第五十話 家族
「晴れた日だったわ。あの日の綺麗な空の色、私は一生忘れないと思う」
ママが何処か遠くを見つめて語り出す。
その隣にはママの手を握ったままのあやめさん。
私の隣に座った藤子も、同じように私の手を握ってくれている。
……フフ、親子だねぇ、貴女たち。
「茂貴さんと結婚して幸せな日々を送っていた私だけど、何故だかどうしても子宝には恵まれなくてね……。
あの日、ついに診察して頂いたお医者様から、この先子どもは望めないでしょう、と宣告されてしまって……」
茂貴さん、というのは私のパパです。
ママとパパは、私がどんなに成長してもお互いを下の名前で呼び合うような、ラブラブ夫婦なのです。
「絶望と、申し訳なさと、これ以上ないくらいの寂しさが私を覆っていて……
茂貴さんは君さえいれば幸せだよ、と言ってくれていたけど、私は、自分の子どもをこの腕に抱きたいという夢が潰えたことに絶望していて……。
どうやってここまで帰って来たのか、覚えていない程なのよ。
……けどね、ここに辿り着いたその時、不思議な温かい光がこの辺りを包んで……あまりの眩しさに眩んだ目を開いたら……」
──そこに貴女がいたのよ、璃心ちゃん。
ママがその時の事を思い出すように遠くを見つめながら……その慈愛に満ちた瞳に涙を浮かべて語る。
「本当に信じられなかった。私が思い描いていた天使……いえ、それよりもっと可愛い女の子が、その大きな瞳で私を見つめていて、
『ここはどこ?』ってその大きな瞳に涙をいっぱいに浮かべて私を見つめているんですもの。
名前を聞けば、リコ、と答えてくれるじゃない!
私の名前の一字の『璃』、それから、人間の一番大切なものである『心』、思わず漢字を連想してしまったのは仕方がないと思うわ。
女の子を授かったらつけようと思っていた名前を名乗ってくれる最高に可愛い女の子。
……璃心ちゃん。貴女のことよ。
何処から来たの? と聞いても、ご両親の事を聞いても、ただ泣いて、解らない、いない、と首を振るその子が、私はたまらなく愛おしくなってしまってね……」
気が付けば、その子を抱き締めて「ウチの子になりなさい」と叫んでいたのだと言う。
「そこからの私と茂貴さん……当時、既に紫君と藤子ちゃんを産んでいたあやめたち夫婦を巻き込んだ私達の行動は早かったと思うわ」
紫君、というのは藤子のお兄ちゃんです。
私や藤子とは七歳離れた紫お兄ちゃんは、去年、海外の大学で経済学を学んで帰国、今は藤子パパの秘書として、経営や組織について学びながら、その仕事を手伝っているイケメンのお兄ちゃん。
私が幼い頃から、藤子と同等の……時にはそれ以上の愛情で私を慈しんでくれた優しいお兄ちゃんだ。
「弁護士さんにもいっぱい協力してもらって、迷子の璃心ちゃんを一次保護、養子縁組という形で、正式にを受け入れる事が出来て……。
私、本当に幸せだったわ。ついに自分の娘が出来たのだから」
満開の幸せ笑顔を、その可愛らしい顔に乗せるママ。
「昔から璃心ちゃんはとんでもなく可愛かったもんねぇ……」と呟きながら、こちらも何処か遠くを見つめて幸せそうに微笑むあやめさん。
……いやぁ、あの……私に当時の記憶はないですし、あんまり可愛い可愛いと連呼されると流石に照れちゃいます……。
「貴女のことを探している人がいるならちゃんと返すつもりで、それらしい届出があれば連絡して貰えるように弁護士さんを経由してお願いはしていたけれど、
何故だか不思議なくらい、貴女に関する届出はなくてね……。こんなに可愛いのに不思議よねぇ……。
だけど、一緒に暮らすうちに、私ももう絶対に手放せなくなってしまって。
私達は幸せだったし、璃心ちゃんも毎日楽しそうに笑っていてくれたから……。
……璃心ちゃん、私、貴女の母親になれて、本当に幸せよ。貴女と出会えた奇跡に、私は毎日感謝を捧げているんだから」
涙を零しながら、フフッと優しく微笑むママ。
それに釣られた私が泣いてしまったのは仕方のないことだと思う。
ここまで話が符号するのなら、ディールが語っていた私の過去というのも嘘ではないのだろう。
私を捨てたというブロス王国なる国にはもう私の両親はいないだろうし、育ててくれたパパやママとも血は繋がっていないという。
言ってみれば私は、天涯孤独という、言葉にしてしまうとなんだかこの上なく可哀想な身の上なんだろうけど……
そんなこと、一ミリも思えない程の圧倒的な愛情がこの身に注がれているのを改めて実感した今、血の繋がりなんてどうでも良いとさえ思ってしまうよね。
「……ママ……。話してくれてありがとう。私だって、パパやママに出会えて、本当に幸せだよ。
……家族って、血の繋がりだけでなれるものじゃないんだね。
私のパパとママは、私を慈しんで、惜しみない愛情を注いでくれた、一之瀬 茂貴さん、そして一之瀬 優璃さんの二人です。
今までも……これからも、ずっと二人だけだよ」
泣きながらそう告げる私の手を、対面に座ったママが優しく握ってくれる。
「……璃心ちゃん、貴女の話も聞かせてくれる? 私、貴女の事をもっと知りたいわ」
乞われたその言葉にしっかりと私は頷く。
「……うん。そのつもりで来たから……。
ママ、信じられないかもしれないけどね、私……どうやら異世界からこの世界にやって来ちゃったみたいなの……」
そうして話し出した私の過去と思われる出来事と、突然デュレクに行ったことと帰ってくる羽目になってしまったこと。
藤子に話した内容よりはかなり掻い摘んで話したけれど、大体のことは伝えられたと思う。
……突然の、私のそのトンデモ発言に、ママもあやめさんも、目を見開いて絶句している。
まぁ、そりゃそうだよね。私自身、突然そんなこと言われたって信じられなかったくらいだもん。
一応、ママもあやめさんも私達の小説を読んでくれているどころか、たまに今後の展開の相談にも乗ってくれるような人達ではあるので、デュレク、とかレオン、とか、そういう単語について全く知らない訳ではないけど……。
それにしたって荒唐無稽な話だよね。私は実は、自分で書いていた小説の中で生まれてこっちに来ちゃってました~! ……なんて。
「まぁぁーー!!?? 何てことなの!? そんな理由でこんなに可愛い子を捨ててしまえるなんて!」
……何だか知らないけど全面的に信じてくれちゃってる。ママって凄い……。
「……でも、結果的にはそのおかげで私は璃心ちゃんと出会えたんだから良かったのかしら?
あら? それならディールって人にも感謝をすべきなのかしら? けど、璃心ちゃんが自分の物だなんて思い込むような人に肩入れは出来ないわねぇ……。
けど、その人がいなかったら私は璃心ちゃんには会えていないワケだし……どう思う? あやめ?」
頬に手を当ててコテン、と首を傾げ、あらあら、まぁまぁと悩むママ。
……本当に、こういう所、凄いと思います……。
「……優璃、話の論点がずれている気がするから元に戻すわね。
璃心ちゃん、要するに貴女は、元々さる国で生まれてデュレクに捨てられ、何だか解らないけど異世界に通じた場所からここに来てしまった訳ね?
そして、何だか解らないけど再びデュレクにトリップして、レオン君と出会い、そしてまた引き離されてこっちに戻って来た、と」
うぅっ、あやめさんの理解力の高さには感謝の言葉しかありませんーー!!
そして、『何だか解らない』部分が多過ぎでごめんなさいーー!!
「そんな風に王子様と出会って再会して恋に落ちるなんて素敵ねぇ~! まさに女の子の理想じゃない!」
「だから優璃、今気にするのはそっちじゃないってば!」
ママに光の速さでツッコミを入れる様もさすがだと思います!
だけど、ママは心底不思議そうに首を傾げたまま、呟いた。
「どうして? 璃心ちゃんの生い立ちなんてどうでも良いじゃない? どんな生まれで血筋だろうと、璃心ちゃんは私の娘なんだから。
一番に気にしてあげなきゃいけないのは、璃心ちゃんがどうしたいか、じゃないのかしら?」
そのママの言葉に、私も藤子親子も絶句する。
……本当に、私のママは強い人だなぁ。
こんなとんでもない現実を突き付けられても尚、大事なのは私の気持ちだと──そう言い切ってくれるのだから。
「……フフッ、そうね、優璃。確かにそれが一番大切だわ」
フッと肩の力を抜き、楽しそうに笑いながらあやめさんが言った。
「璃心ちゃん、貴女はどうしたいの? ちゃんとママに聞かせて?」
私をしっかりと見つめるママ。
……私の選択はママと離れる事になるだろうことも、きっとママには解っているのだろう。
だけど、私の心はもう決まっている。
「……ママ、私は、デュレクに帰りたい。……帰って、ずっとレオンと一緒にいたいの」
そう告げた私に、ママとあやめさんは涙を浮かべながら、それでもとても嬉しそうに微笑んでくれた。
「そうよねぇ~! たった一人の人を見つけたなら、ずっと一緒にいなければならないわ!
ねぇ、あやめ! 聞いてちょうだい! 予想していたよりずっと早かったけれど、私の娘がお嫁に行くのよ!
何処にお嫁に行くのかなんて関係ないわよ、親はね、娘の幸せが一番大事なのだから!」
本当に、心底幸せそうに微笑むママ。
もちろん、涙はまだ消えていないけれど……でも、それは悲しい涙じゃなくて、娘の旅立ちを喜ぶ感動の涙だ。
そして、私の瞳に浮かぶ涙も、レオンと引き裂かれた悲しい涙じゃなくて、これからの事を考えようという前向きな意味を持っている。
今の現状を悲しむのではなく、前向きに。
きっと道はあるはずだ。一緒に考えよう、と、藤子も言ってくれたのだから。
「……ママ。私だって小説家の端くれだよ。自分が望む未来への道筋くらい、ちゃんと描いてみせるから」
涙を拭って力強く宣言した私に、ママはとてもとても幸せそうに……多分、今まで見たことのない位の満開の笑顔を見せてくれた。
「さすが私の娘ね! そうよ、自分の幸せは自分で掴み取らなくてはならないわ。
……でも、出来ればご都合主義を発揮して、璃心ちゃんとまた逢える設定にしてくれたら、ママ、とっても嬉しい」
悪戯っぽくウィンクをしてそう言うママ。
そうだね、ママ。ディールにやられっ放しってのも口惜しいもんね。
ここには藤子もいるし……少しでも一矢報いる道がないか、探してみよう。
あの自分勝手なヤツに、世の中は決して自分の思い通りに事は進まないと教えてやらなくちゃね。
そんな想いをつい口にすると、
「……良いね。私も一緒に考えるよ。なんだか楽しくなって来たね」
藤子が黒く笑う。
……こっわ! こんな表情の藤子と対決することになったら、ちょっとディールが可哀想かもしれない……。
……まぁ、自業自得、と思っておこう、うん……。
それじゃ、ご飯の用意をしましょう。今日は皆でごちそうを作って璃心ちゃんのお祝いよ~! というママの号令に従い、女四人で夕食の支度を始める。
私の好物を中心に、あやめさんの得意料理も次々に創り出され、四人ではとてもじゃないけど食べきれない量になってしまったので、紫お兄ちゃんを召喚することになった。
藤子のパパは今日は同窓会で遅くなるから、参加は難しいらしい。
「お兄、今日来なかったら一生後悔する事になるけど良いの?」
電話で藤子が脅迫のような言葉で紫お兄ちゃんを呼んでいる。
電話の向こうから「こっわ! そんな脅迫されたら行かない訳にいかねーだろ!」という紫お兄ちゃんの声が聞こえる。
わ~! 紫お兄ちゃんもとっても忙しい人だから、逢うのは久し振りだなー!
そうして楽しく準備を進め、やがてやって来た紫お兄ちゃんを交えて、現代東京での晩餐会はとても賑やかで楽しくて……ちょっとだけ切ないものになった。
「異世界!? うわ、マジ!? どうりで璃心ちゃんの可愛さと不思議ちゃんっぷりは現代社会から逸脱してると思ったよ……」
璃心ちゃんは異世界にお嫁に行くのよ~、というママのふんわりとした言葉にそんな感想を漏らす紫お兄ちゃん。
紫お兄ちゃんもまた、トンデモ設定をまるっと信じてくれるのは嬉しいけどさ、不思議ちゃんってなんですか! 私、ちゃんと現代に適応してたよね!?
「……お兄が璃心を口説き落さないから異世界に持って行かれるんじゃない。この件は一生チクチク弄らせてもらうからね」
……ってちょっと藤子、何言ってるんですか! 紫お兄ちゃんには素敵な彼女さんがいるじゃないですか!
「……ちょっ!? 藤子!? 俺にそんなつもりはないってば! 璃心ちゃんはお前の友達としてしか……」
「バレてないと思ってるのは貴方だけよ、紫。本気でもないのに彼女を作って、いつもフラれて泣いているくせに」
あやめさんの光の速さのツッコミはさすがですね!
……それにしても紫お兄ちゃん、いつも側には彼女がいたのに、本気じゃなかったとか、それはそれで残念なんですけど……。
ジト目で紫お兄ちゃんを見る私に、慌てたように両手を交差させて弁解を試みる紫お兄ちゃん。
「わーーーー!!!! 違う、違うんだよ、璃心ちゃん!
何だか、鈴村貿易の御曹司の元彼女の称号は拍が付くらしくて、女の子達の間で順番が決まっているらしいんだよね。
その気になって俺が手を出そうとすると『そんな人だと思わなかった』ってフラれてしまうのが日常なだけなんだって!
むしろ俺こそ、真実の愛を教えて欲しいよっ!!」
瞳に涙さえ浮かべながら紫お兄ちゃんが教えてくれる。
……うわぁ……。大会社の御曹司も大変ですね……。
レオンはそんな状況でも上手く立ち回ってましたから、お兄ちゃんもまだまだですね!
「今度、レオンにコツを教えてもらってあげるね?」
ウフフ、と、自分が悪戯っぽく笑うのがわかる。
皆のお陰であの絶望からはかなり回復出来たみたい。……本当に、私の周囲の環境には感謝の気持ちしかないな。
「おねしゃす、レオン師匠!!!!」
紫お兄ちゃんがハハーッとテーブルに頭を下げるのを見て、一同は大いに楽しそうに笑った。
……そう、とても楽しく、笑う事が出来た。
そうして、その日の宴会は楽しく幕を閉じた。
後片付けはあやめさんも藤子も手伝ってくれたし、「また明日ね」と男前な微笑みを残して名残惜しそうな自分の母と兄を引き連れて藤子が一之瀬家を去った後、
私とママは二人で、キッチンに置かれている小さなテーブルに並んで、ハニーミルクティーを飲んでいる。
「……ママ、大好き。私のママはこの世界でも異世界でも、たった一人だけだからね」
呟くようにそう言った私に。
「……愛しているわ、璃心ちゃん。絶対に幸せになってね」
私の肩にコテン、と頭を乗せて呟くママ。
そうして私達は、数年ぶりに同じベッドで抱き合いながら眠りについた。
勝負は明日、という自覚は持ちつつも……
今は、レオン以外では一番安心出来るこの温もりを、深く、深く感じていたくて。
──世界でたった一人の私のママ。
大好き、と、呟き、私は眠りの世界に落ちて行ったのだった。
お読み頂き、有り難うございました!




