第六話 魔法都市・デュレク
「そうか……それは困ったね……」
爆笑しているフォレスとは正反対に、心底心配そうな表情のレオン。
……優しいよぉぉぉぉ~~!!
そんな表情も麗しいよぉぉぉぉ~~!!!!
レオンの一挙手一投足にいちいちトキめいてしまう。
異世界トリップなんて非現実的な状況下にある中、そんな場合じゃないのは解ってるけど…本能とは止められるものではないようだ。
「君の住んでいた街の名前は解るのかな?」
「はい。東京、という都市です」
「トーキョー……、聞いたことがないな。東の果てにあるという国かな。ここまでどうやって来たのかも解らないのかな?」
「はい……。気が付いたらここにいたんです……」
「そう……」
丁寧に私の話を聞いてくれるレオン。
相変わらずトキメキは止まらないものの、自分の立場について、不安な気持ちもどんどん大きくなって行く。
だって異世界だ。
しかも今の私には何もない。
この街が平和な街だと知ってはいても、突然、身体ひとつで放り出されるなんて、予想もしなかった事態なのだ。
この世界、魔法都市デュレク。
「都市」と名はついているけれど、実際の規模は一つの国ほどに大きなものだ。
何処の国にも属さず、自治権を認められており、王や統治する立場の者をあえて作らず、市民の投票によって選出された議員が街の運営を行っている自由都市。
意思決定の都合上、最終決定権を持つ「都市長」はいるけれど、新たな決まり事や政策などは議会によって徹底的に討論され、市民の承認を経て策定されている。
いかに議会の決定であっても、市民投票によって「否」の結果が出ればその政策は施行されることはない。
そして、すべての市民は平等であり、身分制度もない。
レオンが「貴族」というのも、彼がその昔、このデュレクを救い、自由をもぎ取った英雄の末裔である「貴い」「一族」であることからそう言われているに過ぎない。
「すべての市民がこの街の主役」の考え方のもと、考えられ得る施設や設備はすべて市民の自主的な発案によって生み出され運営されており、
当事者意識の高さから治安の良さは周辺諸国の中でも随一だと言う。
また、市民達も深くこの都市を愛しており、他の国に取り込まれ、自由を奪われることを何よりも嫌う為、
他国からの侵略に対しては、それはもう苛烈な反撃を行うことで知られており、ここ百年数十年はそう言った侵攻の対象とはなっていない。
そんな自由・平等・平和な都市に憧れる者は多く、移住希望者は後をたたないが、籍を移すことはおろか、居住権すら審査が厳しく、またそれが通っても数年先まで予約待ちなのだとか。
……ええ、はい。
知ってますよ、自分で書いていた小説の世界のことくらい。
まさか自分がその世界に来ることになっちゃうとは思ってなかったけどね!
加えて言うなら、この世界にはエルフやドワーフ、オーガ、獣人なんて種族も普通に生活してるし、審査が通ればデュレクの市民として生活出来て、種族差別もないことや、
魔法によって常時張られている結界の外に出れば意思を持たない魔物が普通に徘徊していること、
人間やエルフなどといった亜人族とは別の倫理・価値観を持つ「魔族」という種族がいて、それらは魔王の治める国で生活していて、人間とは長い間交流がないとかさ!
地球で言う「科学」はないけれど、それに代わる「魔法」という力が発展した世界であることもさ!
魔法に対するてきせい適性は生まれつきのもので、適性がなければ魔法を扱うことは出来ないことや、
その他に「特別技能」と呼ばれる能力が、一人に一つだけ、生まれつき与えられていることとかさ!
魔物が徘徊する場所を通過しなければ必要素材の採取とか難しいから、「護衛」や「討伐」といった仕事をしている冒険者と呼ばれる人たちがいることとかさ!
レオンはアウスンバッハ家の者のみが受ける「女神の祝福」により、人が使える全魔法に対して適性があって、それを剣に乗せて闘うことを得意にしていることや、
生まれつき与えられたスキルが「魅了」だってこととかさ。
ええ、ハイ。知ってますよ。自分で書いていた小説の世界なんだもの。
……知っているからと言って、身体ひとつで生き抜くことが出来るかといえば、それは難しいと思うけど……
知らないよりマシではあるだろう。
トリップ先がデュレクだったのは不幸中の幸いであったかもしれない。
小説の中とはいえ、私はこの世界の概要を理解しているし、外は危険であることも知っている。
何も知らずに異世界に飛ばされてしまっていたらどうなっていたことかと思うと……
「……怖い……」
ブルッと震えて自分の両腕を抱きしめる。
これからどうすれば良いのか…改めて考えると途方に暮れてしまう。
今頃になって、「異世界トリップ」ていう非現実が自分の身に起きたことを実感した。
……レオンに会えて浮かれている場合じゃ…
「リコ、大丈夫かい?」
……はわあぁぁぁぁぁぁん、麗しいぃぃぃ~~~!!!!!
……って、浮かれている場合じゃ……
「ボクで良ければ力になるよ」
そう言って、優しく片手を取られ、私のそれより一回り大きな両方の掌でそっと握りこまれる。
暖かい手から伝わる温もりが、これは現実だと伝えてくる。
そうだ、今の私は異世界トリップ中で、目の前にいるのはレオンだけど、私はこれからの事も考えなきゃいけなくて……
「何かの縁だ、ボクを信じて頼ってくれないか、リコ」
優しく包み込んだ私の手を、そっとその形の良い口元に持って行くレオン。
そのまま、指先に軽くキスをして、私を安心させるように優しく微笑んだ。
……はわぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~!!!!!!!!
……誰か、憧れの王子さまが目の前に現れて、こんなに優しい態度や言葉をかけてくれているのに浮かれずにいられる方法を教えて下さい!
「おい、おまえ、また鼻血出てるぜ」
「出てないだろう。困っている女性をこれ以上困らせるんじゃないぞ、フォレス」
「クックックッ。けど、顔、真っ赤にしてんだろ。時間の問題だぜ、絶対」
……方法はフォレスさんが教えてくれましたありがとうございます……。
ちょっと現実に戻った私は、これからの打開策を考えるべく、尋ねてみる。
「あの……レオン……、さん」
「レオンで良いよ、リコ」
……そうだよね、初対面から呼び捨てだったわ、私。ははは…。
もう良いや、割り切っちゃえ!
「レオン、ギルドに連れて行ってくれませんか?」
そう、冒険者ギルド。
人の多いこの都市には当然多くの仕事が集まる為、他国から仕事を求めてやってくる冒険者も多い。
当然、情報も多く集まっているので、この世界の今の状況や、私と同じようにトリップして来た人の情報なんかもあるかもしれない。
それに、「私」に出来ることが何なのかも知りたかった。
地球からやって来たとは言え、この世界では魔法適性やスキルは生まれつき持っているもの。
地球ではそんな鑑定なんてしたことなかったけど、もしかしたら私にも魔法適性やスキルなんてものが付与されているかもしれない。
これから生き抜くには、自分の事を知ることが最優先だ。
ギルドなら、個人のスキルや魔法適性について鑑定できる設備か人がいるハズだ。
そう考えた私は、レオンにお願いしてみた。
……本当は、ギルドのある場所くらい、なんとなく解るんだけどさ。
デュレクの地理なら、何度も小説の中で描写して来たのだ、人に説明できるくらいには、理解している。
けど、まだ一人で放り出されるのはちょっと不安というか、もう少しレオンと一緒にいたいというか……
……ハイ、ごめんなさい、後者が本音です。
「ギルド? ……ああ、そうだね、あそこなら何か情報があるかもしれない。行ってみようか」
レオンはそう言って頷いてくれる。
「早速……と、言いたい所だけれど……ああ、ジーナ。悪いね、ありがとう」
と、そこに先ほど、私達をこの席に案内してくれたジーナちゃんが、片手に銀のお盆、片手に袋のような物を持ってやって来た。
「いえ、レオン様のお願いなら、こんなことお安い御用です」
そう言って頬をポッとピンク色に染めるジーナちゃんから、レオンが袋、フォレスがお盆を受け取る。
こういう連携が何の打ち合わせもしないで出来るのって、付き合いの長さだよね。
悪態をつき合っているばかりの印象の二人だけど、そんな些細な動作に「相棒」という言葉をヒシヒシと実感してしまう。
「ありがとう、ジーナ。この御礼は今度必ず」
そう言ってニッコリ微笑むレオン様。
それを間近で見てしまった私のハートにもかなりのダメージだ。
……う、麗しすぎるっっっ…!!!! また鼻血噴きそうになるから自重してくださいホント……!!!
「ウフフ、レオン様ったら。どうぞ、ごゆっくり♪」
ジーナちゃんは嬉しそうにはにかむと、空になった銀のお盆をフォレスから受け取って厨房の奥へ戻って行った。
………ってか、ジーナちゃん、藤子にはイラストを描いてもらったことはないけど、見事なまでに私の想像通りだな……。
褐色の肌に高い位置でポニーテールにまとめられた紅い髪、豊満な胸と羨ましいくらいにくびれた腰、
長身の美人さんで、頭のてっぺんにオーガ族特有の二本の角がちょこん、と生えている。
この灯亭の主人の娘さんだ。
オーナーは人族だけど、確か奥さんがオーガ族の逞しく元気な女性で、この店の食材の仕入れや設備の整備なんかを請け負っていたハズ。
厨房はご主人、掃除と接客をジーナちゃんが受け持ちをして、家族3人で仲良く経営している居心地の良い宿。
……と、いう設定だったと思う。
ジーナちゃんに見惚れ、灯亭の設定に思いを馳せていると、コトン、と優しい音を立てて私の前にティーカップが置かれた。
「ここのハニーミルクティーは美味しいよ、リコ。飲んでみて」
そう言うレオンの前にはかぐわしい薫りの紅茶、フォレスは匂いだけで甘いと解るココア、だろうか。
フォレスって本当に甘党なんだな、とか
レオンに紅茶って似合いすぎ、とか
瞬時に色々な事を考えてしまう。
しかも私に用意してくれたのがハニーミルクティーとか…。
……私の好きな飲み物を知っているはずもないので、甘い飲み物で落ち着かせようとしてくれたんだろう。
……ううう、優しさが身に染みる……
「ありがとう、ございます」
御礼を言って温かいカップを手に取り一口すすると、ふわん、と甘い香りが優しく私を包んでくれる。
まるで、藤子が淹れてくれたハニーミルクティーみたいに、私を安心させてくれる慈愛に満ちた味だ。
異世界に来ちゃったなんていう非現実の不安の中にいた私を、そっと包み込んでくれているように。
「それとね、リコ。これからどうするにしても、靴は必要だろうから、良かったら履いてみてくれる?」
そう言ってレオンがジーナちゃんから受け取った袋から取り出したのは一揃いの赤い靴。
何かの革で作られているのだろう、肌触りの良さそうな素材だなと一目で解る。
特徴的なのは足首のあたりに取り付けられた同じ素材のベルトと、その脇に飾られた小さな白い羽根飾り。
良く見てみると、その羽根飾りが風もないのにたまにヒョコヒョコと動いている。
「これはね、微弱な風魔法を付与された飾りが付いているんだよ。移動が楽になる。履く人に合わせて伸縮するような魔法がかけられているから、サイズも問題ないと思う」
……わぉ。 便利だな、魔法。
「さっきジーナに頼んで用意してもらったんだ。きっとリコに似合うと思ってね」
……ああ、ここに来た時、レオンがジーナちゃんに何か告げていたのはコレのことだったのか。
確かに、何処で何をするにせよ、裸足というワケにはいかない。
「ボクとしては、君を何処にでも運んであげたいのはやまやまだけどね?」
そう言って、悪戯っぽくウィンクするレオン。
思わず、ブッ、と口に含んでいたミルクティーを噴出しそうになるが、寸での所で耐えた、耐え切った!
「鼻血の次は紅茶かよ」なんて、再びフォレスに笑いのネタにされるワケにはいかないのだ!
「ありがとうございます」
闘いを制した私は、フフっと微笑んで御礼を言った。
初対面の私に、レオンが何故ここまでしてくれるのかは解らないけど、
どちらにしても靴は必要なワケだし、ここは好意に甘えてしまおうと思う。
今の私は裸足だし、無一文なワケだし……
この靴、すっごい可愛いし!
「やっと笑ってくれたね。可愛い子にはいつも笑顔でいて貰わないとね。僕の心が曇ってしまうから」
そう言いながら立ち上がったかと思うと、跪いて恭しく私の片足をささげ持つレオン。
「どうかこのボクに、お姫様の足元を飾る栄誉を与えて?」
……うわ~~、うわぁぁぁぁぁ~~~!!!
この状況って、なんだかシンデレラみたい!
あいにく、私が着ているのは素敵なドレスじゃなくてクマちゃんワッペンのあずき色ジャージだけど……。
けど、靴を片手に跪いてくれているのは、間違いなく私の理想の王子様!
男性に靴を履かせて貰うなんて経験、もちろん初めてで緊張しちゃう……!
「よ、よろしくお願いします……」
私が意を決してそう告げると。
レオンは再びあの、花が綻ぶような笑顔をその端整な顔に浮かべ。
「……くっ!」
私が慌てて鼻を押さえたのは、言うまでもない。
お読み頂き、有り難うございました!




