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【後日談】荒野の薔薇 ④

 


「いらっしゃいまっせぇぇーー!!」



 店内に入ると、元気な女の子の声が私達を迎えてくれた。

 ここは『夜の羊亭』。お客様のほぼ九割が屈強な男の人達だ。

 彼らは思い思いにグラスを掲げ、打ち交わし、提供される大盛の料理に舌鼓を打ちながら楽しそうに食事をしている。


「リサ! 四人分、席を頼むよ!」


 騒々しい店内でも尚一層響き渡る大声でヴェラさんが告げると、出迎えてくれた女の子が元気に笑いながら応対してくれた。


「ヴェラ婆! 珍しいですわねっ! いつもはこんな料理に金を払うなんて馬鹿らしいとか言って寄り付きませんのに……。どういう心境の変化ですの?」


 紫の髪をお下げに結って、その豊満な身体にクラックさんと同じようなフリフリのエプロンを身に着けた女の子。

 ……うう、またしてもデュレク補正のナイスバディ……。本当に何なんだ、この世界は!? 食べる物なんて東京にあったものとそう変わらないのにっ!

 これからこの世界で、皆と同じ物を食べ続けたら残念な私の胸のまな板も少しは成長するのだろうか……いや、きっとそれはないだろうな……。


「煩いねぇ。たまには不味い物でも食わなきゃ、アタシの作る料理が自分の中で標準化しちまってつまらないだろうが! 良いからさっさと案内おし。今日は新規顧客のご紹介だ」

「アラアラ。婆にしては気が利くじゃありませんの。たしかに婆の作る料理なんて噛み応えがなくて若い人のアゴには天敵ですものねぇ。

 お客さん達、この店に来て正解ですわっ!

 雑炊や豆腐や柔らかく煮た煮物なんかより、若者に必要なのはシャキシャキの野菜と血の滴る肉ですわよっ! さ、どうぞ!」


 ホーッホホ、と高笑いしながら私達を案内してくれる女の子。

 ……ヴェラさんが『リサ』と呼んでたし、額には角が生えてたからオーガ族なんだろう。おそらくクラックさんの関係者なんだろうけど……。

 ……なんか凄いな、口調は中世のお姫様みたいな感じだけど、迸る毒舌っぷりがハンパない。

 この世界の女の子が軒並み元気なのは重々理解してるけど……この子はまた、一際強烈なキャラだな……。


「……フン、相変わらず接客のなってない店だよ。ほらお嬢ちゃん達。そんな入口で固まってたら突き飛ばされちまうよ。御馳走してくれるんだろう?

 料理は不味いけど酒の味は万国共通だからねぇ……。今日は思う存分堪能させてもらうとするよ」


 アッハッハ、と大声で笑いながら案内されるヴェラさんの後ろを、私とサラちゃんはおっかなびっくり着いて行く。

 その間にも、リサさんと思しき女の子はお店のお客さん達と、


「リサ! 今日も良いケツしてんな!」

「言っておきますけど触ったら爆発しますわよっ!」

「力比べだ、リサ! 勝ったら一杯奢れやっ!」

「案内が済んだらいくらでもお相手しますわよ。その替わり、負けたら今日のお代は三倍にさせて頂きますわねっ! 有り難いですわぁ、今日もボロ儲けですわねっ!」


 手を腰に当て、店内に響き渡る大声でオーッホッホと高笑いを披露するリサさん。

 ……蒼炎村のジュリさんも凄かったけど、彼女のそれは口調のせいも相まって迫力が違うな……。

 けど、リサさんにそんな風にあしらわれても「そりゃ勘弁だなぁ!」と大声で笑うお客さん達は、全く気分を害した様子がない。

 当たり前だよね、元気に笑うその表情からは、悪意なんてまるで感じないもの。

 お客さん達も、彼女とのそんなやりとりをサカナにしてお酒や料理を楽しんでいるのが良く解る。


「凄いですね、リサさん」


 思わず呟いた私を、クルリと振り返ったリサさんが不思議そうな瞳で見つめている。


「お客さん、私をご存知なんですの? 何処かで会った事があったかしら……?」


 ……ヤバ。紹介される前に名前を呼んだら、そりゃ不思議にも思うよね……。


「……って言うか貴女、リコちゃん様じゃございません!? 力比べで勝ったお客様から報酬として強奪したブロマイドのリコちゃん様に瓜二つですわ!」

「……あ、ハイ。初めまして。リコ・イチノセと申します」


 その眼力に負けて、思わず私が自己紹介をすると。



「ギャワワァァーーーー!!!!」



 そんな絶叫が響き渡り、店内のテーブルや窓ガラスをブルブルと震わせている。

 ってちょっと!? 店中のお客さんが料理を落としたりグラスを思わず置いたり……ああ、あそこの店員さんなんか驚き過ぎて片付け途中のお皿を落として割っちゃってるじゃないですか!

 お料理が無駄になってない様子には安心したけどさ! お店が揺れる程だよ! 何なの一体!? ドラゴンの咆哮か何か!?


 すわ戦闘か、と私が腰に帯びているステッキに手を伸ばすより早く、私は今までで一番強い力で抱き締められた。

 ……レオン、力勝負ではきっと彼女には勝てないと思いますっ!


「大ファンですわぁぁーー!! ヤバい本物マジ可愛い……! 天使! 天使の降臨ですわっ!」


 そう叫び、抱き締めた私を一度離すリサさん。



「もし会う事が出来たら絶対にしようと決めてましたの! リコちゃん様、ファンの暴走と思って受け入れて下さいまし……頂きますっ!」



 そう言って私の肩を両手で、相当に強い力で掴み。

 驚いて彼女を見つめたまま固まっている私の唇に……



 チュッ



 ……音を立てて、柔らかい何かが触れる。

 見開いたままの私の視界は、紫の髪と健康そうな褐色の肌だけが映り込んでいて……



「ちょっとぉぉーー!!?? こんなのレオン君にバレたらシャレにならないってェェーー!!」



 サラちゃんと思しき女の子の絶叫が聞こえ、彼女の指示を受けたと思われる風の子達が優しく私を包んで彼女から引き剥がされるまでの……約三秒。



 ……どうやら私は、リサさん、というらしい彼女に。



 キスを、されたらしい。



 ------------------



「サラちゃん……あの、この事はレオンには……」

「言える訳ないでしょっ!? バレたらこの街は灰になるよっ!」


 リサさんを警戒してなのか、今度はサラちゃんと彼女のお友達の風の子達がずっと私を包んでいる。


「オホホ! これだけで毎日ご飯が丼で三杯はイケますわ! 後は私の魅力を叩き込んで夢中にさせるだけですわねっ!」


 対するリサさんはすこぶる上機嫌で片頬に手を当て、テーブルを挟んだ向かい側の席に座り込んでいる。

 ……食堂の仕事は良いんだろうかと心配になっちゃうよ……。


「リサちゃん、ちょっと強引過ぎるんじゃない!? ほら見て、リコちゃんってば驚いて固まっちゃってるじゃない!」

「何を仰いますの? リコちゃん様は今やデュレクのアイドル。多少強引なのは認めますけれど、こうでもしなければ私の存在を認識してなど貰えないではないですか」


 怒気を孕んだサラちゃんの言葉も、リサさんは笑って受け流している。

 そりゃまぁ、確かに驚きはしたけど……嫌な気持ちはなかった。

 この場にもしレオンがいたら、もっと恐ろしい状況になっていたに違いないと、その現実が訪れなかった事に安堵すら感じているくらいだよ。

 それでも、私がリサさんを直視出来ずにいるのは……その強烈なキャラにビビっているせいも勿論あるんだけど、自分に向けられる真っ直ぐな感情に戸惑っているからに他ならない。


「……とは言え、まずは自己紹介からですわよね。リコちゃん様、何故か名前は知っていて下さっていたようですけれど、改めて名乗らせて下さいまし。

 私はリサ、リサ・ルクティス、二十歳。この砂華の街の食堂で働きながら、この時期は武闘大会にも出場する格闘家ですわ。以後、お見知り置き下さいね」


 ニッコリと微笑んだリサさんは、再び私の手を取って指先にチュッとキスを落とす。


「ちょっと!? だからリサちゃん、スキンシップが過ぎるってば!」


 慌てたサラちゃんが私の手を奪い取り、側に置いてあったおしぼりでサッと私の手を拭っている。


「……貴女こそ何なんですの? 私はリコちゃん様とお話をしたいのですから、邪魔をしないで下さいません!?」

「サラはリコちゃんの友達で、この旅では保護者みたいなものなの! リコちゃんに何かあったらとっても面倒臭いことになるんだから……お控えなすって!!」


 ……サラちゃん、その単語は何か違う気がするよ……?


「リコちゃん様は私の理想なのですわ。その庇護欲をそそられる愛らしい容姿も勿論素敵ですけれど……。

 自分の生まれた国を出奔しても尚、冒険者などという危険な職業に就いて、この都市を護ろうとして下さっているその優しいお心にとても……とても惹かれてしまうのですわ」


 そう語り、あのキスの直後と同じように、熱の籠った視線を私に向けるリサさん。

 そこには何の衒いもなく、真っ直ぐに私に対する好意が熱く込められている。


 有り難い事に、私を好きだと言ってくれる人は複数いる。

 サラちゃんもティナちゃんも、そして瑠璃も、言葉や態度でその気持ちを示してくれるし、私もそんな彼女達の事が大好きだ。けど、そこに恋愛感情はない。

 フォレスだって、私を散々玩具扱いしてからかってくるけど、言葉にはしないけど私をとても大切に扱ってくれて……大切な仲間だと、全身で言ってくれているのが解る。でも、それも恋愛感情じゃない。


 そして、私の恋人のレオンは……正直、一生分の愛の言葉を今使ってくれてるんじゃないかってくらい、好きだよ、君が大切だよ、愛してると言ってくれる。

 でも、それはお互い様で……それどころか、きっと私の方がレオンに執着してるんだろうなと思う節もあるし、そんな言葉や過剰な程のスキンシップや、時には嫉妬や独占欲といった素直な感情をぶつけてくれるレオンをとても愛おしいと思っている。

 だって私はレオンが大好きだ。それだけは、きっと一生変わる事がないだろうと自覚もしているし、きっとレオン以外の人を好きになることはないんじゃないかと、確信めいた予感もある。


 だけど……今、リサさんが私に向けてくれる視線には、レオンが私を見つめる瞳に込められたそれと似た色を含んでいて……。

『亡国の王子様』なんて呼ばれて、アイドルみたいに接してくれている人達とは違う、もっと強い気持ちを感じざるを得なかった。


 だから、私は何も言えずにいる。

 私の性別については、もう暫くこのままにしておこうとレオンとも話しているから明かす訳にはいかないけど……間違いなくリサさんは私を誤解している。

 そしてその想いがとても真剣なものだという事も解るから……応えられない申し訳なさや、騙しているいたたまれなさが、私から言葉を奪っているみたいだ。



「……有り難う、リサさん。とても嬉しいです。でも……私は、貴女のその想いに応える事が出来なくて……」



 ちょっと泣きそうになりながら俯いて、ごめんなさい、とやっと告げた私に、リサさんは「顔を上げて下さいまし!」と元気に笑いながら言ってくれた。



「当たり前ですわ、リコちゃん様。初めて会った私に好きだなんて言って下さったら……それは確かに嬉しいですけれど、少し、幻滅してしまった所でしてよ。

 ……正直ね、私も、この恵まれた体躯や努力して身に着けた戦闘術などのせいで、他人から秋波を受ける事は少なくありませんの。

 ですから、勝手に憧れられ、想いをぶつけられ、それが叶わなかったからと言って逆恨みされたりしたこともありますし、この感情は、決して人にとって有益な物を生み出すばかりではない事は知っていますわ」


 けれど、と、リサさんはフッと表情を優しく和らげる。


「……思っていた通り、人の真剣な言葉や気持ちを真っ直ぐに受け止めて応えようとして下さるリコちゃん様は、やはり素敵な方ですわね。

 ……好きですわ、リコちゃん様」


 告げられる、真剣な想いを含んだその言葉。


「……有り難う、リサさん。いつか……私の本当の姿を知っても、そう言ってくれると嬉しいです」


 微笑んだ私に、リサさんは再びあの元気な笑顔を向けてくれる。



「当たり前ですわっ! 折角お会いする事が出来たのですもの、少しでもアピールしなければ。リコちゃん様は人気者ですしね。

 出来れば、私の事も忘れずにいてくれて、武闘大会でも応援して下さったらこれ以上の幸せはありませんわっ!」



 さ、仕事、仕事と言いながら立ち上がったリサさんは、何だか凄く眩しく見えて。



「応援しますよーリサさん!」

「馬鹿リコちゃん! 滅多な事を言って期待させるんじゃないの!」



 ……言った側から、サラちゃんがパカーン! と良い音を立てて私の頭を引っぱたいてくれ。

 そんな私達を、食堂の人達やヴェラさんが大爆笑しながら酒のサカナにしてくれていたのだった。



 ……他人(ひと)の真剣な悩みを酒のサカナにするとは……! 砂華の街の人々、恐るべしっ……!!




 ------------------



 そうして暫くヴェラさんやお店の人々にからかわれ続けていた私。

 接客の合間を縫ってリサさんも度々私達の席にやって来るものだから、いつのまにか私達の周りには人が集まってしまっていた。

 ……うう、営業妨害とかしてないだろうか……。元が庶民な私は心配になっちゃうよ……。


 と、そこへ神妙な表情のクラックさんがやって来る。


「おーおー。いっちょ前の表情するじゃないか、ロイ! 少しは見られる顔になって良かったねぇ!」


 ジョッキをグイッと煽り、そんな事を声高に言いだすヴェラさん。

 そんな言葉を掛けられたクラックさんは眉を顰めたまま私達の席にやって来て、空いている席にドカリと乱暴に座った。


「……煩いわね、クソババァ。そんな嫌味しか言えないから誰も寄り付かないんじゃない。少しは年も考えて可愛げのある言動を覚えなさいよ」


 そんな悪態を付きながら、側を通りかかった店員さんに「お酒ちょうだい!」と注文している。


「……シーリアの事、知らせてくれても良かったんじゃないの?」

「連絡したら帰って来たのかい? あの時お前が言ってた『覚悟』ってのはそんな程度のものじゃないだろ。

 他ならぬシーリアとの約束だからね……まぁ、約束がなかったとしても、アンタなんかに教えてやるものか。この裏切り者め!」


 フンッと鼻を鳴らしてまたグイッと煽るヴェラさん。

 ……ってか、さっきからずっと飲んでるけど大丈夫なのかな……。ヴェラさん、見た目から言ったら私のお婆ちゃんくらいに見えるんだけど……。

 それに、さっき聞いた話では、この二人はだいぶ久し振りの再会だった筈だ。

 積もる話もあるだろうし、すごくプライベートな話になりそうだし……ここは席を外した方が良いかな、と、チラリとサラちゃんの方を見ると、彼女もコクリと頷いてくれる。

 ……どうですか、この長年連れ添った夫婦のような連帯感! しかも相手は絶世の美少女! 我が身のなんたる幸運さ!!


「クラックさん、私達お先に失礼して宿屋を探しておきますから……ヴェラさんとゆっくり……」


 と、私が椅子から腰を浮かしかけた所に、クラックさんが頼んだお酒を持って、リサさんがやって来た。

 それも、片手に三つのジョッキ、片手には器用に二つのグラスを持ち、しかも中身はなみなみと注がれているのに零れる様子は全くない。

 よっ! 職人芸! と思わず拍手をしたくなってしまった程だ。



「ダメですわ、リコちゃん様! 店のお客様達も、勿論私もまだまだ貴女とお話したいのですもの、逃げるなんて許しませんわよ?

 ハイ、こちらご注文のお酒ですわっ! ヴェラ婆、私の分も持って来ましたし、今日の仕事は終りにして貰いましたから、私もこの席に着かせて頂きますわねっ!」



 そう言って、やや強引に四人席だった私達の席に椅子を持って来る。

 ……当たり前のように私の隣に座り込んでニコニコとこちらを眺める様は本当に悪びれてない。

 ……うぅ、ここはクラックさんとヴェラさんを二人にしてあげたいのに……そんな事言える雰囲気じゃないよぅっ!


 困った私は、一番人生経験が豊富であろうヴェラさんに助けて! と視線を向ける。

 だけど、当のヴェラさんは楽しそうにカラカラと笑いながらさっきまでなみなみと注がれていたジョッキを一気に煽ってプハッと息を吐いた。

 ……何杯目だろ。底なしっていうのはこういう人の事を言うんだろうか……。持って来たお小遣い、大丈夫かな……。


「良いじゃないか、こんなムッサい男と二人にされてもちっとも酒が美味くないだろうしねェ……。

 ロイ、アンタも腹を括るんだね。アンタがずっと欲しかった『女の子の友達』の前で失態を見せる訳にはいかないだろ?」


 ところが、その『ロイ』という単語に、真っ先に反応したのはリサさんだ。



「ロイ、ですって!? まさかあの伝説の格闘家(レスラー)、『破壊者(クラッシャー)ロイ』ですの!?」



 突然立ち上がり、バン、とテーブルを叩き、グラスが派手な音を立てて倒れ……なかったのは、こっそりと私が固定する魔法を掛けていたからです……。

 人が持つ時は容易に取れるように、それ以外の衝撃では倒れないように、『闇』に属する磁力を使わせて頂きました。

 イヤな予感がしたから……と、格好良い事を言いたい所ではあるんだけど……。

 一触即発な雰囲気を察知した後、折角の飲み物やお料理が無駄にならないように、という貧乏性を発揮した訳ではない……ないったらないんだからっ!!


「え、ええ……。昔は確かにそう呼ばれていた事もあったけど……」


 リサさんの迫力に押され気味のクラックさんが珍しく言い淀む。

 そんな彼にビシッと指を突き付けたリサさんが、店中に響き渡る大声で言った。



「表に出やがれですわっ! いざ、尋常に勝負、ですことよっっ!!」



 ……えーと。この街には何処か人を時代劇化させるガスか何かが出てるんですかね……?




お読み頂き、有り難うございました!

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