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第五話 白いハンカチーフ

「フフッ……。本当に元気だねぇ、キミは……」


 私の雄叫びを聞いた後でも驚きもせず、対応が変わらないレオン様クオリティ、さすがです!!

 おまけに、優しい瞳で私を見つめ、ぽんぽんっと軽く私の頭を撫でてくれる。

 ヤバいです、きゅんきゅんを通り越してドキがムネムネします!!


「……リコ、と、呼ぶことを許して貰えるだろうか……?」


 そんな私を見て、何故だかふと表情を暗くするレオン。

 何か心配事があるみたいな表情だ。

 妄想の中のレオンはいつだって笑顔を振りまいてくれていたけれど、現実だとこんな表情も目の当たりにするんだなぁ…

 ……と、そんなことを思いつつ。

 それでも、私はやっぱりレオンには笑顔でいて欲しくて。


「はい! そう呼んで頂けると、とっても嬉しいです!」


 とびっきりの笑顔で、元気にそうお返事した瞬間の



 ………破顔。



 ……想像してみて欲しい。麗しいとしか言い様の無い美形の、不意打ちの笑顔。

 それをごく至近距離で見てしまった、初恋すら知らない乙女の反応を。



 可愛らしく頬を染める?

 ……NON、NON! そんな程度で済むとお思いですか!?


 吐息で胸のトキメキを治めようと試みる?

 ……そんなモン、とっくにMAXを通り越しています!


 よろめいて距離を取る?

 ……相変わらずレオンの片腕にガッシリホールドされていますが!?




 ……もう一度言おう。

 私は男の子に免疫がない。初恋もまだだ。

 生まれつき、日本人にしては色素の薄い肌や瞳、髪の色は珍しいらしく、何人かの男の子に交際を申し込まれたことは、ある。

 藤子曰く「自分の外見に頓着なさすぎ。手入れしなきゃ勿体ない」と言わしめる程には、見られる外見では、あるようだ。

 けど、私は自分を磨くことに使う時間を、レオンの妄想することに多く割り当てて来ていて。

 その妄想の要たるレオンが、現実に現れ、不意打ちで幸せオーラ全開の笑顔を見せ付けられてしまったら。



 顔の中心部のとある穴から、ツーッと液体の流れ出る感触。



 ……そう。

 私ときたら、あまりの衝撃に鼻血を噴いてしまったのだった……。




「ぶわっはっはっはっはっは!!!!!!!」


 目の前では驚いた表情のまま固まってしまったレオン。

 その横では、辛抱たまらんといった感じで腹を抱えて大爆笑しているフォレス。

 さっきまで騒いでいた女の子達も、ビックリして静まり返っている。

 朝の清涼な空気の中。

 フォレスの、やたらと良い声の笑い声が、小鳥の囀りとしばらくハーモニーを奏でていた……



 ------------------



 ……で、どうしてこうなった……。



 現在、私はレオンにお姫様抱っこをされた状態で彼らの常宿「灯亭」に向かっている。

 正気に戻ったレオンの真っ白いハンカチーフ(刺繍とかしてあってハンカチとは呼べないくらい高級に見えたんだよ!)によって鼻を押さえられ

「少し休んだ方が良いね…けど、その足で歩かせるワケにはいかないから……」

 ……と、軽々とお姫様抱っこをされてしまったのだ。


 ……そう、お姫様抱っこである。


 初めての経験だけど、これってすっごくレオンの顔が近いよね!?

 さっきから心臓のバクバクが止まらない状態なのだ。

 金髪の王子様によるお姫様抱っこなんて、女の子なら一度は憧れるシチュエーションだ。

 しかも相手はあのレオン。この状況でときめかない訳がない。


 ……ないのだが、今の私は。


 全身あずき色のジャージ姿で。

「両手で捕まってないと危ないから」と言われて、ハンカチーフを鼻に突っ込まれた状態だ。

 当然、女の子達からの嫉妬の眼差しが突き刺さってやまない上、レオンもフォレスも有名人だ、かなり目立つ。



 ……正直、穴があったら入りたいっ!

 ジャージ姿で鼻の穴にハンカチーフを詰め込まれたまま王子様にお姫様抱っこされるなんて

 ……なんてシュールな絵面だろうか。

 これが自分の身に起こっていることでなければ、私だってお下品にも指をさして笑ってしまっているかもしれない。



「……あの……」



 せめて、お姫様抱っこだけでも解いてもらおうと、おずおずとレオンに声を掛ける。


「……ん? 大丈夫だよ、決して落としたりしないから」


 はわぁぁぁぁぁ~~~、その笑顔が眩しい……!!!!!


 もうね、さっきからこの状態で。

 ドキドキしすぎて、口から心臓が飛び出して来るんじゃないかと、本気で心配している。

 仕方がないではないか、相手は私の萌えを集結した王子様なのだ。


 妄想にはかなりのエネルギーを消費するらしく、食べてもあまり太らない体質ではあるので、とっても重いということはない……と思いたいけれど。

 人ひとり抱きかかえているのにビクともしないなんて、

 鍛えている上に、やっぱり男の子なんだなぁ…と実感してしまう。

 そう考えると、朝日を浴びてキラキラ輝いている髪や、羨ましいくらい長い睫に見とれ、またドキドキしてくる。

 多分、顔は真っ赤だろう。全身の熱という熱が顔に上って来てるんじゃないかってくらい、あっつい。

 ……ヤバい、また鼻血噴きそう……



「……クックックッ。レオンのモテっぷりは見慣れてるけど、初対面で鼻血噴いた女は初めてだよなぁ……?」



 私達の2~3歩後ろをフォレスが未だ笑いの納まらない状態でついて来ている。

 ……私だって、好きでこんな状態なワケじゃないんだからね!?

 レオンと出会えるなら、ちゃんとお洒落して、夕焼けの砂浜とかで


「ああ、君がボクの……!」

「やっと出会えたわ、運命の貴方……!」


 …とか言いながら駆け寄って感動の抱擁を交わしたかったよ!!



「……フォレス、いい加減笑い過ぎだぞ。女性に対して失礼じゃないか」


 レオンが軽く後ろを振り向いてフォレスを諌めた。

 そうだ、そうだ!と、私もレオンの肩越しにフォレスを睨みつける。

 美形だからって、何をしても許されるワケじゃないのだ!



「ぶわっはっはっはっはっ! 真っ赤な顔で鼻に布詰め込まれた状態で睨まれても面白いだけだっつーの!」



 ……どうやらフォレスは想像よりもだいぶ笑い上戸な人らしい。

 再びお腹を抱えて笑い出してしまったフォレスだが、レオンは相棒のそんな状態にも慣れているのだろう。

 軽く溜息を吐くと、

「不躾な相棒がごめんね、リコ」

 と、眉尻をキュッと下げて謝ってくれた。


「……いえ、私こそ、ご迷惑をお掛けしてすみません………」

「迷惑だなんて! このくらい当然さ。君に触れることが出来て、役得なくらいだよ」

「レオン…」


 見つめ合い、そんな少女漫画みたいな言葉を交わす私達ふたり。



「ぶふぅぅーーー! おまえら、俺の腹筋、崩壊させるつもりかよ!? サマにならないにも程があるっつーの!!」



 メルヘンな雰囲気を、フォレスがまた噴出しながらブチ壊してくれた。

 ……あー、もう、これ以上私の傷を抉るの止めてくださいお願いします……



 そんなこんなで、私達は相当目立ちながらも、灯亭に到着したのだった。



 ------------------



「だいぶ落ち着いたかな?」



 宿屋兼食堂「灯亭」の食堂の一角。

 板張りの床の上に木製の4人掛けテーブルと椅子が幾つか置かれている。

 煉瓦造りの壁は、座った私の肩の下から天井近くまで窓になっており、嵌め殺しのガラスは幾何学模様を模したステンドグラスだ。

 赤、黄色、青、緑のガラスが、朝日を受けて私達を優しく照らしてくれている。

 レオンは私をその椅子の一つに丁寧に降ろしてくれたあと、看板娘のジーナちゃん(これまた私の理想通りのナイスバディなお姉さまだった)に何事かを告げ、

 自分はそのまま私の対面に腰掛けた。


「ううっ………本当にごめんなさい……」


 鼻血は止まったようなので、ハンカチーフは既に鼻の穴から取り払われている。

 汚れてしまっただろうに、レオンはそれを丁寧に折りたたむとウェストポーチにそっとしまっていた。

 お洗濯して返しますから、と申し出ても、ニッコリと微笑んで「気にすることはないよ」と、またもや優しく頭をポンポンされてしまう。

 けど、そんな風に慰められてもなんだか恐縮してしまい、さっきから私はずっと謝り通しなのだ。



 ……だって、考えてもみて欲しい。

 私はレオンのことを良く知っているけれど、レオンにとっては初対面の赤の他人のはずだ。

 しかも、出会った瞬間から自分の顔を凝視し、何度も奇声を発し、いきなり抱きつき、挙句の果てには鼻血を噴くような、言ってみれば不審者。

 正直、私がレオンの立場なら逃げ出すに違いない。

 確かにレオンという人は女性には底抜けに優しいフェミニストという設定だったけれど、

 実際にその立ち居振る舞いを目の当たりにすると、良い人過ぎて何だか心配になってしまう。

 ……不審者の私が言うことじゃないけど。


「何をそんなに気にしているのか解らないけど…。元気な君の方が、ボクは好きだよ」


 フフっと笑って頬杖をつき、私を真正面から見つめるレオン。

 ……はぅっっっ! もう止めて下さい! また鼻血が出そうですレオン様…!!!!


「そんなに見てるとまた鼻血噴くぜ、ソイツ」


 ぷくくッと笑いながら私に現実を突きつけて来るのは、またしてもフォレス。

 どうやら笑いはまだ完全に治まっていないらしい。

 私の小説の中でも、自由気ままなレオンに対して、現実的でどんな時でもツッコミを忘れないキャラだったけれど、

 現実のフォレスはなかなかにいじめっ子気質らしい。


「フォレス、リコが困っているじゃないか」


 レオンが隣に腰掛けたフォレスを小突いている。


「わりぃって。……けどよぉ……」


 俯きながらそう言ってフォレスは肩を震わせた。

 ……まだ笑っているらしい。

 こんなに笑い上戸だなんて…なんだかちょっとイメージと違うかも。


「……まったく……。お前の笑い上戸は今に始まったことじゃないが、度が過ぎるのも考えものだぞ」


 そう言ってレオンは呆れたように溜息を吐いた。

 ……あ、やっぱり昔から笑い上戸なんだ。


「ごめんね、リコ。こいつ、昔から笑いのツボに入ると止まらなくて……」

「あ、いえ……。気にしないで下さい」

「ありがとう、君は優しいね」


 そう言ってふんわりと微笑むレオン。

 私の顔面にまたしても熱が集まってくるのが解る。


「そんなコト、ない……です」


 ……ダメだ、これ以上レオンを直視していてはまたフォレスに笑いを提供してしまう!

 そう考えた私は両手を頬に当てて俯いた。

 ……視界に飛び込んで来るのはあずき色のジャージ&クマちゃんワッペン。

 ……どんなに取り繕ったところで、可憐な乙女は演出できそうもないや、はぁ……。



「ところで、リコ。家に送って行こうと思うんだけれど、君は何処から来たの?」



 優しい声で問われてハッと気付く。

 ……そうだ、私、異世界にトリップしちゃったんだった!


 レオンに出会えて舞い上がっていたけれど、着の身着のまま(しかもジャージで)何も持たずに異世界に飛ばされて、

 しかも、ここが私の書いていた小説の世界なら魔物とかもいるハズだ。

 レオンとフォレスは討伐をメインにした冒険者パーティ、という設定なのだから。

 ……いや、でも待てよ?

 レオンがいるからって、ここが小説の世界だと決まったワケではない。

 一縷の望みをかけて、私は尋ねた。



「……えと、ここは何処ですか……?」



 その言葉に、レオンと、フォレスですら笑いを止めて(ってかまだ笑ってたのか……)キョトンと私を見つめる。


「ここ? ここは魔法都市デュレクだよ」



 デュレク! アンビリーバボーーーー!!! 

 設定世界そのまんまですありがとうございます!

 剣と魔法のファンタジーな世界です!!

 現代女子高生の丸腰な私には、生き抜くのも難しいサバイバルな環境ですごちそうさまです!



 またしても奇声を上げそうになる自分をなんとか抑え、

「……えと、私……、自分の家が解らない、みたい……?」



 そう告げると。

 目を真ん丸くして驚くレオン(…そんな顔も麗しいです……)と



「その歳で迷子とかマジかよおまえーーー!!??」



 本日何度目かの。

 フォレスのやたらと良い声の大爆笑が、辺りに炸裂したのだった……。


お読み頂き、ありがとうございました!

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