表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/64

第四十八話 涙

 

 色々な意味で衝撃的すぎるディールの発言を受けて、その場が暫く沈黙に覆われる。

 元々レオンとフォレスの声は不思議な力に遮断されてしまっているので、私の耳に届くことはなかったけど……

 振り返れば、今にも泣きそうな程に心配そうな表情レオンと目が合った。

 私も色々と衝撃を受けているけど……まぁ、コイツの言う事が全部本当とは限らないし。


 ニコリ、と微笑みを送ってあげる。大丈夫だよ、と気持ちを込めて。


 私が璃心(りこ)であれ、リコリアであれ、レオンと出会って恋をして、心を通わせることが出来たんだ。

 大事なのは名前や生い立ちや過去ではなくて──あくまで現実なのだから。

 私が信じているのは私自身の気持ち、大切なレオンのこと、それから私を優しく包んでくれる世界のこと。

 それは私が誰であろうと変わらない筈なのだから。


「……ねぇ、リコリア。こんな危ない世界じゃなくてさ、平和で優しい向こうの世界に帰りなよ。

 君の夢を介して僕もあっちの世界のことは色々観察させて貰ったけど、地球は本当に素晴らしい世界じゃないか。

 特に君が住んでいたあの国はさ、僕たちには信じられないくらい便利で平和で優しい国だよ。

 君にはきっと、向こうでの暮らしの方が合ってるよ。君を捨てた国のあるこの世界なんかよりさ」


 ディールが再びコツコツと靴音を鳴らして私に近付いて来る。

 その表情は、なんだか私をとても心配しているようにすら見えるけど……貴方のことは一切信頼していませんっ!


「……そうだね、ディール。いつか、元の世界に戻る方法が見つかったら、私はその時、どちらかを選ばなきゃいけないとは、思ってたよ。

 確かに向こうの世界は平和だし、この世界よりずっと便利な道具もいっぱいあるし、家族の事も親友の事も、それはそれは大事だったよ」


 ……でも、と私は言葉を紡ぐ。

 いつかは選ばなければいけないと思っていた選択。

 何度も答えを先延ばしにしていたけど、本当はもう、心は決まっている。

 レオンと出会ったあの時から始まって、恋を自覚して大きくなって、心を通わせたあの時に──ここにいたい、と強く思ってしまったから。


「……でも、こっちにあって向こうにない、たった一人の人の存在が、今では世界で一番大切だから。

 貴方の虚言になんか誑かされない! 私はこの世界に……レオンの側にいたいの!」


 叫ぶようにそう言い切ってディールを睨みつける。

 そんな私の視線を受けて、ディールはやっぱりね、と呟いてフッと肩をすくめて苦笑を漏らした。

 その嘲るような表情が、私をとても不快にさせてくれる。

 ……本当にイヤなヤツだな、コイツ!


「そう言うとは、思っていたけど。

 ……でも、いざ言い切られてしまうとやっぱり面白くないなぁ……。

 けどさ、君の気持ちなんてどうでも良いんだよ。

 君は元の世界に帰す。僕がそう決めたし、その方が君にとって良い事なんだから。

 君があっちにいないと、あの世界の観察が出来なくて、僕も不便だしね」


 ククッと楽しそうにディールが笑う。

 ……ってか、勝手に私の夢に侵入して観察とかするのやめてよ! エッチスケベ変態っ!!

 それに、私の為っぽいこと言ってるけど、あっちの世界の観察したいって言う自分の欲求の為ってのが本音のクセにっ!!


「あれから、僕も色々研究を重ねてさ、遂に見つける事に成功したんだよね、時空の歪みってヤツを。

 僕じゃ魔力が強すぎて通れないし、こっちの世界の人間は多少なりとも女神の加護を受けているから、やっぱり通れないんだけど……。

 リコリア、元々はこっちの世界の生まれでも、まだ女神の加護の薄い君一人くらいなら簡単に通れるはずだ。元々通った実績もあるしね。

 君を帰したら歪みは閉じておくからね。また誰か迷い込じゃったら危ないし」


 アハハ、というディールの笑い声が響き渡る。

 人の話を聞くようなヤツじゃないけど、ここは精一杯の反抗をしなくちゃっ!

 こんなヤツの言いなりになってレオンと引き離されるなんて冗談じゃない!


「ちょっと! やめてよ! 私はこの世界で生きるって決めて……!」


 大声で叫ぶ私の手を取り、再びディールがその腕に抱き込んだ。

 フッと冷たい色を浮かべる瞳で私を射竦め、耳元に口を寄せて囁くように告げる。


「……我が儘を言ってはダメだよ、リコリア。向こうの世界の方が平和で安全なのは君だって解るでしょ? 君の為なんだよ、リコリア。

 それに、今回の君の『渡り』をサンプルにすれば、魔力を抑えた状態なら、僕も向こうに行けるようになるかもしれない。

 そうしたら、夢の中だけじゃなく、向こうで生きる君に会いに行ってあげるから……寂しいことなんかないんだよ」


 そう言いながら私を見つめるディールの紅い瞳を縁取る金色が強くなって行き、やがてその瞳は金色に変わる。

 炎のようにユラユラと揺らめきながら私を見つめる瞳から、私は何故だか目を反らすことが出来ない。

 ……やめてってば! レオンと引き裂いて、私を実験台にする事のどこが私の為なのよ!


「……貴方なんて、大っ嫌い! 良いから離してよ! レオンとフォレスも開放して!」


 そう言いながらディールを睨みつける私の瞳には悔し涙すら浮かんでいたかもしれない。

 けれどディールはそんな様子すら楽しそうに眺め、スッと唇を眦に寄せてその涙を拭い取る。

 ギャーー!! やめて、やめて!! そんな風に私に触れて良いのはレオンだけなんだからね!!


「……ねぇ、そんなに可愛くないこと言ったって僕を煽るだけだって、いい加減気付きなよ、リコリア。馬鹿だね、君は……。

 さぁ、向こうの世界にお帰り。

 意識を伴ったままではどうなるか解らないから……一旦おやすみ、リコリア。

 気が付いた時には平和で優しい国に戻ることが出来ているだろう。

 ……絶対に会いに行くからね。待っていてね、僕のリコリア……」


 ディールの金色の瞳からカッと眩い光が放たれた。

 その光を真正面から受けてしまった私の意識が途切れそうになる。

 まるで眠りの世界に落ちる時のように、ゆっくり、ゆっくりと意識が闇に侵食されていく。



「リコ! リコ!! リコーーーー!!!!」



 見えない壁を叩き、私の名前を絶叫して呼ぶレオン。

 ……声は聞こえないけど、きっと呼んでくれているはずだ。

 ……ああ、やめて、レオン、そんなに壁を叩いたらいつも私を包んでくれる、優しいその手が傷が付いちゃう。

 半ば以上の意識を闇に持って行かれながらも、私は大好きなその人が心配でたまらない。

 だけど、もはや自力で立っている事も出来ず、ガクリ、とディールにもたれかかると、私を抱き上げたディールが言った。


「レオンドール・フォン・アウンスバッハ。僕はね、君が本当に嫌いなんだ。

 女神の加護を最大限に受け、美しい容姿を持ち、街の人達から愛され、その上僕のリコリアの心まで奪おうだなんて強欲過ぎるでしょ。

 初恋は叶わないものだなんて言うけど、一瞬でもその拗らせた初恋が成就した幸せを感じられて良かったじゃない。

 一生リコリアを想って生きるのも、別の幸せを見つけるのも君の自由だけど……この娘とはここでさようならだ。

 彼女の代りに御礼を言うよ、レオンドール・フォン・アウンスバッハ。

 今日まで彼女をこの世界で守ってくれてありがとう。これからは僕がその役目を引き継ぐから、安心してくれて良いよ」


 私を抱き上げたディールのアーッハッハッハ! といういかにも悪役な笑い声が聞こえる。

 ……意識が飛ぶ最後の瞬間に聞くのがコイツの声だなんて一生の不覚……!!



 だけど私はもうその闇の力に抗う事が出来ず、そこでパタリと意識を落とした。

 レオン、と呟き、閉じたその瞳から、ポタリと一滴の涙が零れるのを感じながら。



 ------------------



「……今回は僕もここまでしか送ってあげられない。ごめんね、リコリア。必ずまた会いに来るから……。

 金髪との別れも、今でこそ寂しいかもしれないけど、夢だったと思えば良いんだよ。そう、僕の司る、甘い夢の中の出来事だってね。

 ……リコリア、僕の可愛いリコリア、またね……」



 ……そんな、ディールの声が聞こえた気がする。

 そうして私の身体をふわりと受け止めてくれたのは、慣れ親しんだ感のあるベッドのスプリング。

 トサリ、と音を立てて私の身体がベッドの上で弾んだ。

 次に感じるのはデュレクでは感じることのなかった、車や電車の喧騒、慌しく歩く人々の足音。

 ベッドにいるのだから室内だろうに、その喧騒は私の耳に届き、優しく時間が過ぎていくデュレクに慣れて来ていた私を急かすように包んでいる。

 カチコチと時を刻む時計の音。

 微かに香るコーヒーの香り。

 その固さも触感も、自然の物とは明らかに違う、人工物だと解る布団の感触。

 そのどれもがここ最近の私には縁遠かった……けれど少し前まで確かに教授していたはずの物。

 懐かしいはずのその雰囲気が、今はなんだか切なくて仕方がない。


 ……と、そこに聞こえて来た、聞き慣れた筈なのに、何故だかとても懐かしい女の子の声。



「……こ……、璃心(りこ)っっ!!!!」



 ベッチーーーーンッ!!!!



 いっそ小気味良いくらいの音を立ててデコピンが私の額にヒットする。

 ……うぅっ、藤子(とうこ)ぉ……。お主、また腕を上げたな……。


「いつまで寝てるのよ! こっちに泊まるなら泊まるで家に連絡くらいしなさいよっ! 私の電話にも出ないしLIMEも既読にならないし!

 心配した優璃(ゆり)さんから何回もメールや着信があったんだからね!」


 優璃(ゆり)さん、というのは私のママの名前だ。

「おばさん」と呼ぶのはとても似つかわしくない風貌の私のママ。なので藤子は下の名前にさん付けで呼んでいる。

 いつまでも若くて、ニコニコと笑っていて、甘いお菓子を作ってくれて、美味しい、と言って食べる私を幸せそうに微笑んで見つめてくれるママ。

 ……ちなみに、藤子が私のママを優璃さん呼びするように、私もまた藤子ママを「あやめさん」と呼んでいる。

 私のママはゆるふわって感じなんだけど、あやめさんは綺麗な黒髪をキリッと結い上げている事の多いキャリアウーマンだ。

 藤子のお父さんが経営している会社の系列の、家具や雑貨を取り扱う貿易会社の社長さんだったりするんだよ。

 もっと言うと私のママとあやめさんは高校生からの親友で、今でも度々二人で何処かにお出かけしているし、家も近所なので私も藤子もお互いの家に何度もお泊りしているので、藤子パパ、あやめさん、藤子のお兄ちゃんもまた、私の家族みたいな存在だ。


「しかもあんた、なんて格好してんのよ!? いつの間にコスプレに目覚めたの!?

 なんのキャラかは知らないし、やたらと出来が良いし似合ってると思うけど……恥ずかしいからそんな格好したまま寝こけるの止めなさいよ!

 もし急に担当さんや宅急便が来たらどうするつもりだったのよ!」


 ……あ~、今度は私、デュレクの衣装を現代に持ち込んで恥ずかしさを提供しているんですね……。

 今着ているのは、クラックさんのお店でレオンが用意してくれたあの可愛い装備の筈だ。

 確かに、日本でこんな格好をして歩いたら白い目で見られるだろうな……。

 こっちからジャージでトリップしちゃったあの時とは、なんだか逆だな、アハハ……。



「……ちょっと、璃心、起きなさいってば!」



 なんだか少し心配そうな声の藤子が私の肩を揺する。

 ……ごめん、藤子。ちゃんと聞こえているよ。

 ママやあやめさんの説明なんて、どうでも良い事を考えているのも、着ている服の事を気にしているのも……目を開けて、ここがデュレクじゃないと認めるのが怖くて、寝ているフリをしているだけ。

 だって、信じたくない。目を開けても、あの優しい空色の瞳が私を見つめることはないなんて。

 ──あの声が、温もりが、優しさや情熱が、どこにも存在しない世界に自分がいるなんて、信じない。信じたくない。



「……やだ。目なんか覚ましたくない。

 どうせなら夢で……アイツの創った偽りでも良いから夢であってよ……!」


 枕に顔を埋めたままのくぐもった声で、私は自分の気持ちを吐露する。

 だって嫌だ。信じたくない。

 あんなヤツの思い込みで振り回されて、気持ちをデュレクに──レオンに残したまま、この現実世界で生きていくなんて辛過ぎる。

 きっともう、私はこの世界で、レオンみたいに誰かの事を好きになることなんて出来ない。

 だってレオンは本当にいた。私が妄想して創った架空の人物なんかじゃなかった。

 妄想していただけでは解らなかった、拗ねた顔や、涙や……この唇に確かに触れた温もり。

 ずっと大好きだったレオンからそんな宝物みたいな時間を貰って、彼もずっと一緒にいたいと言ってくれたのに……。

 何も出来ないまま引き裂かれて、あれが夢だと思えば良いなんて……そんな事出来るワケがない。

 私にとって初恋で……ディールの言葉が本当なら、きっとデュレクにいた幼い頃からずっと好きだったレオン。

 彼以上に誰かを想うことなど、絶対に出来ない。


「……イヤだよ、藤子……。なんでここに藤子がいるの? なんでこんなに煩いの? 何でコーヒーの匂いがするの? なんでこんな風に帰って来なきゃならないの?

 ……現実が一番大事だなんて言った私に対する嫌がらせなの……?

 一緒に見たい景色があるって言ってくれていたのに……! 私だって、まだ言ってないことがあるのに……!

 もっと一緒に……ずっと一緒にいたかったのに……!! レオン……レオン……!!!!」


 わぁぁーー!! と枕に顔を埋めて突然泣き出した私に、藤子も戸惑って何も言えずにいるみたい。

 そりゃそうだよね。私だって、藤子が突然ワケの解らないことを言って泣き出してしまっても、どうしてあげたら良いか解らないもん。

 ……ごめんね、藤子、ただの八つ当たりだっていうのは良く解ってる。

 だけど私は……どうしてもまだ認めたくなかったんだ。



 ──自分が、この世界、東京に戻って来てしまった、という現実を。


お読み頂き、有り難うございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ