【後日談】荒野の薔薇 ③
そうして、この街にもある転送装置を使いながら連れて来られたのは、既に夕陽の様相な太陽の光を一身に受けた丘の上。
……そこには、ポツリ、と一つだけ、十字架めいた板が建てられていて……お墓であると、未だこの世界に疎い私でも気付く事が出来た。
「ヴェラ、ここは……?」
小高い丘の上なので、途中の山道で「おぶりな!」とヴェラさんに命令されたクラックさんが、優しく彼女を地上に降ろしながらそう尋ねている。
「シーリアの墓だよ。本当に……アンタを連れて来られて良かった。これでいつ死んでも心残りはないよ」
眉を顰めながらも、そのお墓を優しく見つめるヴェラさん。
その言葉を聞いた瞬間のクラックさんの表情はとても悲痛で……声なんて掛ける事が出来ないくらい、張りつめていた。
「シーリアの……墓……ですって? あんなに元気だったのになんで……」
呆然とした表情でお墓に駆け寄るクラックさん。
シーリアさんなる人がどんな人かは存じ上げないけれど……クラックさんにとって、とても大切な人だったのはそれだけでも解る。
「産後の肥立ちが悪くてね……。あの娘はすごく元気に見えたけど……お産ってのは、女にとっちゃ命懸けだからね。
シーリアは身体も大きかったし、いつも笑ってたし……誰も心配はしてなかったんだよ。
……けど、誰にも言えない、心の弱さがあってね。誰にも頼らずに子どもを育てるんだって粋がってはいたけど……心の支えはね。絶対必要なものだろうし……あの子は病気を抱えてたから……」
シーリアさん、という初めて聞く名前に少しだけ戸惑う私。サラちゃんは、お友達の風の子達から何か聞いているようで、妙に納得しているようだ。
……うう、私にもその情報、教えてくれないもんかな……。
「リコちゃん、ごめんなさいね。後で必ず説明するから……今だけ、ヴェラの話を聞かせてくれる?」
拳を握り込んだクラックさんの手からは、少し出血しているようだ。
わかったよ、と言いながら、その手にヒールをかけてあげると、クラックさんはありがと、と優しく微笑んでくれた。
……今、私に出来る事はこんな事くらいしかないけど……血が出るくらい拳を握るクラックさんなんて本当に初めてで……シーリアさんなる人に、特別な想いを抱いていたんだろう事は想像出来る。
「子どもは……?」
切実な表情でそう尋ねるクラックさんを、ヴェラさんはハッ、何処か冷たい色を込めた瞳をクラックさんに向ける。
「アンタにそれを聞く勇気があるのかい? 自分に自信がないからなんて言って、この街から……シーリアから逃げたアンタにさ」
そう言って、ヴェラさんはクラックさんのエプロンの胸倉を掴んだ。
……うう、こんな緊迫した場面でも、クラックさんの装備がエプロンだって事が残念でならないよっ! 絵にならないにも程があるっ!
「……そうね、聞く資格なんかないわ……。けど教えて。その子は幸せに暮らしているの?」
そんな私のツッコミなんか何処吹く風で、シリアスな雰囲気の二人は話を続けている。
……こんな圧倒的シリアスの中で、老齢のオバサマがフリフリエプロンを身に着けた屈強なオーガ(♂)を詰問している光景にツッコミを入れる精神力など……私にはないっ!
「……さてね。人の幸せなんか他人には解らないだろ。知りたければ自分の目で確かめな。
食堂『夜の羊亭』にいるよ、リサ、という娘がね」
涙の浮かんだ瞳で、ヴェラさんがそう告げた。
解ったわ、と言ったクラックさんだけれど……何故だか、この場に彼を一人にしてあげた方が良いような気がして……。
今までの会話の流れから言って、シーリアさんなる人は、間違いなくクラックさんの大切な人だっただろうしね。
「ヴェラさん、私、とってもお腹が空いてるんですっ! その『夜の羊亭』に案内してくれませんかっ!? ねーサラちゃん、何食べよっかー!?」
「そうだねーリコちゃん! サラ、お肉より野菜が好きだから美味しいサラダが食べたいなっ!」
おー良いね、さぁさぁ、と言いながら、私達はヴェラさんをクラックさんから引き剥がしに掛った。
こんな風に人の心の機微を悟り、私の意図を理解してノってくれるサラちゃんは流石だね!
彼女にも、今のクラックさんにどう接すれば良いのかが解っているんだろう。
「夜の羊亭のオススメはクリームシチューだよ。今の時期は若干肉が多めに提供されるから……店員にちゃんとそれは伝えなよ?」
ニヤリと笑ったヴェラさんも、それは重々承知しているようだ。
……流石年の甲、と言ったら怒られそうなので、それは自粛させて頂きます……。
「わー、クリームシチュー大好き! サラちゃん、お肉は私が引き受けるよー!」
「フフン、折角だからここで美味しいお肉を食べて苦手を克服してみせるよー!」
楽しげにそんな事を言いながら、その場を引き上げていく私達に、残されたクラックさんは両手を合わせてゴメン、とばかりに拝んだポーズを取っている。
「……ロイにこんな出来た友達が出来ただなんてね……。アタシも嬉しいよ」
そんな彼に背を向けて、片手で涙を拭ったヴェラさん。
察するに、血は繋がっていないのだろうけど……その表情はとても『お母さん』で。
私にも、血が繋がっていないけれど、深い愛情を注いでくれた『両親』が……今は異世界に、だけど確かに存在しているから。
血の繋がりだけが親子じゃないなんて事は、身を以て証明出来る。
「ヴェラさん、血の繋がりだけが親子の証じゃないですよ。私にも……血は繋がっていないけれど、この心がある限り大切にしたいと思う両親がいるんです。今は遠くに離れてしまっているけど……。
貴女の想いは、きっとクラックさんにも伝わっていると思いますよ。……素敵な息子さんですもんね。誇りを持って下さい『お母さん』」
微笑みながら告げた私のそんな言葉に、ヴェラさんは大粒の涙を零しながら頷いてくれた。
「……ありがとよ、お嬢ちゃん……!」
「……出た、天然タラシ……!!」
……ヴェラさんとサラちゃんから漏れた言葉は正反対だったけれど……何故かな、凄く優しさに満ちていて。
「サラちゃん、大好きっ!」
「ちょっと待って!? 今の流れの何処にそんな要素があったの!? けどまぁ……サラもリコちゃん大好きーー!」
抱き合う私達を、すっかり元に戻ったヴェラさんが快活に笑って見守ってくれていた。
「アッハッハ! 可愛い女の子のジャレ合いは、糞餓鬼どものそれより何倍も見目麗しいねェ!」
そう言ってバシバシと私達の肩を叩き……案の定それは、たじろいでしまうような強い力だったのだけれど。
愛情の籠ったその鉄拳は、私にはとても優しく感じられたのだった。
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「ロイとシーリアは幼馴染だったんだよ。二人ともクソガキでねぇ……。
良く二人して悪さをして、アタシの鉄拳をくれてやってたもんさ」
街へと戻る道すがら、そんな事をポツリと話し出すヴェラさん。
何処か遠くを見て懐かしそうに語るその姿からは、二人の事を本当に大切に思っていた事が良く解る。
正直、クラックさんの幼少期が引き篭もりなおとなしい子でした、なんて言われても信じられなかっただろうね、うん……。
「あれでロイは不憫な子だけどね。母親は自分の子どもの事より若い男を取っ替え引っ替えする事に夢中なダメ女だったし。
あの子があんな風になっちまったのも、そんな母親に対する反発もあるかもしれないねぇ……ま、元々の性質がそうだったのは否めないけど。
昔から、ガタイは良いし腕っぷしも並外れてたけど……リボンだのフリルだのってのが好きでさ。良くシーリアと二人で一本のリボンを奪い合って結局破いちまって……二人して大泣きしてたもんさ」
ヴェラさんのペースで、ゆっくり、ゆっくりと進む私達。
語られるその言葉はとても優しかったし……今のクラックさんにも通じる所があるかな。
けど、シーリアさんのお墓の前に立った経験のある今の私達にとっては、猛烈な切なさを伴うものだった。
「昔から優しい子でねぇ。お気に入りのリボンが破けちまって自分も悲しいだろうに、大泣きするシーリアの髪の両側に、破れたリボンを飾ってやってさ。
『これで二倍楽しめるわね』なんて、涙と鼻水でグチグチャな顔で笑うもんだから……アタシもシーリアもつい笑っちまったもんさ。
ホント……あの子は今でも全然変わってないよ、自分の好きな物は全力で好きだと主張するし、全力で守ろうとするし……そしてちょっと、不器用だ」
フフ、と寂しげに微笑むヴェラさん。
……あ~、解る解る。クラックさんってそういう所あるよね。
この世界でも、クラックさんみたいな性質の人はそう多くない。けど、彼は自分の趣味嗜好を隠そうとする素振りは全くないし、その開けっ広げな雰囲気に、自分の小さな悩みなんかどうでも良くなっちゃうんだ。
「……解るなぁ。サラもさ、普通の人間じゃないから、ヘク以外の人はちょっと遠巻きにしてたりしたんだよね。
でもクラックは『美少女ゲットォォーー!!』って叫びながらサラをお店に拉致して……あの日は三時間くらい、クラックの着せ替え人形にされたっけ。
すっごくビックリしたけど……でもね、あの事件以降、サラに対する街の人達の壁も少しずつ消えて行ったんだよ。……ホント、有り難いよ」
サラちゃんがクスクス笑いながらそんな事を教えてくれる。
……そんな事があったのか……。その光景は目に浮かぶ様だよ……。
まぁそれは、クラックさんにとっては本能に基づいたままの行動だったんだろうけど……。
考えてみれば、私もデュレクの人々から歓迎されるようになったのって、あの最初のパレードがきっかけだったかもしれない。
「そうだね。私もクラックさんには色々助けて貰ってるよ。だから私も……そんなクラックさんが大好きだし、いつも笑っていて欲しいな」
私の、嘘偽りのない本音。
……正直、私はとても我が儘だと思う。関わった人には、出来るだけ笑顔でいて欲しいと願ってしまうし、その為に自分が出来る事があれば何でもしてあげたい。
そんな所が甘いって、いつもフォレスには怒られるんだけどね。
けど、私から言わせれば、フォレスだって大概だ。じゃなきゃ、冒険者なんてやってないと思うもん。
そしてレオンは……言うに及ばずだ。
冒険者なんていう危険な職業に就いている、その根底には『デュレクの人達の幸せを守りたい』という優しい気持ちがあるのは間違いない。
レオンはあんまりそういう所は表には出さないけど、側にいる私には解るよ。そういう所に惚れたんですもの……ウフフ。
「そうかい……。あの子は首都でも変わっていなかったんだね。でもそれは、あの子なりに色々経験したからなんだろうねぇ……。
少なくとも、この街を出て行った頃のあの子は張り詰めていて、アタシも……シーリアですら掛ける言葉がなくてね。黙ってその背中を見送る事しか出来なかった」
私の脳内ノロけはさて置き、そんな事を呟くヴェラさんは安心したような……それでいて何処か寂しそうな表情で空を見上げている。
そんなヴェラさんに、私もサラちゃんも何も声を掛けられず、黙って話しの続きを待つ事しか出来なかった。
何て言うか……ろくに事情も知らずに言葉を掛けるのは気が引けて。
そこには、私が立ち入る事が許されない程の歴史や想いや……優しさや後悔が、確かに溢れていたから。
「あの時、何故あの子を止めなかったのか……今でもアタシは後悔してるんだ。
もし止めていたら、今でもあの子はシーリアの側にいて、二人は子どもと一緒に幸せに暮らしていて……あの墓もなかったんじゃないか、そんな後悔がずっとあってね。
人生に『もし』なんかない事は、アタシだって人生を重ねて来たんだ、良く知ってるつもりだよ。
けど、アタシはロイの親だ。間違った道を行こうとしているあの子を、殴ってでも止めていたら……。
もしあの時、アタシがシーリアの妊娠を知っていたらきっと止めていたんだろうに……シーリアはお腹が目立つようになるまで、それを黙っていたから気付いてやる事が出来なくてね……。
シーリア、あの子を殺したのはアタシかもしれないと、今でも夢に見るんだよ。大きなお腹を抱えて、笑顔で食堂を走り回るあの子の姿をさ……」
眉を顰め、自分を責めるような表情のヴェラさんの手を、私は優しく握った。
……この優しい人が自分を責めるような事は、きっとなかったに違いない。
ヴェラさんの言う通り、人生に『もし』なんかない。やり直しが利かないからこそ、人は一生懸命生きて行かなきゃいけないんだ。
だから私は……好きな人には好きだと言うし、大切な人はどんな事をしても守りたい。
そしていつか……今は頓挫しているけど、異世界に住む両親や親友──藤子と再会する事が出来たら、精一杯の笑顔で、今、私は幸せだと伝えたい。
……と、いうのは私の理想なんだけどね。
でも今は……私のお腹に住んでいるモンスターが大きな声を上げそうなんです、ヤバいんです!!!!
なので、この子にエサを与える任務を最優先させて頂きますねっ!
「あ~、本当にお腹が空きました! ヴェラさん、良ければ一緒にご飯を食べませんか?
これでも私、デュレクの有名パーティーに所属する冒険者なんです! 御馳走するくらいの持ち合わせはありますから是非!」
ニカッと笑ってそう告げる私を、ヴェラさんとサラちゃんはキョトンとした表情で見つめている。
……当たり前だ、圧倒的シリアスな告白をしてくれている最中に、突然『お腹が空いた』なんて言い出したのだから。
……うう、私だってこんな形でシリアスさんを攻撃したかった訳じゃないんだよ!
けど、私のお腹のモンスターの出す音はその……シリアスな雰囲気な時程、大声を出すものだから……。
予め宣言しておいた方が、一緒にいる人達にも良いと思っただけなんです……。
「アッハッハ! リコちゃん、と言ったかい? アンタ変わってるね! 普通、この雰囲気の中で腹が減ったなんて言うかい!?」
「……すみませんヴェラさん、リコちゃんってこういう娘なの……」
サラちゃんが申し訳なさそうにそう言ったタイミングで……
グゥゥゥゥゥゥ~~~~
……私の飼っているモンスターが自己主張をし。
「アッハッハ!」
……というヴェラさんの大きな笑い声と。
「もう、リコちゃん! 少しは情緒ってモノを学んでよねっ!」
……と、当事者である私より顔を真っ赤にして恥ずかしがるサラちゃんに囲まれて。
「エヘッ♪」
……テヘペロ、と舌を出した私。
ヴェラさんの大爆笑とサラちゃんの怒号と私の謝罪の声が……その日、砂華の街に木霊したのだった。
お読み頂き、有り難うございました!




