレオンの掛け声が会場に響き渡り、私にとって大きな意味を持つその試合が、開始された。
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カキーン! と、剣と剣がぶつかる音が鳴り響く。
一度合わさったそれは、次の瞬間には持ち主によって遠ざけられ、二人は距離を取って相手の出方を観察しているようだ。
……もう何合もこんな打ち合いが続いている。
レオンは微かに肩で息をしているけど、フォレスは未だ余裕の表情だ。
でも、私には解る。フォレスだって段々追い詰められている。その証拠に、彼のこめかみをツーッと一筋の汗が流れ落ちた。
いつもは汗一つかかず、涼しい顔で魔物討伐をこなすフォレス。その左右非対称な髪の毛も、いつもより少し乱れている。
……それでも表情は崩さないってか。レオン相手に虚勢を張るとは。フォレスめ! 後で瑠璃に告げ口してやるっ!
「やっぱり凄いわね、フォレス君。軽量武器のレオン君に対して、重量武器で身体も重いフォレス君はスピードで劣っても可笑しくないのに、まるで互角だわ。
あれで特別技能の『疾風』を使っていないんだもの、流石、としか言い様がないわよぉ~!」
二人の闘いを熱く見つめながら、クラックさんが解説じみた言葉を呟いた。
聞いた所によると、この武闘大会は武器の使用は自由だけど、魔法とスキルは禁止……というか、発動出来ない結界が張ってあるらしい。なので、選手は純粋な身体能力と技で闘わざるを得ない。
……まぁ確かに、フォレスの『疾風』は元より、レオンの『魅了』だって使い方によっては相当チートな特別技能だ。
特別技能は自分で選んで所持している訳ではない以上、公平を期す為にも、スキルは禁止にした方が良いのは納得だ。
そして魔法も、全ての人に平等に与えられる能力ではないし、『武闘大会』である以上、禁止なのは理解出来る。
……でもなぁ……。
レオン贔屓の私からすれば、これはレオンにとって酷な条件なんじゃないかと思ってしまう。
だってレオンは魔法を剣に乗せて戦う戦法を得意にしているし、だからこそ、旅の中でも私がお手伝い出来る事も多いんだ。
最も、彼らは私の補助に頼った戦闘なんかしてないけどね……。ホント、たまに自分はお荷物なんじゃないかって思っちゃうくらい、二人で片付けようとしちゃうんだもん……。
「やれやれ。ロイ、アンタの目は節穴かい? この試合、どう見たって金髪の方が有利だし強いよ。
あの坊や、限界速度のフリをしているけど、まだまだ地力があるし、大剣使いの坊やのスピードを徐々に吊り上げて行ってる。今に蒼髪の坊やはスピードに付いて行けなくなるだろうね。
確かに破壊力は大剣の方が勝るけど、触れもしないスピードにはどんな力だって競り負けるモンさ。この試合、決まったね」
ヴェラさんが、もう何杯目かも解らないお酒を飲み干し、そう言い切った瞬間だった。
カキーン、という一際高い音のすぐ後に、ゴトン、という、何か大きな物が床に落ちる音が聞こえる。
見れば、大剣を弾かれたフォレスが舞台に尻もちをつき、その彼の喉元に、レオンが細剣を突き付けている所だった。
「……お前にだって、負ける訳にはいかない。ボクは誰よりも強くならなきゃいけないんだっ!」
「……なる程な。『想いの強さ』の違いってワケか。けど俺だって……アイツを守る強さが必要だからな。次は負けねぇっ!」
ニヤリと笑ったフォレスが、それでも今回は俺の負けだと、両手を降参の形に上げる。
そんなフォレスの手を取り立ち上がらせると、レオンは言った。
「……想いの強さなら、世界中の誰にも負ける気がしないよ。ボクのすぐ側には、運命の女神がいるんだからね」
そうして二人がガシッと握手を交わし。
「勝負ありっ! 勝者、レオンドール・フォン・アウンスバッハ!!」
レフェリーのお兄さんが高らかにそう告げた瞬間、会場が沸いた。
「キャーーーー!! レオン様素敵ィィーー!」
大興奮の私がそんな事を叫びながらタオルを振り回している姿を、舞台の上からレオンが優しく見つめ、手を振ってくれる。
その様子にますます火が付いた私は。
「愛してるっ!!」
そう叫んで熱烈な投げキッスを大好きな恋人に送ったのだけれど……。
……勿論その様は大写しにされており、後日、レオン様×リコちゃん様の薄い本が砂華の街の乙女達を中心に出回ったとか。
……いや、間違ってはいませんよ? 私の性別以外はね……。
お読み頂き、有り難うございました!




