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第四十九話 親友

 

「ちょっとは落ち着いた?」


 藤子(とうこ)が優しくそう言ってホカホカのハニーミルクティーを渡してくれる。

 フーフーと冷ましてからコクっと口に含むと、私が一番大好きな……安心できる優しい甘さが口に広がる。


 少し泣き止んではいるけど、藤子には何も説明していないのに、彼女が「とりあえず落ち着きな」と言って淹れてくれたハニーミルクティー。

 ……そう言えば、最初にレオンと出会った時に灯亭で選んでくれたのも、ハニーミルクティーだったな……。

 そんな些細な事も、今では私にとって切なさの塊だ。

 グッと涙を堪えてベッドに座っている私の隣に、藤子が座った。


「……璃心(りこ)、ちょっと変わったよね。以前(まえ)から阿呆な言動は多かったけど、こんな風に大泣きするなんて……。

 付き合いは長い自負があるけど、初めてじゃない?

 あんたっていつも笑ってて……その分、悔しかったり悲しかったりする事は一人で溜め込んじゃうとこあるし。

 でも、今回は一人で抱えきれない程の想いなんでしょ?

 ……話して気が済むこと? 璃心、あんたは私に何か助けを求めてくれる?」


 突然大泣きした私に、理由も聞かず、藤子はそう言って肩を抱いてくれる。

 ……くぅ……! 私の親友は本当に男前です……!


「……自分でも、まだ整理が出来てないけど……。藤子には話を聞いて欲しい、かな。

 レオンのこと、デュレクのこと、私と同じくらいに知っているのは藤子だけだから……」


 グズッと鼻を啜りながら、私はそう言って、今までの事をポツポツと話し出した。

 異世界トリップ、という荒唐無稽な話でも、藤子ならきっと笑い飛ばさずに聞いてくれると思ったから。


 だから、話したよ、全部。

 少しずつではあったけど、突然ジャージでデュレクに行ったこと、レオンとフォレスと出会ったこと、私が持っていた適性のこと。

 私が見たデュレクという街のこと、魔物の脅威のこと、フォレスから聞いたレオンの過去のこと、レオンのご両親のこと。

 街で出会った優しい人達のこと、デュレクの人魚姫のこと、可愛い瑠璃のこと……それから、ディールのことも。


 とても長い話になってしまったにも関わらず、藤子は黙って聞いてくれている。

 けど、話がディールと、彼が語った私の過去に及んだ時、初めてピクリと眉を潜めて不機嫌を露わにした。


「……ってことは何? あんたは元々デュレクの人間で、レオンに懐いていた璃心が面白くなくて、あんたを異世界に送ったってワケ?

 ……ディールは私も良く知ってるキャラだけどさ……何、それ。

 あんたを自分の物だって決めた? だからあんたをどう扱っても良いだなんて言ってるの? アイツ……」


 許せない……と、藤子が唇を噛んでギリッと歯を鳴らす。

 ……わぁ~、藤子ってあんまり感情を表に出さないクールな感じだったから、怒りを露にするなんて珍しいな。

 長い付き合いの中では、怒った顔も嬉しそうな顔も……藤子はあんまり言われたくないみたいだけど、泣いた顔も見て来た。

 でも、こんなに怒りを全面に押し出す藤子は初めてだ。


「……藤子、こんな突拍子もない話を信じてくれるの?」


 心配になって尋ねる私に、藤子は苦笑めいた表情でこう言った。



 あんたが嘘をつけるくらい器用な子だったら苦労してないよ──と。



「……ねえ、璃心。あんたはさ、いつも真っ直ぐで、自分の気持ちに正直で……。

 そんな所がディールに似てるって、私、いつも言ってたよね。

 その度にあんたは猛烈に反抗して来たけど、今でも私は、それは間違ってないと思ってる。ある意味で、あんた達は凄く似てる。

 自分の心に正直で、考えるより先に行動が出ちゃう所とか……さ。

 でも、決定的に違うのは、相手を包みこんで守ろうとする璃心と、無理矢理自分に染めようとするアイツの違い。

 似て非なる物だと、今では思うよ。ごめんね、璃心」


 申し訳なさそうな表情の中に、ディールへの怒りを隠さない藤子。

 それは確かに、私もあの残念な夢幻王に対する怒りは消えないけど……藤子のこの絶対零度の怒りの前ではそれすら些細なことじゃないかと思ってしまう程、

 藤子は本当に珍しく、本気で、全力で怒っていた。

 自分を陥れた相手を、自分以外の誰かが本気で怒ってくれること。

 ……それって、何よりも愛されてる実感を、得てしまうよね。


「ありがと、藤子。私の為に怒ってくれて。藤子がそんな風に怒るなんて珍しいね……。

 ……愛されてるなぁ、私……」


 俯いた私の瞳から、また一滴の涙が落ちる。

 ……ヤだな、私、こんなに泣き虫じゃなかったのに……。

 珍しく藤子がベタベタに甘やかしてくれるから、甘えちゃってるのかな、私。


「ねぇ、藤子……。藤子とはずっと親友だと思ってるし、私が結婚して子どもが生まれたら、藤子はきっと、その子を私同様に可愛がってくれて、

 悪い事をしたら真剣に叱ってくれる唯一の人だと思ってるし……藤子の子どもは、私と一緒に悪戯をして、一緒に藤子に怒られてさ……。

 そんな未来を簡単に想像出来るくらい、私の唯一の友達は、藤子だと思ってる。それは、本当。絶対に信じて。

『親友』と呼ぶのは、生涯にただ一人、藤子だけだから」


 ──だけど、と私は言葉を繋ぐ。

 こんな告白めいた言葉の後に言ってしまって、残酷なのは解るけど……でも、私の心は今でもデュレクに──レオンにあるのだから。

 恋と友情を秤にかけるなんて、この世界で生きていれば必要のないことだ。

 誰と結婚したって、子どもを産んだって、藤子とは一生親友でいられるのだから。

 ……だけど、私の場合は、それが出来ない。

 私の生きる場所を選ぶことは、どちらかを捨てること。

 ……そして、私の心が決まっている以上、この世界とは別れなければならないんだ。


「……藤子、私……デュレクに帰りたい。

 この世界の事も、パパやママ……藤子の事も、本当に大好きな気持ちは嘘じゃないよ? それは信じて欲しい。

 ……でもさ……。

 想像の中では知り得なかった、レオンの、意外と嫉妬深い所とか、意外と泣き虫な所とか……甘えん坊だったり、努力を欠かさなかったり……

 ……私の言葉や行動の一つ一つに、大袈裟なくらい、泣いたり怒ったり……喜んでくれるレオンが……」



 ──大好きなの、と。



 泣きながら告げる私の頭に、ピンッ、と、力のないデコピンを寄越しながら、藤子は涙に濡れた瞳で微笑んで言った。



「知ってるよ。……だって璃心からレオンを取ったら出涸らしの煮干より酷いものしか残らないじゃん?」



 ……藤子さん、それ、今の私にとっては殺し文句ですからぁぁーーーー!!



「一緒に考えよう、璃心。私は、あんたの幸せが一番大事。

 ……大丈夫だよ、あんたの指にはちゃんとその指輪も残ってる。気持ちもちゃんと残ってる。

 ……あんたが好きになった、レオンをちゃんと信じてあげなさい」



 優しく呟いて、藤子は私をギュッと抱き締めた。



「藤子ぉっーーーー!!!!」



 再び号泣してしまった私を抱き止めながら



「……私だって璃心と一緒に物語を創って来たの。そんな悪意なんか弾き返すご都合主義……創ってみせる」



 決意を込めた瞳でそんな事を呟いていた。



 ……藤子さん、今の貴女は男前過ぎて、レオンですら敵わないかもしれませんっ!



 ------------------



「けど、とりあえず優璃(ゆり)さんに元気な顔を見せてあげなよ。本当に心配していたんだから」


 藤子にそう言われて、私は頷きながら……アレ? とふと疑問に思う。

 私がデュレクに行って、旅をして来た時間は移動も含めれば結構な時間が経ってそうだけど、

 そんなに長くトリップしちゃってたのに、なんだかそんなに大事にはなっていないような……。


「ねぇ、藤子、私、それなりの時間をデュレクで過ごしてたんだけど……」


 そんな私の疑問に、藤子は、ん? と不思議そうな表情で私を見返す。


「こっちではまだ三日も経ってないよ。法事が終わって、ここに直行して来たらあんたが寝こけてるからガッカリしちゃったよね」


 ……ええええーーーー!!??

 あの濃密な時間がこっちの世界ではたった三日間の出来事ですって!?

 まぁ、大事にならなかったのは有り難いけど……もしかしたら向こうとこっちでは時間の流れが違うのかな……?


「異世界の不思議ってヤツでしょ。どうせ解明なんか出来ないんだから、その悪い頭で考えても仕方ないよ」


 バッサリ!


「……と、藤子さん……? 相変わらず私に対して容赦がないですね……。

 一応私、落ち込んでいるつもりなんですけど……」


 しょんぼりしてそんな事を呟く私を楽しそうに見やりながら藤子が言った。


「……あはは! 少しだけいつもの璃心に戻って来たね。自分で落ち込んでるとか言えるなら少しは浮上してきた証拠じゃない。

 ……良いから早くこれに着替えて。あんたの家に行くよ」


 そう言って藤子が渡してくれたのは、私達の高校の制服だ。

 セーラーカラーに赤いリボン、袖口の折り返しとスカートは深緑に紺のラインの入ったチェック柄だ。

 つい最近まで、毎日着用していたお気に入りのデザインの制服。

 ……今はなんだか、ちょっと懐かしい気さえしちゃうね。

 仕事場からでもちゃんと学校に行けるように、ここには私と藤子の制服の予備が置いてある。

 お仕事は大切、でも学業はもっと大切、という私と藤子の家族の言い付けだ。

 おかげで私は、筆が乗ってこの仕事場で夜更かししてしまっても、藤子に叩き起され、遅刻や欠席をしたことがないのが自慢だったりする。

 ……藤子がいなければ、ちょっとヤバかったと思うけどね。


「そんな格好で出歩く訳にいかないでしょ。制服なら大丈夫だろうし、ほら、早く」


 てか、この服、どうなってんの? デュレク製の物ならすごく興味があるんだけど……と言いながら、藤子が私の装備を脱がしにかかる。

 ボレロを剥がれ、スカートの手触りを確かめるようにズリズリ下ろし、インナーの魔石に手を掛け……


「ちょっと藤子! 着替えくらい一人で出来るってばっ!」


 慌てて私が止めなければ、私は全ての装備を剥がれて下着姿にされていただろう。

 ……藤子って、興味があることには夢中になって回りが見えなくなっちゃう所があるんだよね……。

 こっちの世界では三日しか経っていないというし、変わっていないのは当たり前なんだけど

 ……ああ、藤子だなぁ、と、私は少しだけ嬉しくなる。

 少しだけ変わってしまっただろう私にも、不信より興味と……たくさんの友愛で接してくれる私の親友、藤子。


「……解ってんなら早くしなさいよ。私だって法事から帰って来たばっかで疲れてるんだから」


 ぷいっ、と顔を反らした藤子の頬が、少しだけピンクに染まっているような気がした。

 ……フフ。とても心配してくれていたんだろうに、そういうつれない態度を取っちゃう所、ちょっと瑠璃にも似てるよね。

 けど、そんな事を口に出したらまたあのデコピンが飛んで来るに違いない。

 私はそそくさと制服に着替え、どこからどう見ても女子高生にしか見えない姿に変身する。


「……ありがと、藤子。ママにもちゃんと話すよ。私の過去も全部受け止めて……胸を張ってもう一度レオンに会えるように頑張る。

 ディールになんか負けないから。……私もレオンもちゃんと、幸せになるからね」


 右手の、レオンが嵌めてくれた指輪にそっと触れる。

 あれは夢なんかじゃなかったと、私に自信を与えてくれる、レオンと私の絆。


「その意気!」


 楽しそうに笑った藤子と手を繋いで、私達は仕事場を出た。



 東京の夕暮れは、デュレクのそれよりもっと赤みが薄くて、喧騒が絶え間なく続いていて……

 ……確かに私は、この世界の事も愛していたのだと実感して、零れそうになる涙を、そっと拭ったのだった。



 ------------------



璃心(りこ)ちゃん!! どうしたの、連絡もしないで!! ママ、とっても心配したのよっ!?」



 仕事場から徒歩で十分程にある私の実家。

 レオンの実家には遠く及ばないながらも、それなりに広い庭の先にある玄関から、私の大好きなママが飛び出して来て、そのままの勢いでギュウウっと私を抱きしめてくれる。


「……ごめん、ママ、つい夢中になっちゃって……」


 嘘ではない。

 但し、夢中になっていたそれは、小説ではなく、現実に出会ってしまったレオンに、だけどね……。


「璃心ちゃん、私とも約束したんだから、何日も仕事場に滞在する時は必ず優璃(ゆり)に連絡してやってね」


 そこには何故かあやめさんもいて、私を抱き締めるママの後ろから心配そうに私を見つめている。


「ごめんなさい、あやめさん。……来てくれてたんですね。ママを支えてくれてありがとう」


 現在、私のパパは海外赴任中だから、ママは一人でこの家で私を待ってくれていた筈だ。

 そんなママを心配し、藤子を仕事場に派遣した後、あやめさんはここに来てママと一緒にいてくれたんだろう。

 ……本当に有り難いな。ママはゆるふわに見えてすっごく強い人だけど、私やパパのことになると、途端に脆くなっちゃうから。


「とりあえず無事で良かったわ。藤子ちゃんもありがとうね。

 ……お菓子を焼いたのよ~! もうすぐご飯だけど、甘い物は別腹って言うし、とにかくお茶にしましょ?」


 私を抱き締めた腕を緩める事なく、そう言うママ。

 確かに家の中からは、私が幼い頃から慣れ親しんでいた、ママの作る美味しいお菓子の匂いがする。

 ……甘い、匂い。私を優しく守ってくれた、優しい匂いだ。


「……ママ……!」


 なんだか堪らなくなってしまった私が、ママにギュッとしがみつく。

 瞳に涙すら浮かべてしがみ付く私を見て、ママも何かを察したのだろう。


「……大丈夫よ、璃心ちゃん。どんなことがあったって、ママはいつまでも貴女のママなんだから。

 ……とりあえず、お客様を立たせたままでいる訳にはいかないわ。行きましょう……ね?」


 優しくそう言って、私達を家の中に案内してくれた。

 ……これから私が告げる告白が、どれだけこの優しい人を傷つけてしまうんだろう……。

 申し訳なく思いつつも、自分の心を偽る事だけは出来なくて……


「……ママ、お菓子、楽しみ!」


 涙を拭いながらそう告げる私の頭を、ポン、ポンと優しく撫でてくれた。

 その優しい手の温もりが、何だかレオンを思い出させ、私の瞳からまた一滴、涙が落ちて夕焼けの光を照らし返していた。




「マドレーヌにしてみたの。璃心ちゃん、好きでしょ?」


 そう言いながらママが用意してくれたのは、私の大好きなアーモンドの乗ったマドレーヌ。

 添えられたカップには、藤子が淹れてくれる物より少し甘味の強いハニーミルクティーが注がれている。

 ガラスのテーブルを前に藤子と並んで座り、その前でママとあやめさんが優しい微笑みを湛えて座っている、慣れ親しんだ一之瀬家の客間。

 すごく優しい時間が流れているけど……私は、どうしてもママに聞かなければならないことが、ある。



「……ねぇ、ママ。突然だけど教えて欲しい。私は……本当にこの家の子どもなの……?」



 真剣な表情でママを見つめる私に、あやめさんもハッと息を飲んでママを見つめている。

 優璃……と、心配そうにママの名を呼ぶあやめさんの手を優しく撫で、

 ママは今までで一番綺麗な表情で微笑みながら、お茶を一口啜ると、厳かな雰囲気すら纏わせて、こう言った。



「貴女は私の娘よ、璃心ちゃん。……血は繋がっていないけれどね」



 その言葉を、私と藤子はやっぱり、と言った態で。

 あやめさんは「ついに言っちゃった……」と呟いて、額に手を当てていた。



 ……私が、この世界に来てから慈しんでくれたママ。今からきっと、ママは胸を切り裂かれるような切ない告白をしてくれることだろう。

 ……ごめん、ママ。出来ればずっと隠しておきたかったことなんだよね。

 でも……覚悟は出来ているから……ちゃんと受け止めるから。


「ママ。私は大丈夫。……知っているの、もう」


 笑顔の裏に深い悲しみを閉じ込めているママ。

 私の選択が、この優しい人を傷つけてしまうのだとしても……



「……聞かせて、ママ。私も知っている事を話すから。……ママ、大好き」



 呟くようにそう言った私を見つめ、ママはついにその綺麗な瞳からポロリと涙を落とす。



「……子どもの成長って、本当に早いわ……。

 出来れば、もっとゆっくり育って欲しかったな……」



 哀愁を込めて呟くママの手を、隣に座ったあやめさんがギュッと握ってくれている。



 夕陽がもうそろそろ西の大地にその姿を隠そうとしている時刻。

 女四人という楽しげなメンバーが集っているにも関わらず、未だかつてない緊張感に包まれたその客間で。



「……あれは、もう、十四年前のことになるかしらね……」



 ママの、鈴の鳴るような可愛らしいその声が、静かに流れ出した。


お読み頂き、有り難うございました!

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