第五十二話 再会
そうして藤子としばらく抱き合っていると、二人しかいない筈の室内にシリアスな雰囲気満載の空気とは酷く不釣り合いな声が聞こえて来る。
「……麗しいなぁ~! 女の子の友情って見ているだけで美しいよね!
この世界の学生服……セーラー服って言うんだっけ? それも、僕、凄く好みだよ」
藤子と見つめ合い、頷き合い、瞳だけで再会を誓い合う。
……大丈夫。藤子やママ、あやめさんや紫お兄ちゃんから、たくさんの勇気を貰った。
私の幸せを願ってくれる彼らの為にも、私は自分の望む場所で、大好きな人と幸せにならなくちゃ。
決意を新たにした私の前に、空間を切り裂いて再び現れる夢幻王・ディール。
相変わらず藤子のイラスト通りのイケメンだけど、そのニヤニヤした笑顔には嫌悪感しか抱けない。
「リコリア! 約束通り会いに来たよ! やっぱり君の『渡り』は貴重なサンプルだ。これからは時々こうして会いに来てあげられそうだよ!」
楽しそうにそう言って私に手を伸ばすディール。
だけど、私に触れる前に彼の手をペシッと打ち落として、藤子が黒い笑顔を浮かべる。
……うわぁ……怖っ! 私だったら、藤子にこんな表情で見つめられたら逃げ出しちゃうなぁ……。
でも、ディールは気付いてないんだろうな……残念なヤツだし。
「……ふぅ~ん? 思ったより見られる顔じゃない、夢幻王・ディール。
どのツラ下げて私と璃心の前に立てるのか知らないけど、その豪胆な精神力だけは認めてあげるわよ」
そんな藤子の迫力に、ディールも少し押されているようだ。
時空の歪みは魔力を抑えた状態じゃないと通れない、と言っていたし、今のヤツは現代日本にいる一般人変わらない状態なんだろう、と藤子が予測し、
瑠璃がそれを肯定してくれたから、ここではヤツをどんなに挑発しても大丈夫、との確信はあるけど……。
……藤子さんや、正直、今の貴女はすごく怖いです……。
「……へぇ? こっちの世界の人間は、初対面の人に対して挨拶もなくそんな暴言を吐くのが普通なの?
トーコ、だっけ。この僕にそんな態度を取って、リコリアがどうなっても良いワケ?」
不敵な笑みを零すディール。
「アンタこそ。私が誰だか知っててそんな口をきけるなんて良い神経してるじゃない。
私はね、璃心と一緒に物語を創って来た作者なのよ? アンタの事だって良く知ってる。璃心の夢を介してしか私を知らないアンタより、よっぽど私はアンタに詳しいのよ?」
今やディールは藤子に集中していて、私に会いに来たことすら忘れているようだ。
……こういう所が本当に残念なんだよ、この人……。
目の前に興味のある事が出来ると、本来の目的をすぐに忘れちゃうんだから……。
けど、今の私にはとても好都合なので、動いている事がバレないくらいゆっくり、ジリジリと、ディールが出て来たと思われる歪みに近づいて行く。
あ、歪みが見えるのは、今も微かに光ってる指輪にかけられた瑠璃の加護のお陰です。
まったく、全知全能たる龍族を敵に回すなんて、馬鹿にも程があるよねー!
「へぇ? 君が僕の何を知っているって言うの?」
もはや藤子しか見ていないディール。
そんなディールを確認して気を良くした藤子が不敵な微笑みを湛えて答えている。
「悠久の時間を生きるなんて嘘っぱち。夢の中にいすぎて現実世界の事は殆ど知らない赤ん坊同然だってこととか?
我が儘すぎて心を寄せた相手には必ず嫌われてしまうこととか?
アンタを慕っているはずの部下の魔族達も、他に興味のあることがあればすぐにアンタなんて見向きもしなくなることとか?
……それとも、その悠久の時間をずっと孤独で生きている事を知られない為に偉ぶってる事?
アンタの薄っぺらい生き方なんて、私達人間の五年にも満たないわよ。
東京ではね、夢見るだけじゃ生きられないなんてこと、幼稚園児だって知っているわよ」
藤子さぁぁぁぁーーん!! 怖すぎますぅぅーー!!
自分の感情に素直なディールなんて、もはや涙目で、ちょっと同情すらしちゃうじゃないですか!
「……へ、へぇ? 随分と僕を詳しく知っていてくれて光栄だな。リコリアよりだいぶ聡明なんだね、君は。
けど、その毒舌は時と場所を選んだ方が良いんじゃないのかな?」
……ディールさん、涙目でそんな虚勢を張ったって痛々しいだけですよ……。
けど、アイツが藤子に集中してくれているのは私にとっては本当に好都合なんだよね。
……もう少し、もう少しだけお願い、藤子……!
「ハッ! 魔力を持たないアンタがこの異世界で何が出来るって言うの?
アンタなんかね、この東京では何の役にも立たない虫けら以下よ!
人を思いやる事も出来ず、誰にも認められず、仕事もなく、住む場所もなく、孤独で朽ちて行くしかないのよ!」
藤子がそう言い放った瞬間。
静かに移動をしていた私は、その時空の歪みに辿り着いた。
「藤子! ありがとう! 後の事はまた瑠璃と相談するから!
……絶対、絶対また会おうね……!!!!」
素早くその歪みに身を投じる私。
楽しそうな……それでいてちょっと寂しそうな笑顔の藤子がサムズアップで答えてくれる。
「……デュレク見学、楽しみにしてるから……! 璃心、レオンとフォレスに宜しく伝えてね!!」
藤子のその言葉を最後に、時空の歪みがスッと閉じる。
そうして私が取り残されたのは……異空間。
様々な色と、恐らくレオンの一族がしまったのだろう品物が置かれている、現代東京ともデュレクとも違う場所。
回りの空気は、色々な色に一秒ごとに変化していて、何とも形容がし難い。
そして、そこに置かれた歴代アウンスバッハの人達がしまったであろう品物は、本当に多種多様で……
レオンが野営で使っていたテーブルや椅子やテント、何でこんな物がしまわれているんだろうっていう……何これ縄跳び? あれは……まさかメイド服!?
勿論、立派な造りの家具やキラキラと光る装飾品、ピアノめいた楽器なんかも多いけど……
ああぁぁーー!! あれはレオンがいつか言っていたリリィ様似の春画ですけど……見なかったことにしておきますっ、ルーファ様!
私は、そんな雑多な物達が置かれる空間に圧倒されながらも、そっと指輪に触れる。
……そう、瑠璃が繋いでくれたこのアウンスバッハの異空間なら、きっとレオンとも繋がっているはずだ。
私が今、一番会いたい人──レオンドール・フォン・アウンスバッハ。
心を通い合わせた私の恋人、その人を静かに想う。
レオン、レオン、レオン……!
私はここにいるよ、会いたいよ、レオン!
確かに自分の過去にビックリはした。引き裂かれて……一度は絶望も味わった。
だけど、私がデュレクや東京で築いた人達との絆は、今ここに、もう少しで私と貴方を繋いでくれそうな所にまで私を送り込んでくれた。
レオン、レオン……!
私は、どんな手を使ってでもきっと貴方の元に帰る道を見つけてみせるけど……今は、貴方にこそ私を望んで欲しい。
貴方の心を信じていない訳じゃない。今はもう、私の片想いじゃないのは解ってる。
だけど、私が貴方に会いたいように、貴方にも私に会いたいと願って欲しい。
そして、私に見せたいと行った景色の見える場所に連れて行って、レオン。
またあの優しい空色の瞳で私を見つめて欲しい。
拗ねたり怒ったり……優しく微笑んでくれる貴方が……貴方だけがきっと、私を幸せにしてくれる。
レオン……レオン!
絶望に心を蝕まれないで。私を信じて、レオン。
……私を呼んで、レオン……!
たった一人でその異空間に取り残されている私が、心細さと愛おしさで「レオン」と呟き、その指輪に口づけを落とし……
瞳から落ちた涙がその指輪に落ちた時。
──私の耳には確かに、世界で一番大好きな人の声が聞こえたんだ。
「リコ……!!!!」
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パッ、と、世界が弾けたような感覚。
不思議な異空間にいた私が、その感覚に思わずギュッと目を閉じる。
……そして次の瞬間、私を包むのは、なんだか懐かしく感じてしまうコロンの香りと、優しい温もり。
「リコ……!!」
耳元で囁かれる、世界で一番大好きな声。
まだ完全に全ての感覚が戻った訳ではなさそうだけど、この幸せな感覚を齎してくれる人なんて、二つの世界を探したって一人しかいない。
「……レオン……!!!!」
瞳を閉じたまま、思わずギュッと抱き付くと、今までで一番力の籠った腕が私を抱き締め返してくれる。
……ああ、良かった、帰って来られた、と安心する私の耳元に嗚咽の音が聞こえて来る。
「……リコ……! 今度はどんな奇跡を創ったの……?
お願いだからもうこれ以上ボクを苛めないでくれないか。心臓が幾つあっても足りないよ。
……君って子は本当にもう……何処までボクを振り回せば気が済むんだよ」
私を抱き締める腕に一層力が籠る。
抱き付いたままの私も、負けじと力を込め……そして瞳から零した涙が、次々にレオンの服に滲んで行くのを申し訳なく思いながら、
……その、大好きな人の名前を、もう一度、呼んだ。
これは夢なんかじゃない。現実だと、自分に言い聞かせる為に。
「……レオン……!」
その私の声に、レオンが優しく答えてくれた。
「……おかえり、リコ。……信じて待っていて、良かった……!!!!」
そうして私達は再び強く抱き合った。
もう二度と離れない、そんな決意を込めて。
「……お~い、俺もいるぞー! 俺だって相当心配したんだから、空気にするのはやめてくれねぇかなー!?」
すぐ隣から、やたらと良い声が聞こえて来る。
……ああ、ちゃんとデュレクに帰って来られたんだなぁと、私はますます安心して、再び大粒の涙を零してしまった。
「俺にも言わせろよ。……おかえり、リコ!」
腰砕けになりそうな美声を響かせ、抱き合った私とレオンの上からフォレスがガバッと覆いかぶさって来た。
「……ただいま……!」
そうして、私達は団子のように抱き合ったまま、暫く感動の再会を満喫した。
……フォレスさん、貴方の涙は、優しいリコさんが見なかったことにしてあげます!
そうして、ひとしきり再会を喜び、少しだけ涙が落ち着いた私が辺りを見渡す。
どうやらここは海底神殿のようだ。
蒼水晶がキラキラと輝く床や壁に照らされた奥では、人化した瑠璃がその大きな瞳に涙をいっぱいに浮かべてぷるぷると震えている。
『よう戻ったな、璃心。……別に、心配などしておらぬし、待ってもおらんがの!』
そんな可愛くない言葉とは裏腹に、瞳に浮かべた涙をポロリと零す瑠璃。
……くぁぁーー!!!! 美少女を泣かせるなんて、私ったらなんて事をしでかしてしまったんでしょうか!?
「ただいま、瑠璃! いっぱい協力してくれてありがとう……大好き!!」
思わずレオンの腕から離れ、瑠璃に駆け寄ってその小さな身体を抱き締めてしまう。
そんな私を瑠璃も抱き締め返してくれて、せっかく引っ込んだ私の涙腺がさっきよりすごい勢いで決壊してしまった。
「……瑠璃ぃぃーー!!」
もはや号泣に近い勢いで泣いている私の頭を、瑠璃の小さな手がポン、ポンと優しく撫でてくれる。
『……よう頑張ったの。金髪と引き離される事よりも、事実を受け止める事の方がよほど辛かったじゃろうに……。
じゃがな、璃心。これでもうお主は、正真正銘こちらの世界の人間じゃ。
お主の親友や家族との再会手段は妾が必ず何とかしてやろう。
……今は、あの残念な夢幻王の事は考えずとも良い。どうせあやつは暫く使い物にならぬのじゃから』
そんな私達の後ろで、レオンの肩にフォレスがポン、と手を置き、
「相手が水龍じゃしょーがねぇよ。……ドンマイ、レオン」
と声をかけ、
「……いや。ボクはもう、どんな存在も羨んだりしないよ。……リコの恋人は紛れもなくボクなんだからね」
未だ涙の滲んだ瞳で私達を見つめるレオンの、そんな嬉しすぎる言葉を聞き逃していたのはとても悔しいですので!
……どなたか、今のレオンの表情と台詞を動画で送って下さるの、楽しみに待っていますね!!!!
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一方、私が与り知らない東京では、修羅場が繰り広げられていた。
……後に藤子から聞いた話を中心に、作家として再現させて頂きますので、ここからは三人称でお届け致しますね。
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「……ちょっ!? 歪みが閉じてるんだけど……!? これじゃ僕は向こうに帰れないじゃないか!」
藤子と対峙していたディールが、突然、璃心が消えたその場所を凝視しながら驚愕の表情で叫んでいる。
そんな彼を軽蔑したように見つめ、ハッと嘲り笑いを漏らした藤子が、冷淡な声で残酷な現実をディールに突き付けた。
「あらぁ? 元々閉じる予定だったんなら別に構わないんじゃないの?
……ホント馬鹿だよねぇ、夢幻王・ディール。
だから言ったじゃない、アンタの生き方なんて私達人間の五歳児以下だって。
璃心が水龍を籠絡した時点で、自分に勝ち目はないと思わなかったワケ?
アンタがいかに璃心に執着しようと、水龍が璃心に籠絡されたその時に、敵うワケない、と手を引くのが利口な考えを持つ人間のすることでしょうよ。
何せ相手は全知全能の龍なんだから。私の事だって知ってたくらいのバケモノなのよ?」
そんな藤子の言葉にハッとしたように彼女を見返すディール。
その表情は今まで見たこともないくらいの焦りが滲んでいて、額には冷や汗すら浮いている。
「ちょっと待って!? まさか水龍はこっちの世界ともコンタクトが取れるって言うの!?」
そんなディールの言葉に、呆れたような溜め息と共に藤子が答える。
──ハァ、こいつマジ疲れる。
言外にそんな言葉が滲んでいるような心底呆れた表情で。
「当たり前じゃない。璃心は今や、龍の眷属なのよ? 水龍が介入して来ないワケがないじゃない。
……アンタさ、最初にこっちに璃心を送った時、アウンスバッハの異空間がこっちに繋がった、とか時空の歪みを発見した、とか、璃心の『渡り』をサンプルにしたらこっちに来られるかもしれないとか、色々ヒントをぶっちゃけすぎ!
敵ながらあまりの馬鹿さ加減に同情しちゃったくらいよ。
そんなの聞いて、龍が何の対策も打たないと思える程に、アンタの脳みそはお花畑なのね……ホント、残念な人だよ」
ハァァァァーーーーと、過去最長とも思える長さの溜め息を吐く藤子。
そんな藤子の言葉を聞いて、夢幻王・ディールの冷や汗が更に増えて行く。
「……ゆ、夢の世界を使えば僕だって……」
一縷の望みに縋り付くように言葉を紡ぐディールだが、藤子の返答は本当に容赦がない。
「……ハッ! この世界の人間が現実主義だなんて、アンタが知らないハズないでしょうが!
確かに私達の小説は書籍化されているけど、夢に見る程にハマってくれている人なんて皆無よ! この世界には色んな物語が溢れ返っているんだから!
……私だって、今は仕方なくアンタと話をしてあげているけど、正直、アンタには義理も何もあったもんじゃないし……私の親友を窮地に陥れた敵役としてしか認識してないんで、そろそろ退場して貰うわね」
……そう言い放ち、藤子が側に置いてあった自分のスマホを操作して何処かに電話をかけている。
数コールの後、出て来た相手に藤子は彼女を知っている人間ならば信じられない程のシナのかかった声で言った。
「助けてくださぁぁーーい!! 見知らぬ男が突然、窓から侵入して来て私を襲おうするんですぅぅーー!!」
叫ぶようにそう告げた後、心配したような相手に返事をしながら名前や住所を告げて行く藤子。
そんな彼女の様子に、ディールも何も言う事が出来ず、ただ立ち尽くすのみだ。
そうしてやがて、電話対応を終えた藤子が黒い笑みをその顔に乗せ、不敵にディールを見やって言う。
「……せっかく異世界にやって来たんじゃない。
普通では体験出来ない、犯罪者の気持ちってヤツを体験してみるのも良いんじゃないですかぁ~ディールさん?
……私は犯罪者の気持ちなんて、一生知りたくないけどね……!!」
そうして、ラノベの悪役令嬢もかくやという高笑いを披露する藤子。
彼女の親友が今この場に居たならば、確実にこう言う事だろう。
『藤子さん、怖すぎですからアナターー!!??』
そうして、ワケも解らぬままその場に呆けていた、異世界では魔王にも次ぐ力を持つ夢幻王・ディールは。
通報を受けてやって来た警察官に連行されて行く。
「おまわりさん、この人でーす」という、藤子の定番の通報文句に送られながら。
「……痴情の縺れなら、ちゃんと彼女に謝りなよ?」
頭に白いものが目立ち始めた少々恰幅の良い巡査が差し出したカツ丼を手に取り……
「……異世界、マジ怖い……」
涙ながらにそう呟きながら、けれども異世界にしか存在しないその食事の美味しさに驚愕しながら、夢幻王は一夜を交番で明かすことになったのだった。
お読み頂き、有り難うございました!




